第二話 終炎
最初は二人で手持ちの花火をやった。二人の間に蝋燭を置き、花火に火をつける。シューといった音を立て、花火が鮮やかに光を放ち始めた。
「うわ〜、きれい・・・」
思わず声が出た。タツヤの花火は色が途中で変わるものみたいで緑から赤へと色が変わっていった。私のは赤一色だがとてもきれいだ。
「次はこれやろうよ。」
そう言ってタツヤはねずみ花火に火をつけ、私の前に放った。最初はおとなしくジジッとしていた花火が急にちょろちょろと動き出した。思わず逃げ出す私。それを見て大笑いをするタツヤ。その後も打ち上げ花火などをして楽しんだ。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。思わずそんなことを考えてしまった。タツヤの笑った顔。こんな顔する人だったんだ、私の彼氏は。花火の光に照らされたタツヤの顔はいつもより素敵に見えた。
たくさんの花火をやり、最後に線香花火だけが2本残った。
「線香花火2本しかないんだね。好きなのに〜。」
私はそう言って火をつけようとするとタツヤは、
「待って。一緒につけ始めようよ。」
二人でせ〜ので線香花火に火をつけ始める。さきっちょの光の玉がジジ、ジジと閃光を放つ。
「きれい・・・」
思わず声に出た。
「そうだな・・・」
タツヤの花火も同じように光を放つ。
「そういえば、何で急に花火しようと思ったの?」
タツヤは少しだまり、目線を下にそらし口を開いた。
「サチ、俺たちが付き合い始めの頃って覚えてる?」
予想外の返事に戸惑ったが、うん、と返事をした。
「俺たち、すごい仲良しだったよな。最初の頃はいっつも二人して手をつないで、歩いたなぁ。寝るときまで手をつないでないとぶーぶー言ってたっけ。」
「そうだねぇ。あの頃はホントお互い夢中だったね。」
それがいつからかつないだ手は離れ、気持ちも離れてしまったのかな。思わず出そうになった言葉を飲み込む。
「花火もよくしてたな。毎年毎年この場所でやってたっけ。サチ、線香花火がない時なんか本気で怒ってたっけな。」
そうだ。昔から花火が好きでよくタツヤとしていた。線香花火も昔から好きだったんだ。
「旅行なんかもしょっちゅう行ってたっけな。あの頃は金もなくて二人してバイト頑張って金ためたのに、結局俺が体壊して旅行行けなかったりなんかしたっけっか。」
ククッとタツヤが口の角を上げて笑う。私はそんな思い出がすぐには思い出せず、少し立って思い出し、相槌を打つ。
「最近、そういうの無くなっちゃったな。」
タツヤが一言そう言った。
「仕方ないよ。お互いこの年になって仕事も忙しくなってきたし・・・」
線香花火の光が少し弱まってきた。
「この前のデートで見たビデオって覚えてる?」
まったく思い出せない。なんかのラブストーリーかなんかだと思ったが・・・失恋する女の話だっけか。ミュールですれた足の裏がジンジン傷み始めた。
「ここ数年、デートというデートもしてないな。でもそれが当たり前になってしまっている。」
タツヤが私を目を合わせてくれない。頭の中ではタツヤの言いたいことが少しずつ分かってきた。でもまだ確認はしたくない。聞きたくない。
タツヤの線香花火がぽとりと落ちた。それをきっかけのように、
「俺もお前ももう27歳だな。もう俺もお前も・・・」
「待って!」
思わず声が出た。タツヤがビックリしてこっちを見た。
「もう少し・・・もう少しだけ・・・。この線香花火が灯っている間だけ・・・。」
頬に涙が流れる。どうか涙で花火が消えてしまわないで・・・
「サチ・・・」
タツヤが悲しい顔で私を見た。タツヤの手にはもう輝きを失った線香花火が残されていた。
季節は夏の一歩手前の6月。少し肌寒い日だった。
光を放てば吸い込まれそうな星一つない夜空に、私の線香花火は弱弱しくも美しい火の玉を輝かせていた。
どうか
どうか
消えてしまわないで・・・。
どうか
どうか・・・。