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【注意書き】
色覚異常の遺伝に関するデータは、公益社団法人 日本眼科医会 様のHP(http://www.gankaikai.or.jp/health/50/06.html)を参考にさせて頂きました。
三人で入ったのは二階にある空き教室。
ここは周りに模擬店とかがなくて人の通りも少なかったので、かなり人気のない場所だった。今の私達には丁度良い場所だと言えるだろう。
「水無月さんは色が見えないと聞いたのだけれど、先天性の障害なのかしら」
座ると同時にされたその質問に、イラッとしないわけでは無かったけど、努めて冷静に受け応えする。
「物心ついた時から見え方は変わっていません。幼い頃に大病を患った事も無いそうですから、先天性のものだと思います。ですので、私には色と言うモノは判らないです」
「それがどういう事だか解ってらっしゃるの」
「生活するうえで不便な事はありますけれど、授業も普通に受けています。家に帰れば掃除洗濯などの家事も手伝いますし、料理だってしています」
すると彼のお母さんは軽く頭を振って、「やはり解ってない」と呟く。
なにが解っていないと言うのだろうか。ただでさえ曖昧な質問なのだから、答えが的外れだと言うのであれば的を絞った質問をしてほしい。
「母さん、質問を明確にしてあげてよ。それじゃ、なにを聞きたいのかが解んないよ」
宗方君がそう口添えをしてくれたのだけれど、その彼の表情は強張っていて、碌でも無い質問をしやしないかと危惧している事が窺える。ふと昨日聞いた『目の事で酷い言葉を吐くかもしれない』が思い出されて、表情が硬くなるのが解った。
そして、それが的中する。
「先天性の色覚異常は遺伝するのだから、貴女の子供は必ず色覚異常になる。そんなリスクのある孫を求める親がいると思うの?」
孫? 子供? 赤ちゃん?
遺伝、するんだ。
私は子供を産んじゃ、いけないんだ。
「母さん! だからどうだって言うんだ! 母さんが望むも望まないも、僕らが付き合うことに関係ないだろ。それに、彼女に謝れ! 初対面の女の子を泣かせて、人の親として恥ずかしくないのか!」
そう聞こえてきて、頬が濡れて視界がぼやけている事に気付いた。でも、酷い事を言われたからじゃない。自分が産む子供にまで迷惑をかけてしまう存在なのだと、知ってしまったから涙が溢れているのだ。
「宗方君、ごめんね。お母さんが言うように、私は人を好きになっちゃいけないんだ。だから……」
それ以上の言葉が思い付かなくって立ち上がろうとすると、宗方君に手首を掴まれて残る事を求められる。
「ごめん。もう少し付き合って」
本当にすまなそうな顔でお願いされて、これで最後なのだからと彼の要望に従う事にした。たぶんこの痛みは、切り付けられたような胸の痛みは、直ぐには消えないだろうと思うから。
だから黙って成行きを見守る事にした。終始落ち着いた様子の彼を信頼して、全てを委ねることにした。
「母さん。色覚異常が遺伝するのは僕も知っているし、彼女との子供が男の子だとしたら色覚異常になるだろう。だけど、男の子の二〇人に一人は色覚異常なんだよ。女の子の一割はその因子を持っているんだ。決して彼女が特別なわけでは無いんだよ」
「それでも、そうなったら苦労する事になるでしょう。だったら……」
「だったら別れろと? 僕は彼女を必要としている。彼女が僕を拒絶しない限り別れるつもりは無いし、そうなったとしても諦めるかは別問題だ」
「お母さんは認めません。貴方にも美空にも幸せになってほしいのだから」
「そんなの母さんの自己満足じゃないか。仮に遺伝したとしても、その程度は個人に左右されて、気付かない程度かもしれない。そう言った人の方が多いのだからね。だから、僕の幸せがなんなのかは、僕が決める事だよ」
「でも、宗方君にめ……」
委ねるつもりでいた筈なのに、つい口を挟んでしまったら後ろから遮られてしまう。
「じゃぁ、私も結婚は無理ね」
三人しかいなかった教室に乱入してきたのは、笑顔を湛えた美空先輩だった。
抱えていたお菓子を机の上に広げると、私の後ろに立って頭を抱きかかえる様に腕をまわしてくる。
「私も軽度の色覚異常よ。だからパパも。そして、遺伝の事を調べたなら判るでしょうけど、ママは保因者よ」
その言葉に、私と彼のお母さんが言葉を無くす。
宗方君はその事を知っていた様なのは表情から読み取れて、だから私に寛大だったのだと理解してしまった。
美空先輩は、さらにお母さんを責めたてる様に口を開いた。
「知らなかったでしょう。私も高校に入って、病院で調べてもらって知ったくらいだからね。それでも、小さい頃から違和感は有ったわ。依頼の絵を描くようになって色のクレームを受けなければ、調べることは無かったかもしれない。パパもそうだろうしね」
きっと、彼のお母さんだけが知らなかった事実なのだ。
それなのに私に言葉を突き付けた今、言葉の槍を投げ返す様に『それ』を開かせた。
「さっきの言葉を姉貴にも言える? 言えないよね。言えるわけがないよね。解ったら彼女に謝ってくれ」
美空先輩に続いて彼も口を開くが、先輩のどこか他人事のような飄々とした口ぶりとは違って、怒りを抑え込んだ感じの低い声を、無理して普段通りの音量で訴えかける。
それでも当惑したままのお母さんは、それらの事実を『理解する事を拒んでいる』様子だった。見かねた先輩はため息を一つ吐くと、私に謝ってくれる。
「母の無礼を許してとは言わないけど……。ごめんね、必ず謝罪させるから少し時間をちょうだい。秀正、悪いけど彼女をお願いね」
それっきり誰も口を開かず、私は手を引かれるまま立ち上がって教室を出る。
どこをどう歩いたか分らないまま、彼と初めて声を交わした椎の木までやって来ていた。
「本当にごめん、母が酷い事を言って。それと、姉貴の事を黙っていた事も。それを知っていれば母ももっと寛大だったかもしれないのに」
そう声をかけてくれたけど、聞こえて来るだけで聞く事が出来ない。
考えがまとまらないまま彼の顔を見ると、悔しそうな顔で私を見ていて、口を開いては閉じるを繰り返す。かける言葉が無い程に、私の顔は強張ったりしているのかもしれない。
どれ位そうしていたかは判らないけど、一瞬だけ部室棟を見たかと思ったら、私を強く抱きしめて来た。その暖かさに、自然と頭の中は彼でいっぱいになってしまう。
「水無月さんが『子供は無理』と言うのならそれでも構わない。僕はそれでも君とずっと一緒に居て、笑い合いながら年を取って行きたい」
「それって、プロポーズのようよ」
思わず緩んでしまった目頭を彼の肩口に押し付け、背中に回した手ですがり付いた。
今直ぐは無理だろうけど、ちゃんと考えられるようになるから。
顔を上げて、笑えるようになるから。
だから、誰に見られても良い。
今は彼だけを考えて、彼の温もりに支えられて、彼の優しさに癒されたい。




