当然の結果
はい!新作です!泥亀英雄譚と不屈のコボルトの方もよろしくお願いします!
「………早く行け」
「何言ってるんだ!早く逃げるぞ!」
「いいから行け!大丈夫だ。俺は…氷結の魔神。全て俺に平伏するさ」
「ぐっ!待ってるからな!」
「フハハ!行ったか。いや悪いな。俺の本当の力はそうそう人に見せれなくてな、見せる時は必ず敵を殺す時」
燃え盛る学校に1人に残る俺。パチンと指を鳴らし漆黒のマントが身体を包む。目の前に控えるのは骸骨の軍団。
「特別に魅せてやろう!俺の真の力を!全てを、時すら凍らせる魔術を!」
静かに、厳かに、詠唱を始める。
「死の氷槍よ…その者の時を止める絶対零度で我が敵を滅ぼせ…ブライニクル!!」
これが俺が14歳の時に見た夢の全てだ。しかも最後は思いっきり叫んでいたらしい。その時は、このカッコいい詠唱を叫んだことに恥ずかしさなど微塵もなく、嬉しくすらあった。
そうである。中二病だ。誰しもある程度発症するそれを俺はかなり重く患っていた時代があったのだった。
「ありがとうございましたぁ!」
高校二年生。部活動は入っていない。秋葉で遊ぶ金が欲しい為にバイトをしている目の腐った中肉中背の男性。そう、俺だ。清水 史人その人である。
「ねぇ、あなた。棒読み過ぎない?お客様よ?私は。もう少しねぇ…」
「すいませんでしたぁ」
いつものクレームオバサン。それすら棒読みの謝罪する。煽っている訳では無い、この人はなんでもいいから謝っていれば満足するのだ。
「気をつけなさいよ」
「ありがとうございましたぁ」
時計をチラチラと見ながらオバサンを見送る。もうすぐ上がりの時間なのだ。
「清水くん…そろ」
「お疲れしたー」
「あ、あぁ。お疲れ様」
ぱっと帰る支度を整えてその店を後にする。苦笑いする店長に一応一礼して夜の暗闇に消える。
清水史人は日課…癖と言ってもいいかもしれない。深夜を徘徊するというものがある。
「…………」
それは最早無いと現実を受け入れたはずの非現実の捜索だ。自分が輝ける場所を、夢見た場所を探していた。あるはずないと心で呟きながら。それでもこの習慣を辞められずに。
「ただいま」
時間は夜の12時近く。これ以上は青い服のお兄さんに捕まってしまう。バイト終わりですという言い訳が通じるギリギリの範囲で歩き廻っていた。
当たり前だが、返事は無い。母親はとうの昔に死んだし、父親は今日も残業だ。エリートサラリーマンではけっしてない父親は夜遅くまで仕事を続けていた。そうしなければ家族を養えないから、あまり話す機会が無いために好きでは無かったがバイトするようになって考え方が変わった。
心底頭が下がる思いだ。学校終わりの4時間のバイトですらキツイのに12.3時間の仕事など気が狂ってしまう。いつしか自分もあぁなるのであろう。大人になど、現実などなりたくも見たくないものばかりだ。
「………」
「………」
途中、部屋に向かうまでの廊下で一つ違いの妹とすれ違う。そこには会話もなければ目すら合わせない冷えきった関係が見える。
史人とは違い容姿が非常に整っている妹だ。黒髪を後ろに纏め、気を張っているからか少しつり目で気の強い印象をうける。
とても賢い妹だ。史人と関わっても損しか無いとよく分かっていた。
次の日の学校。そこそこの進学校で偏差値も都内の中でも悪くは無い。そこそこ頭の良い奴らの集まりだという訳だ。
「………」
初めに言っておくがこの学校に苛めは無い。そのような面倒な、頭の悪い事はしないのだ。その位は大人になっている者が多い。そのかわり、益の無い人とは付き合わない。無視をするのだ、話が上手くない、無愛想、成績だって良くは無い、友達はいない。そんな人にわざわざ仲良くしようとするものはこの大人の中にはいない。
「…あ!ふみ!おはよ!」
「……おはよう」
「なになに?元気無いね。もっと明るくいこーよ!そんなんだから友達出来ないんだよ!」
「余計なお世話だ。いいからお前は自分のクラスに向かえ」
「冷たい!でもそうする!じゃあね!」
手を振る女子生徒。名は鮎川真由あれだけが例外の存在。子供っぽいが、子供ではない。考え方も行動も、身体もちゃんとした大人だ。ただ周りと違うのは義理堅い博愛主義者という事だけ。
顔も可愛いスタイルもいい運動神経も抜群、優しくて頭が良くて夢があってそれに向かって努力している。史人とは真逆の人といえた。
家は3軒隣り幼稚園から同じ幼馴染みである。夢など抱くなよ?ちゃんと彼氏持ちだ。初恋と初失恋の相手。
「……はぁ…」
どうしようもなく、時は進む。史人を置いて、幻想は何処まで行っても幻想で現実を受け入れた人から時は進んでいた。
「俺の時間は…進んでいるのかね」
1人の青年が、現実を受け入れようとしていた。幻想を諦めて、非現実を探す己を完全に殺そうと。それは、周りと比べて遅すぎた中二病の完全な終息。己の本当に輝ける幻想世界は無いとあきらめて13時間労働に備える準備をしなければならない。もう、夢に浸る時間は無くなっていた。
「……今日で…最後だ」
夢みがちな少年は、大人になっていく。馬鹿ではないのだ。現実は見ている。受け入れる精神も発達している。それを受け入れて幻想と完全な決別して終わり。長い長い、長い…現実が始まるのだ。
かつて、鮎川真由をヒロインにした幻想を思い描いていた。一緒に転生したら、転移したら、現代の妖怪に襲われたら……最後は自分が活躍して、輝いて、人から羨望され、鮎川と結婚する。そんな話を。そんな、夢を。
痛い、気持ち悪い、吐き気がする。モテない男の何の努力しない今を逃避するだけの妄想。今でもするそれとは完全に決別する。そう決めた。この深夜徘徊もこれが最後だ。
何も見つからずに、何も起こらずに、変な妖怪もお化けも、不審者すら見かけずにそれは終わる。
「はずだったんだが…」
時間は深夜1時。いつもより遅くいるのはここに至ってもまだ最後の最後で足掻いた結果。青い服のお兄ちゃんに見つかったら面倒な時間だ。
流石に明日の学校の事もあり大人しく帰路につき、自分が通う学校を通った時、視界のほんの片隅に見慣れた後ろ姿が見えた気がした。
学校の3階にいる。やはり鮎川だ。何故こんな時間に?よく見てみると奥にもう1人いるのが分かる。背の高い、イケメンの……知っている。これも見間違えはしない。なにせ、コイツも幼馴染みなのだから。相馬優人鮎川の彼氏だ。
わかっていると思うが、俺はアイツが大嫌いだ。いい奴だ、優しくて、芯がしっかりしていて、努力家で、自信に溢れている。鮎川とお似合いの男。俺が夢みた、理想の姿の体現者。
そんなふたりが深夜の学校で何してんだか。…はっ、ナニしてんだろ?当たり前だろ、付き合って1年を越えてるんだぞ。……って流石にそれは…。
「危ないだろ…。監視カメラとか…。馬鹿かよあいつら」
幻想ではなく、幼馴染みの痴態を見た。あまりに馬鹿らしく、その場を後にしようとする。
「……注意くらいは。幼馴染みだもんな、忠告くらいしてやるか」
相馬の野郎はどうなってもいいが、鮎川がそうなるのは嫌だ。いいだろ?好きだったんだから。
閉まった門を乗り越えて中に入る。
「鍵は…あれ?閉まってない…不用心だな」
何故か鍵は全て閉まっていない。日本は治安はいいとはいえ、流石に不用心が過ぎないか。と思うが、今回は好都合だ。当たり前だが、人の気配は感じない。
「3階だったな…うぅ、怖。夜の学校なんて来るもんじゃないな。あいつらよくこんな所でおっぱじめようと…」
廊下の途中で靴が何かを蹴り飛ばした。カランコロンと言う軽い音を響かせて止まる。
「なんだ?」
真っ暗な為に何を蹴ったのか分からない。まだ、足元には何かあった。それをしゃがんで確かめる。
「ヒッ!なんだ!これ!」
そこにあったのは無数の骨。人間のであろうか?では、さっき蹴ったのは。…恐る恐るそちらを見て更に小さく悲鳴をあげる。人間の頭部の骨、髑髏だ。
「な、なんだ。こんなの…俺の学校には無いぞ…」
尻餅をついて恐怖に震える。少しづつ後ろに下がりながらも、足が上手く動かずに逃げることが出来ない。
「は…?」
そう戸惑っているうちに、骨が黒い細かい粒子になり空気に溶けていくように消える。現実では有り得ない、なにかが起こっていた。
「………ハッ…ハハッ!なんだこれ?……行ってやるよ…」
探し続けた非現実。幻想が目の前に現れた。恐怖に震える、今すぐにでも逃げ出したいがそれを覆い隠す程の興奮、これを逃したら多分もう何も無いという確信がその足を前に進ませた。
「でも、せめて武器くらい…」
理想は鈍器であるバットなどだが、そんなものがあるのは体育館かグラウンドの倉庫だ。ここからは少し遠い。適当な教室に入り、モップを拝借する。取り敢えずは、これでいいだろう。
「………3階に」
階段を登り、三階に向かう。急げはすぐだが、さっきの骸骨の件がある。ある程度慎重に上の階に登っていく。2階に着いて、小さな物音が聞こえた。
「もしかして…鮎川達か?」
返事はない。少しずつ大きくなるカタカタッという歯と歯がぶつかり合っているような音。
「…そ、相馬ぁ…?あ、鮎川……なわけ…無いよな」
壁越しに聞こえる音。心臓は煩いくらいに鳴り響き、汗で服が身体にべっとりくっついていた。モップを構えて、息を殺し、足音をたてないように慎重に壁の裏側を覗く。
「……っ!?」
そこにいたのは先程足元にバラバラになっていた骸骨達。一体じゃない、見えるだけで6体以上もいる。目の窪みに紫色の怪しい光を放ちながらカタカタと歯を鳴らしゆっくりと移動していた。
「……………ハァ…ハァ………」
モップを持つ手が震えて小さく音が鳴る。それに焦って、余計大きな音が鳴り響く。数が多過ぎる、勝てるわけが無い。隠れてやり過ごすしか、無い。
「鳴りやめ…鳴りやめ…」
階段の隅に小さくなって隠れる。目の前のモップを見つめて小さく呟き、見つからない事を願う。
カタカタ、カタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタ。音は増えていく。廊下の奥に進み音が小さくなる音もあれば、新しく生まれる音もあった。前を見ることも怖くなり、顔を伏せてこの地獄のような空間から早く抜け出せる事を祈る。
ある時を境になんの音も聞こえなくなった。あの骸骨達はどこかに行ったのであろうと、安堵した瞬間。カチン、歯と歯ぶつかる音が鮮明に聞こえた。すぐ、耳元で。
「ッ!?うわぁぁ!?」
バッと顔をあげて音が聞こえた方に振り向く。怪しい紫色の光が顔を照らす程の近距離にソレはいた。思わず、悲鳴をあげて尻餅をつき、上手く動かない足を懸命に動かし距離を取る。
「…カタ…カタカタ…カタカタカタカタッ!」
骨の顔。表情など無いはずなのに、骨を鳴らすだけのはずなのに、それはまるで。
「わ、笑ってんじゃねぇぞ…」
心底馬鹿にされたように笑われている、嘲笑されていると、史人は感じた。震える足を思いっきり叩き、立ち上がって、モップを頼りなさそうに構えた。
「た、沢山いる雑魚キャラの癖に…!俺を…笑ってんじゃ…ない!」
「カタカタカタカタカタカタッ!カタカタ!」
更に骨のぶつかり合いは激しくなっていく。まるで笑いのツボに入ったかのように、身体を仰け反らせて骨を鳴らせる。
お前が言ってんじゃねぇよ。って、言われているような気が何故かしたのだ。
「……ぐっ…」
狂ったように骨を鳴らす骸骨に気圧される史人。身体が震え、構えたはずのモップも足も後ろに下がり始めていた。
「…カタッ……カタカタ」
笑い終わったのか、いや、笑い飽きたのだろう。もはや史人の存在そのものに飽きたのだ。底は知れたと言わんばかりに。
「な、なんだそれ!?」
黒い霧が骸骨の手を包み、鋭利な刃に変わって動き始める。その動きは最初に見た鈍い動きでは無い。武道経験者のようにスムーズに、素早く、反応出来ない史人の懐に潜り込んだ。
「…や、やめっ!?」
「………」
その刃は簡単に柔い腹の肉を突き破り体内に侵入していく。
「がッ…ハッ…いっ……だぁ…ぃ…誰…か…たす…」
骸骨は足で史人を蹴って刃を勢いよく抜き去り血が滴る刃を振って払う。
対して背中から倒された史人は神経を蹂躙する痛みに、息すら出来ない。震える手で腹を抑えてドクドクと脈打つ感覚と、べっとりと手に付いた赤い己の血。
「だ…れか…」
誰か?ここで自分が助けるつもりだったんだろ?この程度の傷は平気さといいながら立ち上がり、まだ戦うんだろ?だからここまで来たんだろ?夢見た幻想だ。満足だろ?
「ち…が…」
幻想世界が夢なんじゃない。夢は…願いは…自分が活躍出来る世界。羨望を集め、尊敬されて、努力をおしまず、謙虚に、そんな存在になれる世界だ。
「………………」
馬鹿だなぁ、心底そう思う。現実を受け入れきれずに、幻想世界にすら現実を見せられて……犬死。
沢山いる雑魚キャラの癖に?ハッ!そりゃ笑うわ。沢山いる雑魚キャラにすらなれない奴がそんなことを言ったら。
「…………………………」
あぁ、寒い。真冬のようだ…。だからこんなに眠い……ここで寝たら死ぬんだっけ?まぁ…それも悪くないかな…。
夢ばかり見て…なんの努力もしてこない…言い訳ばかり…そんな奴がいざこういう状況に陥ったら…なんにも出来ずに…散々馬鹿にされて、死ぬ。
なんともまあ…どうしようもないくらいに当然の結果だろう。
意識が完全に無くなる一瞬前、白い光が視界を覆い骸骨がその光に消えていくような光景が見えた、それが本当か幻かそれすらわからずに完全に意識は途絶えたのだった。
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