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新学期が始まって早々に、恒例の席替えが行われることになった。
入学当初の私くらいしか、クラス内でボッチは居ないくらい仲の良いクラスなものだから、席決めはクジとかではなく話し合いによるものになった。
当然のことながら、私たちも含めてクラス内でカップル認定されている者は隣り合う権利を付与される。もっとも、その代わりと言っては変だけれど、場所の希望は聞いてもらえない。
グループだったりカップルだったりでまとまった枠を、どのように配置すれば良いかをパズルの様に嵌め合せて行き、一時間近く掛けて何とか席が決まった。
私たちは窓際の一番後ろで横に並んで座る事になり、机なんかを移動させる。
横に並んでと敢えて言ったのは、人によっては前後で座りたいと言い出すカップルもいたからだった。離れたくは無いけれど勉強に集中するには、その並びが丁度良い距離なのだとか言っていたけれど、必ずと言っていいほど女子が後ろなのは漫画の影響だと思う。私にはよく理解できない心理なのだけれど。
部活の方は、進路の決まった三年生がちょくちょく来るようになっていて、美空先輩も顔を出してくれる様になっていた。
「タブレットには慣れた?」
「まだちょっと。でも、日に日に狙った線が描ける様になってきていますよ」
この学校は教師が寛大で、パソコンに繋げるタブレットだけでなく、普通のタブレットも持ち込みが許されている。美術準備室に鍵の掛かるロッカーが有って、顧問兼美術教諭に渡せば預かってくれるのだった。
よって、年明けからはマイ・タブレットを持って来て部活動に励んでいる。
「ちょっと貸して。あぁ、やっぱり上のグレードの方が良かったかなぁ。ガラス面が浮いてるからちょっと難しいかも」
「そうなんですよ。でも慣れですかね、気は使いますが苦では無いですよ」
「こっち用にメアドを持ってるなら今度教えてよ。サンプル出来たら直接送ってあげるからさ」
嬉しい申し出に、すぐメモ帳を破ってアドレスを書き出して渡す。スマホと連動しているので、スマホ側に送ってもらえれば勝手にタブレットにも画像が入るのだが、実はメアドの交換をしていなかったのだ。
何枚かもらっていた物も撮影して取込んではいるけれど、真っ直ぐ撮れてなくて困っていたのもあって、そちらも送ってもらえるように頼みこんだ。
私はこの半年間で、随分と欲張りになったと思う。
それまでの私だったら、『とりあえず高校だけは卒業しなければいけない』と考えていただけで、その先は何も考えていなかった。
兄弟がいる訳でもないし、親の面倒は見なければならないとは思っていたけれど、その方法(特に収入面)について深く考えたことも無かったのだ。いったい如何する気だったのだろうかと、今の私からしたら殴ってやりたい気分だったりする。
今は就職について真剣に考えようとしていた。
目の事で縛られると言うか、選択権も与えられない職業も有るのだけれど、昔に比べて選択肢は広がっているのだから真剣にもなる。
「秀正君は進学する予定なの?」
「随分いきなりだねぇ。就きたい仕事が見つかっているわけでも無いから、大学進学は有力な選択肢のひとつだよ」
「カメラマンとかは?」
「食っていけないよ。『好きこそものの……』なんて言われるけど、仕事にしてしまったらやりたく無い事もしなければならないし、嫌いになるかもしれない。だから、写真は趣味で済ませたい」
自分でもセンスが無いと言っていたけれど、そこまでお金をかけて時間を割いているのだから、センスを磨いて仕事に結び付けるものだと思っていた。もっとも、言われてみれば近所の写真屋さんなんて、開いてはいるけれどお客がいるのを見たことが無い。
「ずいぶんちゃんと考えているんだね」
「親父が趣味だった機械いじりを活かそうと、販売店で車の整備の仕事についてね。それでも接客もしなきゃならないし、良い客だけって事も当然ないらしくて。車の電子化も進んでしまったのもあったりして、今はセールスの方をしているんだ」
宗方君のお義父さん曰く、「好きな仕事に就いたって、それにずっと携われるわけでも無ければ、そのモノ自体が時代遅れで無くなるかもしれない。新しくやりたい事だって出来るかもしれないだろう。それでも最終的には、人やモノや金を管理する側にまわる様になるのだから、勤務地だったり賃金だったり働き方だったりを基準に、会社を選ぶのも悪くは無いぞ」だそうだ。
確かに両親の高校時代を聞いてみると、携帯電話さえ無くて固定電話や公衆電話で連絡を取り合ったとか、待ち合わせに遅れると駅にあった伝言板に『帰る!』とか書かれたなんて、今では信じられない事を聞かされたりもした。
父などは、入社した時には会社にパソコンなどなくって、書類は全て手書きだったと言うし、改札には人がいて切符に鋏を入れていたなんて聞くと、なんて効率の悪い時代だったのだろうと感じてしまう。
宗方君も、ご両親から同じような事を聞かされてはいるようだったけれど、彼の感じ方は私とは違った。
「効率が良くなるのは良い事だけれど、失くしたものだってあるだろうし、結果的に効率が悪いことだってある。何でもかんでもネットで買うから、本屋なんかが潰れてしまうし、そうだからちょっと中を見て買うなんてことも出来ない。電子媒体になればコピーが簡単だから海賊版なんてものが溢れ、制作側が儲からないから良い作品が無くなってしまう」
かなり尖がった意見かもしれないけれど、言われてみれば否定のしようが無い程、この辺りも商店街なんかが消えてしまっているのも事実で、近い将来の小売店はどうなるのか心配になってしまう。
そうなってしまうと、大手や中堅の会社に就職するべきなのだろう。でも、最近は非正規労働者の比率も上がっていると言われているし、狭き門なのかもしれない。
「みしろさんは目標みたいなものは考えているの? 僕の所に永久就職って言われると、まだ少し自信が無いんだけど」
「そんなこと言わないよ? 親の面倒だってあるんだし、専業主婦ですなんて言ってられないもの。でも、正直なところまだ思いつかないのよ」
漠然としたものも無いので、こう成りたいって事が言えないでいる。
学校の司書さんなんて楽そうかなってフッと思ったものの、『資格いるんだっけ?』とか『公務員になるんだっけ?』なんて、調べていないから何も明確にならない。
その辺の所は親とよく相談するようかな。
「でもそうだな、秀正君に単身赴任はさせたくないかも。だとすると、どこに行っても使える資格が必要かな」
「逆を言えば、単身赴任なんてない会社を選べばいいんだよね」
確かにそうかもしれないけれど、それだと先々に不安は無いのだろうか。敢えて選択肢を狭める必要も無いと思うけど、そこまで言って貰えるのも嬉しくないはずは無い。
「狭き門をさらに狭くする必要はないんじゃないかな。収入とか、しっかりした会社にした方が良いんじゃない?」
「ベンチャーなんかだと在宅だったりもあるようだけど、出勤しないとだらけそうだよねぇ。いくつか候補は有るんだけど、高卒で入れるようなところでもないだろうから頑張んないとね」




