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ある日から、朝起きると直ぐに天気予報をチェックして、宗方君とメッセージのやり取りをする事が日課になった。天気が崩れるようならホームで、そうでなければ改札で待ち合わせをする様になったからに他ならない。
黙って好きにさせると、雨だろうが自転車で私の最寄り駅まで来てしまうからで、無理はしてほしくはないから、朝の天気予報で待ち合わせ場所を決める事にしたのだった。
彼と話をするのは、学校の行き帰りと休みの日くらいしかない。教室に入ればホームルームまでクラスの女の子と話をしているし、お昼も教室で食べるようになったからだった。
クラスに受け入れられている感じがして嬉しいのだけれど、彼と話す時間が少し物足らなく感じてしまうので、もうちょっと改善したいと思っている。
すぐ後ろの席に居るのは遠野紗希さん。
吹奏楽部に入っていて、ホルンを担当しているそうだ。本人はユーフォニアムを担当したかったらしいけど、倍率が高くて泣く泣くホルンになったと言っていた。
その日は天気も良かったし、宗方君といっぱい喋れたことで気分が浮ついていたのかもしれない。いつもはしないのに、お気に入りの小説を読みながら無意識に鼻歌を歌っていたらしい。
「水無月さんって、そのシーンにその曲を合せるんだ」
急に声をかけられてビックリして振り向くと、遠野さんは手を合わせて驚かせたことを誤ってくる。
「ごめんね、急に声かけて。私もその本好きで、何気なく目で追っていたら鼻歌が聞こえてね。『あぁ、この子はこのシーンにそんな曲を合せるんだ』って共感出来ちゃったから、センスいいなって思ったんだ」
「うん。孤独な主人公が一目惚れの相手に告白して、でも種族の関係で結ばれる事が叶わなくって、愛し合っているのに諦めないといけないシーンだから、私のイメージではこの曲なんだ。でも恥ずかしい。いつもは気を付けているのに、無意識に鼻歌なんて」
その曲というのは、サングリアと言う大好きなバンドがメジャーデビューするきっかけになった作品で、アニメ映画のタイアップでもある。同じようなシーンの挿入歌として使われていた切ない恋を歌った曲だった。
「そっか。私は最後まで読んじゃったから、サングリアの【未来】がぴったりだと思ってたんだけど。うん、その時点だったら【桜】の方が合うかもね」
「遠野さんもサングリア好きなの? 私はインディーズの頃から好きで、その頃の曲は今でも聞いているよ」
「最近の曲しか知らないけど、けっこう好きだよ。文化祭で演奏する曲にも入っているから、よかったら聞きに来てね」
そんな感じで仲良くしてもらっていて、自宅にあるスピーカーに繋げっぱなしの携帯プレーヤーは、遠藤さんに勧められた曲で飽和状態になっていた。もっとも、私もいろんな曲を勧めたからお互い様なのだけれど。
お昼によく誘ってくれるのは、田辺花梨さん。陸上部に所属していて、短距離で里香ちゃんのライバルだったりする。
面倒見のいい姉御肌で、宗方君から始めて写真を貰った時に「気にするだけ損だからね!」って声をかけてくれたのも彼女だった。
「本当に宗方と付き合っているんだよね。いかがわしい盗撮写真を撮られて脅かされてるとか、弱みを握られて脅迫されてるとかじゃないの?」
そんな風に疑っていたのは宗方君とは小中高と一緒で、当時からオタクとして名を馳せていた(と言い切る)彼に、私との接点を見いだせなかったからだと聞かされていた。
それでも、「けっして悪い奴ではないから」なんてフォローを入れるくらいだから、嫌っているとかではないのだろう。こう言う関係も幼馴染と言うのだろうか、私と里香ちゃんとの関係とはかなり違うようだけれど。
「ねぇ。清水さんの弱点とか教えてくれない? 代わりに宗方の黒歴史を教えてあげるからさぁ」
「里香ちゃんの弱点? 詰めが甘い所かなぁ。料理も最後の最後で壊滅的なミスをするし、プール行くのに水着を着て来たのは良いけど、帰りに着ける下着を忘れてきたりとかね」
「ごめん。それ、私も人のことが言えない……」
なんだかんだ言っても、似た者同士なのだろう。同族嫌悪では無く、お互いがライバルとして認識して切磋琢磨しているのだから、良好な関係なのだと思っているので微笑ましく思う。
けっきょく宗方君の黒歴史は聞けなかったけれど、それは彼のお姉さんから聞く方が信憑性も高くて、すこし期待をさせてもらっている。
美術部には本入部をしていて、小説のイラスト的な人物画を勉強している最中だった。もっとも模写を行っている段階で、うまくいかない所があれば本を開いて試行錯誤している感じ。そんな中で、宗方君のお姉さんで部長でもある美空先輩に教えてもらう事も多くなっていた。
表計算ソフトなんかでお絵描きをしているから、普通のイラストなんかの指導は出来ないのかと思っていたけど、なにげに教え方は上手だったし、模写させてもらっている絵も先輩の作品だった。皆には内緒だけれど、こんなやり取りがあったのだ。
「先輩、お願いがあります。宗方君に見せてもらったんですけど、小説の挿絵を描かれているそうですね。その絵を模写させてもらっても良いでしょうか」
「あのね、描いているのは素人さんの小説で、見本にするには稚拙だと思うんだけどな。そうだ、皆には内緒にしている事だから、黙っていてくれるなら新しく一枚描いてあげるよ。リクエストがあれば教えて」
せっかくなので、お言葉に甘えて遠野さんと話をするきっかけになったシーンをお願いすると、三日後にはA4サイズの絵を描いてきてくれた。
「秀正から聞いていると思うけど、弟がいることはあまり言っていないからそのつもりでいてね。それでも秀正にできた初めての彼女のお願いなら、叶えるのは吝かではないから、遠慮しないで言って欲しいな」
「は、はい。ありがとうございます。それと……、よろしくお願いします」
そんな感じで、けっこう可愛がってもらっている。お近づきの印にと、ラインのアイコンに使えるデフォルメされた私の絵も貰った。当然、こちらは表計算ソフトで書いたもので、美術部の子はみんなが描いてもらっているのだそうだ。
驚くほど充実した学校生活がおくれていて、気が付けば文化祭が間近に迫っていた。
この学校の文化祭は、一年生のクラス出し物が無い。方針として『雰囲気を知らない生徒に良い物は作れない』とあるそうで、部活のある子はそちらの手伝いを優先し、帰宅部の子は生徒会の手伝いをすることになる。そうして準備の手順や予算のやり繰りなんかを学んで、来年からは主体的に動けるように成らないといけないそうだ。
私も夏休み前までは、生徒会の手伝いとして会計関係をする気になっていたけど、入部したので美術部の方を手伝う事になる。
「一年生は、描き途中でも良いから一点は作品を展示する事。慌てて雑になるくらいなら、描き途中の方が活動過程を見られるので良いからね。PC組は抽選アイコン企画とヘッダ企画を今年もしますから、サンプルの作成を話し合っといてください」
二年生の柴田副部長からそう指示が出されて、役割がどんどん決まって行く。もっとも、私は入ったばかりなので手伝えることは少なく、初日の店番(?)を承る事になった。
迎えた文化祭初日は晴天だったけれど、なんとなく肌寒いような風が吹いていた。この日ばかりはクラスでのホームルームも無く、代わりに顧問からの出欠確認がされることになる。なので宗方君とは昇降口で別れ、割り当てられた美術部の展示教室に向かった。
午前中に抽選企画の申し込みが行われ、午後一で抽選会が行われる。その後、明日の配布に向けて作業が始まるのだけど、私に手伝えるスキルなどは備わって無い。
そんな訳で、その時間帯が人手不足になるので、見に来たお客さんの相手を私がする事になっていて、二時間くらい拘束されてしまう。質問されたら、答えなくてはいけないけど、ちょっと自信がないので大目に見てもらえると良いのだけれど。




