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 帰りのホームルームが終わって、宗方君に「朝の写真をメールして」と頼んだらうろたえだす。不審に思ってスマホを見せてもらうと、朝の写真を水彩画風にレタッチして待ち受けにされていた。


「待ち受けにしかければ、って言わなかったっけ」


「ここまで加工すれば、知っている人じゃないと判らないから良いかなって」


 怒っているわけでは無いけれど、やっぱり恥ずかしい事には変わりはない。それでも『加工してまで待ち受けにしたい』と思ってもらえていると考えれば、嬉しくないわけでは無くって許すことにした。

 待ち受け画面にしている方も合わせて送ってもらったところで、遠藤さんが迎えに来てくれる。実は、美術部の体験入部をしてみる事にしていたのだ。


「えっと、なんか悔しい。よりによって水彩画風に加工するなんて、『これ以上綺麗に描いてみろ』って挑戦されているようよ」


 加工済みの画像を見た遠藤さんは、そんな事を言って宗方君を睨み付けているけど、宗方君は気にした様子も無く「それじゃぁね」と言って立ち上がると、部活に行ってしまった。

 それが意外だった様で、遠藤さんが怪訝な顔で私を見てくる。


「ずいぶん軽い挨拶しかしないのね」


「うん。部活が終わったら図書室で待ち合わせて、一緒に帰る約束をしているからまた後でねって感じじゃないかな。その時に写真も送ってもらおうと思てる」


 遠藤さんに連れて行ってもらった美術室は、ずいぶん閑散としていた。

 おおよそ聞いていた部員の半分もいなくて、集まっている部員もそれぞれが好きなものを好きなように描いている。

 こんなものなのだって思ったのが顔に出ていた様で、「次に行くわよ」と連れて行かれたのは情報教育の特別教室。ここはパソコンがたくさん並んでいて、授業で何回か入った事があった。

 覗いてみると、端の一角でなにやら一生懸命作業をしている一団がいる。近づいて行くと、絵を描いたり色を付けたりしているようだった。


「これがペンタブって言いていたやつなの?」


「そう。紙に書く様にパソコンの画面に絵を描いて、筆で塗る様に色を付けて行けるようになっているの。覚えてしまえば紙に描くより楽らしいけど、私には無理かな」


「うん。私にも無理っぽい」


 そもそも、家に私用のパソコンが有る訳ではないし、それ用に揃えるお金も無いから、紙に描くので十分だと思う。

 それでも参考になるかと思って見て回っていると、マウスを使って描いている人が一人だけいた。ひときわデフォルメ風の絵を描いているけれど、その画面が見慣れたものである事に気付く。


「ねぇ。あの人の使っているアプリって授業で使っている表計算のじゃない?」


「あの先輩は特に異色でね。図形を歪ませたりしてパーツを作って、重ね合せる事で絵を描いているのよ」


 そう説明してくれた遠藤さんは、その先輩の所に行って声をかける。


「部長。休み中に話した入部してくれそうな子を連れて来たので、見学と体験入部を認めてください」


「良いよ。気兼ねなく、好きなだけ遊んでいってね」


 振り向いてそう言ってくれた部長さんに、どこかで会った事がある気がして首を傾げつつも、お辞儀をしながら挨拶をする。


「一年の水無月と言います。入部するかは未定ですが、よろしくお願いします」


「うん。目の事も知っているし強制はしないから、夏海さんにいろいろ聞いて楽しんで行ってね」


 そんなに私の目の事は知れ渡っているのだろうか。それとも、事前に遠藤さんが話していたのだろうか。それでも「楽しんで行ってね」なんて言ってくれたのだから、遠慮なく楽しませてもらう事にする。


 夏休みに描いていたスケッチを遠藤さんに見せると、いくつかアドバイスを貰えて、ある程度手直ししていると六時近くになった。とくに活動時間が決まっている訳ではない様だけど、きりが良かったから挨拶をして図書室に向かう。

 向かいながらメッセージを入れていたからか、直ぐに宗方君がやって来て一緒に学校を出る。同じ電車通学なので駅まで十分ほど歩き、入ってきた電車に乗ると二駅で降りる駅に到着してしまう。乗っている時間は五分ちょっとくらいだ。


 同じ絵を描くにしてもいろんな人がいるんだよって、部活で見てきたことを話しだすと降りる駅が見えてくる。まだ話したらないのだけど、だからと言って寄り道に付き合わせるのも悪い気がして言い出せない。

 あっと言う間なので物足らないものは有るけれど、毎日一緒に居られるのならばそれで満足しようと思う。


「それじゃ、また明日」


 そう言ってホームに降りると、なぜか宗方君も一緒に降りてしまった。彼は隣の駅のはずなのに、何か用でもあるのだろうか。


「あの、差し支えなければ家まで送って行っても良いかな」


「それはかまわないけど、遅くなっちゃうよ」


「実はこの駅まで自転車で来ていて、断られなければ送れる所まで送って行こうと思っていたんだ」


「二十分くらい歩くけど……。うん、お願いします。その、嬉しいな」


 改札を出ると、ロータリーの脇にある駐輪場から自転車を引っ張り出して、並んで歩きながら話を続ける。

 

「部長さんがね、私の目の事を知っていたんだ。そんなに学校では有名なのかって最初はびっくりしちゃったけど、遠藤さんが話してくれていたのかもしれないなって、気を使わせちゃったかなって申し訳なかったの」


「えっと。その部長さんに、他には何か言われなかった?」


「特には。変わった絵の描き方をしている人で、気安い感じのいい人だったよ」


 そう言えば名前を聞いていなかった事に思い至って、宗方君はなんだか知っていそうだったので聞いてみる事にする。


「名前聞きそびれちゃったんだけど。宗方君は、美術部の部長さんを知ってるの?」


「あのね。その人は宗方美空って名前で、僕の姉貴なんだ。だから、目の事は僕からの情報になるはずなんだ。付き合い始めたことも知ってる」


「えっと、お姉さん? 言われてみれば似ているけど、なんで遠藤さんは教えてくれなかったんだろう。知ってると思ってたのかな」


「姉貴も変わっているからねぇ。入学するにあたって、学校では関わらない様にって言われていたんだ。だから弟がいるなんて話しはしないだろうし、付き合っているのを知っていることも、口にはしなかったんだと思うよ」


 付き合っている事を知っていると言われて、目の事が宗方君経由の情報なのは理解した。遠藤さんが姉弟の関係を知らないとするなら、なぜ付き合っているのが私だと知っているのだろうかと問いただしたら、意外で恥ずかしい答えが返ってきた。


「デートの時の服を選んでもらうのに部屋に入られて、飾ってあった水無月さんの写真を見られちゃってね。声をかけたところから根掘り葉掘り問いただされたもんだから、全部話してしまった。ごめんね、先に言っとくべきだったよね」


「飾っているんだ、私の写真」


 黙って頷く宗方君は、それでも「飾る事については間違った事はしていない」みたいな顔を向けてくるので、なんと答えれば良いものか判らなくなってしまった。


 でも、反対される事も拒絶する事も無く、なんでも無い事の様に受け入れてもらった感じを、部活の挨拶や今の会話から受け取る事が出来て、なんとも嬉しく思う。

 世界は意外にも、思っていたほど私に対して壁を築いていないのかもしれないと思えた。

 だからこそ『少しずつでも積極的に関わって行きたい』と、彼のおかげで今は思えるようになっていた。


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