偉大なる父親と新たなグレートファザー
長いねぇ。
「はぁ…はぁ…史人…美紗希。頼む、いてくれよ」
久しぶりの全力疾走。その連続に足は小鹿のようにプルプルと震えていた。それでも足を進める。仕事が終わって、久しぶりに家に帰ろうかと駅に向かう途中にビルのディスプレイから流れたあのニュース。息子と娘が犯罪者で父親である自分も主犯格扱い。
「早く死刑になればいいのに」
「なんでこんな奴ら産まれたんだろ」
「迷惑な奴らだな。早く死ねよ」
世間の異様な空気。聞こえる言葉の数々に精神は削れていく。通勤用の鞄で顔を隠してここまで来た。何もかもが、分からないことだらけの連続だ。それでも、1つだけ分かることがある。
「会わなくてはッ…はぁ…史人…に…美紗希にぃ!」
ふらふらと、それでも前に進む。今、清和に分かることは家族に会うことだ。会って、不安だろう子供達を励まし、守らなければならない。
「それが…俺の…命を賭した使命ッだぁ!」
歯を食いしばり、最後の力を振り絞り、また走り出す。鞄も上着も財布すら放り投げて少しでも速く、前へ。昔、母親が生きていた時によく遊んだ、あの公園へ。
「俺が出来るのはあいつらの父親である事だけ、だ!」
一気に駆け抜ける。山頂の公園へ至る長い階段を登りきり、膝に手を付いて今にも吐きそうに息を荒らげた。苦しい、酷く苦しく辛い。
「父さん!!」
それでも、この声を聞いたら。全てが吹き飛んだ。
「あぁ…えっと」
まず会ったら。何をするんだっけ。…あぁ、思い出した。安心させなければならないから。
「ははっ…遅くなってすまんな。史人」
「……なんか思ったより平気そうだね。父さんは」
自分が出来る最高の笑顔を作る。まずは、これからだ。
あのニュースが流れてから一切息のつけない展開の連続であったが、ようやくこの無人の公園に到着しある程度落ち着いて会話が出来た。
史人は今まで起きたことを全て、父親に話す。
「にわかには信じられないな。捕まったら翌日死刑なんて…」
でも、世間の風潮はもうそうなっている。メディアが1日報道を過剰に流しただけでこれだ。なんなら、路上にパーカー無しで歩いていたらリンチにされる可能性すらあるのだから。
「俺も昨日今日だからね。でも、ほら。少なくとも魔術師っていうのはいる」
右手から赤い稲妻を出しながら赤錆た刀を顕現させる。
「………凄いな。史人は魔術師の天才かなにかなのかい?」
「いやいや、これ最弱の能力らしいよ?」
「想像がつかない世界だね。まったく。頭の硬いサラリーマンには少し難しいよ」
「頭が柔軟な高校生だって意味が分からない事だらけだよ、父さん」
そりゃ誰だってそうかと、二人で笑う。本当の本当に久しぶりの、父親との会話。長く疎遠になっていたが…こう話して後悔が更に深まる。もっと、もっと話しておけば良かったと。
「いま、美紗希はその人の所にいるんだね?このパーカを着ればいいと。僕、魔術師じゃないけどいいのかい?」
「多分大丈夫でしょ。そろそろ車に戻りたい。フードを被れば誰にも分からないらしいから行こう。早く美紗希に会って上げて」
「あ、あぁ。史人……いや。今はいいか。後で伝えたいことがあるから、覚えておいてくれ」
急に神妙な顔になってそう言う父親に若干嫌な予感をしながら頷き、公園を後にしたのだった。
歩いて移動する場合、かなり遠い距離だ。なりたてとはいえ魔術師の史人が1時間と少し。父親は一般人だ、当然だがそんなに速い速度は出せないし、下手をしなくても体力は一般人以下だ。
車を止めたのは郊外の有料駐車場だ。人手が多い訳では無いから、長時間止めても問題は無いだろう。車にいる大井と美紗希は心配しなくても大丈夫そうだ。
心配すべきは自分と父親だ。フードを目深に被り目立たないように歩く。パーカーの力を信じてはいるが、それでも精神は削れていく。
「……このパーカー凄いね。全然見つからないよ」
「そうじゃなきゃこんなとこ歩かないよ」
小声で会話する。父親がしきりに話を振ってくるのは史人を気遣っての事だと分かる。この程度でパーカーの力は消えないのは、ここまで来る道中でわかっているので問題は無い。
歩き出して1時間が経った。帰宅時間なのか人通りもかなり多くなる。
「もうすぐだよ父さん。ここを抜けて人通りの少ない所にある有料駐車場にいるんだ」
「そうか。流石に父さん少し疲れて来たよ…」
無理もない。魔術師として下手だが魔力を纏える史人と、運動不足の中年サラリーマンじゃ比べるだけでおこがましい。
「もうすぐ…もうすぐ…」
逸る気持ちのせいだろうか。見覚えのあるコートを着た人とすれ違っても気付かなかったのは。
コートを着ている男はニヤリと口角を上げて後ろを振り向く。
「…もしかして…あれですかねぇ。懐かしの尾行と洒落込みますかぁ。アイツに会えるかも知れませんからねぇ」
離れていく赤いパーカーの男と灰色のパーカーの男。数百メートル離れてから、ゆっくりと歩き始める。その目はそれだけ距離が離れていても確かに二人の背中を見つめて離さない。
「おっ。あいつら帰ってきたな。さて、車を発進させるじゅんびを〜っとっと?あー。あいつら、面倒臭ぇ奴連れてきやがったな」
ふぅ、と本当に面倒くさそうに溜息を吐く大井。さっきから何度も起きては眠らされる美紗希をチラリと見て、優しく微笑む。
「可愛い息子が連れてきた酒飲み仲間だ。しょうがねぇ、やってやるよ」
家族に新しいも古いも無い。俺が家族だと認めた者はその時から俺の息子と娘だ。ならば、助けねばならない。
「父ちゃんこれでも、昔は最強って言われてたんだから。はりきっちゃうよォ」
車から降りて、車に結界を張る。
「寝たフリってのは分かってんだよ。ははっ、大人しくしてな」
そう言って歩いて行く大井が見えなくなった頃、ムクリと起き上がった美紗希はそーっと車のドアを開けようとするがビクともしない。殴りつけても何しても自分の手が痛むだけだ。
「あの筋肉ダルマ!なんかしたわね!!ちくしょう!お兄ちゃんは何処だぁぁあ!」
いくら叫んでも車を囲む結界防音である。残念ながらその声が誰かに届くことはなかった。
「よぉ。史人。おかえり」
「あれ?大井さん。出迎えですか?べつに車で待ってくれても良かったんですけど…」
「いやぁ、そうしたかったんだが。お前、気付いていないだろ?正義狂いに尾行されているぞ?」
「えっ?」
その瞬間、大井に吹き飛ばされた史人と清和。普通の人なら大怪我をする勢いだ。何とか父親を守ったが、1歩遅かったらどうなっていたか。
「何する…っ!?」
「あらあら、やっぱり反応がいいですねぇ。かなり近くまで隠れていたはずなんですが…」
「お前、昔から刑事の癖して尾行が下手過ぎんだよ。久しぶりだなぁ、義正正義。ったく、相変わらず冗談みたいた名前だよなお前」
「相変わらずと言われてもねぇ、名前なんてそうそう代わりませんよ?」
ギリギリと大井の大剣と義正の細いレイピアが鍔迫り合う。二人とも武器魔術師なのだろうか?
「そう言う貴方は相変わらず化物見たいですね。武器魔術師でもない癖にそんな大剣を出すなんて。その才能に嫉妬しますよ」
「化物は傷つくねぇ。武器魔術師であるお前の武器が貧弱なだけだと思うがなぁ」
「私の方が傷つきますよぉ、それ」
二人とも、軽口を叩きながらもその動きは最早史人の目では追えない速度に達していた。何をどう動いているかサッパリ分からない程の絶技に、かけ離れ過ぎた速度の応酬。
「か、彼らは人間かい!?」
「…………」
父親の悲鳴のような感想は確かに共感できる。なるほど、これは確かに人間兵器。こんなのがそこら中にいたら世界は終わるだろう。少なくともこれだけの力を持った人間同士の文明など史人には想像がつかない。
「さて。旧交を温めるのもここまでにしましょうか。どうですか?昔の私は確かこのようなものであったはずです」
「ん?あぁ。確かこんなもんだったな。相変わらず凄い執念だなお前。今の歳になってもそれだけの力を発揮出来るなんてよ。てか、昔から老け顔だけど…全然変わってないな」
大剣を肩に担いで余裕そうにジロジロと義正を見る。
「……貴方は…変わりませんね。その上から偉そうに私達を見下ろす姿は。実に腹立たしいです。…それと、さっきから気になっていたのですが彼らは?」
「ん?あぁ、史人か。あれは俺の息子だよ。俺のファミリーの1員だ。そこの灰色のパーカーの男は史人の実の方の父親な。俺にとっては…酒飲み仲間候補かねぇ?」
大井が嬉しそうに語る。それを聞いて、義正がニヤケ面をやめてスッと無表情になる。いや、無表情ではない。確かな殺意、怒りを秘めた顔だ。
「よりによっても…俺の前で家族ごっことはな。貴様に家族を皆殺しにされたァ!!俺の前でェ!!」
「あぁ…そうだな。悪いと思ってるよ。義正。お前は俺を殺す権利があるんだろうな。でも、俺も守る者が出来てね。そう簡単に死ねなくなった。殺したきゃ、殺して見ろよ。昔のお前には見せなかった…全力で相手してやる」
二人の雰囲気が変わる。二人の周りの空間が歪み始めた。史人に分かる、凄まじい魔力が空間すら歪めているのだと。
「舐めるなよ!天災!貴様の馬鹿げた才能が!その力が!いつまでも最上と思うな!才の無い俺にだって貴様に勝つための方法はあるんだよ!凡才が天才に勝つ唯一無二の方法!悪魔との契約がな!」
凡才が天才に勝つ方法。努力では決して埋められない凄まじい才能の差。それを埋める唯一無二の方法。悪魔との契約。精神の汚濁、侵蝕を耐え抜き。悪魔に打ち勝ち、支配した者。
「貴様を殺す為なら!悪魔にだって魂を売ってやると誓った!今こそ、殺してやる!お前を!」
「……これは…不味いな…やっこさんマジでやりやがったのかよ」
魔力の上昇が止まらない。最早史人からはその全体像を知ることすらできない。蟻がスカイツリーの全てを知ることができないように、ひとつの鉄柱で気圧される。
「だがなぁ、負けれねぇんだわ。こっちもなぁ!」
大剣が消えて変わりに大きく黒いローブに身を包む大井。地面か空中に至るまで目に付く全てに魔法陣が現れる。その一つ一つも史人が想像がつかない魔力量を誇っていた。
「ハッ!結界か!そんなに家族が大事か!大井武蔵!」
「そうだ!俺の命より大事なものが出来たんだよ!信じられねぇだろ!義正正義!」
義正と大井を囲む巨大な結界。更に史人と父親を囲む結界すら出来る。
そして、始める異次元の戦闘。大井は数千もあるだろう魔法陣から一斉に放たれる魔術攻撃。それを、たった1本のレイピアを自在に操り全て弾き返す義正。1歩、1歩。前に進んでいく義正に更に魔術攻撃が襲う。全方位から攻撃を受けきれずに身体に傷を増やしながら、それでも進む。その気迫、まさに鬼神。
「………史人。こんな時に…言うものじゃないかもしれないけど。聞いてほしい」
この戦闘に目を奪われる史人に、父親が何かを決意したように話を始める。
「な、なに?」
その声に少し気圧される史人。訥々と語り出した父親の秘密。結界越しにでも響く衝撃と轟音。そんな中、語られる衝撃の事実。
「そ…れ。本当なの?」
「あぁ…全部本当だ。今まで秘密にしてたのは…怖かったからだ。お前や美紗希の信頼を失うんじゃないか軽蔑されるんじゃないか……お前がショックを受けるんじゃないかと…父さん臆病だからさ」
聞いた内容は……確かに凄まじい内容であった。ほんの、一瞬。父親が怖く感じる位に。そんな感情が出たのか…父親が諦めたように微笑む。
「あぁ、そりゃそうだね。父さんなんて、嫌いになっちゃったよな」
「ち、違っ」
「でもな。父さんはお前達が大好きだよ!」
横目で見える戦いでは傷だらけになりながらももうすぐレイピアの射程に大井を捉えるところまで来ていた。攻撃は更に激しくなっていくというのに、足を止めない義正。
冷や汗をかく詠唱をしていた大井に向かって父親は叫ぶ。
「結界を解け!息子は俺が守る!お前が死んだら意味が無い!」
父さんな、昔は結構ゲームとか好きでやってたんだよ。結界とかって結構神経使う場合が多いんだ。それじゃなくても守る者が無くなると途端に戦いやすくなる。この結界のせいで負けるかもしれないのであれば、この結界を解いていいぞ。大丈夫だ、息子は俺が必ず守る、それが父親の命を賭した使命なのだから。
「なに、を…」
「………確かに承った。史人の偉大なる父よ。このような存在をもっと早く知っていたら貴様とも敵対せずに済んだのかもな…」
「ほざけ!この距離、もう貴様の心臓を突ける!!いくぞっ……!?」
「天災を………舐めるな。凡人が…」
史人達を守る結界は消えて、一気に魔術攻撃の勢いは増す。その精度も比較にならないほど向上した。僅かな均衡を保って進んでいた義正正義のレイピアによる防御は間に合わなくなり、身体中に炎、氷、刃、光と闇、全ての攻撃を受けて弾け飛ぶ。
「がっ……おの…れ。悪魔の力を…持っても…」
「馬鹿が。テメェだって言ったろ?悪魔との契約で凡才が到れるのは天才のみだ。俺は天災だ。格が数段ちげえんだよ」
勝負は付いた。因縁の、家族の秘密の決着が付いたのだ。
「と、うさん。ねぇ。何して」
結界が無くなった今。史人を抱きしめて、その背中にその凄まじい余波を受けた父親。一般人が受けていい衝撃ではない。その背中は焼けただれ、骨が見えていた。生きているのが不思議な位に酷い致命傷を負っていたのだ。
だと言うのに、その顔は胸の憑き物が取れたように穏やかで…史人を見て微笑む。口元に血を垂らしながら。
「愛している。史人も美紗希も。俺の子だ、だから生きろ。史人、美紗希を守れよ。お前が守ってやれ」
何故喋れるのか。即死してもおかしくない重傷なのに。
「わ、かった。分かったよ!父さん!俺も父さんを愛して――!」
果たしてその声は届いたのか。微笑んだまま死んだ父親に。最後に自分の心を伝えられたか。それすら分からないまま父親は地面に崩れ落ちた。
「……ぐっ…クソっ。これも…全部…俺のせいだってのかよ。チクショォォォ!!」
己の身から出た錆。ならば、己の身体はとうに錆だらけだろう。
「史人、いくぞ。敵さんが沸いてくる前にな」
「……………………あぁ。行くよ。美紗希が待ってる。約束したから」
父さんとの最後の約束。己の身は錆だらけ。それでも、美紗希だけは。胸に更なる決意を秘めて歩むのであった。
感想よろしくお願いします。