目覚め
「やぁ、やあやあやあ!!歓迎するよ!彼氏さん!僕の秘密基地へようこそ!どうだい僕の部屋は!淫乱な雌の匂いがするだろう?興奮するだろう?いきりたっちゃうだろぉ!」
随分と街頭の無い道を歩いた気がする。その一角のさらに奥待った道の奥に小さな廃ビルの小さな1室に彼はいた。彼を一目見て最初に感じる印象は単純。異常者だ。
「……美紗希は何処だ?」
異常者の話に付き合う必要はない。どこか頭のネジが飛んでいる奴らの話など理解もできないから。
「おい…無視すんなよ。僕を無視するなよ、なぁ!!」
ほら、情緒も不安定だ。一々反応していたらキリが無い。その一室を見まわして、目隠しされ拘束されていた美紗希を見つける。
「美紗希!大丈夫か!」
「お兄ちゃん…?お兄じゃん!お兄じゃあぁぁあ!」
駆け寄った史人に抱きつく美紗希。その手はブルブルと恐怖に震えていて史人に爪が食い込むほど力強くしがみついていた。ずっとこのような恐怖に震えていたのだろう。見た様子、服を脱がされた形跡は無く最悪には至っていないようだ。
「大丈夫だ。安心しろ。兄ちゃんが必ず助けてやる。ここで待ってな」
「……うん」
まだ震える手が離れていく。少し、ほんの少し安堵したような顔を見れて、それだけでここまで来た甲斐があったと心底思う。
「うーん?お兄ちゃん?そういうプレイ?それとも本当に兄妹?……えぇ…えぇ!えぇぇえー!ここまで来て、ここまでやって、ここまで我慢して!ハズレ?…間違い?…骨折り損?アァァァア!最悪ぅ!寝取りプレイ!できない!最高に!興奮!できない!」
「狂人が…」
吐き捨てるように発狂する男を評す。髪を振り乱し頭を振る様子は正に狂人だろう。何に狂ったのか知らないし、興味も無いが。
「……もういいや。疲れちゃった。君殺して、美紗希ちゃんを犯して殺して。捨てよ。萎えちゃったよ。薬使って気持ちよくしてあげようとしたけど、それもやーめた。こんなに優しくしたのに…我慢したのに…僕を満足させれないなんて…クソ穴だよ。オナホの方がまだマシマシ」
ガックリと前のめりなり、ボソボソッと何かを呟く。男の後に直径60cmほどの紫色に光る魔法陣が現れる。
「お得意の骸骨って訳か?ネクロマンサーとか言ってたな」
冷や汗を隠せずに、相馬が言っていた情報をおもいだす。
「ざぁんねぇん。死霊術師ではありませーん。死体を操っているわけじゃないからね…。まぁ、ベースはそこなんだけどぉ。どっちかって言うとぉ…魔力で作りだした泥人形に近いかなぁ。あ、僕って優しい!こーいうのなんて言うんだっけ!そうそうそう!冥土の土産ってやつだ!」
さっきまで絶望したみたいな顔をしていたが、今は嬉嬉として語り出す。本当にわからないやつだ。それにさっきら無駄に饒舌だ。骸骨もカタカタカタと笑いながら一緒に笑う。
その姿はまるで友達のいない寂しい奴が人形に話しかけて、擬似的な会話をしているようにすら見えた。見たくもない狂人の闇の一端を見たが、どうでもいい。
「アハハハハッ!うん。飽きた。ほら、殺してきて」
「ッチ!もっと1人で笑ってればいいのに!」
「僕は1人じゃない!!友達は沢山いる!!」
「童貞を指摘された奴みてぇな反応で分かりやすいな、おい」
「殺す、殺す殺すコロスコロスコロス!」
もう意味がわからない。情緒が不安定といより、何かの精神の病気か魔術を行使した弊害か。分からないが、会話もままならないことはわかった。
流石にもう猶予は与えてくれないようで骸骨達三体が襲いかかってくる。
後には美紗希。逃げることはできない。ならばと、思い切って先行した骸骨の1体に体当たりをかます。
「オラァ!」
最初に出会った時は手も足も出ずに殺された。骸骨という見た目の癖してその動きは俊敏であった。今回も通じるとは思えないヤケクソでやった攻撃。
「カタッ…」
「…はっ?」
骸骨とぶつかった感触は思ったより遥かに軽い。いや、軽すぎる。全力の体当たりは骸骨を男の横をかすって後ろの壁にめり込んだ。
「……嘘だろ、おい」
その威力に自分自身が驚く。そして、己の身体が僅かに発光していることに気がついた。
「なんだこりゃ…」
「き、き!貴様!貴様貴様貴様!魔術師か!同じ!野良魔術師か!こ、この野郎!騙したな!騙したなぁ!」
その瞬間。男が酷く怯えた様子で後ずさりして、大量の骸骨を召喚する。その様子は先程までの余裕に満ちた態度とは違い、弱者の怯え方であった。何故こんな男に俺は怯えていたのか、と一瞬疑問に感じるほどに。
「死ね死ね死ね死ね死ね!」
ほのかに感じるこの光の正体。それを思い出す。それは相馬に注がれたなにかだ。いわゆる魔力という奴なのか…分からない。が、それでもこれがあれば目の前の骸骨を紙切れのように吹き飛ばせる。
「なんだか知らねぇが……覚悟しやがれよ、この野郎!」
右腕を振れば数体の骸骨が吹き飛ばされる。左腕を振り下ろせば、骸骨達が潰れる。己が前に出れば骸骨達は後ずさりする。
「来るな!来るな!来るなぁ!」
頭を掻き乱しながら更に大量の、骸骨。壁から天井に至るまで魔法陣が現れて文字通り骸骨が降ってくる。その全てが史人に触れることすらできずに消失する。
「なんだ……お前って弱かったんだな」
「ヒッ!ヒィィ!く、来るなよォ!な、殴らないで」
頭を抑え身体を丸めてガタガタと震える男。その姿に怒りが沸いてくる。
「別に綺麗事を言うつもりはねぇがよ。てめぇは…いや。やめた」
自分が弱者に堕ちた瞬間に情けないほど豹変し懇願する。しかし自分が強者であった時は乙女の純潔を穢し、汚し、犯し尽くす。哀れなほどの小物。
「ガキに何言っても無駄だしよ」
「や、やめ!やめてぇ!痛いのイヤダァァア!」
思いっきり拳を振りかぶり、叫ぶ男を殴りつける。今までにないほど、軽い音を出して。
「……へ?」
「嫌だ嫌だ……ん?痛くない」
異変はすぐに起きた。己を包んでいた淡い光が消失したのだ。それにより、身体が一気に重くなった感覚がでてくるであった。
「何が何が何がなにが!ガキだ!僕はお前より歳上だ!ずっと!上!だ!雑魚の癖に!雑魚の癖に癖に癖に!調子に乗るなぁぁ!すこーし強くなったらすぐにつけ上がる!勘違いする!人の事を少しは考えろよォォぉ!」
新しく召喚された骸骨に今度は史人が紙切れのように吹き飛ばされた。
「グッ…クソブーメラン野郎が…何言ってやがる!」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!大丈夫なの!」
大丈夫ではない。大怪我した事がないが分からないが、激痛と上手く動かない箇所がいくつかある。人生初の骨折かもしれない。
「あぁ、兄ちゃんピンピンしてるぞ。安心しな」
「なになになに!強がっちゃっての!雑魚の癖に!誰の真似ですかぁ!?アニメの見すぎ!カッコイイと思ってんの!雑魚は無条件でカッコ悪いンダヨォォオ!」
「ッチ。一々叫ぶなよ。骨に響くだろうが…」
立場は逆転したが、どこか男の余裕は完全に回復しているわけでは無さそうだ。史人にちょっとした恐怖を感じているようである。
「すぐに!すぐに、素早く、一瞬で、瞬きする暇もなく!殺してやる!」
「テメェが喋っているあいだに何回瞬きしたよ。本気で言っているなら、ただの馬鹿だな」
「僕を!馬鹿にするなぁぁぁあ!」
煽る。美紗希から意識を離す為に。こうしている間にも骸骨は数を増やしていく。しかし、それは全て男を守るためにいるようで誰もこちらに攻めてくるものはいない。
「……思い出せ…アレはなんだ?」
酷く臆病な狂人。その時間で、あの感覚を思いだそうとする。あの淡い光は魔力のよる何かだ。それが尽きた?だが、アレは多分相馬から注ぎ込まれたものだ。
「……なんか…あんだよ…俺の中にも…それっぽいのが」
必死に探す。相馬から貰ったのが魔力だとすれば、あの感覚が魔力だとすれば、それが無くなったいま。己の身体にある僅かな違和感。相馬から貰ったものと近い、なにかが己の内にもあるのだ。
「………あったぞ、これだ」
それを引き出す感覚は覚えている。ニヤリと口角を上げて傷口を抑え立ち上がる。
「な、なんだ!雑魚!カス!ゴミ!あぁ!分かった!にげるんだろ!バーカ!バーカ!逃がすわけない!必ず殺す」
「お前…弱いんだろ?なら、これがあれば勝てそうだな」
不敵な笑みを浮かべながら、骸骨に囲まれる男に歩いていく史人。圧倒的に優位なはずの男が1歩下がる。
「こ、この!雑魚の癖に!来るな!それ以上僕にちかづくなぁぁ!」
酷く怯えて骸骨達をけしかける男。
「これだよな!俺にもあったって訳かよ!幻想世界!」
パチリ、バチリ、バチバチと赤黒い稲妻が右腕に走っていく。相馬の魔力を纏っていた時程ではないが確かに身体が軽くなり、その右手には赤い稲妻が走って刀のような輪郭をなし始める。
「武器魔術師!?嘘つき!魔術師じゃないって言ったのに!のに!」
己のうちにある、魔力がガリガリと無くなっていくのがわかる。残念ながらそれほど膨大な量があるわけではなさそうだ。赤黒い稲妻の光が徐々に強くなり、熱と肌を刺すような痛みが右手を覆う。
「グガァ…バチバチいってんじゃねぇよ…クソ痛てぇな、ゴラァ!」
痛みを誤魔化す為の気合いの一声と共に光は一気に強くなり、刀が明確な形をなして纏っていた稲妻が消える。
「……嘘だろおい」
右手に持っていたのは今にも朽ち果てそうな錆びた刀。まだ、真っ白なボディを持つ骸骨の方が硬そうだ。
「は、ヒハハハハ!な、なんだそれ!錆びた刀?初めて見た!そんな雑魚そうなの!僕以下じゃないか!こんな弱い骸骨を出すだけの僕以下!つまり雑魚!本物の雑魚!バーカ!調子に乗ってんじゃない!今度こそ、死ねぇ!」
1度は止まった骸骨達がまた動き始める。それでも八割近い骸骨は近くに置く。殺到する骸骨は、全部で8体。それを錆びた刀で迎え撃つ。
一体目、切るというより殴り飛ばした。二体目、同じく。三体目、刀にヒビが入る。四体目、さらに大きくなる。五体目、ヒビが全体に走る。6体目、木っ端微塵に砕け散った。
「ヒハハハハハハッ!なんだその貧相な武器!最弱だろ!」
「…………あぁ、なるほど。こういうもんか」
砕け散った刀を見て史人は一人納得する。全てが初めてで、何が何だかわからないことだらけの中でひとつだけ、確かに分かること。教わらなくても、とっくに分かっていることがあった。
「ほら!いけ!殺せ!」
残った二体目が史人に襲いかかる。それを防ぐすべは史人にはないかと思われたが…。
「オラァ!」
吹き飛んだのは骸骨達の方であった。その結果に目を見開き信じられないような顔をする男。
「何故…なぜ!なぜ!刀は折れたはず!…なっ!?」
「あぁ、確かに折れたぜ。でも、ほら復活してるだろ?」
「な…ぜ」
「この刀、たぶん俺だ。俺の心そのもの。錆びて腐って、切れ味が無くなっても、みっともなくなっても鋼の刀であり続けた。どうせ切れないのだったら木刀に落ちてしまえばいいものを、それでも刀であった。何度諦めようとしても諦めきれない愚か者。簡単に折れるくせに、諦めきれないから何度も同じことをやる」
幻想世界を探した数年間。何度終わりにしようかと思ったが、腐って錆びて、それでも鮎川と一緒にいたいからそこそこ偏差値の高い学校に入って。諦めて、現実を見ればいいものを、それをできなかった愚か者を表す、錆びた刀。
折れない不屈の心と言うにはカッコよすぎるか。というか、よく折れるから違うだろう。ただ、折れても折れてもドロっとした気持ちの悪い諦めの悪さが学習能力を奪いまた同じことをする。
愚か者に相応しいみすぼらしく、気持ちの悪い能力。
「お前の言う通り雑魚の能力何だろうよ。でも、テメェは倒せそうだ。俺はそれだけでいいしよ」
だが、史人にはそれで充分であった。今にも折れそうな刀を振るいニヤリと口角を上げる。
「クソ!クソ!行け!お前ら!殺せ!早く!」
骸骨が史人に殺到する。白い骨と錆びた赤い金属の破片が飛び散っていく。何度折れても、すぐに刀は復活する。
「残念だったな!俺を倒し切るのは骨が折れるぜ!」
折れるのは骨ばかりではないが。
「く、来るな。来るな…くるな!」
1歩、また1歩と怯える男に近づいていく。傷だらけで今にも倒れそうな史人に、怯えて下がる。
「ヒッ!」
ついに、男を守る骸骨達は前にはいなくなった。後ろに下がろうとするが、背中に壁の存在を伝えてくる。最後の1体を切り潰した錆びた刀も赤錆の粉々の粉末になって史人を錆色に塗り替えながら、さらに前に進む。
「……この能力がその人を表すなら…お前は」
刀の柄から迸る稲妻はすぐに錆びた刃を形作る。それを恐怖に震える目で見せつけられる。
「イヤァァァァァア!」
その悲鳴は振りかぶられた刀に怯えてか、史人の口から出る言葉を聞きたくないからか。
その答えは、次の瞬間に永遠に分からなくなったのであった。
この日、初めて客観的に己を見ることができた。武器魔術師になれた。妹を、美紗希を救えた。
―――そして、初めて人を殺したのであった。
幻想世界に片足を突っ込んだ。もはや、日常には戻れなくなるとはこの時はまだ分からない。
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