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化物退治の黒一点  作者: オセロット
第2章 化物退治の吸血鬼
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第17話 作戦会議

 午前11時。黒江、葵、そして双葉の三人は、白子中学校を後にし、駅前のある喫茶店に入店していた。

 「作戦会議」を、腰を据えて落ち着いてやるためだ。双葉がどこかいい場所がないかと言っていたところ、黒江の提案によりこの喫茶店に入ることになった。


 さて、ここで席順というものがある。

 席順。三人で座る席順。喫茶店にもよるが、この場のテーブルは、互いに二人が向かい合って座るタイプの、長方形のものだ。


 すなわち、三人が二人と一人に分かれるのだ。別れる、ということなのだ。


 賢明で聡明であられる読者の皆様においては、当然黒江と葵の二人が隣り合うものだと思っておいでだろう。

 いつもの二人、お似合いの二人、二人セットの二人組。この二人組がまたしても組となり、双葉はその正面に一人、二人を見守るお姉さんのポジションで座っている。

 当然、考えるまでも、というかそもそもわざわざ綴られるまでもなく、そうなっているとお思いだろう。


 しかし、わざわざ長ったらしく綴っている時点で察して頂きたい。

 席順は手前側から、双葉、葵。そして向かいに黒江。きっぱりと男女で別れた形だった。


「……あの、白石班長。一つ聞いてもいいですか?」


「何かしら」


「どうして小村をそっちの席に押し込んだんです?」


 別に、店に入った順番だとか、そういうことで自然にこうなったのなら、特筆するようなことではない。

 しかし、そうではなかったのだ。双葉は葵の腕を無理やり引っ張り、自分の隣に座らせていた。


 どう考えても、またどう見ても不自然な行動だったのだ。それ故の黒江の疑問だった。


「いえ、ちょっと、気になることというか……試してみたいことがあるの」


「試してみたいこと……?」


「ええ。黒江、ちょっと後ろを向いてもらえる?」


「後ろ……?」


 思わず「何言ってんの?」という疑心のこもった声が出た。しかし双葉は真面目な眼差しで言っている。

 それを見て、渋々と言われた通りに、黒江は椅子の上で体を回転させた。


 もっとも、背もたれ付きの椅子の上で腰を回しただけだ。後ろ、というよりは斜め六十度くらいの回転だった。


「これでいいんですか?」


「どう考えても後ろじゃないのだけれど……まあ、良いわ。こっちは見ないでね」


 そう黒江に言うと、双葉はベルトに備え付けられた小型バッグに手を入れる。そして、何やらがさごそと動き始めた。


 黒江は何をするつもりだろうかと勘ぐるが、しかしこっちは見るなと言われたのだった。気になるが、このまま待っていよう。

 殊勝にも、そんな風に双葉の命令を遵守したことを、黒江はたった一秒後に後悔する。

 

「——っえ⁉︎」


 突如背中に加えられた鋭い痛みに、黒江は悲鳴をあげる。その大声に、店内にいた他の客が三人の座るテーブルに注目した。


「大声出さないで。奇怪なものを見る目で見られているわ」


「無茶言わんで下さいよ!つーか、何したんですかいったい⁉︎」


「く、黒江さん、背中に……」


 どう考えても理不尽な双葉の要求に、黒江は悲痛な抗議をする。そうやって口早に言いながら、同時に左手を背中に回し、自分を襲った痛みの正体を探った。


 幸いにも、いや幸いでは無いのだろうが、痛みの正体はすぐにわかった。

 背中に伸ばした左手に触れたのは、化物退治(フリークスハント)の制服にに突き立てられた小さな金属片だった。


「……いや、金属片て」


「だ、大丈夫ですか?」


 白々しい目で葵の心配そうな声をスルーしながら、黒江はそれを引き抜く。そして、その正体がよくわかるように、自分の正面に持ってきた。


 金属片——正確に言うならば、刃物のかけらのようなものだった。

 灰色の、ごく普通の包丁のような素材。大きさは五センチほどで、カッターナイフの刃ようなものだった。


「え?何ですかこれ?ていうか、こんなもんをあなた、人の背中に躊躇いなく突き刺したの?どうして?」


「説明してあげるから返して。一応証拠品よ」


「証拠品?そんなもの人の背中に突き刺したの?」


「しつこい。男でしょ、そのくらいさっさと許しなさい」


 日本はブラック企業大国である。だがしかし、ここまで酷い上司も稀だろう。

 刃物を人の背中に刺しておいて、「許しなさい」とは。だいたい許しを乞う場面で「なさい」ってなんだよ。

 ギャグのノリで済まして良いのか、判断に迷うところではある——もっとも、黒江の吸血鬼体質を考えれば、やはり冗談で済んでしまうのだろうが。


「……それで。その小さいのは何なんです?」


「この金属片が、被害者の背中に突き刺さっていたらしいのよ」


「被害者の背中に……え?」


 予想だにしなかった答えだった。思っていたよりもずっと重要な証拠品だったのかと、黒江は唖然とする。


「ってことはつまり、それが凶器ってことですか?」


 黒江は思わずそう聞き返す。

 今回の事件は、「辻斬り事件」だ。四人の男子中学生が、後ろから何かの刃物でぱっくりと背中を切られた、そういう事件。


 その被害者の背中に、刃物のかけらが刺さっていたということは、つまりそういうこと(・・・・・・)、なのだろうか。


 しかし、双葉はその問いにすぐには答えずに、


「待って。それについて話す前に、今回の事件について——私たちが解決しなければならない事件について、しっかりと理解してもらいたいの。あなた達がいない間、私が得た情報も含めて」


「理解……?その、謎の『斬りつけ』で四人の被害者が出たってこと、以上の?」


「ええ。私たちが思っていたよりも、この事件、ちょっと難しいのかもしれないわ」


 双葉はそう前置きをし、そして眉をひそめる黒江を相手に説明を始めた。


 簡単に解説する。

 今回起きた事件は、一週間前から発生しているものだ。そして、それはさらに二種類に分けられる。


 一つは前述の通り、「男子高校生辻斬り事件」。こちらは四人の被害者が出ており、現段階ではその四人ともが意識不明である。


 そして二つ目は、「女子中学生行方不明事件」。


「辻斬り事件と並行して、一週間前からあの学校の女子生徒が行方不明になってるらしいの。被害者は今のところ三人で」


 こちらも、学年はバラバラ。それぞれ特に親しいなどの共通点も、まだ見つかっていないらしい。


「……ん?じゃあ、男子生徒の方は共通点があったんですか?」


「ええ、そう。ただ、参考になるのかは分からないけれど……」


 実は、辻斬り被害にあった四人の男子生徒には、曖昧なれど決定的な共通点があった。


「不良生徒、だったらしいの。四人とも」


「不良生徒……?」


 頷いて、双葉は臼井事務員から伝えられたことを話した。


 一人目の被害者である木村直人はそもそも、被害にあったのが夜十一時である。

 別に彼は、塾に行っていたわけでも家族で旅行に行っていたわけでもない。家庭からも容認されていない外出であり、いわば夜遊びからの帰り道に、背中を切られたのだ。


 この木村直人という生徒は無断欠席や総体の常習犯であり、ただの公立中学の中では随分と目立った不良生徒だったらしい。


「しかも、細かい描写は省くけれど、他の三人も似たようなものだったって」


 他の三人の被害者。学年もバラバラだが、皆共通して、「不良生徒」だったという。服装違反、常習的な万引き、暴力、エトセトラエトセトラ——。


 他にも「尖った」というような生徒はいるのだろうが、ここまで極端な「不良」生徒は、大方校内ではこの四人が代表らしい。


「不良生徒が辻斬りの被害者だった……?そんな共通点があったんですか」


「そのようよ。それにそう考えると、あの『吸い殻壁』が破壊されていた理由にも繋がるわ」


 それを聞いて黒江ははっとした。


 吸い殻壁——あの壁はいわば、生徒たちの教師への挑発である。

 喫煙というあからさまな悪行を、職員室のすぐ隣の壁を灰皿にするということで知らしめる。「お前ら無能な教師になんぞ、俺たちは捕まらない」と、そんな挑発。


 そしてそれは、生徒たちの「不良行為」の象徴とも言える。


「てことは、あの壁の破壊跡は、やっぱり辻斬り犯と同じ……?」


「そういう、ことなんでしょう。いえ、確証はないけれど、その可能性が高いと思うわ」


 双葉は黒江から受け取った金属片を指で弄りながら、そう言った。


「この金属片と同じようなものが四人の被害者全員の背中に刺さっていた。でも、この金属片は人の背中に刺さっていたわけでは無いのよ」


「……?それ、どういうことですか」


「破壊された『吸い殻壁』の破片に混じっていたらしいの。それをたまたま見つけた臼井事務員が、私に渡してくれたのよ」


「え……じゃあ、吸い殻壁にもこれが残されてたってことですか」


 この金属片が、「辻斬り事件」——もとい、「辻斬り現象」の共通遺留物のようなものならば。吸い殻壁の破壊も、同じ手法・現象によるものである可能性は、ぐっと高まる。


「いや、……待ってください。ってことは、ですよ?」


 黒江は背筋に嫌なものを感じ、そう言って一旦話をストップした。

 嫌なもの——なんというか、この事件の想像以上の「惨さ」とか、「酷さ」と言うのだろうか。


「つまり——四人の被害者は、コンクリートの壁(・・・・・・・・)をあんなにするよう(・・・・・・・・)な力で切りつけ(・・・・・・・)られた(・・・)と?」


 黒江は必然的に辿り着くその事実に、思わず顔をしかめる。それは結局のところ、結果的に被害者たちは命を拾っているが、実際にはなんら生命に対する配慮など無かったということなのだ。

 死んでしまうかもしれない(・・・・・・)攻撃を四人に連続で行い、その結果としてたまたま四人は無事だった。それだけの、話。


 だとすれば。そうだったのだとすれば、それは並々ならぬ悪意によるものだ。

 並々ならぬ、並ではない、並の人間が持てる悪意とは違う——化け物のような悪意だ。


 化け物の、悪意。


「そう、なるんでしょうね。色々な要素を鑑みても、『辻斬り事件』の方に関しては、化物(フリークス)が関わっていると見て間違いなさそう」


 もともと「その可能性がある」くらいの予測でここまで赴いた黒江たちだが、これで仕事が確定したわけだ。


 辻斬りの化物(フリークス)。切り裂く、刃物で人を傷つけるタイプの化け物。

 行方不明事件との関連はさておいて、まずはこの事件を解決しなければならない。


「『切りつけ』、か……」


「黒江、あなたは心当たりとか、無い?こういうタイプの化物(フリークス)……つまりはフィクションに」


「そう言われても、いくらなんでも『切りつけ事件』ってだけじゃ大雑把すぎますよ。被害者の背中に刺さってたってこの刃物だって、何かのかけらですし……」


 確かに、その「凶器」の一部ではあるのだろうが、これだけ見てもそもそも、どんな刃物のかけらなのか分かるはずがない。

 包丁なのか、刀なのか、剣なのか、槍なのか、鎌なのか、鋸なのか。武器の転用なのか、それともただの凶器なのか、はたまた日用品の転用なのか、分かるはずもない。


 そういう意味では、「どうやら化物(フリークス)の仕業らしい」ということは確定しても、黒江たちにとって犯人の情報はいまのところ、ゼロに等しいのだ。


「切るタイプの化け物って言ったら、ジェイソン、切り裂きジャック(ジャックザリッパー)とか。後はそもそも、『剣を扱う者全般』とも考えられます」


「剣を扱う者……?」


「例えば海賊はサーベルを使って戦うでしょう。他にも、武将やら英雄王やら、『刃物を使う』って条件だけなら、星の数ほど候補はいるんですよ」


 このかけらを分析に出して、正確な成分解析でもしてみるならば、それこそもう少し対象を少なく出来るのだろうが。


「他に何か、無かったんですか?化物(フリークス)特定に繋がりそうな情報」


「無いのよね、それが……」


 双葉はそう言って嘆息し、手に持っていた金属片をテーブルの上に転がした。


「このかけらが何なのかも、考えても全く分からない。誰かの背中に刺さると発動する爆弾なのかもと予想したのだけれど」


「まあ、それは……え、今なんて言いました?」


「だから、爆弾みたいなものかと……」


「待って待って?実験したの班長⁉︎人の背中で⁉︎刺さったら背中ぱっくり割れるかもって思いながらこれ刺したの⁉︎」


 黒江の悲痛な叫び。


「何よ。万が一爆発するかもしれないことを考慮して、あなたの隣に誰も座らせなかったのよ。むしろ私の配慮に感謝してほしいわね」


「配慮もクソもあるかぁ‼︎」


 双葉に効果はいまひとつのようだ。


 とはいえ実際、たとえ背中に爆弾を取り付けられたとしても、それでそのままぽっくり死んでしまうようなことは、黒江に限っては無いのだが——いや、やはり、それでも恨めしさは消えない。

 消えるはずがない。


 そもそも双葉は、黒江の吸血鬼体質のことを知らないのだ。葵のようにあの夜の黒江を目撃し、万が一でも大丈夫という信頼の下の蛮行だったのなら、まあ納得出来ないこともないが。


(……いや、そもそも)


 そもそも——あの夜双葉は、本当に気絶していたのだろうか?黒江の頭を、そんな疑問がよぎる。


 本当に、あの夜あのまま、双葉は気を失っていたのだろうか。

 本当に双葉は——あの夜、黒江の正体を見ていないのだろうか。


 あの夜に、あの炎の夜に、双葉はひっそりと目を開けていた可能性だってあるのではないか?

 

『人の沈黙を、信用してはいけないんだよ』


 と。それは随分と懐かしい忠言だった。

 記憶の奥底から聞こえて来た、黒江のこの状況に言い聞かせるためにやって来た、その声。ほんの何年か前に聞かされたものだ。


『人は見たことを全部話しやしない。どういう風に考えても、ただ口に出して、存在を認めるだけで面倒なことになる事柄ってものは、どうしたって存在するんだからね』


 彼女はそう言っていた。

 黒江にとって、自分自身の考えと主張の根幹に存在する彼女の、言葉。


『そういうの全部認めて、受け入れて歩こうってほどに人間は強くないんだ。だから人の沈黙を信用しちゃいけないよ、亮ちゃん』


 そうだ。

 散々言われたじゃないか——人を疑えと。


 記憶の中から語られるその言葉に、黒江は頷く。頭の中で、過去の中で紡がれたその文字列は、しわがれた優しい声で黒江の頭を撫でた。


 ああ、分かっているとも。

 人間に前提を用意してはいけない。


 人間に、「これこれこうならばこうするだろうな」という固定概念を持ち込んではいけない。あの場面を見てしまったのなら、きっと何らかのアクションがあるはずだと決めてはならない。


 そんな無意識の前提を設定してはならない。人間の行動パターンとは、この世界で最も柔らかいのだから。


 ましてや、双葉が見てしまったのかもしれない光景とは、この世で最も触れるべきでない光景なのだから。


「……何。なんなの、その疑わしいような視線は」


「いえ……いえ。何でもないです」


 と、さんざ疑ったものの、黒江は一旦この思考は放棄した。

 今疑っても仕方がないことだ。何より、そもそもどうしたって正解が分からない。

 

 正解が分からないからと言って、「なら仕方ない」と思考を放棄できるほど簡単な問題でも無いのだが——少なくとも今は、だ。

 今は仕事に集中すべきなのだろう。


「……で、ほかに何か聞いていないんですか?化物(フリークス)に関することとか……それ以外でも、何か」


「それ以外、ね。実はもう一つだけ、気になることを聞いたのだけれど」


「気になること?」


 黒江は首を傾げる。双葉はそれを見て、微妙な顔をしながら答えた。


「正直、何かに繋がるのか、そもそもよく分からないの。なんでも、一連の事件が始まった一週間前から学校を休み続けている生徒がいるらしくて」


「休んでる、ですか?」


風切(かざきり)七刀(なとう)、って二年の女子生徒らしいわ」


 風切七刀。黒江はその名前を頭の中で復唱した。


「どんな生徒なんです?」


「聞いた話じゃ、いわゆる委員長キャラ、という感じなのかしらね。真面目で、潔癖で、悪を憎む。そんな模範的な女子生徒」


「模範的……」


 模範的な女子生徒。クラスに一人くらいは、確かに普通にいそうなタイプではある。

 そんなどこにでもいそうなキャラクターの生徒が一人、たまたま事件当初から学校を休んでいたというのは、果たして事件と繋がり得るのか否か。


「……あの、黒江さん。そもそも切りつけの方は化物(フリークス)の仕業と断定するってことにしませんでしたっけ」


「ん……ああ、そうだな」


「なら、その風切さんは関係しようが無いんじゃ?少なくとも、今回の事件には……」


「いや、そうとは限らないだろ」


 葵のもっともな疑問に、黒江は首を横に振って応えた。


「切りつけだけじゃなくて、行方不明事件の方に関わってる可能性だって十分にあるし……そもそもどちらかといえば早くに解決しそうだから、こっちを先に考えてるだけなんだしな」


「あ……そういえば、行方不明の被害者ってみんな女子生徒だった、って」


「ああ……まあ、その辺りは追い追い分かってくるだろ」


 どちらにしろ、風切七刀が二つの事件に関わっていたならば——仮に関わっていたとすれば、いずれ黒江らが捜査を進めていけば、その事実も明らかになるはずだ。

 これもつまり、情報不足の今に考えるべきことでは無いのだ。


「あ、でも、その風切七刀の容姿くらいは知っておくべきなんじゃ」


「……そりゃ確かにそうだな」


 葵の真面目な提案に、黒江は頷いた。そして情報主である双葉の方に顔を向ける。


「班長、顔写真とかはもらっていないんですか?」


「私もそうしたかったのだけれど……残念ながら。そもそも化物退治(フリークスハント)には警察と違って、個人情報の開示請求権なんて無いのよ」

 

 そこは双葉の言う通りだった。

 化物退治(フリークスハント)は国民を守り、悪を駆逐する機関でこそあるものの、しかし法に踏み込める存在では無い。


 そもそも今回のように、化物退治(フリークスハント)が民間の場に立ち入って、警察のような捜査を行なっていること自体が、稀なケースなのだ。


「それにしたって、せめて特徴とかはどうなんです?」


「一応、簡易的な外見的特徴なら聞いたわ。丸眼鏡をかけた長髪の子で——そう、それから、目の下に大きな痣があるって」


「痣?」


「痣、というより、怪我の後遺症みたいなものだって言っていたわ。とにかく、右目の下が青くなっているらしいの」


 右目の下の痣。それは確かに間違いようの無い特徴だ。

 何よりも、体に刻み付けられているものだから、変えようが無い。イメチェンや散髪などで見間違いをする恐れは無くなったと思っていいだろう。


「丸眼鏡長髪に、目の下の痣……」


「でもやっぱり、今のところは気にする必要も無いと思うわよ」


 双葉の言葉はもっともでもある。

 葵の言ったように、少なくとも切りつけ事件に関しては、風切七刀は関わりようが無い——というか、たとえ関わっていたとしても、些細なものであるはずなのだ。

 重々に記憶に留めておくべき単語では、少なくともなかった。


「でも、それじゃどうするんですか?」


「どうする、って?」


「いや、結局情報ゼロってことになりますよ、これじゃあ。作戦とかどうするんです?」


 双葉の話した風切七刀のことが、実際に「些細な情報」でしかなかったのだ。作戦会議がこの喫茶店に入った本来の目的だが、今のところただ情報伝達をしただけになっている。


「……ふむ。不良生徒ばかりが狙われる、のよね」


「……?あなたがそう聞いたんじゃないんですか?」


「思いついたわ。一つ、作戦を」


 黒江は、珍しくにやりという笑みを浮かべた双葉を見て、背筋に何か寒いものを感じる。なんとなくの、嫌な予感というやつだった。


「作戦ってのは……どういうものです?」


「難しいことはしないわ。でも、とりあえずは何も情報がない以上、まずは犯人——じゃなくて、『犯化け物』を見つけ出さないといけない」


「でも、それが出来れば苦労はないんじゃ……どうやって見つけるんですか、そんなの」


「だから、その化物フリークスは不良生徒を狙うんでしょう?」


 少し前までは冷酷な侮蔑の目しか黒江に向けてこなかった双葉が、面白そうに——楽しそうに口端を歪める。それは一面を見れば、人間関係の進歩なのだろうが、しかしこの局面では嫌な予感しかしない光景だった。


「囮作戦を実行しましょう」


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