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「ねぇ、お母さん」


 自宅で夕飯の手伝いをしながら、台所に並んで立つ母に改めて声をかける。


「お母さんは、将来を決めたのはいつぐらいだった?」


「母さんは高校の三年生だったかな。妹が二人いて、裕福でも無い一般家庭だから、進学するなら国立だったのね。でも学力が足らないそうで、就職する事にしちゃった」


 母は高卒で就職して、損害保険なんかの手続き業務を長い事していたそうで、出産を機に退社をしていたけれど、私の中学入学を前に元の会社に再就職している。

 もっとも、再就職とは言えどもパートなので、収入面では正社員に比べて低い反面、多少の自由は利くそうだ。


「みしろは何か就きたい仕事が有るの?」


「ううん。考え始めたんだけど、まだ『コレ!』ってものが無くって。それで、進学って出来るのかなって思ったんだけど」


「浪人されるのは困るけれど、大学に行くくらいのお金は有るわよ。もっとも、一人暮らしとか言われると心配が先に立ってしまうけれどね。あ、同棲はダメよ。こればっかりは信用とは別問題だから」


 こちらとしても、実家から通える方が余計なお金がかからなくて良いと思っていたので、進学できることが解っただけでもありがたい。

 もっとも最後の一言は余計と言うもので、聞かなかった事にする。


「でも、この辺りで大学と言ったら私立ばかりだよ。公立で一番近い所は難関だから無理だろうし……」


「駅向こうからバスに乗れば、杏宿短大が在るじゃない。どんな学部があるか知らないけれど、五年くらい前だったか文化祭を見に行ったことが有ったでしょ。綺麗なところだったと思うけど」


 言われてみれば短大が在った。でも短大って、やりたい事がある人が資格を取るのに行くのではなかったか、と聞いて笑われてしまう。


「大学だって学部があるんだから、就きたい仕事の方向性が無いとねぇ。彼と同じ所がいいですってのも否定はしませんけど、それで先々やって行けるのか不安よね」


「そこまで一緒にこだわるつもりは無いけど、そうだよね。まずは仕事について考えてみるね」


 食後にお風呂も済ませて、部屋に戻ってタブレットを開く。

 画像をサムネイルで開けば美空先輩の絵や宗方君の写真が溢れていて、そこに私の下手な絵が申し訳ない感じで混じっている。


『こんな私でも、物語が描ければマンガにでも出来るのだろうか』


 そんな考えを持ったこともあったけれど、カラーなんて頼まれたって塗れるわけでは無いのだから、非現実的なのだろうことは理解している。

 今のところ絵以外の趣味が有る訳ではないし、興味を持っている物も無い。

 ここは、宗方君のお父さんの言に倣って堅実的に考えてみようと、サムネイルを閉じてその日は求人情報などを眺めるに留めた。


 父などは「無理して働かなくても」なんて言って来るけれど、自立できなければ大人とは言えないと思うし、いつまでも守ってもらえる子供で居る訳にもいかない。

 母は「自分の意思で社会に貢献していきたいなら、遠慮なんてせずにどんどん出て行くべきだ」と背中を押してくれる。

 いろいろ思い悩んでしまったのだが、いつまでもその事ばかり考えている訳にはいかず、あっと言う間に学年末考査のテスト期間に入ってしまっている。


「今回は頑張れそう?」


 そう宗方君に聞いてみると、眉間にしわを寄せて小声で答えてくる。


「クラス順位を十番、学年順位を三十番くらい上げられるくらいは頑張ってる。もっとも、それが達成できたとしても中の上には届かないんだけどね」


「私も同じくらいの順位だよ。それでも、上位に食い込めるくらいの勉強はしたかな。確実に進学する事になるだろうから、早い内から順位を上げて内申点をもらわないといけないからね」


 とは言ったものの、勉強量がそのまま成果に繋がるかと言えば“絶対”は無いので、緊張はしっぱなしだし不安に潰されそうで、遠野さんからは「酷い顔をしているよ」なんて言われる始末。


「寝不足になるくらい電話だのメッセージだのしなくても、学校に来れば話だってできるだろうし、席だって隣りなんだよ」


「電話はほとんどしないよ。メッセージだって、『お風呂に入る前まで』って母と約束しているからね。今回はテスト範囲が広いから、どうしても寝るのが遅くなっちゃうんだよねぇ」


「へ~ぇ、電話はしないんだ。声が聞きたいとか無いの」


「特には無いかな。朝は最寄駅から帰りは家の近くまでだから、十一時間くらい一緒に居る計算だもん。その間に話したい事は済んじゃうし、私の部屋は壁が薄いから、電話の声が漏れちゃうんだよね」


「一日の半分近く一緒に居るって事? 私には耐えられそうも無いなぁ。恥ずかしい事言わせたりしないのよ、宗方君」


 いきなり振られた宗方君は、それでも聞き耳を立てていたのだろう速さで惚気る。


「どっちかって言うと、僕の方が恥ずかしいことを口走っているかな。家族に呆れられているくらいだからね。それに、将来を狭めてまで今を楽しみたいとは思わないし、彼女だって同じ意見だから大丈夫じゃないかな」


「重い女なんて思われたくは無いけど、一途すぎる妄想男ってもっと嫌かも。でも、恋に現を抜かしてフリーターな彼氏なんて最低よね。デート代とか持ってくれる人じゃないと困っちゃうもん」


 なにかとんでもない発言が飛び出したようだけれど、びっくりした私とは裏腹に、宗方君は大きく頷いている。


「楽器って髙いし維持費もかかるよね。譜面だって安くは無いだろうし、いくらお金が有ったって足らないよね」


「さすが道楽部、解ってくれてうれしい限りよ。水無月さんもしっかり財布の紐を絞めとかないと、趣味にお金をかけすぎて別れましたなんて事に……」


「ないないない。完全に趣味だし、できるだけ安く済ますためにタブレットを買ったんだから。どっちかって言うと、秀正君の方が出費が激しいんじゃないのかな?」


「デジカメにしてから維持費は極端に減ったよ。反比例して写真の枚数が増えているから、整理がおっつかないくらいだけどね。データもパソコン側で管理しているから、フィルム代が無くなった分余裕があるよ」


 彼も程々のところで見切りをつけていて、浪費癖が有る訳ではない。と、美空先輩が言っていたので安心はしている。

 何事も程々が良いのだろう、勉強も一通りの復習は済んだから、体調を崩さない程度に頑張る事にしよう。なにより、宗方君に心配はかけたくない。

 だから宗方君も程々にして、周りに心配されない様にしようね。


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