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ものの数分で店内に入ってきた彼は、直ぐに私に気付いてくれて正面の席に笑顔で座る。やっぱり後ろの二人には気付いていない様だった。
「ごめんね。急に呼び出しちゃって」
「ううん、大丈夫。水無月さんからの誘いだったら、友達の誘いを断ってでも駆けつけるよ。あの……、オタクだってからかわれる事も多いし、ね」
「もしかして、友達が少ないとか」
「うわべの付き合いなら広い方だろうけど、込み入った話とか出来るのはほとんど居ないかな」
「私みたいな女の子とも普通に話せるのにね」
「特別親しい友達とか居ないから、ラインの友達なんかはあんまり居ないよ」
そこまで言うとメニューを閉じて、注文を済ますとフリードリンクを取りに席を立った。直ぐに戻って来た彼の手にはホットコーヒーがある。
「外暑かったのに、ホットコーヒーなんだ」
「今は暑いけど、直ぐ冷房で冷えるから大丈夫だよ。その……、今日はどうしたの?」
「えっと……。友達と服を買いに来てね、髪を切った事なんかで散々からかわれちゃって。少し素直になった方が良いかなって思ったの。あの……、宗方君って好きな子はいる?」
卑怯かもしれないけど、告白した挙句「彼女がいるんだ」なんて返されたら、さすがに立ち直れない。聞き耳立てている二人が慰めてくれるだろうけど、かなり厳しいと思うから、こんな質問になってしまったのは許してほしい。
「好きな人は、いる。――ちょっと待って、最後まで聞いて」
いると聞いて下を向いてしまった私に、慌てて言葉を続ける。
「入試で始めてみた時から、かわいい子だと思ってたんだ。でも、僕って写真とか読書くらいしか趣味が無いし、オタク認定されているから。好きですなんて告白して、迷惑になるんじゃないかって思ってて。あの、好きです、水無月さん」
やっぱり私は違うのだって、最初はがっかりした。だって、始めて見た時からかわいいなんて、絶対に私じゃないと思うのは当たり前の事だし、入試の時だって髪は長かった訳だから。それなのにそんな私の事が好きなんて、聞き間違いじゃないのかと疑ってしまうのは当然だろう。
たぶん火照っていただろう顔を、ゆっくり上げながら宗方君を見ると、彼もむず痒そうな顔で一文字に口を閉じていた。おそらく彼も顔が火照っているのだと思う。
「あの、私で良いの? 目の事も有る訳だし、男子からは陰キャだって言われてもいるし、得意なものもないし」
「水無月さんが好きなんです。僕の彼女になってくれませんか」
「はい、よろしくお願いします。でも、嫌になったらハッキリ言ってね」
「ところで、後ろにいる二人は水無月さんの友達で良いんだよね? 入って来た時から気にはなっていたんだけど、まさかドッキリって事は無いよね? 今の会話が録音されていて、新学期にはいじめの対象とかって怖いんだけど」
「たぶん大丈夫。二人とも仲良しだし、そこまで趣味の悪い事はしないはずだと思うから」
「ちょっと! そこはハッキリと否定してよね」
少なからず怖がっていた感じの宗方君を気遣って、否定はしてあげたのに里香ちゃんに怒られてしまった。だって録音とかはしてるでしょ、絶対に。
「宗方君、こんにちは。私の事は、委員会が一緒だから判るよね」
「美術部の遠藤さんだよね。もう一人が陸上部なのは知ってるけど」
「陸上部の清水里香です。みしろチャンとは幼馴染なんだけど、なんで私の部活を知ってるのかなぁ。いやらしい写真とか撮っているんじゃないでしょうね」
「部のジャージを着て走っているのを、数回見た事があるんだよ。ところで、どういう経緯で僕はここに居るんだろう」
どこから話そうかと言葉を整理していると、里香ちゃんが隣に来て話し始めてしまった。遠藤さんが宗方君の隣りに座ったのは、しかたがない事だけれど代わって欲しいと少し思ってしまった。
「そこの夏海ちゃんから髪を切ったって聞いてね。この子の母親に探りを入れたら、笑顔の写真を飾っているって教えてもらって、部屋に上がり込んだら大事に飾ってあったわけさ。それが白黒写真だったから事前に調べていた対象から宗方君だと思って、カマかけたらあっさり白状したんだよ。それで、いつ告るのかって話になったから呼んでもらったの」
「写真、飾ってくれているんだ」
「うん。ママには、宗方君が言ってくれた言葉も伝えたし写真も見せたよ。そしたら『こんな笑顔も出来るんだね』って嬉しそうに驚かれて」
「うれしいな。ありがとう」
飾っていたからなのか、親も見た事が無い顔を見れたからなのか、頬を掻きながらお礼を言ってくれた。そんな照れた彼がかわいく思えて、私もつられて照れてしまった。
「水無月さんと宗方君って、入試の時に会っているの? 私たちも近くに居たはずだけど記憶にないのよね」
二人の世界に入りかけた私たちを、遠藤さんが引き戻してくれる。里香ちゃんはと言えば、つまらなそうな顔をして横目で私を眺めていて、ちょっと怖い。
「面接が一緒のグループだったんだ。あの時は前髪を横に流してピンで留めていて、かわいい子だなって見惚れちゃったよ。一緒のクラスになって嬉しかったけど、自己紹介で目の事を言っていたし、一人で居ることが多かったから如何しようかと思っていた」
「じゃぁ。なんで公園なんかで声をかけたの? ナンパしたらクラスメイトだったって落ちだったりして」
実は二人には学校でのやり取りは話していなくて、公園で声をかけられたところからしか知らない。それはパンのやり取りが恥ずかしいからだったし、そこから意識していたなんて知られたら、絶対にバカにされると思ったからだった。
宗方君に向かって小さく首を振ると、軽く頷いて答えを口にする。
「たまたま撮影で公園に行ったら、入試の時みたいに前髪をあげた水無月さんがコロッケパンを食べていたんだ。僕もコロッケパンが好きだから、それを口実に声をかけたんだよ。こうなるとは思わなかったけど、話し掛けるタイミングを探してはいたからね」
「そこから、手作り弁当のデートに繋がったのが解んない」
うまく誤魔化してくれたのに、里香ちゃんの追及が途絶えなくて目が泳いでしまっているのを、斜め前の遠藤さんがジッと見てくる。
「うちの近くの揚げ物屋さんで、美味しいコロッケサンドを売っているんだ。好きならばぜひ食べてもらいたくって、地区展用写真のモデルになってもらうお礼に買って行ったんだよ」
お礼の部分に若干の強調を感じ取って、私も何かしらの理由を付けて俺にしてしまえば良いのだと気付いて、やっぱり『前を向く勇気』だと感じた。
「下ばかり向いていた私に、前を向く勇気をくれた。そのお礼に、付け合せ程度のおかずを作って行ったの。……『下ばかり向いていて、せっかく可愛いのに勿体ない』って言われて舞い上がったわけじゃないから」
って、あ! やってしまった。『本質を見ている……』の件を話すつもりで、『かわいい』の件を話してしまった。目を覆う彼と、暑いねとばかりにそっぽ向いてメニューで仰ぎ始めた二人に、火照った顔で目を泳がせてしまう。
いや、もう下は向かない。ここまで来たら開き直ってしまおう。
「初めて男の子を好きになったんだから、どうして良いか判んないのはしょうがないじゃない! 宗方君の嫌がる事をするつもりは無いけど、それ以外は好きなようにさせて欲しい。アドバイスは嬉しいけど、あまりからかって宗方君に迷惑をかけないで!」
そう言い切った私を、三者三様の表現で称えてくれた。
里香ちゃん達には散々励ましてもらっていて、これからも相談に乗ってもらうだろうし、宗方君には迷惑をかけてしまうかもしれない。それでも、私は私らしく生きていきたいのだから、今のこの感情を受け止めてもらいたかった。
この目は、生活するうえではハンデかも知れないけど、生きていく事へのハンデではないはずだから、それをこれから私が証明していくんだと皆には知っていてもらいたかった。




