第4話 化物退治の武器
「化物の正体は、人間が失った『安全装置』の急ごしらえだ。しかもまるっきり方向性を失った不良品。
「そのバグが起こったのが、1977年だね。まだ世界が東西に分かれて冷戦やってた頃の話だ。
「多分その年に、『星の意思』は予測を確定させたんだろう。『もはや人類を抑制することは不可能になった』ってね。
「さて、ここまでが化物の説明だったわけだが……うん、ごめん。
「ここまでは前座みたいなもんなんだ。長かったけど。
「君が知りたいのは『なぜ女性しか魔力適正を通らないのか』ってことで、化物の正体ってわけじゃなかったはずだし。
「ごめんって。怒るなよ。『ええ〜……』みたいな顔するな。ちゃんと必要な説明だったんだから。
「いや、君の知りたいことに答えるには、『魔力』のことをちゃんと教えないといけないんだ。それには、今話したことを知っててもらわないと、話がスムーズに進まないからね。
「さて。化物と同じく、1977年に発生した魔力という概念なんだけど。
「これは要するに、『安全装置』のガソリンみたいなもんだ。
「『星の意思』がトチ狂って、『安全装置』がぶっ壊れた。で、ぶっ壊れた安全装置から漏れ出したオイルが魔力ってわけ。
「魔力ってのはね、この世に存在するものを『安定させる力』なんだ。
「地球上のあらゆるバランスを『安定』させる作用を持つ、そんな概念。それを使って『星の意思』は、今まで色々なものを安定させてきた。
「けど、40年前の『安全装置』の故障で、その概念は物理的なものとなって人間たちに流れ込んだ。
「物理的なエネルギーとして。新しい、未知のエネルギーが発生した。
「40年前、全人類にそのエネルギーが宿った。
「漏れなく、何十億もの人間すべてにだ。それから、将来生まれてくる子供にすら。
「僕らが今日『化物退治』に使っている魔力は、元を辿れば化物と同じものなんだよ。
「……ところでなんだけど。
「君、二つの魔力適性検査で調べられるのって、正確にはどういうものなのか分かってるかな?
「分かんないか。そうかそうか。君本当に講義聞いてなかったんだねえ。
「いや、良いんだけどね。あそこの講師なんてそもそも、教育免許も持ってない素人たちなんだから。
「じゃあそれも僕が教えとこう。
「あのね、まず一次検査では、『物質に魔力を流せるかどうか』が調べられるんだ。
「魔力ってのは、普通にしてたら人体の中をぐるぐると回ってるだけのものだ。武器として使うといっても、それじゃあ化物とは戦えない。
「なんらかの物質に、魔力を流して武器にする必要がある。
「僕は今、魔力を『安定させる力』だって言ったけど、じゃあその魔力が物質に——そうだな、例えば木刀なんかに宿ったらどうなると思う?
「『安定』するんだよ。その木刀は、これ以上ないほどに『安定』して——極端に、壊れなくなるんだ。
「木刀じゃなくて、例えばチラシを丸めただけの棒切れでもね。それに魔力を流して、角材なんかとチャンバラしても、二、三回で紙切れが勝つ。
「二、三回本気で叩けば、耐久度的にはそれで角材が折れてしまう。
「すごいだろ、魔力って。
「とはいえ、それはついでみたいなものなんだけどね。
「ただ壊れないだけの武器じゃ、化物に対抗することはできない。だいたいそれで良いんなら、機関銃でも持ち出せば良い話だ。
「いや、ごめんって。つい話が横道にそれるのは、学者の性なんだ。
「うん、分かったよ。なるべくまとめて話す。
「ともかくね、大事なのは、『安定させる力』の方だ。
「化物ってのは、『星の意思』が生み出したバグだ。
「大元は同じ『魔力』——つまり『安定力』なんだけど、化物自体は『不安定』なものだ。存在自体がね。
「この地球上の『不安定』要素だ。まさしく『星の意思』にとっての、駆逐対象そのもの。
「だから、化物は『安定力』で外部から干渉されれば、存在自体が打ち消される。
「魔力を帯びた武器でブッ叩けば、それで化物は消滅する。
「これで、『武器に魔力を流す能力』の重要性が分かっただろ。これが出来なきゃ、そもそも化物退治で戦うことなんざできっこない。
「そして、これが化物退治に女性しか入局出来ない理由なんだ。
「魔力の適性ってのは、要するに何かを安定させる能力だ。
「そして、これはもう生物学的な問題なんだけど、『雌』は何かを安定させやすいんだ。男性よりもずっとね。
「諸説あるんだけど、僕は『雌』だけが、『母』になり得るからなんだと思ってる。
「『母親』って概念は、この世で最も『安定』を必要とするものだからね。それが女性の方が、圧倒的に魔力の能力に優れている理由なんじゃないかな。
「とまあ、回り回ってここまでが、君の質問の答えの全てだ」
*
そこまで、あまりにも長い説明を終えたヒラタ主任は、「ふう」と息をついた。
一方で黒江は、説明を受ける前に予想していたよりも、はるかに大きいな敬意を目の前の男に負けている真っ最中である。
途中で何度も何度も話が逸れていたが、しかし最終的には、黒江の疑問にしっかりと答えてくれた。主任研究者の肩書きは伊達ではなかったらしい。
当初の「自分勝手な抜けた男」という認識は、もう黒江には残っていなかった。さすがは専門家のトップである。
と、黒江にそんな風に見直されているとは思いもせず、ヒラタ主任は飲みかけのインスタントコーヒーを飲み干していた。そして、空になった安物のカップを机に置き、思い出したように、
「ああ、そういえば、肝心の二次検査の正確な内容を教えてなかったっけ?」
「え、ああ……そういえば」
「いけないいけない。肝心なことを忘れてた」
そう言って頭をかくと、ヒラタ主任は補足説明を始めた。
「二次検査ってのは、『武器に魔力を流したままで戦闘行為を行えるレベル』を水準にしている。要は魔力を操る集中力の問題なんだけど、これが面白いほど女性しか受からないんだよね」
「それは、さっき言ってた『安定力』の問題で、ですか?」
「そうだね。もうほぼほぼ男性には、物理的生体的に不可能なんじゃないかって結論も出てたんだ。まったく、君は希代の天才だよ」
「それは……どうも」
希代の天才。黒江は自分のこの異常な環境を、そんな風に考えたことはなかった。中々に、心地の良い響きではあるが。
と、そうやって黒江が照れていると、ヒラタ主任は新しいカップを取り出し、コーヒーマシンのスイッチを入れた。
「コーヒー飲むかい?砂糖とミルクは?」
「あ……すみません。えっと、砂糖とミルクありありで」
「はは、甘党だねえ。やっぱり君とは気が合いそうだ」
ヒラタ主任は、そう言いながら手慣れた操作でコーヒーを二杯淹れ、両方のカップに砂糖とミルクをありありと注いだ。
そして、片方を黒江に手渡してくる。
「いただきます」
黒江はそう言って頭を下げ、それから熱々のコーヒーを喉に流し込む。
素朴でいい味だ。甘さも丁度いい。
黒江のそんな様子をヒラタ主任は満足げに眺め、そして自分もコーヒーカップの中身を飲み干す。
それから、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。この女の園に紛れ込んだ『異物の先輩』として忠告しておくけどさ」
「はい?何ですか」
黒江はそう答え、それから残ったコーヒーを飲み始めた。
「いや、気になる女の子がいたら早めに唾つけておいた方がいいよ。例えば小村葵ちゃんとか。部屋も隣だろ、君たち」
「ブッファッ」
思わずコーヒーを吹き出した。唐突に何を言いだすんだこの人は、と黒江はヒラタ主任を睨む。
「あんたいきなり何を……!」
「あはは。いやね、化物退治ってのは組織形態がこんなんだからさ。一年も経つと、可愛かった同僚たちが生真面目の塊みたいな堅物に変貌するよ」
そう言ってヒラタ主任はケラケラと笑い、
「しかも僕なんか中途入局だから、もう周りにいるのは難しい顔した人ばかり。局長なんかその最たる例だよ。あの演説聞いたろ?」
「演説……ああ、入局式の。あれは確かに、凄かったですけど」
「あそこまでは行かないけど、でもこの局にいる人なんかあんな感じよ。白石ちゃんは特にそう。あの子は極度の男嫌いだからねえ」
そう言われて、黒江は初会話でいきなりぶつけられた「失せなさい」という言葉を思い出す。
(まさかとは思うけど、小村も一年後にはあんな風になってるのか……?)
男女のあれそれを抜きにしても、それは想像もしたくないことだ、と黒江は身震いした。
「ちなみにあの子には僕も嫌われてるよ」
「それは、まあ……そうでしょうね」
ヒラタ主任の「男嫌い」という言葉を信じるなら、あの初対面時に黒江は、ただ男だからという理由であそこまで嫌われていたことになる。
それが、彼のようないかにも遊び人という人間である。それは双葉のような女性が、最も嫌いそうな人種だった。
「……っていうか、何で部屋のこと知ってるんです?俺はともかく、小村まで」
「ん?ああ、そりゃ魔力適性の高い新人はチェックしてるさ。そういえば君は、今期で二番目だったっけ」
あっけらかんとしたヒラタ主任の言葉に、黒江は首を傾げた。
「魔力適性の高いって……え、じゃあ、あの部屋の使用権の基準って?」
「ああ。魔力適性の順番だね。何しろ魔力を上手く使えるってことは、イコールこの化物退治では有能ってことになるから」
それを聞いて、黒江は多少なりとも驚いた。それは、昨日黒江が半分冗談で考察したものと全く同じ答えだ。
魔力は確かに、化物を殺すための絶対的な要素だが。しかし、だからといってそれを生活水準にまで反映したいるとは。
この化物退治は、よっぽどの実力主義らしい。あの局長の下の組織らしい、と黒江はため息をついてーー、
「……あれ?二番目?」
「うん?」
「いや、魔力適性二番目って……俺の上って誰なんです?」
黒江がその疑問を抱くのは、ある意味当然のことである。
自慢になるとは全く思っていないものの、黒江は自分の「魔力に関すること」には、ある事情のおかげで誰にも負けることはないだろうと信じている。
だからこそ、不快ではないが、「二番目」という言葉は酷く気にかかった。
そして、その問いに対して、ヒラタ主任は衝撃の答えを返してくる。
「最も魔力適性が高かったのは、小村葵ちゃんだ。彼女ダントツだよ。君もかなりやばい部類だけど、彼女は化物だね」
「こっ、……小村が⁉︎」
あれが⁉︎と。これはもしかすると、黒江にとって入局してから最大の驚きだったのかもしれない。
あの葵が。あの、化物どころか、人との喧嘩さえも萎縮してしまうような気弱な少女が。
数百もの新入局員の中で、最も化物を殺す能力が高いと?
「まあー、これに関しちゃ完全に生まれ持っての才能だからねえ。多分世界でも類を見ないよ、彼女ほどのは」
「そこまで……?マジですか、本当?」
通りで、きっちり部屋持ちだったわけだ。あの居住フロアの使用権が、魔力適性順なら、黒江と葵が二人で並んだことも納得だった。
「あ、そうそう。そういえば三番目は兼村洋子さんだよ。彼女、普通ならいい線いってるのに、並んだ相手が悪かったのかな」
「兼村洋子……って、ええ……本当ですかそれ?上位三人が同じ班に所属してることになりますけど」
あの兼村がそんな実力者だったことも確かに驚きだが、それを驚くには、黒江にとって葵がナンバーワンだという事実が衝撃すぎた。
と同時に、黒江の頭に一つの疑問が浮かび上がる。
疑問というか、違和感だろうか。
それは、新入局員の上位三人が同じ班に無造作に放り込まれていることへの違和感だ。普通、そういう場合は、なんらかの形でバラけさせるものでは無いのだろうか。
少なくとも、新人育成という観点で、不自然な方針であるのは確かだろう。
と、黒江がその旨の疑問を口にすると、ヒラタ主任は、
「いや、局長の方針でそういう計算された配慮みたいなのはナシなんだ。なんでも桜酒さん曰く、『与えられた環境にも順応出来ない者など、何もせずともいずれ化物に負ける』とさ」
「……えっと、つまり」
要するに、「理不尽に与えられた環境にでもきちんと順応しろ。それも出来ないんならどうせここじゃやっていけない」、と。
このなんの思慮もない班編成が、その思想の下なのだろうか。
「随分と……その、軍国主義ですね」
「まあねえ。正直今の世の中じゃ、非合理的だ。子供を押しつぶす、昭和のクソ親父の思考だよ。——けどね、残念ながらここにおいては、僕は間違ってるとは思わない」
ヒラタ主任は、そう言って、少し悲しそうに笑う。
「化物退治ってのは、もう完全に才能の仕事だ。魔力の才能、化物の身体能力に対応する才能。それらはね、努力なんか無駄だ、とまでは言わないけど、でもやっぱり生まれ持ったものが大きく結果に関わる」
「結果……って、いうのは」
「生きるか死ぬかって領域だよ。だから、早いうちにそういう才能を測ってやらなきゃならない。それで、才能のなかった人間はさっさと局から追い出してあげないといけない」
そうやって話すヒラタ主任の仕草には、もうさっきまでの砕けた様子は見られない。
黒江もそれに触発され、さっきよりもずっと真剣に耳を傾ける。
「だって、そんな人は局にずっといればいずれ死んじゃうんだから。向いてる人間向いてない人間って、どうしても出てくるからね。局長は、そういうことよく分かってるから」
そう語るヒラタ主任の表情は、どこか悲しげでもあった——あからさまに目を伏せたりはしていないものの、というか表情はヘラヘラとした笑顔からほとんど動いていないが、それでも「悲しげ」。
あるいは、黒江の脳が話の流れを汲み取って勝手にそんな錯覚を生み出しただけかもしれないが。
そんな黒江の思考はさておき、どうやらヒラタ主任は言いたいことを言っただけのようで、この話は終わりとばかりすぐに口を開いた。
「さて、話がだいぶ脱線した。それじゃあそろそろ、化物退治の武器について説明しようか」
「武器……ああ、そういや元々、今日はその予定でしたっけ」
「うん。大丈夫だよ、時間はあるし。手短に済ませるからさ」
信用できない。今までの話の経緯を思い返して、黒江はそう結論を出した。
しかし、ヒラタ主任は黒江のそんなジト目を完全にスルーし、机の上に無造作に散りばめられた謎の物体を、「どこに置いたっけな……」などと言いながら探り始める。
「えっと……あ、あった!これだこれ」
「それは……?」
ヒラタ主任が机の上の様々な道具の中から見つけ出したのは、一本の白っぽい棒切れだった。警察官が使う警棒のような、長さ数十センチほどの鈍器だ。
「これは化物退治の局員が使う、一般的な武器の一つだ。通称警棒っていうんだけど」
警棒だった。
「えっと……警棒、ですか」
「うん。まあ、型になってるのは警官たちが使うのと同じものだから。でも、素材は全く違うものだよ。石灰石を原岩とする変成岩——まあ通称大理石か。それで作られてる」
「大理石で……って、あの?」
「その」
彫刻や建築などに使われる、あの大理石のことらしい。確かに色は白いし、どことなく艶めいた感じも、それっぽくはあるが。
「で……なんでそんな素材を使ってるんです?」
「まあ簡単に言えば、魔力を流しやすいから。そうだな……うん、実際に見せよう。よく見ててくれ」
ヒラタ主任はそう言って、「警棒」を手に取り、そして目を瞑る。
「集中するから、ちょっと黙っといてね」
「あ、はい」
黒江は言われた通り、何も喋らずに、じっとヒラタ主任の手に握られた警棒に注目した。
そしてその姿勢が十秒ほど保たれ——、
「……よし、出来た」
「——!」
黒江は驚きの声を出す。目の前で、ただの大理石には起こりえない現象が起こっていたからだ。
ヒラタ主任の手に握られたその警棒は、うすら白く、ほんのりと光を放っていた。
「魔力——なのか、これが」
黒江はそう直感した。
と、それと同じタイミングで、警棒が放っていた淡い光が消える。
「ふう……さて、君みたいに魔力適性の高い人間にはわかるんじゃないかな。今僕が、この警棒に魔力を通した」
「えっと……光って、ましたよね」
「ああ。この大理石みたいに、魔力が流れやすい物質は、魔力干渉によって微量の光線を生み出すんだ」
そこまで言って、ヒラタ主任は手に持っていた警棒を一旦机に置き、
「僕は一次検査は通ったけど、物凄く集中して数秒だけ魔力を動かせる程度なんだ。でも、今の見たろ?たった数秒流しただけで、きちんと光った」
「それがつまり、魔力が流れやすいってことなんですか?」
「そうだね。魔力がよく循環したモノで殴れば、化物への効果は比例して上がる。個体によるけど、撫でてやるだけで消滅するものだっているよ」
それは確かにすごい。黒江は素直に、化物退治の技術力に感心した。
これならば、最低でも魔力を流したままで運動が出来る人間なら、化物と戦うことが出来る。能力にかなりのバラツキのある新入局員を、相当数戦力として数えることが出来るはずだ。
「これがまず一つ目ね。君ら新人が戦うようなザコ化物相手なら、警棒で十分戦える。で、もう一つ」
そう言って、ヒラタ主任は再び机の上を探り、一つの物体を取り出す。
「もうちょい難しい相手に対応するためのものがこれだね」
「これ、って……」
黒江は目の前に差し出されたそれを凝視した。
「じ、銃……?」
「そう、拳銃だ。M360J型リボルバー。これも元は日本の警察が使ってるものなんだけど、この銃に関しては対化物用に結構な改造を施してる」
ヒラタ主任が言うように、それは刑事ドラマなどでよく見る、小型拳銃だった。
黒江は実物を見るのはもちろん初めてである。というか、一生お目にかかると思っていなかった。
「ていうか、化物退治って銃使って良いんですか?」
「良いんだよ、これが。まあ公にはあまり知られていないけど、国にも認められてる。先代局長がかなり無理やり許可をもぎ獲ったらしい——と、また話が横道に逸れたな」
ヒラタ主任はそう言って首を振る。黒江はというと、この化物退治という組織の、色々と頑強な姿勢に舌を巻いていた。
国から銃の使用許可を強引に取るというのは……というか、そもそもちゃんとしろ日本政府。
黒江のそんな、若干ズレた心中のツッコミはつゆ知らず、ヒラタ主任は説明を始める。
「とにかく、時間も押してるし、さっさと説明するよ。まず、この銃に使われる弾丸は普通のもんじゃない。大理石を加工した特殊弾丸だ」
ヒラタ主任はそう言って、リボルバーの弾倉をガチャガチャと弄り、白い弾丸を取り出してみせた。
「弾丸も、魔力仕様なんですね」
「じゃなきゃそもそも、化物相手では意味ないからね。まあ素材以外は普通の弾だよ」
確かに、「星の意思」という概念が現象化しただけの化物には、物理的な攻撃をしても効果が薄い。説明された通り、魔力を用いて概念ごと壊してしまう必要がある。
と、そこで、黒江は一つの疑問にぶち当たった。
「あれ?でも、弾は遠くから当てるものですよね?それに、弾倉に入った弾に魔力を流すことなんて出来るんですか?」
取り出した銃を弾倉に戻す作業を、不器用なのかやけに時間をかけながら行なっているヒラタ主任にそう聞いた。
ヒラタ主任はやっとの事で弾を全て弾倉に戻し、
「ああ、いや、本来なら無理だ。でもそれを可能にするために、この銃は改造されてるんだよ。ほら、ここ見て」
と、そう言いながら、銃のグリップ部分を指差した。
黒江は顔を近づけ、その部分をまじまじと見る。
そこには、黒い銃身の中では非常に目立つ白色のグリップパネルが光を反射していた。
「銃を撃つ時は、必ずかのグリップに手が触れるだろ。このグリップパネルは、内部で弾倉に通じてる。だからこれに魔力を流すことで、弾丸にも魔力を帯びさせることが出来るんだ」
「弾丸に直接、魔力を流せるって事ですか。確かにそれなら……いや、でも」
黒江は一旦納得しかかったが、その寸前で新しい疑問を生み出した。
「魔力を流した弾丸でも、必ず手元から離れますよね。それって、問題はないんですか?」
魔力は、一旦物質に流せばそのまま、なんていう便利なものでは無い。人の手で生産することをストップすれば、それだけで物質が帯びていた魔力は散ってしまうはずだ。
ならば、たとえ弾倉にあるうちに弾に魔力を流したところで、敵である化物に届く段階では、意味がないだろう。
「うん、そうだね」
と、ヒラタ主任はあっけなく黒江の疑問に頷いた。
「じゃあ駄目じゃないですか」
「いや、そういうわけでもない。魔力が散るって言っても、手を離したその瞬間に消え去るわけでも無いからさ」
そう言うと、ヒラタ主任は手に持った銃を唐突に黒江の方へ向けた。黒江はその突然の奇行に、大きく狼狽する。
「バァン!……と、ここで僕が君を撃ったとしよう。すると、僕が握ってる銃から放たれた弾は、いったい何秒くらいで君まで到達すると思う?」
「……あのですね。まず弾入った銃を人に向けないで下さい」
「ジョークだって」
ヒラタ主任はそう言って笑い、
「それでねえ、君と僕との距離を五メートルとするだろ?すると、だいたい弾が当たるまで0.0147秒だ。流石にこれだけ短い時間じゃ、弾丸に流れた魔力は消えないよ」
「って、ことは……銃は化物に有効なんですね」
「そゆこと。まあ武器に関する問題点なんかは、僕ら研究室が随時解決している。そこは信用してもらっていいよ」
そこまで言うと、ヒラタ主任は今まで説明をしていた警棒と拳銃を両手に持ったまま、立ち上がって黒江の方へ歩いて来た。
「この二つは君のだ。制服のベルトに、ホルスターと警棒のケースが付いてるだろ。そこに入れときなよ」
「俺の……武器ですか。この二つが」
黒江は差し出された二つの武器をまじまじと見つめ、それから両の手でしっかりと受け取った。そして、指定されたホルスターとケースに、丁寧に仕舞う。
そうして、本来の化物退治局員の装備を身につけた黒江を見て、ヒラタ主任は微笑んで頷いた。
「うんうん、似合ってる。さて、それじゃあ時間も時間だし、お話はお開きにしようか」
「えっと……色々とありがとうございました」
「いいのいいの。黒江新入局員の、これからの活躍に期待してるよ」
そう言うと、ヒラタ主任は「じゃあねー」と言いながら手を振った。
黒江はそんな主任に、しっかりと頭を下げる。そして、「失礼します」の言葉と共に研究室を後にした。
廊下を歩きながら、時計を確認する。12時ジャストだ。
葵には昼に落ち合おうと言った。言葉通りなら、講堂前で待っているはずだ。
黒江は、駆け足でエレベーターに乗り込んだ。
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