決別の時
「おっと、そうだ。これを渡しておくぞ」
ほれ、と手渡されたのは史人には大き目のフード付きのパーカー。赤色と桃色の2つだ。
「お前と妹の分な。うちのファミリーでの正装だ。認識阻害の魔術が組み込まれている超闇業界の逸品だぞ。無くすなよ?高いんだから」
「……今後はこれで顔を隠して生きていかなくちゃいけないってことですか?」
「そーいうこった。お尋ね者だからな、俺達は。写真は張ってなくても警官が見ればすぐにあの正義狂いが飛んでくるぞぉ?怖ぇったらねぇよ」
ま、そう落ち込むな。と、ハンドルをきる大井。どうやら高速に入ったようだ。車が一気に加速していき、外の景色が更に早く流れていく。
「………………魔術師ってのは…化物みたいですね」
普通なら速すぎる速度に目が追いつかない所が出てくるが、意識を集中すればスローモーションのようにゆっくりと、虫眼鏡を使っているように細かいところが良く見える。
「そりゃ、人が化物を倒す為に編み出した技術だからな。魔術師ってのは。ま、その化物はもうほとんど現代にゃいないから随分と長い間、科学に魔術が潰されてきたようだが」
こんな力、全員が持っていたら世の中は大変だ。一般市民が岩やコンクリートを崩せたら、今頃高層ビルなど建たない。昔の為政者は多大な犠牲を払い、こんな力を持つ人間を弾圧、潰して来たのだろう。安定した統治の為に。
それでもこうして残っているのは、為政者側に魔術師がいたからだろうか。他人が魔術師なのは恐ろしいが自分は魔術師でありたい。力を持つ存在でありたい、それが結果的にいつか己の首を絞めるかもしれないと、分かっていながら。
そんなことをふと考えていた史人。この力を恐ろしいと感じる気持ちも分かるし、この力を手元に起きたいと考えた為政者の気持ちも分かる。
「十年前にある事件が起きてな。それでほんのごく一部しかいなかった日本の魔術師が一気に増えた。世界中の政治家、為政者は魔術師という世界の軍事バランスを崩す存在を許しはしねぇからなぁ。日本に国連が圧力をかけたらしくてな、日本政府が顔を真っ青にして俺らを殺しにきてるんだわ、これが。怖いねぇ、本当」
驚くべきことに脅威度では核爆弾を上回るらしい。むしろ核爆弾など、可愛いものであると大井は言う。本当か嘘か分からないが、あの中々可決しない国連が纏まっているというのであれば本当に世界の構造を変える力なのだろう。
「核爆弾の数を…なんて、国連の暇潰し。遊びみたいなもんだ。あれで世界の危機を煽っているだけだぞ。魔術師という存在を隠す隠れ蓑みたいなもんよ」
車を走らせながら色々な話を聞く。嘘か真か、どちらにしてもこの男の言うことに従わなければ生きていけない立場にいる。高々、高校2年生と1年生の兄妹だ。世の中の事など分からないことだらけ、そんな中で犯罪者として生きていくのは辛く難しい。二人の生命はまだ、大井の匙加減によって決まるといっても過言ではないのだから。
「……それで…この車は何処に向かっているんですか?」
貰ったパーカーを妹に着せて、自分も羽織る。そして、聞くかどうか迷った質問をぶつけるのであった。ここがまず第一の死ぬかもしれない分水嶺だ。騙されていたらすぐに脱出する事も覚悟しなくてはならない。
「言ったろ?ファミリーだって。家族の帰る場所は家に決まってんだろ」
そう得意げに言う大井に、ふと父親の姿を思い出す。息子と娘が犯罪者になったという事実を、父さんは…なにを思うのだろうか。そんな思考はすぐに辞める。昨日まで普通の生活を送っていた史人にとってこれを考えると、頭がおかしくなりそうな事だから。今の史人にそんな余裕は一切無い。
車はトンネルに入り、オレンジ色の光が史人と寄りかかる美紗希を怪しく照らすのであった。
1人の男が夕暮れ時に必死に走っていた。喉をからし、胸を抑えながら。
「ハァハァ……なんだ…何が起きている?史人と美紗希が殺人犯?俺が…主犯格の1人…」
余り人が通らない裏の路地に隠れ、肩を大きく上下させる男。スマホのWebニースには凶悪殺人犯として自分と子供達の写真が載ってあった。
パトカーの音が聞こえる度に心臓の鳴る音がうるさくなる。いったい何度かけたか分からない番号に再度かける。
「頼む…出てくれ…史人!」
男の名は清水清和。史人と美紗希の義理の父親である。
次のニュースをお伝えします。昨夜、連続殺人強姦事件を起こしていたとされる犯人が遂に判明致しました。清水史人被告と清水美紗希被告、高校生の兄妹がこの凶悪事件の犯人だと発覚しました。この凶悪な事件を起こした二人の兄妹の父親も同じく主犯格であるとされ、現在行方を捜索している模様です。
まさか!高校生がこんな事件を!?世の中が最近おかしくなってきている―――。
父親がおかしい、どういう教育――。凶悪犯は早く捕まって、死刑になって欲しいですね―――。
極端な意見は控えて――――――。
「………大井さん。これって…」
「…やっこさん。随分とお前らのようなガキに御執心だな。ニュースにしてしまったら魔術師の存在が明るみに出るかもしれねぇってのに。……いったい…どういうつもりだ…義正…」
車に取り付けられたテレビから流れて来たニュース。一瞬で自分と妹、父親の顔まで日本中に広まった。これで、本当に一般社会には戻ることができないと本当の意味で理解したニュースでもあったのだった。
「義正さん!このニュース!史人がでています!どういうことですか!?何故彼が強姦連続殺人犯に!妹の美紗希ちゃんまで!僕は納得いきません!」
「相馬くん…。だから前も言ったでしょう?今回の事で発覚したんですよ。貴方の知らない所でそういうことをやっていたという動かぬ証拠があるのです。昔馴染みなのは分かりましたが、だからといって犯罪者を野放しには出来ませんよ。その位貴方にもわかるでしょう?」
「…………分かりました……ではせめて、その証拠を見せてください」
「仕方がないですね。本当は駄目なんですが…はい、このファイルに全ての証拠が纏められた書類がありますよ」
課長の席に座る義正から手渡されたファイル。そこにはそれらしい証拠が揃っていた。
「これが…全て史人と美紗希さんの物だという証明は…」
「優人!もう、やめよう…」
「やめるって……史人が!人殺しの犯罪者だって言いたいのか、真由!あいつが…!そんなことするはず…」
「みてわからないの!?証拠が揃っているんだよ!?私だって認めたく無いよ!でも…もう遅いよ…義正さんをこれ以上困らせても…どうしようもないじゃない……」
相馬の服の袖を掴みながら涙を零す鮎川。その姿を見て我に帰る相馬。
「相馬くん。気持ちは察しますが…ここは大人の職場です。これ以上子供のような事を言うなら、暫く国家魔術師の仕事は控えさせますよ?」
職場で大声を上げた相馬を見る目は冷たい。同情的な視線もあるが、大半以上は仕事を邪魔されて迷惑そうだ。
「…………すみませんでした。もうこのような事はしない…です」
「よろしい。有望な相馬くんを私だってそんな処置はしたくないからね」
「…ですが…まだ史人がそんなことをしたとは信じてはいません」
その言葉を聞いて残念そうに眉を顰める義正。
「史人を捕まえたら、必ず本当かどうか真実を突き止めます。死刑になんて…絶対にさせません」
「ふぅ……そうですか。なら、まず捕まえ無いと話は進みませんね。この話はその時にもう1度しましょうか。いま、いくら喋っても意味はありませんから」
その時にどのように喚いても次の日には死刑だ。適当に誤魔化しておけばいいだろうと、義正はそう思っていた。
「分かりました…では俺は早速探して来ます」
「おいおい、仕事はどうしたんだい?」
「もう、終わらせました?それとも他に?」
「なら文句は無いよ。いってらっしゃい。でも、パトロールの時間には戻ってよ?」
「分かっています」
そう言って、国家魔術師に支給されるコートを羽織って魔術師課から出ていく。それを、感情の感じさせない瞳でじっと見つめる義正。
「……優秀過ぎるのも…考えものですねぇ」
そうボソリと呟いた言葉は誰の耳にも入ることなく。消えていった。
「あ、あの。義正さん。優人が失礼しました。親友が…あんなことになったから気が動転しているのだと思います」
「あぁ、気にしないよ。若いからねぇ、仕方がない。でも、鮎川くんはとても落ち着いているねぇ、若いのに偉いよ」
「私もショックなんですど…証拠が揃ってるんだったら…もうどうしようもないです…。わ、私も優人と一緒に行ってきていあですか?」
「いいよ、行ってらっしゃい。彼女ならちゃんと彼氏の手綱を握りなよ?期待しているからね」
「……はい!すいません、行ってきます」
同じく小さなコートを着て相馬を応援だ鮎川。それをにこやかに見送る。
相馬よりは優秀ではないが、扱い易いな。と、考えながら。
「さてと……私もこれ程大事にするつもりはなかったんですけどねぇ…」
本物の鑑識からの結果が書かれたファイルを取り出す義正。
「まさか……お前がまだ生きていたとはね。十年前の傷が疼くよ…大井武蔵ィ。テメェをグチャグチャの挽肉にする機会がまた来るなんて、私は幸せだよ」
今何をしてるのか、あれだけの事をしたお前は。
「俺の家族を殺したお前は、何を」
この瞬間だけ、生気の感じない瞳に確かな殺意が宿る。胸にしまい込んだはずの激情の一端が溢れ出した瞬間であった。
空を輝かせていた太陽はもう見えない。その代わりに街を照らすのは街灯の光。それに照らされて歩く人々で賑わう繁華街。
新品の赤いぶかぶかのパーカーを着てフードを深々と被る男が早走で歩いていた。誰の目にも止まらない、そこに存在しているのに誰も認識されないのだ。認識阻害の魔術が組み込まれたと言うだけある。
思い出す、大井武蔵との会話を。
「どうするよ?父親はまだ捕まっていねぇようだが…助けるか?」
「……当たり前ですよ。父さんが死んだら美紗希が悲しみます」
「ほぅ。で、俺はどうしたらいい?」
「ここで待っていて欲しい。美紗希を頼みます。父さんとは…合流出来るアテがあるんです」
「へぇ、いいねぇ。親子、共通の場所があるのか。でも人が多い場所じゃないよな、それ」
「違います。昔登った廃城後がある公園です。知ってる人すら少ないですよ」
「ほら、俺のパーカー貸してやる。俺は自力で出来るからいらねぇんだ。ここで待ってるぜ?行ってこい、兄ちゃん!」
これが1時間以上前会話。そこからその公園まではそこそこ距離があったが走って魔術師として走っていけば1時間と少しで到着できる。あと少し、近道の繁華街を抜ければすぐだ。
その公園は父親の職場の比較的近くだ。もし、父親が覚えていたらもうその公園にいるはず。父親用に借りたパーカーをぎゅっと握りしめて更に足を速める。
「…………」
「……ねぇ!待ってよ!」
ふと、鮎川の声が聞こえた気がした。足を止めて周りを見渡す史人。
「優人!速いって!」
「別に付いてこなくていい、真由。僕は少しでも速く史人の汚名を晴らしたいだけだ。何故逃げているのか…捕まえて全部聞いてやる…」
「…………ハッ…」
俺は何故足を止めたのであろうか。自嘲げに己を嗤い。足を進めた。
フードを目深に被り、赤いパーカーを着た史人は仕立ての良さそうなコートを着た相馬達とすれ違う。互いに振り向く事無く距離を離していくのであった。
それはまるで今後の3人の関係を表しているよう。離れていく背中同士がまたくっつく日が来るのか。そんなこと、神にさえ分からないことなんだろう。
悲しき感情を胸に押し隠し歩き出す史人の明日は。次回、父親と再開!?でも二人に忍び寄る影!どうなる史人!!
昔のアニメの次回予告風ね。
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