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「あのね。だからお母さんを、あまり責めないであげて欲しいの。秀正君のお母さんから言われた言葉で傷付いた事は事実だけど、色々と気付かされて考える切掛けになったのも事実なんだから、ね?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、それでも謝罪を口にするまでは許すわけにはいかないよ。ましてや、部屋に籠ってなんて子供じゃないんだからさ!」
「なんか私の為ってよりも、意地になっている感じがするよ。美空先輩とも良く話をした方が良いと思うよ」
それで黙ってしまったのだから、意固地になっている自覚はあるのかもしれない。ならば、別の話題を振るのが良いだろう。
「そう言えば、写真部で参加する地区展ってもう直ぐだったよね。文化祭で展示していた写真を出すの?」
「一人一作品だからあの中から選ぶようだけど、僕としては木陰で君を写した作品を出したいと思っている。顧問の先生も評価してくれていたし、文化祭でも評価は良い方だったからね」
「でも、大きくすると顔バレしちゃうよね。あまり恥ずかしい作品名は、正直なところ困るんだけど」
そう、どうやら県展や地区展では作品名を付ける事になっていて、文化祭では『木漏れ日に舞い降りた女神』なんて付けられていた。どうやら、先輩がからかい半分で付けたらしいが、そのまま持ち込まれるのは遠慮してほしい。
「文化祭のあれはパワハラの結果だよ。最初は『踏み出す勇気を与えた一筋の光明』とする予定だったんだけど、そのまま使っても良いかな」
「それならまぁ。的外れなわけじゃないし、見に行って恥ずかしい思いはし無さそうだから良いかな。でも、長いよ。もっと端的な言葉にできないものなのかなぁ」
カラ~ン。
お客さんが入ってきたようで、扉のベルが鳴る。コツコツと響く音は革靴の男性のようで、カウンターでは無くてこちらに向かってくるようだった。宗方君の視線は何故か入って来たお客さんに向いていて、そのお客さんが私たちのテーブルの脇で止まると、彼は示し合わせた様に席を立って入れ替わる。
ビックリしてそれぞれの顔を行ったり来たり見ていると、前に座った男性が口を開いた。
「初めまして水無月さん。私は、美空と秀正の父です」
少し低い良く通る声は宗方君とは質が違っていたけれど、目元や輪郭はそっくりだった。予告も無くいきなり現れた事で、頭が付いて行かず声が出ない。
「この度は妻が君を傷つける行為におよんだと聞いて、どうしても謝罪させて欲しくて秀正に時間を作ってもらったのです。本当に申し訳ない。本来なら妻も同席させて謝罪させるとこなのだが、意固地になってしまっているので今少し時間を頂けないだろうか」
「いえ、あの、頭を。いえ、顔を上げてください。もう、その事は気にしてはいないので」
突然、大人に。それも彼氏のお父さんに頭を下げられて、どうしていいのか解らなくてうまく言葉にならない。助けを求める様に宗方君を見上げるけど、呆れ顔で父親を見ていて私の視線に気付いてはくれない。
「あの。本当に気にしていませんから、顔を上げてください。そして挨拶をさせてもらえませんか」
やっと顔を上げてくれたところへ店員さんがやって来て、「私はいつものを、この子達にはお代わりを」とコーヒーを注文すると、少し雰囲気が落ち着いた感じになった。
「水無月みしろです。お聞きしていると思いますが、色覚障害を持っていて色の認識が濃淡でしか判りません。夏から秀正君とお付き合いさせて頂いています」
「改めまして、秀正の父です。私に似て気の付かない所が多いですが、どうぞ仲良くしてやってください」
「ちょ、父さん! 入学前のガキじゃないんだから、そんな挨拶はないだろ」
確かに、『仲良くしてやって』なんて子供に対する挨拶なんじゃないかと思うけど、私たちが大人かと言えばそうでも無い。宗方君は不服そうだけれど、そのまま受け取ってしまおう。
「こちらこそ、いろいろと至らない所ばかりですが、仲良くしていきたいのでよろしくお願いします」
どうにかこうにか挨拶が無事に終わって、「私たちの交際に反対するっ気はない」とか「むしろ息子の方が釣り合わないのでは」など言われて恐縮してしまう。そうして宗方君のお父さんはカウンターの方に移動してしまい、改めて宗方君が前の席に座り直す。
「もう。来るなら『来る』って言ってくれれば良かったのに」
「仕事が抜けられればって事だったからさ。それでも、早くに謝罪はしたがっていたから、喫茶店に居ることを連絡しといたんだよ」
そうすると、また職場に戻るのかな。そんなだと尚の事申し訳なく思う訳で、つい宗方君を責めてしまう。
「そんな急ぐ必要も無いだろうし、どうしてもって言うなら私が予定を合わせたのに!」
「父さんの職場って、実はこの近くなんだよ。昼時なんかには来る事も有るって言ってたから、そんなに気にすることは無いからね」
それだと、お父さんから勧められたお店なのだろう。
頼んで頂いたお替りのコーヒーを口にしながら、地区展に連れて行ってもらう約束を取り付けていると、宗方君のお父さんが店を出て行かれた。時間を確認すると夕飯の支度が終わりそうな時間になっていたので、慌てて残りを飲み干して私たちもお店を出る。
すでに会計は済まされていたので宗方君にお礼の言伝をお願いして、時間も遅いので店の前で別れる事にする。
家に付くと既に夕飯の支度は済んでいて、食卓に並ぶ料理を前に母は私の帰りを待っていてくれた。
「遅くなってごめんなさい。直ぐ着替えてくるから」
「次からは連絡入れてね」
そんなやり取りをして、一緒に食事を始める。遅くなった理由を話すべきか悩んでしまったが、謝罪の件は伏せたままで今日の事を話しておくことにした。
「少し早く学校を出たから、近くの喫茶店でケーキを食べて来たの。そしたらね、秀正君のお父さんの勤め先が近いらしくて、挨拶に来てくれて」
「あらそう、それで遅くなったのね。でも仕事を抜け出してまで会いに来るなんて、よっぽど会いたかったのかしらね。もしかして反対でもされた?」
ビクッとしてしまって目が泳いでしまう。こういう所はこれまでの諸々が有るのでさすがに鋭い。誤魔化すこともできたのだけれど、そうしても無用の心配を母にさせる事は目に見えているので止めておく。
「実はね、文化祭の時に秀正君のお母さんに会っていて、目の事があるから交際に賛成してもれえなかったの。彼は『気にすることは無い』と言ってくれたし、彼のお姉さんも『目の事は気にするほどのものじゃない』と言ってくれたんだけど、最後まで許してはもらえなくて」
「みしろの目は遺伝するからね。特に母親ならば気になるのは当然だとママは思うのよ。だから、彼に無理強いしてはだめよ」
「うん。初めから『無理はしないで』って言ってはあるし。そしたら彼のお父さんは反対では無くってね、その事を伝えたかったようなの」
嘘にならない程度には誤魔化せたと思うけど、すべて見透かされているのかもしれないとも思っている。なにしろこんな事を言われてしまったのだから。
「高校生のお付き合いなら二人で決めればいいけど、大人のお付き合いとなったら簡単ではないわよ。私たちでさえ儘ならない事は多かったし、みしろにはもっと多くの壁があるかもしれない。それでもめげずに進んで行けるのならば、ママもちゃんと支えてあげるからね」
本当に両親には頭が下がる思いで、感謝しかない。




