第5話 不良品の顔
武器装備を身につけ、「新入局員」から「局員」に近くなった黒江だが、それでもやはり、局内を歩いているだけでも大変な注目を集める。
何しろ局内で数人もいない男性だ。しかも、補助員でも研究員でもなく、戦闘員としての入局者である。
「もう……こりゃあれだな。気にするだけ損ってやつだな」
これはもう、化物退治にいる限りはずっと続くものだろう。黒江は視線の嵐をどうこうすることは、ほぼほぼ諦めていた。
そうして、望まない視線を集めながら、黒江は講堂前を目指して早足に歩いていく。
黒江は急いでいた。できるだけ、さっさと葵と合流してしまいたい。
昼休みの時間で、双葉はあの二人から離れるのだろうが、それは葵と兼村が二人きりで残されることを意味する。
兼村は、入局当日にだいぶ悪質な手段で、葵を男子トイレに閉じ込めた張本人だ。もうすでに、黒江は二人の姿が講堂前から消え失せていることを心配していた。
「頼むからきちんと待ち合わせしててくれよ……流石に衆人環視の昼休みに、兼村も荒っぽいことはしないと思うが」
と。そんな黒江の、楽観的とも言える「流石に」は、見事にへし折られる。
未だにならない局内の廊下を探り探りで歩き、半ばやっとの思いでたどり着いた講堂前で黒江が見たのは、今にも葵に掴みかからんばかりの兼村洋子だった。
「……!あの女、見境なしかよ!」
あたりにはまばらではあるが、他の局員たちの姿もある。だというのに、兼村はお構い無しで、葵に口汚くがなり立てていた。
今にも胸ぐらでもつかみそうな勢いだ。黒江は慌てて、二人の間に入り込んだ。
「おい、何してんだ——」
「……!あんたは……確か」
兼村は、黒江の顔を見てあからさまに舌打ちした。悪びれる様子すらない。
黒江はそんな兼村を睨み、そして葵の顔を見た。
葵の表情は、入局式の朝に出会った時とほとんど同じように歪んでいた。
それを見て、黒江の頭の中は純粋な怒りで満たされていく。純粋というか——青臭い感情とも言える。
子供臭い、正義感のような感情。黒江は自分に、そんな直情的な部分があったことに、内心驚いていた。
「なあ……何してたんだ。お前、小村になんの恨みがある?」
「恨み、ですって?」
黒江は相当語気を強めて言ったが、兼村はひるむこともなかった。そのまま黒江を睨み返してくる。
黒江は、この女に対して、そもそも入局式の時に睨まれていてから、いい印象など全く覚えていなかった。葵云々など知らない、ただの「隣に座ってた女」の時からだ。
そして兼村は兼村で、「異物」である黒江に対して言いようのない嫌悪を持っている。根本的に、この化物退治で出会った以上、二人は相性最悪となる運命だったらしい。
そして、その二人が出会って会話しているわけである。しかもこれ以上なく険悪な状況で。
当然、兼村は険悪極まりない、その上黒江の怒りを最も買うことになる内容を話し始めた。
「気に入らないのよ。あんた知ってる?こいつが、私たち新入局員の中で、魔力適性トップだってこと」
「……知ってる。さっき聞いた」
「これが……こんなのがよ!ふざけてる!こんな、なよなよしくて、弱っちい——こんな役立たずが私たちのトップなの」
黒江の答えなど聞かず、兼村は荒い語調で言い募った。ご丁寧に、言葉を重ねて葵に対する罵詈雑言を、だ。
その行為は即ち、今この状況において、黒江の琴線に触れることである。
「……何が言いたいんだてめえは。そんなもんは変えようもない事実だろ。それで小村に嫌がらせして、何になるってんだ」
血管が額に浮き出そうになるのを、何とか我慢しながら黒江はそう言った——この返しに関して言えば、黒江は黒江で冷静さを欠いていた。
嫌がらせをしても何にもならないということは、考えるまでもなく分かることなのだし、兼村だってそんなことは言われるまでもなく分かっているはずだ。少なくとも、年相応の頭があるなら。
分かっていてやっているのだ、この類の人間は。
実質的には何も生み出さないことなど分かっていて、それでも瞬間的な感情に身を任せている。
だからこそ、出来ることならこいつを殴ってやりたい、と思っていたが、一方で出来ることなら穏便に済ませてしまいたい、とも思っていた。
この兼村とはこれから、同じ班で共闘することになる。仲が悪くなるのは避けられないにしても、せめて——という意識が、まだ黒江には働いていた。兼村のやっていることが、人間ならばまああって当たり前の感情から来ているものだと分かっていたから——内心で、兼村を心の底から憎むようなことにはなっていない。
しかしそれは、あくまで黒江の方だけだったようだ。
「何になるなんて私は求めてないわよ!」
兼村は何の思慮もなく、まるで、昂ぶった感情を誇示するかのように大手を振った。人間関係も、今後のことも、一切考えていないのは明らかだった、
「化物退治は栄誉ある組織なの。何十年も、この組織だけで日本中の化け物を倒してきた!誇りを持って然るべきなのよ‼︎」
「誇り……?」
「誇りよ!私が一番誇りを持って、ここに入ってきた!私にはその自負があるわ!」
虚栄心の塊のような女は、そんな虚栄心に満ちたことを口走る。
いよいよ黒江は、呆れに近い感情を感じ始めていた。兼村ががなり立て続けていることは、支離滅裂というか、虚言妄言の類だ——「誇り」だなんて、まさか冷静な本心から言っているわけではないだろう。
「何で私より、そんな女が上なの⁉︎誇りも無い、ただ弱々しいだけのそいつが——」
「もういい、わかった!」
黒江は大声を張り上げた。突然のことに、兼村はびくりと肩を震わせ、吐き出される言葉がストップする。
聞くに耐えない、もう聞きたくないと、黒江は叫んだ。聞きたくもない喚き散らしをさっさと止めてしまうために。
「もういい。分かったよ。要は嫉妬してんだろ、小村に。自分以上の才能が妬ましかったんだろ?」
「な、んですって……?」
兼村は怒りに声を震わせる。いや、案外、怒りというよりは屈辱に近い感情からだったのかもしれない。
自分がやっていた行為を、そんな単純な理由に片付けられたことが、屈辱であると。図星を隠して、そんなことを感じているのかもしれないと、黒江はそんなことを想像しながら、それでも言葉を続けた。
「そうだろうが。誇りだ?よく言えるもんだよ。お前が昨日の朝、小村に何をやってたのか言ってみろ」
「……!」
「あんなもんはな、アメリカで、少年院送りにされるような馬鹿ガキがやることだろ。つーか、お前だって誇りなんて心にも無いだろうが……お前、ただとりあえず、小村を叩くための口実として言ってるだけだろ」
「っ、あ、んたも……ふざけるな!」
兼村は、黒江の言葉に今度こそ激昂した。今までは、まだストレスと苛立ちをぶちまけるだけだった精神状況を、確実に「キレた」と表現するレベルに昂らせた。
今まででも耐え難いほどやかましかった声が、輪をかけてキンキンと響くようになる。黒江は顔をしかめ、言葉を止めた。
兼村はその合間を逃さずに、罵りを畳み掛ける。
「あんただってそうよ!あんただって気に入らない!何が唯一の男性局員よ、ふざけてる!」
「は?何を——」
「あんたが一番馬鹿にしてるって、そう言ってんのよ!ここを!この局を‼︎」
「……俺が馬鹿にしてる?何を根拠に言ってんだよ、そんなことを」
「それよ!それがあんたの、舐め腐った態度の証拠でしょ⁉︎」
そう叫びながら、兼村は黒江の顔一点を指差した。
——いや、顔ではない。正確には、顔の下半分。
ネックウォーマーで、鼻から下を隠したその様相のことを言っているのだ。黒江はそれに気付いて、下まぶたをピクリと動かした。
「あんた、入局式の時も付けてたわよね、それ!局長が話している時にも!失礼だとも思わないわけ⁉︎」
「おいおい……ちょっと待て。待てよ。これに関しちゃ、入局する時に許可を貰ってる。俺は——」
「そんなこと聞いてない‼︎」
兼村は、黒江の言葉に耳も貸さず、言いたいことを喋る続ける。その様は、誰の言葉も耳に入らないような、そんな状態ですらありそうだった。
「あんたのその態度が、あんたがこの局を馬鹿にしてるって証明よ‼︎違うって言うの⁉︎あんた、は……ッ、ぐっ⁉︎」
黒江によって、兼村の大声による独壇場は中断された。
黒江の行動によって。言葉ではなく、もっと直接的な、それは圧力だった。
黒江は、兼村の胸ぐらを掴んでいた。しかも、その体が浮くほどに力を込めて。
「いい加減に——」
周りを顧みないのは、この時点で黒江も同じになっていた。周囲の視線など気にもせずに、「暴力」という手段を、軽々と使うほどに——しかし。
しかし、黒江は確かに燃えるような怒りを覚えてはいたが。その怒りは、冷たく燃えていた。
冷淡に、冷酷に。そんな感情で、黒江の心は埋まっていた。
「いい加減に、ぶち殺すぞ、お前」
「っ、な……にを」
喉を圧迫され、兼村は酸素を取り入れようと小さく喘いだ。
何しろ、兼村にとっても黒江の行動は、完全に予想の範疇を超えていた。仮にも男なのだから、自分に対して暴力に訴えることは無いだろうと。
たかをくくっていた、のに。
「お前の喚き立てる気持ちも、少しは理解できるし、荒事にしようとも思ってなかったけど……言っていいことと悪いことがあるぜ」
言っては。
それは駄目だ、という領域はあるのだ。
そう言って、黒江は胸ぐらを掴んでいた両手から力を抜いた。兼村は支えを失い、そのまま後方へと倒れこむ。
そうして兼村は尻餅をつき、それから二、三咳き込む。そして、自分を見下ろしている黒江の顔を睨んだ。
黒江はしかし、その哀れな様子を見ても、何の同情も感じることはなく、言葉を続けた。
「なあ、何が失礼だ?馬鹿にしてるって?こんなむさ苦しいもんを、付けたくて付けてると思うのか?」
「……!」
「飯食う時にも不便だし、夏なんか蒸し暑くてかなわねえよ。それでも付けてるんだよ、いいか、お前らのためにだぞ!」
黒江の言葉の勢いには、先ほどまでの兼村のそれに全く劣らない荒さがあった。
それもそのはずである。黒江にとって、兼村が口汚く罵っていたその全てが、己の琴線のことごとくをぶち切りにするものだった。
黒江は額にしっかりと青筋を立て、そして自分の鼻先を覆っている布に人差し指をかける。
「……っ、あ……」
「こんなもんをお前、隠すなって言うのかよ」
黒江は自分の指で、ネックウォーマーを首元まで下げた。それを見て、葵は目をそらす。
そして、外気に触れた黒江の唇が、黒江の意思に沿って動く。
肌色の上唇と、皮膚細胞が朽ちて歪んだ下唇が、離れて、そして触れ合う。
そのあまりの様を目の前にして、兼村は言葉を失っていた。
「痛々しいだろ。見てられねえだろ、こういうのは。こんな顔したやつを、誰が目に入れたいと思うんだ?」
黒江がネックウォーマーで隠していた、顔面の下半分は、その皮膚の八割以上の面積で肌色が保たれていない。
顎から下唇までの皮膚は、見ていられないほどの火傷で覆われていた。そのほとんどの部分は皮膚が剥がれ落ち、歪んだ模様を演出している。
グロテスクで、気色が悪くて、まさに黒江の言う通り、多くの人は気持ち悪くて見たくもないも思う、そんな痛々しい傷跡。
「お前はこんな顔のやつと一緒に歩きたいかよ。俺だったら近寄っても欲しくねえが」
「っ、ぁ、く……」
「顔が不良品だから!てめえら他人を不快にさせないようにやってるんだよ、これは」
そう怒声を飛ばし、それから黒江はまた、ネックウォーマーを鼻先に戻した。
「いいか、もうこの際俺なんかはどうだっていいがな」
黒江はなおのこと、まさにこの際だと言わんばかりに、立て続けに言葉を重ねる。
ここまでどうしようもなく険悪になったなら、もうついでだ、言いたいことを全て言ってしまえ、と。
半分ヤケクソには近かったが、それでも上出来ではある。
「いいか、おい!」
黒江は、言葉の勢いを殺さずに、そのままの語調で言った。
「二度と小村を罵るな。二度と小村に暴力を振るうな。俺なんかは……どうせやり返しちまうだろう俺なんかのことは良いから、それを覚えとけ」
上出来では、ある。
結果的に、黒江は兼村に手をあげることはしなかった。正確には胸ぐらを掴み、床に尻餅をつかせることくらいはやったが、それでも。
それでも、穏便などとは何を間違っても言えない状況ではあるけども、それでも最悪の行動は、回避できたのだろう。
黒江はそれにひとまず納得し、未だに床に座り込んだままの兼村を一瞥した。そして、もうどうでもいいと、振り向いてさっさとそこから歩いて行ってしまう。
「あっ……く、黒江さん」
葵はそれを見て、一瞬兼村の顔を見たが、すぐにはっとして、慌てて黒江の背中を追いかけた。
取り残された兼村は、興奮して乱れたままの息をなんとか整えようと、ゆっくりと呼吸を行う。
どんなに意地を張っても、兼村は実際のところ、ただの十六歳の少女だ。沸々と湧き上がってくる屈辱感と敗北感に、涙だけは堪えながら、ただ黙ってその場を去るしか、彼女にはできなかった。
*
「……やっちまった……」
数分後、黒江は講堂から少し離れた、局員休憩所の片隅で、頭を抱えていた。
黒江は確かに兼村のことが嫌いだった。いや、直接話す前の段階ならば、嫌悪ほどのものではなかったが。
それでも好きではなかった。あの兼村という女の、なんというか全面から押し出される人間性というものが。
が、しかし。それでもなるべくには、友好的にしたいとは思っていたのだ。
葵のことやらに関しては、言うことを言っておくつもりではあったが、しかしあんな風にするつもりはなかった。
「あんな風には……くそ。なんだってあんな風にキレちまったんだ……?」
まさか、話が色々とこんがらがり、迷走した挙句、あそこまで最悪の決着になるとは思いもしなかった。
さっき黒江は、「殴ってないから最悪じゃない」なんてことを思ったが、人間関係的な面で言えば、あれは間違いなく最悪の結果である。
同じ班員の一人の胸ぐらを掴み、罵声を浴びせ。
ついでにただでさえ目立つ自分の立場も弁えず、衆人環視の中で「顔を晒して」
「おまけに小村本人の目の前で、あんな馬鹿みたいな口上を……小っ恥ずかしい」
「二度と小村を罵るな」。「二度と小村に暴力を振るうな」。
黒江はよりにもよって、葵本人の目の前でそんなことを叫んだのだ。彼女が今、どんな風に思っているかは知らないが、少なくとも黒江は顔から火が出そうな精神状態だった——そこは少年らしく。
気恥ずかしいとは思う。
しかし、もうやってしまったものは仕方ない。黒江は無理矢理に、自分に言い聞かせた。
「とりあえず、あれだ。謝っとこう。つーか、あいつはあいつで結構な割合で悪いんだから、お互い謝ろう。隙見て」
お互い日本人だ。時間が経ってから、腹を割って素直に話せば、きっと分かり合えるはずだろう。
分かり合える、はずだ……多分。
そんな楽観的なことを思いながら、黒江は再び売店で購入したおにぎり三つを、次々に口に放り込んでいった。
*
一方で、葵は局員食堂で一人寂しく、注文した野菜炒めを口に運んでいる最中だった。
黒江には、「飯は別々にしとこう」と言われていた。葵は馬鹿ではない。少なくとも今の時点で、黒江は顔の下半分を、葵にも見せたくはないのだと理解していたので、素直に頷いたのである。
「でも……」
でも、それは。それは、でも、自分には、と。
葵は思い出す。あの時、激昂した黒江が叫んだ言葉を。
『こんなやつと一緒に歩きたいか』
『俺だったら近寄って欲しくもねえ』
「……私は」
あの言葉だけならば、あるいは。
黒江のあの火傷を、葵はかなり昔の傷なのだと推測していた。
そもそも見た目から考えて、あれは生傷という類のものではない。生々しい生物感というものは感じられなかった。
まさに、「朽ち果てた」傷跡である。
と、いうことは。あの火傷の跡が、黒江にとっては随分と昔の話である、と仮定するならば。
「黒江さんは……きっと、そんな昔のことなら、うじうじと考えたりはしませんよねれ
男性用トイレで助けられた、あの時からという非常に短い期間ではあるが。
ただの二日にも満たない期間ではあるが、それでも葵は、黒江と共にいた。
あの黒江は、そんな昔のことであれば、とうに割り切っているはずだ。自分の気持ちにならば、とっくに始末をつけられているはず、なのだ。
黒江はきっと、そういう生き方をするはずだ。葵は自分には出来ないその生き方を、それを憧れに見ているのだから、よく分かっていた。
だから。本当にあの言葉通りに、黒江がただ、葵や他の人間への気遣いで、口元を隠しているのなら。
「私は……そんなのは、どうだって良いのに」
そういえば今朝、黒江がうっかりネックウォーマーを外した時にも、黒江は自分自身の嫌悪よりも、葵に申し訳ないと言っていた。
ならば。だったら。そんなことは構わないから、そんなのは要らないから、自分ともう少しの間、一緒にいてくれないか、と葵は思う。
食事なんて、おそらく一番会話が弾む時間なのに。あんな火傷の跡なんていうのは、その楽しさがあれば気にもならないのに、と。
まだ出会って二日だ。葵には、黒江と確かな信頼を築くことなど出来ていない。それが出来ていると言い切れるには、共にいた時間が短すぎる。
しかし、同時にこの短い時間は、こんな寂しい時間がこれからも続くことを確定させるにも、まだ短すぎるはずだ。
葵には今、そのことが悲しくて、寂しくて仕方がなかった。
*
化物退治本局は地上五十階のビルだが、その地下にも5階分の建物が伸びている。
地下の五階は全て、訓練場になっていた。
基礎体力訓練のための、室内運動場。
化物の脱生物的な身体能力に対応するための、デジタル技術を駆使した訓練室。
「警棒」の扱いを視野に入れた動きを訓練する、通称「剣道場」。
そして、化物に銃を使い対抗するための、対移動物体射撃訓練場。
これらの巨大な訓練施設が、化物退治本局の地下に全て集約されている。
午後一時の五分前。白石双葉は、射撃訓練場に一人佇んでいた。
双葉は極度の男嫌いである。化物退治という、特殊な偏性別形態組織においても、随一の「男性嫌い」である。
「ガサツで不潔で思慮も足りない馬鹿の集団」、というのが双葉の、この世界に35億存在する男性への決められたイメージだった。
モラルも無い。欲望への抵抗力もない。軽蔑の対象でしかない。
それはきっと偏見でしかなかったのだろうし、実際双葉も、自分のその考えが世の中では認められない「偏見」なのだと、理解はしていた。
だか双葉は男が嫌いだ。もう、理由はどうでも良いから、とにかく嫌いなのだ。これはもう、本能のようなものなのだと、双葉は考えていた。
そして、その双葉に、強力な魔力適性があると分かったのが二年前。将来に関しては特に志望職業もなかったし、学歴にこだわるわけでもなかった双葉は、一も二もなく化物退治に入局した。
これで、この世に蔓延る自分の嫌いな「男」という生き物から、人生の大部分は離れることができるのだと。
そして、男社会で生きる上ならば必ず付きまとったであろう、自分の性質への悩みも抱かずに済むのだと。
思って、安心していた——のに。
(だったのに、よりにもよって何で、私の班にあれが配属されるの……!)
双葉は男が嫌いだ。もう、生理的に無理なのだ。
出来ることなら道ですれ違いたくもないから、なるべくこの局から出なくて済むように、局員寮の使用申請まで取ったというのに。
どうしてよりにもよって、自分の一番身近に、「唯一の男性入局者」なんてものが付属される?
ヒラタ研究主任のような、同じ局でも滅多に会わないようならば、良かったものを——と。
湧き上がる苛立ちを、鬼のような形相で表現していた双葉は、元凶の姿を確認して露骨に舌打ちをする。
黒江亮。本来、物理的生物的に女性しか入局できないはずの化物退治に、何を間違ったのか転がり込んだ「異物」。
彼は今、エレベーターを降り、こちらに歩いてきているところだった。
双葉は化物退治に男性局員が、それも身近な戦闘員として増えると聞いた時、大いに困惑した。
そして大いに声を荒げ、上層部に抗議した。
何かの間違いで、ギリギリ魔力の水準を達成してしまった男性など、入局させる必要はないと。その男は、奇跡的に魔力適性を獲得しただけの、戦力として見れば一山いくらの雑魚なのだから、と。
概ねそんな趣旨の抗議をしたが、しかしそれで分かったのは、黒江亮という男の、異常な性質だけだ。
黒江は、入局者の中では二番目に魔力適性の高い、逸材、天才としか呼称しようのない人材だった。
なぜ男性である黒江が、本来絶対にありえないほどの魔力適性を有しているのか、その答えは未だに分かっていない。
上層部は、人間の特別変異体のような——彼が生まれつき持つ、特殊体質のようなものなのだろうと、議論を棚上げにした。早い話がお手上げだったのである。
かくして、双葉は黒江という異物の存在を、局内に認めざるを得なくなった。しかも、考えうる限り最悪の形で。
「あ、白石班長……お疲れ様です」
その黒江は、双葉の内心で燃え上がるかつてない苛立ちを察することもなく(正確には、苛立っていることは分かっていたが、その程度を低く見積もっていた)、決まりの悪いような顔で、軽々しく挨拶をして来た。
もうそれだけで、双葉はまた「失せろ」と言いそうになる。しかし今回は、寸前でそれを踏みとどまった。
残念なことに、双葉が頭を悩ませるべき問題は、この黒江以外にも山ほどあるのだ。
双葉は、黒江の挨拶には答えることなく、その隣でひっそりと頭を下げている葵に目を向ける。
「本当に……何があったら、入局二日目で人間関係がそんなにこじれるのかしら」
午前中、黒江はいなかったが……しかし少なくとも、わずかの時間見ていただけでも、黒江と葵はある程度友好的な仲を築いているのが分かる。
しかし問題は、もう一人の班員、兼村洋子だ。彼女はまるで、親の仇でも見るような目で葵を見ていた。
本来、人間関係の仲裁という作業は、双葉が男の次あたりに嫌いなものだ。自分は親戚の世話焼き婆さんの代わりではない、と。
なのだが、自分が班長で、その班員が険悪極まりない人間関係に置かれている以上、何もしないという選択肢を取ることは、双葉には出来ない。
社会的にも、それから双葉の性格的にも。
面倒だからという理由で、為すべき事を為さないというのは、双葉が最も嫌う思考パターンだった。