第28話 とりあえずの終息
遅くなって申し訳ありませんでした(待っててくれた人がいることを祈りながら)m(_ _)m
双葉は急いでいた。
黒江と葵の二人を、化物の巣であるかもしれない場所へ安易に急行させてしまったことは、今更ながら判断ミスだったと言わざるを得ない。
そう確信することになったのは、通信機から今まで聞いたことのないような焦りを多分に含んだ葵の声が聞こえた時だった。
『化物退治の応援と、警察にも連絡して——とにかく早く、早く来てください!』
と。
いわばそれは、葵らしいといえばとても葵らしいと言えないこともない、悲痛なSOSだったわけだが——しかし、双葉はこの通信を、葵らしいとはとても思えなかった。
葵は確かに、弱々しいイメージではある。実際彼女の気質はとても弱々しいものだし、黒江という他者の関わりが彼女の局内での生活を大きく支えていることも事実だろう。
弱々しく、悲痛に、助けを求めてくるという行動は確実に「葵らしい」ような行動ではあった
だが。
それならば、彼女の声が強いことが、らしくない。
あのか弱い少女が、果たして自分の危機のためだけに声を張り上げて助けを求められるものなのか?
「……まずい、わね」
と、双葉は通信機のスイッチを切りながら呟く。
まずい状況だ——あの通信の先で、どのような事態が起きているのか、双葉にも概ね想像はついていた。
小村葵という少女は、今どき驚くほどに自己優先度というものが低い。
彼女は自分のことのために必死にはならない。少なくとも今までの、ここ一ヶ月ほどの付き合いで判断する限りは、葵が自分の命のために、あんな風に必死こいて助けを求めることなどできるとは思えない——それは。
それはつまり、危機に陥っているのが葵だけでは無いということだ。
あの強かな少年までもが——危機に陥っているということだ。
黒江亮という少年。
彼は、強い。それは化物退治という世界において、天性とも言えるような才能だ。
訓練中に否が応でも浮き彫りになった彼自身の身体能力による、根本的な戦闘のセンスもさることながら、黒江は何よりも精神面での強さがずば抜けている。
それは化け物という、想定外そのもののような存在との戦いにおいて最も重要な能力だ。
想定外という事態を、乗り越えられる才能。
それは結果でしか測ることのできない、後付けの才能ではあるものの、逆に言えば黒江は結果を出してきた。
訓練中にはすでに兆候の見えていた、的確な行動選択のセンス。
ゾンビの群れに囲まれながらも、負傷した兼村や葵を安全地帯にまで退避させた判断力と行動力。
初任務で吸血鬼という強力な化物を相手取りながらも、全員生還という結果に大きく貢献した総合的な「力」——それらを示してきたあの黒江が。
危機に陥っている。
黒江を危機に貶めるほどの、化物がいる——それは少なくとも、新人二人で相手取るような敵では無い。
「私の、判断ミス……!」
判断ミス。
双葉に非があるとすれば、そんな言い方をするしか無い。
黒江も葵も、すでに負傷した兼村でさえも、彼らは皆化物退治だ。自ら志願し、訓練を受け、化物を駆逐するための任務に身を置いた人間たちだ。
その彼らが、化物との戦いで負傷したとしても、それはある意味なんの不思議もない結果だろう。
もちろん化物退治では、彼らのような新人を危険な化物に対面させないための然るべき憂慮はされているが——しかし、化物というものを相手にする以上、計算には限度がある。
事実を言うなら、「運が悪かっただけ」。
それでも誰かに責任を求めるなら、「双葉のほんの少しの判断ミス」だ。
だからこそ、双葉は焦っていた。自分の判断ミスで、もしくは「運が悪かっただけ」などという曖昧な因果で、大切な部下二人が危機に陥っているのだ。
本来ならすぐにでも黒江たちのところへ行きたいが、しかし風切七刀をここに放置するわけにはいかない。最低でも救急車が到着するまでは、ここから動けない——と。
その焦りと、そして真の意味で何もできないことへの苛立ちが募りに募った、そのタイミングだった。
一台の救急車がようやく角を曲がり、双葉のすぐ近くへ停車したのだ。
「……!やっと来た——」
双葉は、駆け足に停車した救急車の方へ歩み寄る。
これで運転手あたりに簡単に状況を説明すれば、それですぐに黒江たちのところへ向かえるのだ、と。そんな風に一時的な安堵を抱く双葉は、しかし何も知らない。
化け物との戦いがすでに終わってしまっていることも、そして黒江が完膚無きまでの敗北を喫していることを——双葉は、まだ知らない。
*
文字通りに、内臓ごとぐちゃぐちゃに掻き乱された意識の中で、黒江はしかし未だに思考力を保っていた。
思考力——それが例え目に映るものさえろくに認識出来なくて、耳に届く音すらろくに理解できない状況であっても、「思考だけは」出来ている。
考えることは。次に何をするべきなのか、辛うじて分かる程度には。
「——ぁ、あ……」
そして、それがどんなに虚ろな思考状態であっても、黒江ならばたいした時間もかからずに修復することができる。
今黒江が通常の脳感覚を失っているのは、ヴラドの影によって与えられた激痛のせいだ。言い方を変えれば、刻まれた傷が原因であると言える。
黒江にとって、傷とは傷であって傷では無い。
長い時間など必要とせず、たちどころに塞がる自己破産ありきの負債だ。
傷が治るのに従って、堪え難い激痛は引いていき——思考力は、取り戻される。
「小、村……!」
と、黒江は掠れた声で未だ無事な仲間の名前を呼んだ。
ヴラドは、何故か葵に指一本触れることをしなかった。黒江の腹をかき混ぜ、悠々とこの教会から歩き去った時にも、葵は門扉の前で座り込んでいたというのに。
ヴラドから醸し出される否応無しの圧迫に当てられ身うごきも取れなかったのか、もしくはただ恐怖に身がすくんで足が動かなかったのかは知らないが——ともかく、葵は歩き去っていくヴラドのすぐ横で動かずにいた。
あの化け物が。
しかし、目の前に生き残った人間を殺さなかったのだ。
それが何を意味するのかなど、分かりようもない——おそらく真相は、分かる必要もないようなただの気まぐれのようなものなのだろうが、とにかく。
葵は生きている。五体満足で、なんなら一般的な重作業くらいならできるだろう状態で。重いものくらい、運べるだろう状態で——だから。
「小村——こっちに、来て、くれ」
「っ、あ——黒江さん!」
絞り出されたような黒江の声は、ようやく葵に届く。その声に従って、葵はおぼつかない足で立ち上がり、顔に心配という二文字を具象化させたような表情を貼り付けたまま、倒れ伏す黒江の元に歩み寄った。
「だ、大丈夫——ですか」
「大丈夫じゃ、ねえな……クソが、あの化け物、飛んだ置き土産して来やがった……」
そんな風に、黒江はすでにこの場から去った敵への恨み言を口にするものの、その言葉はただただ弱々しいだけだ。
「班長に、連絡しました。すぐに化物退治の応援も来ます。だから……」
「いや、小村。その前に俺を——教会の建物の中に、隠してくれ」
「……え?」
黒江から突きつけられたその要望に、葵はそのまま疑問系を返した。
「引きずってで良い……俺を隠せ。もうサイレンが随分近くにまで聞こえてる。このままじゃ、治ってるところに鉢合わせちまう」
「鉢合わせって……それじゃあ」
「このままだとバレちまう。だから、ひとまず傷が治るまで……俺を隠してくれ」
バレる。
それはつまり、黒江の吸血鬼体質のことだ。
今現在の黒江の体の状況は、損壊二十パーセントほどだろうか。体の二割が欠けている状態から、それが徐々に戻りつつある。
そんな状況を誰かに見られたのなら、もはやその時点で黒江の人間としての生活は終わりだ。
葵は黒江の言いたいことを察して、慌てて首を縦に振ると、力なく地面に身を預けたままの黒江の上体を起こさせた。
そしてそのまま黒江の腕を自分の方に回し、立ち上がろうとする。
とはいえ、葵と黒江では体重差がありすぎる。同い年でも相対的に考えれば、「小柄な女性」と「やや大柄な男性」だ。肩を貸す形であっても、葵には立ち上がるだけで一苦労だった。
「お、い……無理すんな。引きずって行ってくれりゃ良いって……」
「黒江さんは大怪我してるんです。これ以上、ちょっとでも負担なんてかけられません」
「……いや……」
すぐに治るから、と言おうとして、黒江は口を噤んだ。
こんな健気な気遣いくらい、厚意くらい、受け取っておくべきだ。
そうして葵は黒江の体重を支えたまま、なんとか立ち上がり、なんとか教会の中に入る。
恐怖の余韻か、彼女の体は未だに震えたままだったが、それを噛み殺していたようだった。その上血がつくことも気にせずに、だ。
ありがたい。
と、黒江はまだ朦朧とする意識の中で素直に思う。
ともかくそして、黒江は葵の肩を借りて教会の中に入り、扉の横に腰を下ろした。その頃には、黒江の傷も「若干の激痛」が残っている、というくらいの状態には回復していた。
「……悪い。助かった」
「いえ……私は、こんなことしか出来ないです」
「あんな化け物相手に、何かしようとか思うなよ。それ自体間違ってると思うぞ」
そう言いながら黒江は学ランのボタンを外し、中のワイシャツに目を落とす。
流石に白いワイシャツなので、およそ四割以上の面積を染める血液は誤魔化しようがないだろう。というよりそもそも、学ラン含めて影に貫かれたのだから、服が穴ぼこだらけだ。
「……どうしたもんかね」
黒江はそんな風にため息をこぼした。
外面的な傷はほとんど治っている。服は穴だらけなのに、体は無傷という状態だ。
不自然極まる。どうしたって最低でも双葉には、詳しい状況を説明しなければならなくなるだろうし、誤魔化す方法を考えなければなるまい——と。
皮算用すら思いついていないこの段階で、しかし無情にも、やや遅い救援が到着した。
「——二人とも!いるの⁉︎」
「……!」
教会の外から聞こえてきたその声は、間違いなく双葉のものだ。
パトカーか化物退治かは知らないが、サイレンはまだ少し遠くで聞こえている。車よりも先に、人の足で歩いて来た彼女が到着したらしい。
「おい小村、ちょっとの間……って、あれ」
ちょっとの間、つまりは黒江の体が完全に回復するまでの数秒間、待ってくれ——と、そんな頼みごとをしようとしたのだが、しかし黒江がそれを口にする前に、教会の中に葵はいなかった。
首を動かして扉の外を見ると、葵は双葉の前に駆け出ていた。
なんのことはなく、双葉に大声で呼ばれたのに反応し、そちらに足が動いてしまったらしい。
「……素直すぎんのも考えものだわな」
と。
黒江がそんなため息混じりの言葉を吐いたのと同時に、双葉は教会から出てきた葵を発見し、若干の安堵とともに声をかける。
「は、班長……あの」
「……無事、でひとまずは安心したわ。通信で言われた通り、化物退治の応援と警察も呼んでおいたわよ」
「あ、ありがとうございます。あの、でも……警察はともかく、化物退治の応援はもう遅いというか」
「……?どういうこと?」
葵の口走ることは、どうも要領を得ない感じになってしまっていた。強烈な化け物が去ってからまだ五分も経っていないのだから、頭が混乱から抜け出せていないのは当然のことではあるのだが。
「……その血は?」
「えっ?」
「あなたの制服、血だらけじゃないの。怪我したの?」
双葉の指摘を聞いて、葵は自分の制服に目を向ける。
確かに、左脇腹あたりが血でべったりと染められていた。
これは——黒江に肩を貸した時に付いた血だろう。葵のものでは無い。
「これは——」
と、葵はありのままの事実を言いそうになって、すんでのところで踏み止まった。
「黒江の血だ」と、ありのまま答えてはいけない。黒江の外傷はこの時点でもほとんど治っているのだから、そもそも黒江が血を流したという情報そのものが不自然ということになる。
なんとか誤魔化さなければいけないだろう。葵はそのことに気付いて、口ごもる。
「——えっと」
とはいえ、葵はこんな時に即興で何かを考えつけるほど器用では無かった。結果的に口ごもっている秒数は五秒を超えて、ますます双葉の訝しむような視線は鋭さを増す。
「いったいなんなの?それに、黒江はどこに……」
「——返り血ですよ」
と。
見兼ねたように、そうやって葵の後ろから口を挟んできたのは、黒江だった。
「そりゃ返り血です。俺も小村も、これっぽっちも怪我なんてしてませんよ」
「黒江……」
教会から姿を見せた黒江は、若干猫背気味の歩き方をしているものの、ほぼほぼ回復は終わったようだった。足取りもしっかりしているし、よろけるような様子もない。
そんな黒江を見て、心配の対象だった二人の部下の無事が完全に確認されたからだろう、双葉は大きなため息をついた。
「無事だったのね。とりあえずは良かったけど……返り血って?あなたたち二人とも怪我はしていないんでしょう?」
「ええ……小村も俺も、五体満足ですよ。だから、この血は俺らのじゃありません」
そう言いながら、黒江は双葉の方に人差し指の先を向ける。
正確には、双葉のすぐ横のあたりだ。黒江の指はその場所の地面に向いていた。
双葉は首を傾げて、その方向へ目を向けた。自分のすぐ横の地面——正確には、地面の上に転がっている物体。
つまりは——三つの生首に。
「ひっ——」
双葉はそれを視認して、分かりやすく顔を引きつらせた。葵のように悲鳴を上げなかったのは、一年という経験の差による結果なのだろう。
「こ……これって」
「ここに突入してた警官です。化け物がその首を、俺らに投げつけてきたんですよ——それが当たって、血がついたんです」
と、黒江は顔色一つ変えずに虚偽報告をする。この場では、諸々のことを誤魔化す方法の選択肢があまりにも少ないため、こんな苦しい言い訳のような感じになってはしまったが。
ただ、苦しいとはいえ一応筋は通っている言い分でもある。何よりこの状況では、そもそも双葉が黒江の言葉一つ一つを疑えるほどの余裕を持っていなかった。
そのため、双葉の疑問はすぐに次のものに移行した。
「化け物……って?」
「そこの警官たちを殺した奴です。この教会に潜んでた化物で……ヴラド、と名乗ってました」
「名乗ったって、化物が自己紹介したっていうの?」
「自己紹介、されました」
された、だろう。あのわざとらしい、あからさまな名乗り方は、自己紹介なんて単語で表しても差し支えない。
「……その化物は、倒せたってこと?」
「いや、倒しては——」
倒しては、いない。どころか倒されたのだ。
「——いません。どこかに消えました」
「消えたって……どういうこと?化物を撃退したとかじゃなくて、逃げられたとか、そういうこと?」
「そうじゃなくて、どっちかと言うと、見逃してもらったってことに」
言っていて黒江自身「見逃された」という事実に、はらわたが煮え繰り返りそうになった。よりによって化物退治が化物に見逃されたなんて、名折れどころか恥も良いところだ。
とはいえ、そんな考え方をするのは実のところ黒江だけだろう。
黒江には吸血鬼の体という物理的に圧倒的なアドバンテージと、化物に対する絶対的嫌悪感というような感情があるため、自らネガティブな反省を助長さているが、普通の神経をした人間がヴラドと対峙すれば身動きも取れなくなるのが関の山なのだ。
蛇に睨まれた蛙。
化け物に睨まれた人間。
いかに化物退治であっても、人の身だ。天敵に巻きつかれた上で、それでも牙をむけるほどに気概のある局員は、そうそういるものではない。
それは双葉も例外ではなく、だからこそ彼女は「見逃された」という事実を耳にしたところで、黒江を責めるような感情を一片たりとも覚えることはなかった。
「……その服は?」
と、双葉は黒江の身を包む学ランに指を向け、次に湧いた疑問をそのまま尋ねる。
その学ラン——というか黒江が着ている服全体だが、穴だらけになっていた。
ヴラドの影によって身体中を貫かれたからだろう。それに、マシンガンの掃射も食らっていた。
黒江の体の傷は目視では確認不可能なレベルにまで、つまりはほとんど完全に塞がっているものの、破れた服が元に戻ることはない。
黒江は、今更ながらそれに気付き、多少の焦りを覚えた。
「これは、その……変な攻撃をされまして」
「変な、攻撃……?」
「黒い、影みたいな感じの槍っつーか触手っつーか、そんなのが伸びてきて。それで、当たっても傷は負わなかったんですけど、気がついたら服だけボロボロになっていて」
「……服だけを溶かされたっていうの?なんの意味があるのよ、その攻撃」
「いや、俺に聞かれても……とにかくそんな感じでした」
しどろもどろ、というよりは単に苦しいだけの言い訳になったものの、ひとまず双葉は、半ば無理矢理にその言葉に納得した。
この教会で尋常ではない出来事が起きていたということだけは、今の双葉にも容易に推察可能だった。そのため、多少の混乱が黒江の言動に見えることも当然だと考えたからである。
何より、そんなあやふやで曖昧な攻撃の内容は、この時においてさして重要でもない。双葉はそれよりも重要で、そして重大な情報を、黒江に求めなければならかった。
「ここにいた化け物っていうのは——一体なんだったの?」
と。この場において、核心という言葉に一番ふさわしいであろう疑問を、双葉は口にした。
「こんな住宅街に、あなたのレベルの局員が全く敵わないような化け物がいたっていうのは、私としても大分予想外なんだけど……」
「……吸血鬼、だったんだと思います。自分でそう言ってましたし」
吸血鬼。
「ヴラド」という口上に近い名乗りはともかくとして、黒江にはその化け物としての区分を、否定することができなかった。
否定材料は山ほどある。堂々とした日光浴や、教会を寝床にしていたこともあるし、吸血鬼の能力としては覚えのないあの影にしてもそうだ。
にも関わらず、黒江にはあのヴラドが吸血鬼であると、なぜか否定することができない。
不死者の中でも、上位に位置する存在。
吸血伯爵という、化け物としての位の高さ。
それらの要素は、あまりにもあの化け物に似合い過ぎている。
「……吸血鬼、か。嫌なことを思い出してしまうわね」
「局に入ってから嫌なことの連続ですよ。班長は、最初の一年はそうじゃなかったんですか?」
「……そうね。確かに化け物と戦うのなんて、楽しいはずがないわ」
そう言って、双葉はため息をつく。それから地面に転がる警官たちの首を、恐る恐るという感じでもう一度振り返った。
「とにかく、どう考えてもわたしレベルが判断下せるような現場じゃないし……本局に戻って上に報告上げないと」
「この殉職者方々はどうするんです?それに、教会の中には、多分女子学生の死体もあるはずですよ」
「女子、って……行方不明になっていた?」
「化け物が自分で言っていましたよ。『食料にしていた』って」
食料に。
暇つぶしの選別という、なんともくだらない理由で犠牲になった三人の体が、この建物の中には転がっているはずだ——無論、たとえ選別がなんてものが行われていなかったとしても、別の種類の人間が同じ数だけ犠牲にはなっていたのだろうが。
しかし、それでも学生という未来ある人種は、犠牲者としては最悪の部類だろう。
「……そのあたりの後処理は、彼らに任せましょう」
と、双葉はそう言って教会の門扉の方を指差した。
黒江がそちらを見ると、そこには耳に響くサイレンの音と一緒に、一台のパトカーが到着していた。
「警察か……」
「化物退治の方はもう少しかかりそうね」
今更サイレン鳴らしてすっ飛んで来てもおせえっての、と黒江は内心でそんなことを吐き捨てた。
ともかく、これで終わりだ。
鎌鼬との戦いから始まった、今日という長い一日も、とりあえずのところは終息する。
実際のところは何も終わっていない、どころか始まったようなものなのだが、しかしこの二十四時間で区切られた一日という期間は、ようやく終わろうとしていた——たとえ現時刻が午後一時ほどの昼間だとしても、だ。




