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 翌日登校すると、下駄箱に白い封筒が置いてあった。ラブレターだとかの期待は持ち合わせていないので、人目も気にせずその場で封を切って中身を取り出す。


『昨日は嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい。君の見ている世界と僕が切り取る世界に、共通のものが有るのかもと思っていたんだけれど。本当にごめんね』


 可愛めな便箋にも差出人は書いてなかったけれど、宗方君からであることは明白で、彼が謝る必要などないのに謝罪の言葉が綴られている。そして便箋と一緒に写真が一枚添えられていた。

 それは、水辺に佇む水鳥が写る何気ないポートレート。それでも何故か、普段目にする写真との違いが気になり暫く眺めていると、クラスの女子が声をかけてきた。


「あんた、また意地悪されているの?」


 何の事だろうと黙って首をかしげると、「それ、白黒の写真よ」と教えてくれた。どうやら色の解らない私に、色の無い写真を見せて違いが判らないだろうとの意図を指摘している様で、その通りなら確かに意地の悪い行為だろう。


「気にするだけ損だからね!」


 そう励ましめいた言葉を残して歩き去ったクラスメイトの後を、宗方君の仕掛けたこれが、本当に意地悪な意図があったか解らないまま教室に向かって歩き出す。それからは、彼が話しかけて来る事も近づいて来る事も無いまま一週間が過ぎたけど、家に帰るとあの写真を眺めてしまう日が続いている。

 見れば見るほど、羽の質感であったり水の反射であったりがハッキリと見て取れて、普段私が見ている景色とも見慣れた写真とも違う、独特な世界になぜか惹かれて止まない。そして、彼の手紙に有った『僕が切り取る世界』に興味が湧いてしまった。

 それでもやっぱり学校で声をかける事に気が引けて、気が付くと夏休みに入ってしまっていた。


 家に居ると「一人なのに冷房代が勿体ない」と母に言われるので、開館から閉館まで図書館に通って宿題をこなしている。ここに来れば宿題の参考になる資料は一通りあるし、静かで涼しい事も有って捗っていて、八月を前に宿題が終わりそうな勢いだった。

 もっとも宿題の量が多いかと言われれば、「少なくは無い程度」と答えるくらいのものだけれど。

 さすがにお昼ご飯を館中で食べる訳にはいかないので、隣接する公園の木陰で大好きなコロッケパンを食べる。ベンチに座って食べながら噴水を眺めると、幼稚園児だろうか小さな子供が水着姿で遊んでいて、上がる水飛沫が日の光でキラキラと輝いていた。


(私も小さい頃は、あんな風に無邪気に遊んでいたなぁ)


「水無月さん?」


 なんとなく感傷に浸っている所へ不意に声を掛けられ、ビックリして振り向いた先には、カメラを持った制服姿の宗方君が立っていた。思わず逃げ出しそうになって、謝罪のチャンスだと気付いて慌てて踏みとどまる。


「こ、こんにちは。あの……、パン。せっかくの厚意を、ごめんなさい」


 立ち上がって近づいて来るのを待って、頭を下げて言葉足らずだとも思う謝罪をする。


「いや、僕の方こそ失礼な事をしてしまって、本当にごめんね。ところで水無月さんは、木陰も好きなの?」


 質問は置いとくとして、やっぱり謝ってくれる。

 ならば手紙に添えられていたあの写真は、意地悪の為に添えられた物では無い筈で、なぜそんな事をしたのか確認せずにはいられなかった。幸いにも学校の知り合いは近くに居ない様なので、聞くなら今しかないと思った。


「あの。――迷惑でなければ、少しお話させてもらえないかな」


 勇気を出して誘ってみると、宗方君は予想外だった様でちょっと驚いた顔をしたものの、隣に座って微笑んでくれる。


「迷惑なんて思わないよ。てか、僕の方も話をしたいと思っていたから、素直にうれしい」


「この写真を手紙に添えたのは、何故?」


 バッグから手帳を取り出し、シワにならない様に挟んでおいた写真を差し出して問いかけると、「持ち歩いてくれているんだ」と驚かれてしまった。少し気恥ずかしさを感じたものの、真剣な面持ちで黙って答えを促す。


「それが白黒の写真だって事は判っている?」


 黙って頷くと、彼はこんな事を語り出した。


 最近はスマホなんかでも簡単に写真が撮れるだろ。でも僕が使っているのは昔ながらのフィルム式カメラで、好んで白黒フィルムを使って色々なモノを撮っているんだ。

 オタクっぽいとか言われるけど、デジカメなんかよりも粒子が細かく鮮明で、微妙な光の違いが表現できるような気がしているからなんだけどね。

 それに、色合いだとか鮮やかさだとかの余分な情報が無い分、その本質が切り取れる気がしていて、そういったモノを伝えたくって添えさせてもらったんだ。

 だからもし、水無月さんがその写真を見て何か思う所が有るならば、話をするチャンスが来るかもしれないと思っていた。


 そう語った宗方君は、恥ずかしそうに視線を逸らせてしまう。どうやら私は、彼の思惑にまんまとハマってしまった様だった。それでも不愉快な感じはせず、彼と彼の撮る写真に少し興味を持った。


「宗方君にとって、【色】という要素は不要なモノなの」


「不要かと言われれば(ノー)だよ。でも、僕が見て感じた色が他の誰かと同じである保証は無い。色なんて所詮は光の反射が生み出した副産物で、容易に変化するものだからね」


 色が変化する? 同じ保証がない? 私には解らない感覚で、それだからこそもっと知りたいと思った。


「赤が青く見えたりするの?」


 その色自体が分る訳ではないけど、信号機の色である以上はハッキリした違いがあるのだろうと例に挙げる。


「そこまで極端ではないけど。白い球に赤い光を当てれば赤く見えるし、青い光を当てれば青く見えるんだ。それにね、思い込みによる脳の補正で、色なんて簡単に違って見える。写真だって、蛍光灯の下で撮れば見た目より青っぽい写真になるし、白熱灯の下では赤っぽい写真になってしまう」


 どうやら私が思っていた以上に、色とは複雑なもののようでいて、理解するにはハードルがかなり高そうだ。


「それでもね。白黒フィルムで撮るとそんな不確定な情報が取り除かれて、そのモノの本質みたいな、揺れ動かない本来の姿が映せている気がするんだ」


 色とは必要だけれども不可欠な要素ではないと、彼は言いたいらしい。そして脳は、視覚だけでなく色覚にも影響を与えるものなのだと教えてくれた。

 でも……。


「それが私と如何つながるの?」


「君は普段から、揺るがない本質を見ているのだと考えた。そして、そんな不確定な要素一つの事で、表情を隠して孤立するのが勿体ないと思ったんだよ」


 それは持つ者だけが言える優越感なのか、持たざる者への励ましなのか、判断しがたいのだけれど、彼と話した短い時間では後者なのだと感じた。


「別に学校で孤立している訳ではないわ。誰かのグループに入っている訳ではないから、常に輪に入って話すわけではないけど、話をする友達くらいは居るし」


 言われた言葉にこそばゆい感じがして、そう反論したのは良いものの、表情を隠しているのは否定できない事実なので誤魔化しておく。


「でも、いつもは髪を下ろしているじゃないか」


(せっかく誤魔化したのに!)


「ん? いつも、は?」


 ハッとして頭に手をやるとカチューシャが乗っていて、おでこが全開になってしまっている。図書館には知り合いが居なかったから、つい家で勉強する時のように髪をあげてしまっていた。慌てて髪を下ろし火照った顔で睨み付けると、宗方君は何かボソボソっと言って正面を向いてしまう。


「なに! 文句でもあるの!」


 恥ずかしくって、ついきつい言い方になってしまったけれど、彼はそこには触れずにいてくれて、聞き取れる声で答えを聞かせてくれる。


「文句じゃなくって! その。せっかく可愛いのに、勿体ないって言ったんだよ」


「へ?」


 この人は急に何を言い出すのか、と思ったものの褒められれば嬉しくない訳はなく、男の子からは初めてのその言葉に、やっぱり恥ずかしくなってしまって俯いてしまう。

 二人して押し黙ってしまったが、沈黙を破ったのは宗方君だった。


「僕らが上辺の色彩に惑わされている中で、君は真実の姿を捉えているのではと思ったら、せっかく可愛いのに下ばかり向いて勿体ないと思った。だから話し掛けたくて君を見ていて、あの日も今日も声をかけた。ごめん、一方的に。僕、もう行くね」


 宗方君は目を泳がせてそう言い切ると、慌てて立ち上がり駆けだそうとする。私は思わず呼び止めて、ふと思いついた感情を持て余しながらも、お願い事までしてしまった。


「ちょっと待って! あの、髪を整えて来るから。明日ここで、写真を撮ってもらえないかな?」


 撮影を理由にすれば来てくれそうだと考えたのだけど、言ってしまってから随分と大胆な事を言ってしまったと後悔する。少し臆してしまっていた私に、それでも宗方君は笑顔で答えてくれる。


「うん全然オッケーだよ。そうだ、近所の揚げ物屋さんで出しているコロッケサンドを持ってくるから、今度は受け取ってくれると嬉しいな。とっても美味しいんだ」


「やっぱり、あの事を恨んでいるの?」


「えっ? だって今日もコロッケパンだったじゃないか。好きなんでしょ?」


「え? あ、うん……」


 好きの部分に過敏に反応してしまって、他意は無いはずなんだけど、公園で二人してお弁当を広げるなんて、デートの様で気恥ずかしいながらも何故だか嬉しい。


「それだったら、お昼前くらいにココで待ち合わせましょう」


 念のためにアプリで友達登録をして、離れて行く彼が見えなくなるまで見送ってから、広げていた荷物を片付ける。


 図書館に戻って宿題の続きをするつもりだったけど、直ぐにパーマ屋さんに予約の電話を入れてみよう。前髪を少し切ってもらうつもりだけど、思い切ってイメチェンしてもらうのも悪くないかもしれない。

 歩き始めて見上げた空はどこまでも澄んで明るく、見える景色もなんだか熱を帯びている気がしてくる。この目はハンデではあるけれど、決して劣っているわけでは無く、私だから見えるものが有ると胸を張って言える気がしてきた。


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