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学校に着くと真っ直ぐに職員室に向かい、宗方君が顧問の先生から部室のカギを借り出す。受け持ちの数学教師なのだけれど、私の事が最初は解らなかった様で二度見されてしまった。
「水無月。悪さされそうになったら、大声をあげろよ」
そんな声を背中越しに聞きつつ部室へ移動するが、なんとなく彼の方を見てしまって目が合ってしまう。
「いや、あの、悪さなんてしないから」
「じゃぁ、なんで見てたの?」
「心配そうなら、やめようかと思って……」
「大丈夫。声は大きい方だから」
べつに宗方君が襲ってくるとか思っていないけど、そうでも言っとかないと先に進めない気がしたのだ。
初めて入った写真部の部室は、確かに酸っぱい匂いが染みついた感じの、それでも綺麗に整頓された部屋だった。暗幕は開いていて電気も付けている中で、彼はプラスチックのボトルや筒状の器具を準備していく。
「時間が掛かるから、その辺に座っていて。最初はフィルムの現像をするから、明るいままで大丈夫なんだよ」
そんな事を言いながらカメラからフィルムケースを取出し、真っ黒な袋の中に器具と一緒に入れるとチャックを閉める。ゴムで縛られた袖口風の所から手を入れると、中でゴソゴソ作業をし始める。しばらくして取り出した器具に薬品を入れ、アラームをセットすると薬品ボトルの口に漏斗を差し込む。
アラームが鳴ると薬品を戻し、次の薬品を入れては戻すを繰り返すと、器具からフィルムを取出して水にさらした後に吊るして乾かす。
「小さいけど、この状態でも写ってるものが見えるよ」
そう言われれば見たくもなるので、近付いて見てみるが黒と白が逆?
「えっとね、これはネガ・フィルムだから色が反転しているんだ。それを印画紙に焼き付けると写真が出来るんだよ」
良くは解らないけど『そういうモノなのだ』と理解して、乾くまでの時間に彼の作品を見せてもらうことにした。
出して貰った作品のどれもが木枠のパネルに丁寧に貼られていて、ちゃんとした作品として仕上がっている。
「展覧会にはこうやって飾って行くの? 額に入れるとかじゃないんだ」
「額もあるけど、僕らはこうだよ。パネルや額のサイズも色々あって、今見ているのは四つ切りサイズ。全紙サイズが一番大きくて、こっちのがそうだよ」
そこには一学期にもらった写真と同じものが、それこそ数十倍の大きさで貼られていた。近くで見ても滑らかに見え、スマホなんかで撮った物とは明らかに違って、確かに綺麗な仕上がりだった。
他には、お祭りの写真を複数枚で1つの作品とする『組み写真』や、水の流れが絹のベールのように見える滝の写真など、いろいろ見せてもらって感心してしまう。スマホで写真を撮った事はあるけど、こんなに多彩な表現が出来るものだとは思ってもみなかったのだから。
「スマホではこういった写真は撮れないの?」
「撮れなくはないけど……。でも設定が面倒だったり、大きく表示すると荒れていて見られたものじゃなかったりでね。それでも構図をちょっと意識するだけで、綺麗な写真はいくらでも撮れるよ」
棚から手作りっぽい冊子を出してくれて、見るように勧めてくれる。
「構図にはパターンがあって、非対称で配置すると収まりが良くなるんだ。空間の作り方にセンスが問われるかな? 残念ながら僕はセンスが無い方なんだけどね」
ちょっと苦笑い気味になってしまった宗方君は、深めのトレーに薬品の準備をし始めて、フィルムの乾き具合をチェックする。
「そろそろ乾いたから暗くするね」
彼は窓と暗幕を閉め、暗めのライトを付けると蛍光灯を消してしまう。
「このライトは消さないの?」
「それは影響ない奴だから大丈夫。で、こっちの装置を使って印画紙に焼き付けるんだけど」
そう紹介されたのは、テーブルに付いた支柱の先にランプヘッドが付いたような機械で、ヘッドにフィルムをセットすると、テーブルの上に画像が写り込む。
ヘッドの高さを変えると写り込む画像のサイズが変わるので、これ一台で色々なサイズの写真が焼けるのだと説明された。
ピントを合せたりして機械のランプを消すと、白い紙を引出しから取り出してテーブルに置く。スイッチを押すとライトが点いて、数行で消えてしまう。
「この後をよく見てほしいんだ」
そう言うと、紙を薬品にそっと沈める。
沈めた所からスーッと絵が現れてきて、その液体の中で浮かび上がってくる艶やかな画像は、何とも言えない独特の様相だった。
隅々までハッキリと浮かび上がるのを待って取出し、すぐ隣の液体に沈める。こちらは酸っぱい匂いがするので酢酸と言っていた物なのだろう。こちらは直ぐに取り出して、次の薬品に沈めて三分ほどして蛍光灯を点ける。
「ここまで進めれば電気を付けられるんだ。像が浮かび上がってくるところが神秘的ではなかった?」
「うん。何とも言えない艶やかさが有って綺麗だった」
そんな事を何枚も繰り返して、気に入った写真を一枚大きく焼いてもらうと、扉をノックする音が響いた。
「開けても大丈夫ですよ」
彼の返事を待って開いた扉の向こうには、顧問の先生が笑顔で立っていた。
「どうやら無事だったようだね。でも、先生もそろそろ帰りたいんだが」
おどけてそう言い出す先生に、彼が出来上がった写真を手渡して感想を求めて、「良い感じじゃないか」なんて褒められていて、手早く片付けて鍵を返して部室を後にする。
「写真、ありがとね。あとコロッケサンド、とっても美味しかった」
「僕の方こそ、モデルになってくれてありがとう。水無月さんの料理、とっても美味しかったよ。――その、また話しかけても良いかな」
「うん。私も宗方君ともっと話がしたいから、遠慮しないで声かけて」
かなり大胆に、そして随分と打ち解けてしまったなどと思って、それが心地よくって自然と笑みがこぼれてしまう。それがまた彼を照れさせてしまったようで、ちょっとかわいいと思ってしまった。
照れながら「いつでも連絡してね」なんて約束して別れたけれど、充実した一日だったのに早く彼にまた会いたいと思ってしまうのは、もしかすると恋心なのかもしれない。




