第22話 内側への攻撃
遅くなった上超短くて本当にすみません。スランプ気味です……感想とかに飢えてます(白々しい)
本来学校で住所を尋ね、それから自宅へ行き、さらにそこから「彼女の行きそうな場所は?」のエンドレスをやる予定だったが、実際のところ、鎌鼬は自ら黒江の前に現れた。
「分かんねえな……」
黒江は、手のひらに押し込まれた刃を、そのまま砕いてしまいそうなほど力を込めて握りながら言った。
「なんでわざわざ出てきたよ、イタチ野郎。お前が獣だってんなら、本能みたいなので理解できてると思うんだが」
「ク、ク——」
「わざわざ殺されに来たのか。それとも、見境なく暴れたいだけのけだものだったのか、やっぱり?」
どう考えても(考える頭があれば)、あの戦闘を経験して、黒江の前に躍り出るのは馬鹿がすることだ。
慢心でも傲慢でもなく、ただの事実として、鎌鼬は黒江には勝てない。
獣は鬼には勝てない。
それはもはや自明の理だというのに——それこそ獣頭にでも理解できるようなものなのに、なぜこの獣は、わざわざ姿を現したのだろうか。
「『銃は使うな』、か」
「ク——ククククククククッ!」
と。これも聞き覚えのある、大声の威嚇だ。そしてそれと同時に、鎌鼬は攻撃に出た。
とはいえ、鎌の片方は黒江の手によって、もう固定されてしまっている。ガッチリと掴まれて離れない——必然的に、振り下ろされた鎌はもう片方だ。
その鎌でしか、今鎌鼬は攻撃できない。
そんなことはもちろん、黒江にも分かりきっていた。
「——上等だ。拳でやり合う方が分かりやすくていい」
同じことの繰り返しだ。動かされる手も、方向すらも分かっているのだから、黒江がそれを止められないはずがない。
同じように、もう片方の鎌も黒江の手のひらに収まることになった——刀身の半分程度が、文字通り黒江の肉に食い込み、収まる。
収まったその鎌は、いわば意思を持って動く箱に収納されたようなものだ。
意思を持ち、自分で動き——仕舞い込まれたものをぶち壊したくて仕方がない箱に。
ばき、と。
今度は、長い鎌をへし折ったりはせず。
ただ自らの手に収まったものを、黒江は握り潰した。
「ク——」
「お互い失敗作同士、正々堂々拳で語り合おうや——なあ!」
黒江は、たった今鎌鼬の武器をへし折って丸腰にした訳なのだが。しかし当然、それで手を緩めていては意味がない。
刃を食い込ませたまま握り潰し、血まみれになった拳を、黒江は間髪入れずに叩き込んだ。
吸血鬼のフルパワーだ。それこそ、獣風情で耐えられるはずがない——そのまま、鎌鼬は後方に吹っ飛ぶ。
「ク、ぁッア——」
「まあ……取り憑かれた風切七刀は被害者だから、怪我はさせたくないけど。戦う以上は少しくらい勘弁してもらおう」
「吸血鬼のフルパワー」で殴ったのだから、もはや「少しくらい」の怪我では済まないかもしれないが、しかし化物が取り憑いている分、人間部分へのダメージは差し引かれるはずだ。
ヒラタ主任の理想は、攻撃もせずに隙を見て、警棒で魔力を流すことなのだろうが、それは流石に無理がある。そもそも一発目で不意打ちを決め込んで来たのだから——まあ仕事中なのだから、そんな子供のような理屈で行動する必要もないのだろうが——しかし。
一発は一発だろう。
両手に食らったのだから二発なのかもしれないが、そこは見逃しておく。
「どっちにしろ、さっさと終わらないとな」
時間は思ったより無い。怪我を少なめに、というのもあるが、ここは閉鎖も何もされていない住宅街なのだ。
職務なのだから、恥じることは無いにせよ。
黒江には、隠さなければならないことがある。
今のところ、この辺りの人々は仕事などで出払っているようではあるが——いつ通行人が通りかかるか分かったものでは無い。
それで写真でも撮られ、SNSに挙げられた日には黒江に明日は無くなる。
「明日無き身にはなりたくないからな。取り憑いてる化物は、さっさと明日を失くしてもらおう」
黒江はそんな風に嘯きながら、蹲った鎌鼬の元へ足を動かす。腰元からは警棒を抜きながら。
まあ、もう心配することもないだろう。なんだかんだ言っても、これで終わりだ。
これで、警棒を当てさえすれば、勝ちである。
もうこの瞬間、つまりほぼ勝ったようなもので。
つまりは、「強敵との再戦が楽勝で進んだ」わけで。
つまり、それはフラグであった。
「ク——アアアァァァァァァ‼︎」
「っ——、あ?」
間抜けな声だった、のだろう。実際、黒江自身も間抜けだと思った。
声もそうだが、何より間抜けだったのは、鎌鼬の攻撃を何の備えもなく受けてしまったことだ。
武器もなくしていたはずの鎌鼬だ。それに、一撃食らわせていた。だからまさか——その牙で噛み付いてくるなどと、誰が想像できたのだろう。
「く、ぁ……てめえ」
呻き声に近い、掠れた声を発しながら黒江は、自分の首元に食らいつく鎌鼬を睨む。
何ということでもない。化物で、失敗作の不完全作とはいえ、しかしそれは獣なのだ。
獣は、本能に従って生存しようとする。
化け物の獣でも——生存本能くらいは、備わっている。
それが殴りかかるでも蹴りつけるでもなく、「噛み付く」だったのは、やはり化物の素体が獣だったからなのだろうか。吸血鬼が首元に牙を突き立てられるというのは、なんとも皮肉臭い。
皮肉臭いのだがそれは、黒江に対しては驚くほどに効果的な攻撃だった。
「ク——アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!」
獣の咆哮が、黒江の耳に入り込み、そして脳を揺らした。
鼓膜を揺らし、情報として侵入して来たその「音」が、脳みそを直接揺らしている。
脳が揺れると言っても、それはもちろん比喩表現ではあるのだが——少なくとも黒江本人からしてみれば、頭の中身を揺らされている感覚だった。それはつまり、脳が揺れているということだろう。
そして、「脳が揺れる」ということは。
イコール、黒江の人格・精神に干渉されているということだ。
「なん……なん、だよ」
これは、ただ噛み付かれて叫ばれているだけではない。
いや、そもそも鎌鼬の自力の筋力で、こんな芸当が出来るはずがない。
そもそもの話、黒江の力なら首元に噛み付いた鎌鼬の顔を、握りつぶしてしまうことだって可能だ。ましてや、今の鎌鼬は黒江の拳をモロに食らって弱っている。
それなのに、これを振りほどけないということは——黒江の力が弱まっているのだ。
この声で、この音で。
「内側」から、何かをされている。
「……!」
黒江は、通信機越しに聞いたヒラタ主任の言葉を思い出していた。
存在自体が不安定な化物——「ツクモ」。
こいつらは、化物として不完全な存在であり、失敗作に他ならない。存在を保つのに、何か別のものに取り憑かなければ消えてしまう、圧倒的に弱い存在だ。
しかし、それは逆に言えば。
存在を確立するために、何かに取り憑く能力を新しく獲得しているということだ——本来の、例えば鎌鼬の設定とは関係なく。
「何かに取り憑く」という能力が。
目の前の化物には備わっている。
そして、それを今まさに使用している。
「クソが……!俺に取り憑くつもりってことかよ!」
黒江は、この瞬間初めて鎌鼬を、明確な脅威として認識した。正確には、初見で手を切り飛ばされた時にも脅威を感じてはいたが、しかしあれとは質が違う。
この化物が、黒江の体を手にしてしまうのなら。
それはつまり、吸血鬼と鎌鼬の同化を意味する。
鬼と獣が、合体してしまう——そうなってしまったなら、そうやって生まれた新種の化物が、化物退治にとってどれほどの脅威になることか、想像もつかない。
不死力と、豪腕と、即死性の高い攻撃手段を身につけた「化け物」が生まれる。
最悪の化け物だ。最悪で、最強で、最恐で、最凶で、最狂の——それこそ、不死者の王でも出てくれば別だろうが。
何より最悪なのは、黒江にはこの類の攻撃を防ぐ手段が全く分からないことだった。
「精神攻撃なんて、どう対処すりゃ良いんだよ……!」
肉体面では、言葉通りの「人外」の力を発揮する黒江だが、いかんせん内から攻められては対処のしようがない。
もちろん、精神攻撃なんてものに対処可能な人間など、普通はあるものではないが——黒江もそれに関しては例に漏れないのだ。
例に漏れず。
対処も対抗も出来ない——精神を攻めるなどという、本来現実にはあり得ない、フィクションチックな攻撃に対応など出来るものか。
だから黒江は。
そのままに、本当にあっけなく鎌鼬に飲まれてしまった——呑まれてしまった。
どす黒く侵食し、覆いかぶさるように纏わりつく、取り憑く化け物に飲み込まれた。




