2話
「――――ってなわけで、先週は色々あったんだよ」
「ほーん、なんだその羨まけしからんシチュエーションは。俺だって美少女助けて、助けた美少女から言い寄られたい付き合いたい」
「願望が全部出ちゃってるぞ。てか、あの後とくに何もないし、向こうだって意識無かったからあんまり助けられたって実感ないだろ。しいて言うなら、病院の方から感謝の電話と意識が戻ったって報告があったくらいかな」
「はぁ~、冷めてんねー。意識戻ったってんなら顔くらい出せばいいのに。あのとき助けたのは何を隠そう俺ですよって」
「そんな恩着せがましいやつがいるかよ。そもそも俺は見返りが欲しくて助けたわけじゃないからこれでいーの」
「これだから可愛い幼馴染がいるやつはいけすかねぇ、くたばれ俺が代わりに見舞いに行く」
「お前が行ってどうすんだよ……」
週が明けて月曜日。朝のホームルームが始まるまでの間、俺は中学からの親友である速水晃に先週の事件のあらましについて語っていた。
晃はお調子者で明るく、こういう面白そうな話があると当事者たちを外から引っ掻き回そうとする節がある。俺はいまさらながら話したことを後悔していた。
はぁ、俺も長い付き合いだってのに学習しないな。まあいずれバレるんだろうけど……。
「それに幼馴染つったって小中のときだけだって。今じゃなんか素っ気ないし、同じ高校だってのに一緒に帰ったりとかもしてないし」
「そうだよなー、俺は小学校のときは知らんけど、中学のときはあんなに仲良かったのに。大樹がなんかしたんじゃないの?」
「いや、なんもしてない……と思う……たぶん」
「それ絶対なんかやらかしてるやつだろ……。あーあ、振られちまったな、元気出せよ」
「だからそんなんじゃないって……」
実際俺と幼馴染の七宮五月は付き合っていたわけではない。たまたま家が近所で昔から遊んでたってだけ。だから高校に入って疎遠になったのは仕方ないと思うし、五月にも五月の事情があるし付き合いがある。もちろん全く悲しくないってことはないけれど、会えば話くらいするしたまに一緒に帰ったりもする。繋がりがゼロになったんじゃないと思えば今くらいの関係がちょうどいいのかな、なんて俺は考えていた。
「ところでさっきの話にでてきた長谷って子。もしかして一つ下の子か?」
「一つ下って1年生ってことか?」
「そー、名前聞いたことあるんだよな。結構かわいいって1年の間で評判らしいぞ」
「なんでお前がそんな1年の事情に詳しいかは知らんけど、確かにかわいかったかもしれないな」
「そこ大事なとこだろ。ちゃんと顔覚えてないのか?」
「いやまあ暗くてはっきり見えなかったし、状況が状況だったからあんまり覚えてないな」
晃は学年のかわいい子の情報をやたら知っている。それについては、そんな情報何に使うんだ、くらいにしか思っていなかったがまさか役に立つときがくるとは。
年下で名前が分かってれば探しやすいな、改めてお礼をしとこう。てか、晃のリストに入ってるってことは中々の有名人だったんだなぁ。
それからしばらく他愛もないことで喋っているとホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
昼休み、午前の授業を終え机の上でお昼ご飯をどうするか悩んでいるとクラスメイトに声を掛けられた。
「おーい羽柴、七宮さんがお前のこと呼んでるぞ」
「ん?五月が?珍しいな……わかった、ありがとう」
どうやら五月が俺のことを探しているらしい。教室のドアの方に顔を向けると、肩までの長さ髪に平均より幾ばくか高めの身長を持つ幼馴染が立っていた。
待たせるのも申し訳ないな、とすぐに席を立つ。
「ごめん、お待たせ。急にどうした?」
「急にって、たっくんこの前スーパーの特売逃したー、とかで夜も昼も食べるものがないって言ってたでしょ?だからお昼持ってきてあげたの」
「えっ、そんなこと言ったっけ……?」
そういえばかの事件でスーパーの特売逃して食べるもん無かったからあの後五月のお母さんに泣きついたんだった……。
「もう、あのときびっくりしたんだから。久ぶりに家に来たと思ったらご飯食べさせてくれって。お母さんめっちゃ笑ってたし」
「いや~あのときは俺からしたら命懸けだったんだって、またお母さんにもなんかお返ししないとな」
「いいよそんなの。でも、またいつでも家に遊びに来てね……?ほら、お母さんだって久しぶりに来てくれたって嬉しそうだったし……」
「そんなことで良かったらまたお邪魔するよ。小枝さんにもよろしくって言っといて」
「ほんと?絶対だからね?良かった。それじゃあこれ」
なんだか念押しされたがそんなことであれば喜んで行かしてもらう。小枝さんの手料理うまいし。それになんだかんだ言っても長年一緒だった幼馴染と疎遠、というのは寂しいしな。
そして五月から渡されたのはお弁当だった。見た感じ手作りっぽいけど……
「ありがとう!わざわざ俺の分までごめんな、助かる。ところでこれもしかして手作り?」
「え、あ、うん。そうだよ」
「まじか!小枝さんの料理を昼から堪能できるとは最高だな!」
「って違うし!私が作ったの!」
「は!?これ五月の手作り!?」
「そうだよ……頑張って作ったのに……」
「いや、違うんだって!五月が料理できるなんて知らなかったしほんとすまん!」
まさかまさかのお弁当は五月の手料理らしかった。
「でも五月、お前料理なんてできたんだな。ほんとに知らなかった」
「だって勉強し始めたの高校からだし……。今じゃお弁当の一つや二つ作るくらい余裕なんだから」
「はー、すごいな。俺なんて一人暮らしなのに未だに肉料理しか作れん」
「はは、たっくん昔から不器用だしね。
あ、そうだ。今度代わりに私に何か作ってよ。私もたっくんの手料理食べてみたい」
「お、おう、あんまりおすすめしないけどそれでも良かったら今度家来いよ」
「うん!」
良かった。これでまた前みたいに仲良くできたらいいな、と思いながら教室に戻ろうとすると
「それじゃ、一緒にお昼食べよっか!」
「はい?」
桜西高校には小さいながらも学生用の食堂がある。あまり頻繁に利用する生徒は少ないが味は悪くないので評判は良かった。
その食堂の一角、俺は五月と向き合って座りながらお弁当を広げていた。
「ごめんね急に一緒に食べたいなんて。もしかして他の友達と食べる予定だった?」
「いやなんもないから大丈夫!そういや昔はよくお昼、一緒に食べてたっけ」
「昔はって中学のときでしょ、まだ2年くらいしか経ってないよ」
「そ、それもそうか、はは」
い、いかん、久しぶりだからか緊張してるぞ俺!ただ一緒にお昼食べるだけだ他意はない!お、落ち着けこんなときは素数をだな……
「どうしたのたっくん、いきなり数字なんか数えだして」
「こ、これは由緒正しき湛然不動になるための呪詛でして……」
「ふふ、もしかして緊張してるの?」
「だって中学以来だぞ?幼馴染とはいえ、こんなかわいい子とお昼食べるとか緊張するって、ガキじゃないんだから」
「か、かわいいって……もう!いいから!早くお弁当食べよ?」
「あ、ああ、そうだな」
いざ五月お手製お弁当を開けると、中は色とりどりの食材がバランスよく配置された見るからにうまそうな内容だった。
「これ朝から作ったのか?すごいな、超うまそうじゃねぇか」
「まあ夜ご飯の残り物を冷凍しといたのとかもあるんだけどね」
そんな大袈裟なものじゃないと照れながら笑う五月。
いやしかしほんとにすごいな。まずド定番の卵焼き、料亭かと思うくらいキレイに巻けてるし、色も焦げなど無く鮮やかな黄色で見た目からしてうまそう。次に野菜の肉巻き、これはアスパラとにんじんをお肉で巻いてあるようでボリュームたっぷりだ。さらにしっかり味が染み込んでトロトロのかぼちゃの煮付け、ひじきの煮物にきんぴらごぼうetc……。最後にタコさんウインナーが入っていて100点満点のお弁当だった。
「それじゃ早速。いただきます」
「ど、どうぞ。味の保証とかできないけど……」
謙遜するのをよそに卵焼きに箸を伸ばす。ちょうど食べやすいサイズに切られたそれを口の中に含み、咀嚼。
「うん、うまい」
「ほ、ほんと?ほんとに美味しい?」
「ああ、すげーうまい。甘くないし卵本来の味が出てて最高だな」
「嬉しい、自信作だったんだ卵焼き」
はにかみながら本当に嬉しそうな彼女の顔をみて、少しドキッとしてしまった。中学以来に見るそんな笑顔はしかし、あのときより幾分垢抜けていて大人びていた。
「たっくん、お箸止まってるよ?もうお腹いっぱい?」
「あ、いや、ごめんごめん。美味すぎて呆けてた」
「そんなに良かったんなら毎日作ってきてあげよっか……?」
「え、毎日は悪いって!これ作るの大変だったろ?」
「私、自分のとお父さんの作ってるし一個増えたくらい変わらないから大丈夫だよ」
「そう言われても材料費とかあるだろ……」
お互いに一歩も譲らなかった結果、折衷案として週で2回、五月が俺の分のお弁当も作る。材料費は計算が面倒なので別の形で俺が五月に何か奢る、という形になった。
その後は仲良くお弁当を食べながら色んなことを話した。今まで疎遠だった仲を埋めるように。
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