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スカートのポケットに入っていたスマホが震えだした。この震え方はメールなので、もう少しこのままでいたかったので後回しにすると、宗方君にも振動が伝わっていたようで、慌てて力を抜いて私を解放してくれた。
だけれど私は、背中に回した手に力を入れて、そのまま抱き付いていた。
「あの、電話じゃないの? それと、校舎からは見えない位置だけど、部室棟からは丸見えだから人が来るかもしれないし」
最初に抱きしめて来たのは宗方君じゃないって思ったものの、一般公開の文化祭で抱き合ってなんかいて教師に呼び出されるのも嫌なので、腕を解くと一歩下がって内容を確認する。
「美空先輩からだ」
取り出したスマホには、『母は帰ってしまったが、話があるのでさっきの教室に来てほしい』とメールが入っていた。
「戻って来てほしいって」
そう言いながら画面を見せると、彼はまた不機嫌な顔になる。自分の母親が謝りもせずに帰ってしまった事に、腹を立てているのだろう。
黙って手を繋いで教室に戻ると、美空先輩がお菓子をつまみながら座って待っていた。
「遅くなりました」
頭を下げると困った顔で自分の前を指して、座るように促してくる。
宗方君と並んで座ると、美空先輩は深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね、みしろちゃん。嫌な思いをさせちゃって、本当に申し訳ない。母は秀正が可愛くてしょうがなくて、子離れが出来ていないのよ」
「いえ、大丈夫です。気にしないでください。ところで、遺伝するって話は本当なんですよね」
顔を上げてもらって、別れさせる口実で嘘をつかれた訳では無い事を確認するための質問をする。
「本当よ。私も貴女も遺伝情報として持っている。秀正は持っていない様だし、二人の子供が引き継ぐ確率は男の子で半々、女の子だと発症しないけど情報だけ持つ子が半々。でもね、軽度の人も含めればそれなりの割合で居るのも事実で、特に珍しくも無いのよ」
「男性で二十人に一人、女性では二百人に一人だけど、因子を持つ人は十人に一人も居るんだって。だから特別な事じゃないと思っている」
宗方君が割って入ってそう補足してくれるけど、一般の人はそうは思わないだろう。それこそ宗方君のお母さんみたいな考え方をする人が、大半なのが現実だと納得してしまったし、しかたが無い事なのだと思っている。
それでも彼は受け入れてくれて、先のことまで前向きに考えてくれている様なので、少しは気持ちが落ち着いてきていた。やはり彼が迷惑だと考えるまでは、自分の気持ちには素直でいたい。もちろん、気持ちを押し付けるつもりは無い。
理解のある彼で良かったと思う反面、身内に居るから寛容なだけではないかとも考えてしまうと、それが顔に出てしまっていたのか心配そうに訴えてくる。
「本当に、子どもは水無月さんの意思に従うから。別れるとか言わないでよ」
「お・ま・え・は! セクハラも淫行も、姉ちゃん認めないからね!」
「そもそも、そこまで親密な関係には成ってないし、姉貴に口出しされる筋合いのものでもないだろう。羨ましいなら、自慢できる彼氏でも早く見つけてこい」
随分仲の良い姉弟だなと羨ましくなった。
まぁ、普段からこうなのかは解らないし、私に気を使ってわざとやっているのかもしれないけど、仲が良い事は間違いないだろう。
他に誰も入ってくる気配も無いので、机の下で再び指を絡めるように手を繋いでお願いをする。
「宗方君。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。でも無理はしないでね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あの、下の名前で呼んでも、良い、かな?」
「え? う、うん。どうぞ、秀正君」
「み、みしろさん」
ものすごく恥ずかしいけど、めちゃめちゃ嬉しくって思わずにやけてしまったら、美空先輩から「くやしいぞ」と笑顔で頬っぺたを突かれてしまった。
美空先輩とはそこで別れたけれど、親からの連絡が無いままお昼時間が近づいてきて、このまま歩き回るのもどうかと思い始めてくる。
今日もお弁当を持って来ているので、特に買い急ぐことは無いのだけど、実は美味しそうなスープを売っているクラスが有ったので、そこでランチのお供を買いたいななんて思っていた。
「まだ連絡が無いから、先にお昼にしよっか」
「そうだね。さっき中途半端にお菓子を食べたから、お腹が空いていたんだ」
「昨日、美味しそうなスープが売られていたのを見掛けたから、そこに買いに行こうね」
お弁当の入ったバッグを宗方君に持ってもらって、三階の教室に向かう。けっこう並んではいたけれど、注ぐだけなので回転は速いから直ぐに順番が回ってくる。
メニューは、コンポタ・クラムチャウダ・オニオンコンソメの三種類。
私がクラムチャウダを選ぶと、彼も同じものを選ぶ。大きめのカップにタップリ入れてくれたけど、具は少なそうだった。『もうちょっと下の方からすくってくれれば良いのに』なんて思ったけど口には出せない。
ここのスープがお目当てだったので、お弁当はサンドウィッチにしていて、おかずが無いのはゴメンナサイだ。
それでも「いろんな具材が入っているから、おかずなんて要らないよ」なんて言ってもらえて少しホッとした。確かに種類は多くしてあって、タマゴ・生ハムレタス・ハムチーズ・コロッケ・ミニハンバーグを用意した。
あと、宗方君用にミニバケットのBLTサンドも作ってきているので、足らない事は無いと思う。それは的中して、『やっぱり男の子はいっぱい食べるのだな』なんて感心してしまうほどの食べっぷりで、お腹をさすりながら綺麗に食べきってしまった。
「ご馳走様でした。毎日、美味しいお弁当をありがとうございます、だね。みしろさん」
「ぶふっ!!」
秀正君の感謝の言葉に誰かが噴き出した様で、二人そろってそちらを見ると、クラスの男子が四人揃って驚愕の表情で私たちを見ていた。
熱かったのだろうか一人がスープを噴き出していて、汚いなぁとは思ったけどそれ以上の興味は無いので視線を宗方君に戻す。
「お粗末さまでした。秀正君さえよければ、いつでも作って来るね」




