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 文化祭の翌週もそれまでと同じように、途中で待ち合わせをして一緒に登校する。

 教室に入れば、ざわついていたクラスが一瞬だけ静かになる。その様子に溜息交じりの声で宗方君が声をかけてきた。


「はぁ、っと。今日は教室で食べるから、お昼は一緒にどうかな」


「うん、いいよ。でも、秀正君が教室でなんて珍しいね」


 再び教室内が静かになる。名前呼びに女子までもがこちらを窺っているようだ。


「ちょ~っと部室に行き辛くってねぇ。ところで、みしろさんはこの静けさを何とも思わないの?」


「思わないよ。注目されるのは二度目だし。え~っと、今更って感じかな」


 付き合っている二人がなんて呼び合おうと、周りがいちいち気にするのはどうなのだろう。一人でいる時だってほっといてくれたのだから、いちいち関心を寄こさないでくれると助かるのだけれど。


 午前中の授業が終わると、机を寄せてお弁当を広げる。と言っても、私は相変わらずのコロッケパンとメロンパンで、宗方君は焼きそばパンなど四つをバッグから取り出す。

 男子の宗方君への視線が厳しかったけれど、買ってきた惣菜パンが並ぶと視線が外れて行く。たぶん今日のお誘いは、連日の意味で使った毎日が、言葉通りに捉えられてしまった事を払拭する狙いがあったと思っている。

 それは成功したと思うけど、まぁ暫らくは追及が厳しくなるのだろう。そして机を向い合せに動かさなかったのは、私に別の意図があったからだ。


「秀正君って、こう言うのは興味あったりする?」


 パンをかじりながら検索していたスマホを見せると、そっと手を伸ばして画面をスクロールさせて困った顔を向ける。


「ごめん、あまり興味ないや」


「そっか、じゃぁコレなんかどうかな」


 さらに肩を寄せる様にして画面を見せると、更に困った顔で少し身を引く。


「ちょっと近いかなぁ。あぁ、それなら好みかも」


 机を向い合せにしなかったのは、食べている口元を見られるのが恥ずかしかったりしたわけでは無くて、こうして画面を見ながら話がしたかったからだった。そっと後ろを窺えばけっこうな視線が集まってはいたけれど、目をそらす様に視線を外していく。

 こうなったらとことん甘々な空気を作って、ちょっとやそっとじゃ注目されないようにしてしまおう。


「そっか。それじゃ、また里香ちゃんを誘って買いに行ってくるね」


 別にデートの場所を相談していたわけでは無くて、服の好みを聞いていたのだけれど、主語を伏せていたから皆の興味を引いてしまっただろうし、仲睦まじい姿を見せ付けられたので目的は果たせた。

 もっとも次のデートの約束はすでに通学中にしていて、その時に着て行く服を聞いたわけなので、誤解を受けても否定しきれるわけでも無かったりする。


 部活に顔を出すと、そこにはもう美空先輩の姿は無い。

 聞いた話では専門学校への入学が決まっていて、わりと時間は余っているそうだけれど、後輩の邪魔はしたくないからと、文化祭を機に引退となっていた。

 私は独り先輩に描いてもらった絵を取り出して、ひたすら模写をしてはバランスのとり方やあたりの入れ方を模索する。

 一度、当たりのつけ方などを美空先輩に教えてもらおうとしたのだけれど、「紙の上にイメージが出来てしまっているから、なんとなく描けちゃうんだよねぇ」なんて言われてしまったので、本を見ながら頑張ってみるしかない。そのへんはネット検索なんかもしてはいるのだけれど、書いてある事がまちまちなので『コレ』と決めた物だけを参考にする。


 あまり気分が乗っていない様で、描き込んだ以上に消し込んだりしてしまったものだから、今日は切り上げる事にした。直ぐに宗方君にメッセージを入れて図書館に向かうと、階段の途中で返信が入ってきたので踵を返して下駄箱に直行した。

 返信の内容が『直ぐ帰れるよ』だったからだけれど、彼も作業に集中できていないのかもしれない。昇降口を出れば、正面の木陰に宗方君が立っていてこちらに手を振ってくる。


「ごめんね、早く帰るなんて言い出して」


「大丈夫だよ。それより、この前の喫茶店に寄れないかな。話したい事も有るから」


「いいよ。それに繋がるんだろうけど、家の方は大丈夫だった?」


 そう問いかけると眉間にしわを寄せて黙ってしまう。朝から不機嫌そうな表情をすることがあったのは、彼とお母さんとの問題が解決していないせいだと思っている。

 発端が私なのでどうしても気になって、振替のお休みも家でボーっと音楽を着ている時間が長かったのは、彼には言えない事柄のひとつだった。


 店に入るとお客さんは誰も居なくって、年配の店員さんがカウンターの中で器具の手入れをしているのも前回と一緒だった。

 窓際の席に着きメニューを手に取ると、手書きの品書きに目が留まった。


「期間限定、季節のフルーツタルトだって。私これにしようかな」


「実りの秋だからね。僕はサヴァランにしようかな、ちょっと酔いたい感じ」


 確かに注意書きには『アルコール強め。お子様や妊婦さん、車の運転などは注意してください』なんて書いてある。高校生が学校帰りに酔っぱらうのは問題だけど、ケーキひとつで潰れたりはしないだろう。

 またもコーヒーは「ケーキに合うおすすめブレンドで」なんて言ってケーキセットを注文して、二度目なのに常連さんみたいな感覚に浸ってみたりする。


 話を中断するのが何と無く嫌で、ケーキが運ばれてくるまでの間は黙ってカウンターの作業を眺めていた。

 運ばれてきたケーキはフルーツ盛りだくさんで、程よい甘みにコーヒーのほろ苦さがとても良く合っていた。フォークで割ったサヴァランは、染み出す程のラム酒が私にも届くほど香っているのに、宗方君はとても満足そうに食べている。


「実はね、あの日から母さんが部屋に閉じこもっちゃっていて、食事の用意とかは姉貴がやっているんだ。父さんには母さんが暴言を吐いた事は話してあって、『近いうちに謝罪させてほしい』って伝えてくれと頼まれたよ」


 やっぱり、宗方君だけでなく美空先輩にも迷惑をかけてしまったようだ。


「『ごめんなさい』って言うと秀正君は怒るだろうけど、本当にごめんね。勘違いしてほしくないのは、あの時の涙は『子供に同じ思いをしてほしくない』って思ったからなんだよ。小さい頃はからかわれたりしていたからね。それでも……」


 嫌な思いもいっぱいして来ているし、親にも話せない辛い気持ちも抱えていた事もある。それでも親には愛情をいっぱい注いでもらったし、仲良くしてくれる友達だって何人もいる。

 なにより、こうして寄り添ってくれる人に巡り合えたのだから、自分が不幸だとは思いたくない。


「エゴだと言われるかも知れないけど、もし障害を持った子供が生まれてしまったら、同じ思いをしない様に育ててあげたいし、同じ気持ちが得られるように私だからできる配慮をしてあげたい。もちろん、私自身が儘ならない事も有るだろうから、周りの人には迷惑をかけちゃうと思うんだけどね」


「僕は料理が出来ないんだけど、家族に迷惑をかけているのかな? 僕だって儘ならない事なんかたくさんあるよ、比べる気も無いけど。不快にさせたら迷惑なんだろうけど、補い合うのは迷惑とは違うと思うんだよね」


 なんか、美空先輩と話した内容をなぞっている気がして来る。それが姉弟だからなのか、ご両親の教育が故なのか解らないけれど、胸の奥が温かくなってくる。


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