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「おはようございます」
出来るだけ元気に挨拶すると、すでに来ていた部員からも挨拶が返ってくる。展示に関しては昨日の内に完了しているので、集まっている皆は暇を持て余す事無く作画作業に没頭している。ちょっと近寄りがたいのは、雰囲気に気圧されているからだろうか。
「おはよう。午前中は吹奏楽部だっけ?」
そんな中、遠藤さんが寄ってきて声をかけてくれる。実は遠野さんから誘われていて、午前中は吹奏楽部の演奏を聞きに行く予定だった。
「うん。遠藤さんも一緒に聞きに行かない?」
誘ってみたのだけど、遠藤さんはクラスの他の子と約束があるそうで謝られてしまった。気にしないでって話していると、美空先輩が近寄ってきて声をかけてくれる。
ちなみに美空先輩以外の三年生は、クラスの出し物に協力しているのでこっちには来ていない。さらに言えば受験生なので美空先輩以外は部活に来ることも殆んどない。
部長だからなのだと思うけど、勉強とか大丈夫なのだろうか?
「水無月さんは午前中ヒマ? 絵のアドバイスをするのに、あなたの事をもう少し知りたいんだけど」
「えっと。午前中は吹奏楽部の演奏を聞きに行く以外、予定は特に無いです。明日は、か、彼氏と回る約束をしていて……」
名前を伏せたまま、貴方の弟である彼氏と一緒に回るなんて、言うのも恥ずかしくって噛んでしまった。それでも、彼ら姉弟の関係が伏せられている以上は、平常を装わなくてはいけない。
「そっか、彼氏いるんだぁ。じゃ~ぁ、今日の午前中だけは、私に付き合ってほしいな。お昼前には解放してあげるからね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
でも口調がからかいを含んでいるのだから、後輩にって感じじゃなく、弟の彼女に聞きたい事があるって事なんだろう。お手柔らかにお願いしたい気持ちでいっぱいになってしまったけど、ちゃんと知ってもらう良い機会でもあるのだから出来るだけ素直に答えよう。
文化祭自体は、学年が上がるにつれクラスの出し物が凝ったものとなり、三年生は特に飲食関係が多くなっている。二年生は、お化け屋敷とか参加型の出し物が多かったけど、早い時間だからか流行っている感じには見えない。
「二年生のこの辺りは明日の一般公開に向けたものだから、今日なんかは閑散としているね。早めに飲み物と食べ物を確保して体育館に移動しようか」
閑散とした中を歩きながらキョロキョロしていると、並んで歩く美空先輩からそんな風に提案される。
「お勧めのお店ってありますか?」
「私のクラスはメイド喫茶だから、女の子はどうだろう。四組は料理部の子が多いから失敗は無いと思うよ。でも、今向かうとしたら七組だね」
向かった先は焼き菓子と飲み物を販売していた。
パウンドケーキやフィナンシェがそれぞれ数種類あって、飲み物はペットボトルがそのまま子供用プールで冷やされている。
一応ケーキには味の表示があるものの、ミックスベリーなんて書かれていると判断が付きにくい。飲み物はお茶にしようと思っているので、抹茶味は避けたい気もするけど無難なのは何味だろう。
「ねぇ。ミックスベリーって何が入っているの? こっちのモカのケーキは甘さ控えめ? 無糖の紅茶に合うお勧めってある?」
どうしようか悩んでいると、美空先輩が矢継ぎ早に質問をし始める。
「ミックスベリーはラズベリーとブラックベリーなので酸味が強めですよ。モカは甘さ控えめなので、甘めのが良ければプレーンかレーズンが良いかも。あのね、レーズンケーキはラム酒を多めにしているので大人の味になってるの。おっと、先生には内緒でおねがい」
最後はいたずらっ子みたいな表情で答えてくれた売り子のお姉さんに、美空先輩はひとつ頷くと注文をする。
「じゃぁ、お勧めのレーズンのパウンドケーキとプレーンのフィナンシェ。あとは無糖の紅茶をちょうだい」
「私はレーズンとミックスベリーのパウンドケーキに、冷やしていないお茶をお願いします」
買い物を済ませると特に寄る所も無いので、時間的には早めだったけれど体育館に移動する。最前列が開いていたのでそこに座り、膨らんだ期待に応えてもらうためにケーキの封を早速開ける。良い香りが鼻をくすぐり、期待感がさらに膨らんだ。
「レーズン、しっとり甘めで美味しいです」
「味は目に見えるもの?」
一口食べた感想を伝えると、意外な質問が返されてしまった。
ビックリしたけど、謎々とかではない様なのでしっかり考える。盛り付けなんかで食欲が左右される事は有るけれど、見て美味しさが解るかと問われれば解りようはない。
「私には解りません。見ただけでは入っている物の区別が付きませんし、新鮮かとかは見えないので。やっぱり口にしないと解らないです」
「私も解んないよ。色で当たりは付けられるけど、正解かは解んないしね。それこそ新鮮さなんかは目利きでも無ければわかんないし、甘いかしょっぱいかなんて作った本人しか解んないんじゃないかな?」
確かにそうかもしれない。だからこそ、口コミだったりミシュランだったりの評価があって、それで見当をつけて最後の判断は食べた自分が下すものなのだから。
でも、いきなりなんでこんな事を聞いてきたのだろう。選び方が優柔不断に見えたのだろうか。
「あなたはハンデによって、健常者なら易々と判断つく事柄を自身ではできないと思っている。たしかにそういった部分がある事は否定しないけど、そんなの微々たるものなんだよ。秀正なんて、『レタス取って』って頼んだらキャベツよこすからね」
さすがにそこまでは言い過ぎ、とは思ったものの否定できる根拠が無い。柑橘系が苦手だって言っていたので、オレンジとネーブルは間違えそうだなんて事を考えてしまった。
「それに解んなければ聞けばいいし、初対面の人に話しかけ辛かったら知り合いを連れて行けば良いんじゃないかな」
ごもっともだとは思うけど、相手の都合ってものもある事だし、難しい事も躊躇してしまう事も解ってもらいたい。付き合いが長い里香ちゃん達だったとしたって、服選びをお願いするのには躊躇もあるし、だからこそ母と行く事が多いのだから。
「確かにそうでしょうけど。相手の都合とかもありますし、出先でアレって思ったものだと、やっぱり難しいですよ」
「それでも頼ればいい。写メ撮ったりして相談しても良いんだし、呼び出したって構わないでしょ。それを面倒くさがるなら、秀正には彼氏でいる資格なんてのは無いんだから、遠慮なく振っちゃいなさい」
関係は内緒だと言っておきながら、こんな時に平然と言われてドキッとする。お姉さんとしては私たちの関係を快く思っていないのだろうか。簡単に振っちゃえって言うくらいだから……。
「あの、私が宗方君と付き合う事には反対なんでしょうか」
「ううん。あなたの目の事を理由に反対する気は無いよ。秀正だって、目の事に対する憐みとかで付き合い始めたわけでも無いようだしね。髪を伸ばしていた理由もなんとなく解るけど、もっと人を頼って良いんじゃないかと思うんだよね。秀正だって、あなたに依存している所もあるんだろうしさ」
『人は独りでは生きていけない』
いつだったか、帰り道で宗方君から言われた言葉がよみがえる。
「僕は水無月さんに出会えたことで、人と関わる事の大切さに気付けた。自分から声をかけるのに勇気がいる事も、人から受ける色々な感情が僕を揺れ動かして楽しく思う事も、すべて君から教えてもらった。幸せを分けてもらったんだから、僕も分けてあげたいんだよ」
ならば、もっと声をかけて世界にいっぱい関わって行っても良いのだろう。
迷惑をかける事も掛かる事も恐れないで、ありのままの自分が人に分け与えられるものが有ると信じて、彼と一緒に進んで行けたらと思った。




