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「提案なんだけどさ、タブレットで描くのはどうなんだろう。実は少し調べたら機能豊富なのに無料のアプリもあるし、外でデータ通信しないならばコミコミでも安く済みそうなんだ。通信費が割高になっても良いなら、スマホを経由してやればネットにも繋ぐことは出来るし」


「家にも古いタブレットがあってね、画面にタッチペンで描いてみたんだけど、なかなか思った所に線が引けなかったんだよ」


 家にあったタブレットに無料アプリを入れて、文具店で見つけたタッチペンで描いてみた事があるのだけど、ペン先が太いので思ったように描けなかった。慣れれば何とかなるかなとも思ったけど、それまでがストレスで一週間ともたなかったのだ。


「最新の無印パッドはプロ向けのスタイラスペンも使えるし、セットでも五万円でお釣りが来そうなんだけど」


「それって現品を触れるかな」


 五万円くらいならば、お年玉と貯金を合せれば買えそうだ。パソコン本体のコーナーには目もくれず、スマホやタブレットのフロアーに移動して探してみると、目立つところに展示品が何台か置いてある。


 店員さんを捕まえて専用ペンのお試しが出来るか聞いてみると、笑顔で手続きのカウンターへ案内される。


「当店の業務で使っている物になりますが、少しならばご自由に試してみてください」


 笑顔のお姉さんに感謝しつつ、メモ帳に手書き文字を書いてみたり、簡単なイラストを描いてみたりする。

 学校で触らせてもらった時と同じように、カツカツしたペン先の感触には慣れないものの、構造上は液タブと変わらないと思うのでそこには目を瞑る。思いのほか筆圧の感知もしてくれて、家のとは比べ物にならない程に使い易い。

 これならば好きな所で使えるし、部屋でも場所を取らない。決して広いとは言えない私の部屋では、パソコンを置くために本を処分する必要もあったので助かる。


「私にはこれで十分かも。あの、本体とペンでいくら位になるんですか」


「メモリーのサイズによって金額が変わりますが、おおよそこのくらいになります。今なら、五万円以上で保護フィルムをサービスしていますよ」


 今から銀行に行って残金を引き出して来れば、何とかギリギリ足りそうな値段だった。迷ったのは一瞬だったかもしれない。「在庫は」と言いかけた所にストップがかかる。


「今ならって今週だけですか? 来週でも値段が変わらないのであれば、親と相談させたいのですけど。難しい様だったら来週まで有効な見積もりを、高い方と安い方で出してもらえると相談しやすいのですが、直ぐに出してもらえますか?」


 口を開きかけると、急に宗方君が事務的な口調で店員に確認を取りだし、ビックリして言葉を飲み込んでしまう。


「いえ、あの、期限はまだ先ですので。親御さんともよくご相談なさってください。カタログをご用意しますので、またのお越しをお待ちしております。年始にかけて在庫は確保していますが、ご連絡いただければ取り置きもしますので」


 捲し立てられた店員のお姉さんは、慌てた様子でいったん席を離れ、カタログ一式を手渡してきて頭を下げてくる。私も宗方君に促されて立ち上がり、お礼を伝えてカウンターを離れる事になった。


「どうしたの? 急にあんなこと言い出して」


「だって、銀行にでも走ろうかって顔してるんだもん。あんなのサービストークだから直ぐじゃなくたって大丈夫なんだよ。安くはない買い物なんだから、良く考えた方が良いって」


 パソコンの本体も念のため見に行ったけれど、それこそピンキリでスペックと言われても訳が分からない。何に使うモノかもわからない部品まで所狭しと並んでいて、自分でパソコンの修理をする人もいるんだなって感心してしまった。

 宗方君はパーツの置いてあるコーナーであれこれ見ていて、メモを取っていたりするので組立も考えているのかもしれない。


「秀正君ってパソコンの修理も出来る人なの?」


「修理もするけど、自作もするよ。部品を選んで自分で組み立てるのも楽しいもんだよ。みしろさん用に最低スペックで組み上げると、これくらいの金額かな」


 見せてもらった金額だと、向こうに並んでいたパソコンと大差はない。もっとも、既にタブレットに心が傾いているのでざっとしか見ていないのだけれど。


『秀正君にタブレットを勧められましたが、やっぱりパソコンの方が良いですか?』


 宗方君がメモを取っている間に美空先輩にメールを送っておいたのだけれど、返信は未だない。とりあえず金額は見当がついたので、今日の目的は達成したし思わぬ収穫もあった。


「ちょっと寄り道しても良い?」


 店を出る直前に宗方君から提案されて、用事も済んでいるから了承する。

 向かった先は、家電量販店のカメラコーナーだった。そこで手にしているのは小さめのカメラで、画素数とか書いてあるのでデジカメなのだろう。


「新しいカメラを買うの?」


「デート用に小さいのをと思ってねぇ」


 こちらも見ずにそんな事を言いだしたけれど、それでも何故か寂しそうな表情に見える。大きめのカメラも見てはいるけれど、メーカーに統一性が無い。一貫しているのは、今使っているカメラメーカーを手に取らない事くらいだろうか。


「今のカメラ、調子とか悪いの? けっこう古いって聞いているし、なんか表情が寂しそうだよ」


 私の顔をじっと見たと思ったら、幾つかのカタログを集めて手を引いてくる。


「うん。少し座って話そうか」


 有無を言わさない感じだったので黙って従い、付いた先は店の向かいにある大手コーヒーチェーン。

 それぞれが飲み物と軽めのおやつを頼んで席に着くと、「実はね……」って飲み物にも口を付けずに宗方君が話し始めた。


「今使っているカメラは祖父が使っていた物で、四十年近く前の物なんだよ。数年前にオーバーホールには出したようなんだけど、やっぱり部品とかが手に入らない様で、完全には良くならなかったんだ」


 思っていた通りに古いものだったらしい。そんなに古いのに修理しながら使うなんて、愛着がいっぱい有るんだなって伝わってくる。


「フィルム自体も廃番が多くなってきているし、部活でフィルムカメラを使っているのは、僕の他は三年生の先輩だけ。既に引退しているので、実質は独りだけだから薬品とかも自費負担になりそうでね。写真展なんか見てもフィルムを使っている人なんて殆どいないし、この辺りが潮時なのかもしれないって思って」


 そこまで話すとやっとコーヒーを一口飲んで、苦い表情で続きを口にする。


「それでも。デジカメで撮った写真を白黒に加工するのは、僕の求めるものとは違う気がして……」


 彼が求めている物が何なのかは、私も十分に理解しているわけでは無いのだけれど、これだけは伝えた方が良いのかもしれない。


「私たちが知り合ったきっかけは色の無い世界だった。今でも私は色の無い世界に居るけれど、それまで見ていた物と今見える物は違うんだよ。なんだろう、熱を持っていると言うか、鮮やかさを持っていると言うか……。とにかく、秀正君に会えて私の見える世界は変わったんだよ」


「だから、僕も変わった方が良いと?」


「ううん、無理に変わる必要はないよ。でも、変わる事で新しく見えてくる物もあるんじゃないかなって思うんだよ。私の笑顔を引き出したのはけっして白黒写真だからじゃない、秀正君が引き出してくれたんだから」


 黙ってしまった彼の思考を邪魔しない様に、クッキーをつまみながら外を眺める。時間にしたらどのくらいだろうか、長かったようにも短かったようにも感じたけど、考えがまとまったようで彼が口を開いた。


「ごめんね、変な相談みたいになっちゃって。でも、うん、僕も踏み出してみようと思う。そこに何があるか判らないのなら、ちゃんと踏み出して確認してみたい。心機一転とはいかないかもだけどね」


「そっか。それじゃ私は絵を、秀正君は写真を、今までとは違うスタイルで一緒にスタートしようね」


 それには道具が必要になるから直ぐとはいかないけれど、ちゃんと壁を乗り越えて行こう。途中で挫折するかもしれないけど、ちゃんと支え合って出来る限りの努力をしようと思う。それはきっと、大人になった時に絶対必要な物だと思うから。


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