終わりへの秒読み
「……ふむ…ふむ。なるほど…これは完全に殺されてますね。撲殺?何かに頭を殴られて頭蓋骨が割れているようです」
隣町の事件を解決し、朝になる頃の時間に相馬の強い希望でここに戻ってきた。
捜査を開始してすぐにある情報が手に入った。ある廃ビルから叫び声と崩れる音が聞こえて気味が悪いとのことだった。
すぐに向かい、見つけたのは誰かの血痕と白骨化した死体。
「あの…義正さん。これは…?」
「あぁ、相馬くんは初めてでしたね。魔術師の死体を見るのは」
「死体……?かなり前に殺されたということですか?」
「いやいや。違うよ、相馬くん。この男が殺されたのはよくて数時間前、もっと近いかもしれない」
「……ありえません。人間が数時間で白骨化するなんて」
「魔術師にありえる、ありえないなんて言葉は無いんだよ。まぁ、君は新人だからね。仕方がない。魔術師の中にはね、死んだらその肉体を失う人がいるんだ。いわゆる、悪魔と契約って奴。あまりやる人はいないけどね」
「そんなものがあるんですか…」
「あるんだよ、穢らわしいことにね。この男の骸骨達って弱い癖に馬鹿みたいに数が多くて随分と広範囲を闊歩していたでしょ?悪魔との契約による力だよ。あまりオススメしないけどね」
「何故です?」
「精神が穢れる。これは僕の気持ち的にじゃなくて、本当に精神に侵蝕してくるんだよ。悪魔の力だっていったでしょ、この男の行っていた異常行動はその結果である確率が高い」
その話を聞いて顔を引き攣つらせる相馬。恐ろしい力だ。一瞬だけ惹かれたが、すぐに思い直す。
「この男は知らずに契約したのでしょうか…」
白骨化した死体を見てそう呟く。知らないで契約したのであればこの姿に一抹の哀れさを覚えたからだ。
「それはありえないね。悪魔との契約って、知らずには出来ないんだよ。文字通り、全てを理解して初めて出来るんだ。だからこの男は、この結末を承知で契約したんだ。何のためにこの力を欲したのかは知らないし、興味は無いけどね」
「こうなることを承知で…理解できないですね、正直」
「…私は少し分かるよ。こうなっても守りたいものがあったからね。もう、遅い話だが。あぁ、そう。極々たまに悪魔にのまれず、支配仕返した魔術師なんてのも世の中にはいるよ。化物みたいに強いから、そん時は諦めた方がいい」
「……逃げることすらできないってことですか?」
「そそ。さぁて、無駄話は終わりだ」
仕事を再開する義正。相馬もいつまでも感傷に浸っていられないとその手伝いを進めていく。そんな時に義正があるものを見つけた。
「……少しおかしい所に血痕がありますね。髪の毛も落ちている。長いですね…女性のでしょうか?あぁ、もしかして人質のですかね…。両方とも検査しましょうか。この男を殺した魔術師をさがさないとなりません。人殺しの魔術師など、ろくな人じゃありませんからね。死刑待ちの刑務所に一刻も早く放り込まないと」
「……死刑ですか…。人質を助ける為にしょうがなくという可能性もあるのではないのですか?」
義正の極端な話に、堪らず口を挟んでしまった。どうしようもなくて殺してしまう事だってあるだろう。そんな時のために裁判の情状酌量という措置があるのだから。
そんな、相馬に面倒くさそうに振り向く義正。
「はぁ…いいですか?相馬くん。魔術師の人殺しはどのような理由があっても死刑です。相馬くんのように国に才能を見出されて魔術師になった人とは違うのですよ。国の登録が無い魔術師って言うのは常に抜き身の刀、または拳銃を違法所持しているようなものです。それで人を殺す、それで無くても、そんな危険な力を持つこと自体許されないことなのです」
「…許されない…」
少しの理不尽さを感じた相馬。何故なら魔術師の存在は一般的ではない。魔術師になりたくなくもなってしまった人だっているだろう。それを一緒くたの犯罪者扱いとは。
義正が言うには法律上、魔術の存在は無い為に捕まえて片っ端から死刑にしているらしい。それらしい理由をでっち上げて。
それは、相馬の正義に反するような気もしたのだ。そんな思いが顔に出たのだろう。義正が諭すようにいう。
「相馬くん、正義を履き違えないでください。正義は秩序です。魔術師という存在は世界の軍事バランスを崩す可能性すらある危険な存在なのです。この薄氷上に立っているようなバランスがあって初めて成り立っている世界の平和が魔術師によって崩れたら?大戦争が起きたら…数多くの人が死にます。もっとわかりやすく言いましょう、正義とは大多数の幸福です。私達はその為の必要悪である魔術師。その事をよく考えてください」
「………はい…」
「その為に行われる悪は善です。正義を行いなさい。いいですね」
「…はい……でも、1つだけ聞いていいですか?」
「一つだけなら構いませんよ」
「義正さんは魔術師を全て捕まえるつもりなんですか?」
どうしても引っかかる疑問だ。話を聞いているとそのように聞こえてしまう。
「それが私の正義です。魔術師という存在の消滅が私の願い。あぁ、勿論国家魔術師は違いますよ?犯罪さえ、起こさなければね」
義正から聞いた話によると魔術師という存在はここ十年で突然激増したらしい。義正さんの魔術師歴は10年だと聞いたが…その執念は何から来ているのであろう。ほの暗く、深い深淵のような瞳の奥には何も写っておらず恐怖を感じた相馬はそれ以上は何も聞けはしなかった。
次の日は学校である。が、史人は骨折、美紗希はまだ目覚めない状態だ。父親はその日帰っては来ない。いつもの事だ、会社への泊まり込みだろう。父親を心配させまいと連絡は控えて、自分で学校に連絡する。流石にこの状態では登校は出来ない。二人ともお休みである。
「…久しぶりに家の電話を使うな…」
スマホはあの戦いで木っ端微塵に弾け飛んでいた。どうせたいして連絡先は入ってない。が、課金したゲームのデータが消えているのは少しショックではあった。
「…はい、はい。失礼します」
学校とシフトが入っていたバイトを休むことを伝えて、ふらつく身体をソファに沈める。
「……疲労感…尋常じゃないぞ。これ」
あの後、美紗希を部屋まで運んで完全に魔力が切れた史人。硬い廊下で意識を失っていたのだ。起きたのは先程、それにしたって身体は深海にいるかのように酷く重い。
「……よし!根性入れろ俺!美紗希の看病をしなくてはならんのだからな!」
自分が寝ている時は美紗希はずっと看病をしてくれた。その恩という訳では無いが、気合を入れて立ち上がる。疲れていても動いていれば案外なんとかなるものだ。
「………ん…おにぃちゃん…?」
「お、起きたか。どうだ、身体の調子は?痛いところがあったら言えよ」
「ここ……私の部屋…」
寝ぼけたように周りを見渡し、美紗希が眠るベットの横にある勉強机の椅子に腰掛ける史人を見て再度周りを見渡す。
「あれは……夢だったの?」
意識を失う前の事を思い出したのだろう。下を向き布団をギュッと握り恐怖に震える。その姿に史人は美紗希のベットに腰掛けて震える手を握る。
「夢だよ。全部、ありえない事だ。あんなもの、現実にあるわけ無いだろ?」
「…う、わぁぁぁ!おにいじゃぁ!怖かった!怖かったぁぁ!」
「おっ、そうだな。悪い夢見たんだもんな、そりゃ怖いわ。よしよし、ほら、まだ怖いか」
震える美紗希が抱きついた。そんな美紗希の頭を優しく撫でて落ち着くまでずっとそのままにさせる。殺されていたら、犯されていたら来なかった穏やかな時間。それを、二人で噛み締めながら今を過ごすのであった。
「すぅすぅ……」
ある程度泣いて落ち着いたのであろう、また眠りにつく。手を握ったままで、強ばっていた顔は安堵しリラックスした表情に変わっていた。
そんな時ピンポーンと家のインターホンを鳴らす音が聞こえた。幸い、美紗希は起きてはいないが、なんてタイミングが悪いんだと舌打ちをしたくなる。
「……もしかしたら、もうか?」
ある可能性を考えて、史人の身体が少し強ばる。それはあの男を殺したこと。あの犯人として己が捕まる時が来ることだ。一瞬で死体が青く燃えて白骨化した。その為にその時は来ない可能性を考えたがあの場に己の血痕などがある。そう都合よくはいかないだろう。その時は大人しく罰を受けようと覚悟は決めていた。
妹を守れたのだったら、少なくとも史人は満足であったから。
「………はい、どなたですか?」
「救世主だ。お前のな」
「………あの、玄関にも貼っていたと思うですけど…宗教の勧誘とかはご遠慮願いたいんですが…」
強ばっていた肩の力が一気に抜ける。警察だと思ったら不審者であった。いや、宗教の勧誘を不審者と呼ぶのは良くないか?でなければ、ヤクザだ。なにせ、身長が高くガタイの良い身体にピチピチの黒のスーツ。固められたらオールバックの髪に、意志の強そうな瞳。そして何より右頬にある大きな傷。完全にソッチの人だ。服を脱いだら刺青が入っていてもおかしくない。
「失礼な、あのような偽物と一緒にするな」
「……しゃば代?」
「お前は…喧嘩を売っているのか?」
額に青筋が浮かぶ男。だが、すぐに深呼吸して落ち着ける。
「昨日の戦いを見ていた。これを言えば分かるだろ?」
ニカッと人の良さそうな笑みで、そう言った。目を見開く史人、結局少し悩んで扉を開けたのであった。