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とりあえずチケットの時間も迫っていたので、買い物は中断してプラネタリウムに移動して中に入ることになった。
通路寄りに並んで座って周りを見ると、親子連れが多くって子供のはしゃぎ声が響いている。子連れを意識してなのか、客入りは八割ぐらいで空席が散見された。それでも暗くなってナレーションが流れ始めると、静かに聞き入っている子の方が多くって、説明に没頭する事が出来た。
さすがに夏休みだけあって内容は子供向けのものだったけれど、北極星の見つけ方から十二星座の成り立ち、神話の世界に天の川の言い伝えなど、改めて聞いてみると「へ〜ぇ、そうなんだ」って気付かされる事も多かった。
普段は独りで来るので、説明そっちのけで瞬く星空に見いている事が多い。たまにはこうして説明に聞き入るのも悪くないと思った。
正味四十分の上映が終わって明かりが点く。早々に子供たちの話し声や出て行く人のざわついた感じに、楽しかった余韻に浸る事も出来なくって苦笑いが出てしまった。
握っていた手を離して、楽しかったか聞こうと思って宗方君を見ると、恥ずかしそうな顔で私をじっと見ていた。
『???』
なんでそんな顔を向けて来るのか解らず、小首を傾げてしまう。
「いや、あの、手を、ね」
宗方君のその言葉に肘置きにある彼の手を見て、さっき離した自分の手を見下ろして……。
『え? 離した手? なにを離した? そこにあった彼の、手?』
「ご、ごめんなさい! 夢中になっていて、無意識に握ってしまっていたかも。えっと、嫌だったら声をかけてくれればよかったのに」
「ううん。嫌だったんじゃなくって、嬉しかったんだけど。ふたご座の説明辺りから舞い上がっちゃって、説明が頭に入ってこなかった……」
それって半分近く聞いていなかったって事だよね。もしかすると三十分近くも握っていたのかもしれない。そう考えると火が出るほど恥ずかしくって、顔が火照っているのが解る。
「あの、とりあえず出ようか」
そう言われて差し出された彼の手を支えに立ちあがって、その手を繋いだままで外へと向かう。
なんとなく離すのがもったいない気がして、黙ってされるがままレストラン街まで来てしまい、彼がこちらを向いて口を開いたのを見てビクッと体が反応してしまう。
「お昼はどんなお店が良いかな?」
手を離してって言われるのかと思ったら、お昼ご飯の事だったのでホッと胸をなでおろす。
緊張もあってかあまりお腹は空いてはいないのだけど、男の子は良く食べるから空いているはず。ファーストフードなんかだと、この時間でも混んでそうで直ぐには決めきれない。
「朝も言ったように辛いのが苦手。あとは匂いが服に付くのはちょっと……」
「そうだね。パスタやお蕎麦も跳ねたら困るし、この辺だと窯焼きピザかオムレツ専門店かな。外に出ても良いなら、ちょっと歩いた所に焼き魚の美味しい定食屋さんもあるけど、二時を回ってしまったからメニューはあまり選べないかも」
「なら、ピザが良いかな? その、食べきれない様なら手伝ってくれると嬉しいんだけれど……」
出された食事を残すことは、幼い頃からよくない事だと教えられて育っていたせいもあって、どうしても無理して食べてしまう。まさか食べ掛けを食べてとは、恥ずかしすぎて言えないのだから、ピザが無難だと思ったのだ。
そうしてピザ屋さんに向かうと、混雑のピークは過ぎていた様で待たずに案内される。まだランチメニューも大丈夫との事で、私はシーフードのピザセットを頼むことにした。宗方君は周りを見て悩んだ挙句に、ビスマルクのピザセットとマルゲリータを追加注文する。
ビスマルクってなんだろうと思って写真を見たら、半熟卵とベーコン等が乗っている物で、ネットで調べるとビスマルクって人が半熟卵の乗ったステーキが好きだったことから、半熟卵の乗ったメニューをビスマルクと呼ぶそうだ。
サラダは酸味の強いドレッシングがたっぷりで、苦味のある野菜もサッパリ食べる事が出来た。なにゆえルッコラとか入れるのかと思わなくもないけど、美味しく食べられたので満足をしておく。
そう言えば酸味が強いので大丈夫だろうか、と宗方君に目をやると「柑橘系ではないから大丈夫だよ」って答えてくれたので、心のメモに書いておく。
焼き立てアツアツで出て来たピザは、一人前としては程よいサイズで残さず食べられそうだった。それだから宗方君は二枚頼んだのだけれど、せっかくだからと提案することにした。
「良かったら、こっちのも食べていいからね」
「それなら一切れずつ交換しようよ。余ったら僕が食べるし、好きなのを好きなだけどうぞ」
無難だと思って頼んだシーフードピザは、やっぱり無難な味で少し物足りなさを感じてしまった。ビスマルクは卵が良い味を出していたけれど、カリッとしていないベーコンがちょっとしつこかった。ハムだったら良かったかもしれない。
そして、マルゲリータは最高だった。生ハムの塩っけもコクも申し分なくて、モッツァレラチーズがそれを邪魔しないでいて、それでもちゃんと主張していて美味しかった。
お言葉に甘えて半分もらってしまって、食べきれなくなったシーフードを食べさせてしまった事は許してほしい。だから、ありがとうの気持ちを込めて「美味しかった」と笑顔を送る。
デザートのバニラアイスと食後の飲み物(私はアイスティーで彼はホットコーヒー)を前に次のお店を相談する。
宗方君がおもむろにバッグから取り出したのはタブレット端末で、主にはゲーム用として使っているそうだ。それもネットに繋がるらしくて、大きな画面で店舗の検索をしていく。
男の子がファンシーなのを付けているのはおかしいし、アニメキャラとかは私が恥ずかしい。彼のタブレットのホーム画面が可愛い女の子の絵だったので、そういった好みがありそうだけど、それ以外の持ち物にはそういった趣味は見受けられないので、やっぱり好みがよく分からない。
アイスを半分ほど食べ終わった彼は、残りをコーヒーに入れてしまう。
「ん? ウインナーコーヒーもどき? コーヒーフロート的な?」
美味しいのだろうかと見ていた私に、そんな言い訳めいた事を言って、それでも美味しそうに飲んでいた。
目星を付けたのは、シルバーの装飾品を扱うお店と和物を扱うお店。
シルバーを扱うお店に先に向かいアレコレ物色したのだけれど、なんとなく画面を傷つけそうで決めきれない。なにより使われている革紐が、私のスマホケースの色に合わないとの事で、断念する事になった。
和物のお店にあるものは、ストラップチャームというより根付なのだろう。それでもチャームに出来そうな物も多く、柔らかい素材が使われているので傷の心配は無さそうだった。
気になるものを幾つか目星を付けたので、宗方君に声をかけると意外なものを提案された。
「気に入ったのは有った?」
「うん。三つほどあったけど、これなんかどうかな。干支も合うし、お互い牡牛座だからおかしくは無いと思うんだけど」
そう言って差し出されたのは、随分と可愛らしい牛の根付だった。確かに星座も干支も牛に関わるので、チョイスとして悪くは無い。無いけど可愛らしすぎると思って候補から外した物を、彼が提示してくるとは思わなかったのだ。
「えっと。おかしくは無いけど、宗方君が付けるには可愛らしすぎない?」
「そうかなぁ。デフォルメされている物とか結構好きなんだよね。他だったらこんなのは?」
代わりに出されたのはネコのチャーム。こちらは種類が豊富で共通して可愛い感じのものだった。
「私はイヌよりネコの方が好きだけど、宗方君もネコ派?」
「うん。飼っているわけでは無いけど、飼えるなら猫が良いな。聞いた話では、家中で爪研ぎされて大変らしいけど」
さして大変そうには感じていない様な笑顔で答える彼に、こう言った好みも一緒だったことに嬉しさを感じる。
それではと三毛猫のチャームを選ぶと、彼も同じものを選んだ。どうしても同じものが良いらしくて、そこは譲れないと言いだす。手作りらしく微妙に違いがあるので、せっかくだからと気に入った子を探して支払いを済ませる。
袋がもったいないので、レジでスマホケースに付けてしまい、年配の店員さんに羨ましがられてしまった。
好きな人と同じものを持つなんて日が、私には来るとは思ってもいなかった。
それがこうして訪れたのだから、これまでの下を向いていた私を笑い飛ばしてあげたいと思う。
ちゃんと前を向けば、幸せは誰のもとにも来るのだ、と。




