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 今朝は早くに目が覚めてしまったので、お気に入りの音楽をヘッドフォンで聞きながら、独りになるまで料理本を眺めて時間をつぶす事にした。

 両親共に出かけたのを確認すると、夜のうちに下処理しておいた食材を冷蔵庫なら取出して、マカロニサラダや唐揚げを作っていく。二人分に分けてタッパーに詰めて、保冷バッグに割り箸や冷氷剤と一緒に入れれば、持ち物の準備は全て完了。


 台所を片付けて制服に着替え、昨日カットしてもらった髪を鏡でチェックしながら、昨晩の母の驚いた顔を思い出して頬が緩むのを我慢する。第一声が「どうしたの!」だったからだけれど、前髪を短くしてもらうに合わせて後ろもバッサリ切ってもらったので、印象がかなり違ってしまったのは自分でも感じている。

 パーマ屋さんでは可愛くなったと言ってもらえたけれど、長めのボブカットにした私に対する家族の反応は、どうも今一つの様で心境の変化に戸惑っている感じが窺えた。

 この髪型の私を見て、彼がどの様な顔をするのか大いに興味はあるけど、彼の写してくれる私は照れずに笑っていれるだろうかと心配も尽きない。まあ、そんなのもあって早く目が覚めてしまったのだけれど。


 早いかなと思いつつ十一時ころに公園の着くと、宗方君は昨日話しをした木陰のベンチで転寝(うたたね)をしていた。起こすのもどうかと思って隣にそっと座ると、気配で起きてしまったのか彼が目を覚ます。


「あぁ、水無月さん。おはよう」


「おはよう宗方君。随分眠そうだけど大丈夫? それとも寝てしまうほど気持ちが良いの?」


「う〜ん、大丈夫。って、うわ〜ぁ」


 髪型を変えた気恥ずかしさもあって、普段以上に饒舌になってしまったからなのか、彼の反応が可笑しなことになっている。それとも、髪型が似合っていなくて引かれてしまったのだろうか?


「えっと。やっぱり、似合わなかったかな。家族の反応も微妙で」


「全然そんな事ないよ。てか、ストライク過ぎてどうして良いものか……」


「……」


 物凄く恥ずかしい。ストライクって好みって事だよね。それって似合っているってこと? それとも恋愛対象、として?


 これまで男の子に興味を抱いたことが無いから、どう接して良いのかも距離感も掴めないでいて、昨日の言葉に背中を押されたもののお世辞だと思っていた。免疫がないものだから、勘違いしてしまいそうになって、それでも気持ちをなんとか落ち着かせる。


「親にも驚かれて、ちゃんと感想が聴けて無いの。あの、似合っているかな」


「うん、良いと思うよ。とっても似合ってる。ポニーテールも似合うと思ったけど、今の方が良い。すごく、その、可愛い……」


 照れながら話す彼の様子から、思い切ってよかったと実感できて、少し心が軽くなった。それならば早く写してもらって、色々と話をしたい。もちろん、お昼も美味しいと言ってもらえると尚嬉しいのだけれど。


「あのね、お昼のおかずを少し作って来たの。写真を撮り終わったら、一緒に食べましょう」


「わぁ。それじゃ早速、噴水の所で何枚か撮ろうか」


 随分と角張ったバッグからカメラを取り出した彼は、長めのレンズをセットして立ち上がり、キョロキョロしながら先を歩いて行く。なにを警戒しているのかと後で聞いたら、光の加減だとか日差しの向きだとかを見ながら立つ位置を考えていたそうだ。


 吹き出す水の反射を背に噴水の前で数枚撮ってもらっていると、水遊び中の子供たちが不思議そうに見てきて、大人たちは微笑ましそうにしている。恥ずかしい事には変わりはないけど、堂々としている方が良いだろうと思って視線を遠くに飛ばしてしまう。

 スポットライトの様に木漏れ日が一点だけ差し込む木陰でも、短いレンズに替えてポーズを付けながら何枚か撮影した。

 さすがにポーズは恥ずかしいと言ったのだけれど、地区の写真展に出す作品用にとお願いされ、顔が大きく映らないのならばと応じた。そして、ポーズをとる事よりもローアングルで撮られる方が恥ずかしい事に気付いた。

 制服のスカートは膝丈なので中は見えないはずだし、顔が小さく写ると言われたので承知したものの、下半身にお肉が付いているので幻滅されなかっただろうか。


 撮影が一段落したところで、レンズを頻繁に交換しながら撮影する理由を聞いてみた。


「短いのは広い範囲が撮れて薄暗い所でも使えるけど、ボケが弱いんだ。長いのは大きく撮れてボケが強くなるけど、明るい所でないと使えない。えっと、背景までしっかり写すか、ぼんやりさせて被写体をハッキリ写すかで使い分けてる」


 良かったらどうぞ、なんて言ってファインダーを覗かせてもらったら、確かに見え方が違う。背景がぼやける事で、被写体がハッキリ見えるようになったり、隅々までハッキリ見えたりする。


「絞りの値でも変化はするんだけどね」


 覗いているカメラのレンズの根元をクリクリッと回すと、微かに見え方は変わるけれど、レンズを交換したほどの変化はない。

 雑誌の写真なんかは、こういった工夫をしているから綺麗な写真になっているのだと感じる事が出来た。かなり奥が深い事が解ってみると、その辺りも部室でオタクと言われていた所以かもしれないと感じてしまう。

 それでも『オタクだからキモイ』なんて思いは全くなくて、ひとつの事に一生懸命打ち込んでいるのだから、大いに誇って良い事だと思った。

 

 十二時を少し回ったところで撮影が終わり、木陰のベンチに戻って保冷バッグから取り出したお弁当を広げる。彼は約束通り、おいしそうなコロッケサンドを用意してくれていて、私の用意したものと合わせると、なにげに豪華な食事となった。


「え? これ、水無月さんの手作り? どれも美味しそう」


「お口に合うか判りませんが、遠慮なくどうぞ。宗方君の買ってきてくれたコロッケサンド、一包み貰うね」


 彼が喜んでくれた事に思いの外嬉しい自分がいて、それでもやっぱり少し恥ずかしくて、彼の顔を見る事ができない。

 貰ったコロッケサンドは千切りキャベツもいっぱい挟んであって、タップリ掛かった甘めのソースとお芋のしっとり感が、たまらなく美味しかった。食パンの耳を落としていない事に最初は戸惑ったものの、耳が有る事で型崩れし難くなってキャベツがこぼれる事が無かったのは、自分でも応用できそうなアイデアだと感心する。

 彼も、唐揚げやマカロニサラダを美味しそうに食べてくれた。それでも、食後のデザートとして持ってきたオレンジには手を付けずにいて、どうやら柑橘系は苦手との事だった。次に機会が有ったら注意しなくてはいけない。


「ねぇ宗方君。今日撮った写真って、いつ見る事が出来るの」


「あと二枚撮ったら直ぐにでも現像できるよ」


 どうやら早くに見られそうだ、などと考えながらペットボトルの紅茶に口を付けるとパシャっとシャッター音が聞こえた。驚いて宗方君の方を見ると、私の方にカメラを向けていたので、飲んでいる横顔を撮られたようだ。キッと睨むと再度シャッター音が聞こえ、「はい、おしまい」と彼が笑顔を向けてくる。


「えっと、今日は部室に誰もいないんだけど……。二人とも制服だから、よかったら写真になる所を見てみる? ちょっと臭い薬品が有るから無理にとは言わないけど」


「臭いってどんな?」


「酢酸だから酸っぱい匂い。あと、暗幕で真っ暗にした部屋だから暑い」


 真っ暗にした部屋に二人きりって所に引っかかるモノが無いと言えば嘘になるけど、興味には勝てずに付いて行くことにした。


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