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 少しためらったものの、覚悟を決めて声をかけてみた。


「遠藤さん、こんにちは」


「こんにちは、水無月、さん? え?」


 遠藤夏海さんは中学から同じ学校の子で、高校では美術部に所属している。

 私は高校の選択クラスで書道を選んだからクラスも違うので、学校では最近接点がなかったのだけれど、中学で絵の描き方を教えてくれたのは彼女だった。そんな彼女も、髪型を変えた私に驚きを隠せない様子だ。

 髪を伸ばしていた理由も知っているので、当然の反応だろう事は想定済みだったので躊躇ったのだけれど、予想通りの反応に笑みがこぼれてしまう。


「ちょっと髪型を変えてみたんだけど。そんなに驚くほど、変?」


「ううん、似合っているよ。かわいいと思うけど……。もしかして、彼氏さんでも出来たの?」


「そんなんじゃないけど、下ばかり見ているのも嫌だなって思える事があって。少しは前を向ける様にと切ってみたの。そうだ、時間が有ったら少し相談に乗ってもらいたいんだけど、大丈夫? アイス代ぐらいは出すよ」


 遠藤さんは水彩画を好んで描いていて、色彩には物凄い拘りがあるらしく、彼女の色に対する言葉の選び方は多彩だった。そんなだからか、私と話す時には自然な感じに言葉を選んでくれて、数少ない話し易い子の一人だったりする。


 まだ何も手に取っていないのを良い事に、遠藤さんを連れて階下のアイス屋さんへ向かうと、ダブルのアイスをカップで二つ(私はラムレーズンとモカで、彼女はバニラとチョコミントを)頼んでベンチに並んで座る。

 もちろん相談とは絵を描く事の方で、そうなった経緯は図書館で画集を進められた事だと説明する。宗方君との事をうまく説明できる自信が無かったので、そこは誤魔化すことにした。


「それで、その絵にとっても感動してね。それでも、こういった絵なら私にも描けるんじゃないかって思ってね。外に出てするような趣味が無かったから、鉛筆画でも始めてみようかなんて考えて覗いていたの。もちろん、すごく軽い気持ちで、だよ。続くかどうかも分んないし」


「そっか、確かに水無月さんは丁寧に描いてたもんね。じゃぁ、二学期から美術部に入っちゃえば? 画材を使ってる子なんて半分もいない様なお気軽なとこだよ」


「えっと、幽霊部員が多いって事?」


「イラストレーター志望の子が多いかな。パソコンとか使って描いてる子も多いよ。線画だけ紙に書いて色付けをパソコンとか、ペンタブ繋いだりした本格的な子とか」


 美術部って言うくらいだから、油絵とか水彩画とか本格的な美術作品を作るものだと思っていて、敷居の高い部だと勝手にイメージしていたけれど、意外とそうでもないらしい。


「イラスト描く子って、漫研とかに入るんじゃないの」


「あそこは、見る専門のオタク集団だよ。女の子なんかが入ったら、『コスプレしてくれ』とか言われそうで怖いよね」


「うわぁ、聞いといて良かった」


 漫画やイラストを描いたりする子も美術部に入ってくるそうで、別にある漫画研究部には絵を描く人が居ないのだとか。なんでも、うちの学校の漫研は漫画やアニメのヒロインなんかを『俺の嫁』と言い出すようなオタク集団で、コミケに行ったりするのが唯一の外活動なのだと教えてくれた。

 そのこと自体が悪いわけでも気持ち悪いわけでも無いけれど、それはあくまでも壁の外から見ているからであって、間違って門を叩いていたらどうなっていた事だろう。


「だったら尚更、是非とも美術部に」


 などと体験入部とかも勧められたけれど、「他にも興味が湧いた事があるので」と返事は保留させてもらう。それでも親切に、お勧めの用紙とか芯の濃さだとかを教えてくれるところは、やさしい遠藤さんらしいと感謝の気持ちしかない。


「本当は鉛筆の方が良いんだろうけど、太めのシャーペンでも良いかなぁ。それなら字を書くのにも使えるしね。シャーペンならばお勧めの文具店があるけど行ってみる?」


 付き合ってくれそうな雰囲気だったけど、場所を聞いたら行った事のあるお店だったので、お礼を言ってそこで別れる事にした。彼女の買い物の邪魔はしたくないし、ただでさえ引っ張りだしてしまって時間を使わせてしまっているのだから。


 日も暮れて来たものの暑さがおさまる様子は無かったけれど、遠回りになるのは承知で遠藤さんお勧めの文具店に寄ってみる事にした。

 二階建ての大型店舗が全て文具で埋まっている。入学前に足らない物を買いに来たことがあって、「ここで揃わない物は無い」と言われるくらい品揃えが豊富だ。

 一階は一般向けで、高級万年筆みたいな筆記具や各種ノート、画用紙やケント紙なんかもたくさん揃っている。二階は事務用品や製図用品が揃っていて、目的のシャーペンは製図用具の所で見つける事が出来た。芯の太さは五種類あって、替え芯の濃さも揃っている。


 一番太いシャーペンと2Bの替え芯を選び、画材の所でスケッチブックを見てみたけれど、表紙が本格的過ぎて尻込みしてしまう。

 やっぱり遠藤さんに勧められたA5のルーズリーフにしようと、一階に降りてファイルと無地の用紙を選ぶ。ファイルは可愛い柄なので、これなら持って歩いていても絵を描いているとは思われないだろう。

 そろそろ帰ろうかとレジへ向かう途中で、半額になっているマグネットボードを見つけた。これならピンを立てなくても写真が飾れると思って、ちょっと可愛いマグネットピンと合わせて買って帰った。


 家に着くと既に母が帰って来ていて、蒸し暑い台所で夕食の準備をしていた。


「お帰り。ずいぶん大きなものを買ってきたのね」


「うん。文房具を買いに行ったら、マグネットボードが安かったから」


「ねぇ、何かあったの? おかしな事ではないけど、髪を切った事も含めて少し心配で」


「荷物を置いて来るから、ちょっと待ってて」


 やっぱり気にしてくれていたのだと思ったら、宗方君の事も含めて全て話しておきたいと思った。それで荷物を部屋に置くと、最初にもらった写真と私を写した写真の二枚を持て台所に戻る。


「これ見てくれる?」


 水鳥の写真を見せると、やはり眉をひそめて怪訝な顔をする。


「これ、クラスの男の子が撮った写真でね。その子って白黒写真にこだわっていて、色は不確定な要素なんだって言ってきてね。だから、私の目はハンデかも知れないけど、実は真実を見透かせる目なんじゃないかって言われたの」


 言葉の内容に驚いた様だったけれど、それと髪を切った事は繋がる訳が無かったのはしょうがない事だろう。


「それで?」


 それ以上は恥ずかしいと思って止めたのに、続きを催促されてしまい照れながら答えを口にする。


「えっと。か、可愛いのに下ばかり向いているのはもったいないって」


「まぁ。お付き合いしてるの?」


「そんなんじゃないって。でも、顔をあげても良いんじゃないかって思えて、髪を切ってみたの。そして、撮ってもらったのがこれ」


 彼に写してもらったバストアップのポートレートを見せる。そこに写っているのは、自分でもビックリするくらいの笑顔をした私。


「あなた、こんな柔らかい表情も出来るのね」


 親だとしても失礼な物言いだと思うけれど、自分でも思ってしまったのだから否定はできない。


「だからかな、もう少し積極的にチャレンジしてみようと思ってね。その気持ちを忘れない様に、写真を貼っとこうと思ってさっきのボードを買ってきたの」


 夕食が出来るまでの間に、壁にマグネットボードを固定して、貰った写真をマグネットピンで固定していく。

 やっと飾る事の出来た、前を向いて行こうと決めて髪を切ったばかりの私が写るポートレート。宗方君の写した風景写真や最初にもらった水鳥の写真などに囲まれて、見ているだけで晴れやかな気持ちになる。


『そこに写っている私より、明日の私がもっと素敵な笑顔になりますように』


 そう毎日思える様に頑張って行こうと、写真の自分に笑いかけた。


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