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そんな軽い感じでやって来たコンビニのスペースには、里香ちゃんが自棄食いペースでスイーツを食べていて、その鬼気迫る様子に誰も近づけない感じだった。
「えっと、どうする?」
「どうするも、向こうが突っかかってこなければ問題ないんじゃないかな」
お腹が空きすぎて緊張感が薄らいでいる様な宗方君に、追い立てられるようにコンビニの扉を潜ると、直ぐ里香ちゃんと目が合って苦笑いがこぼれてしまう。
「込み入ってそうで、彼と一緒に『どうしたの』って聞きたくないんだけど、話したいみたいだよね。とりあえずご飯を買ってきていいかな?」
涙目で黙って頷いた里香ちゃんを残して、宗方君に「先に向こうに行って食べてるね」って声をかけ、肉まんと角煮まんにホットのお茶を選んで里香ちゃんの隣に座る。
食べ始めると直ぐ宗方君がお弁当を二個買って来て、里香ちゃんと反対に座って黙って食べ始めた。
「ずいぶんな自棄食いだけど、先輩絡み?」
「うん。やっぱり別れていなかった様なんだけど、他の子にも声を掛けていたんだって聞いてね。もう、やってらんない!」
盲目にならず、ちゃんと判断できて良かったんだなって思うと、つい頭を撫でてしまいたくなってしまう。それでも宗方君もいる事だし、恥ずかしがるだろうと止めておいた。
それだからこそ、こうして彼氏と出歩いている所など見られたくないし、男性側の意見なんて必要ないのだから宗方君に振る訳にもいかない。
そう思っていたのに、彼は空気を読まなかった。
「反則技の提案をしても良い? フェアな事でも無いから、聞きたくないなら独り言だと思って無視してくれればいいから」
あっと言う間に完食してしまっていた宗方君が、話の内容を察しているかのように口を挟んできた。『聞け』と言っている様な口ぶりに、里香ちゃんと顔を見合わせて黙って頷くと、驚いた事を変な口調で言って来たのだ。
「写真部って、体育祭や文化祭のイベントなんかで写真を撮るじゃないですか。そんななので、『誰それの写真を』って頼まれる事があるのですよ。『清水さんの写真が欲しい』って声も当然あって顧客のリストができるほどには人気があるのです」
だから告白を受けた時に里香ちゃんの顔を知っていたのかと、変に納得してしまったのだけれど、反則技の内容が解らない。里香ちゃんは顔を赤くしてしまったけれど、やはり反則技の見当が付いていない様子だった。
「いや、だからね。清水さんの写真を要求してきた面子を教えてあげるから、その中から素行の良い人を探すのも良いんじゃないかと思ってさ。向こうに気があるなら玉砕なんて事にはならないだろうし、そうして注意してみていれば思わぬ出会いがあるかもしれない」
確かに反則技だけれど、『写真が欲しい=彼女にしたい』は無いのではないだろうか。
黙って考え込んでしまった里香ちゃんを差し置いて、その事を質問すると爆弾発言が飛び出した。
「アイドルってほどに顔が良い訳でもスタイルが抜群なわけでも無いのに、好き以外で写真を欲しがる気持ちが僕には解らない。あ、呪いに使うって手もあったか」
当然、怒った里香ちゃんに持っていたバッグで叩かれたのだけれど、叩かれた本人は小さなバッグだったからか気にした風も無い。
「それって、みしろチャンのも当然あるんだよね。綺麗になったもんね。そっか、自分の彼女の写真を配っているのか。残念な男だよねぇ」
里香ちゃんは、照れ隠しの様に私をネタにしようとしたけど、これも敢え無く失敗に終わってしまう。
「ないよ。受けた傍から破棄しているし、人の彼女の写真を売る様な部員は、さすがにいないからね」
「写真、売っているの!」
「……」
言わなければバレなかったであろうに、口を滑らせて里香ちゃんに突っ込まれて押し黙ってしまった。
なぜだか宗方君は、里香ちゃんに対する不用意な発言が多い気がする。それが彼女を近しい人と思っているからなのかと、少しばかり不安になってしまった。
結果的には、新学期になったらリストのコピーを渡すことになって、付き合う事になれば里香ちゃんの写真販売は取りやめる事を約束して、その場の話は終わる事になる。
少しは吹っ切れたのか、里香ちゃんは大人しく家に帰って行き、私たちは公園に寄る事にしてコンビニを後にする。
「秀正君は里香ちゃんの事、どう思っているの?」
さっき感じた不安を、やっぱり確認したくなって問いただしてみる。
「清水さんの事? なんだろう、ライバル? 嫌悪? とにかく、みしろさんを取られそうで怖い存在かな。だから、出来る限り穏便にご退場願いたいと思っている」
どちらかと言えば、思っていたのと真逆の感情を聞かされてしまって、どう答えればいいのか分らない。そうして公園についてしまい、宗方君はカメラを取り出しながらこんな事を言ってくれた。
「もしかして、気があるのかもって思った? 絶対ないからね、清水さんにも遠藤さんにも。僕が好きなのはみしろさんであって、君を悲しませることは絶対にしたくない。想像すら難しいけれど、仮に君を恨むほど嫌いになったとしても、君に泣いては欲しくないと思い続けると思うよ」
どうしてそんな言葉を臆面も無く口にできるのだろう。まだ中二病を引き摺っているのだろうか。
それでも聞く事ができて嬉しくて、口にさせてしまって申し訳なくて、零れてしまいそうな涙を見せられなくて、彼の背中に黙って額を押し付ける。
「涙を見せると泣くは、全然違うからね。涙を見せなくたって、悲しい思いをさせたのなら泣かせたことになるし、うれし涙や悔し涙は別物だからね」
バレバレだったのだろう、宗方君はこちらも見ずにそう言って、身動ぎもせずに背中を貸してくれた。それでも安心できたかと言えば無理な話で、触れ合う事が証明ではないのだけれど、触れ合わないのもモヤモヤしてしまう。
「秀正君は口が上手いよね。でもね、態度で示してくれないと伝わんないことだってあるんだよ。避けてばかりはいられないんだからね」
「過度のスキンシップはちょっと。自分を抑えておけなくなっちゃいそうで、君を傷付けそうで怖いんだよ。でも、キスまでは直ぐにでもしたいな。人目が無い所でならって条件が付くけど」
どうやら関係を進めたい気持ちはありそうなので、今日の別れ際に期待を込めようと決めた。私だって、人目が有る所でして欲しいなんて思っていないもの。
レンズを向けられてふと気付いた事がる。
以前のカメラではその大きさから、どうしても気持ちが構えてしまうところがあったのだけれど、今度のカメラはその小ささからそれが無い。それでもスマホを向けられているほどの気軽さが無い分、意識しないのにパッと動きが止まったりする。
今度のカメラは、私には丁度良い緊張感をもたらしてくれて、レンズの向こうに見えないはずの彼の意識を感じる気がする。
宗方君は、その大きさなのか操作なのかに不慣れなようで、ときどき戸惑う様な空気が伝わってくる。だから早く慣れてもらって、ちゃんと私だけに集中してほしいと思った。
「今日はここまで、かな。やっぱり軽さに慣れないや」
「そうなの? なら早く慣れて、ちゃんとモデルに意識を集中してね」
「だね、失礼だよね。ごめん。新学期までには何とかするので、これからもモデルになって下さいませ」
この時期はあっという間に日が沈んでしまうので、家まで送ってもらう事にする。
いつもだったら門の前で別れるのだけれど、今日はちょっと中まで入ってもらう事にした。ちょうど門柱の内側は、植木が目隠しの様になっているからだった。
すると期待を察してくれた様で、そっと抱きしめてくれてキスをくれる。
初めての優しい口づけは直ぐに離れてしまったけれど、唇が受け取った熱は瞬く間に顔中に広がる。もう一度と言えるほどに冷静ではいられなくって、抱きしめた手に少し力を入れて気持ちを伝えると腕を解いて、またねと言って家に入った。




