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 麻薬取締官に支給される銃器には、二種類ある。通常の捜査で携帯する拳銃と、おとり捜査で隠し持つ銃だ。

 前者の銃は、警察官と同じように、かつてはニューナンブのリボルバーだったが、現在では他社のものに切り替わりはじめている。

 後者の場合は、小型のオートマチックが使用される。しかし今回の任務は学校ということもあり、あやめは銃器を持っていなかった。まさかそれが、校内のロッカーから出てくることになろうとは……。

 発見された拳銃には『CZECH REPUBLIC』と刻印されていた。チェコ製のようだ。そのほかにも『MODEL 75 CAL 9PARA』と記されていることから、チェスカー・ズブロヨフカ社のCZ75という種類だと思われる。「9PARA」は、9㎜パラベラム弾を使用するという意味だ。マガジンをはずしてみたが、全弾装填されていた。

 銃器にあまり詳しくはないあやめだったが、日本には、ほぼ出回っていないものであろうことは予想がつく。

 放課後の廊下を、あやめは慎重に進んでいく。ハンドバッグのなかに拳銃が入っていることが、緊張感を生んでいる。あつかいに慣れていないとはいえ、拳銃がはじめてというわけでは無論ない。訓練以外で撃ったことはないが、一般の人間よりは、あつかえる立場にある。

 が、高校内という神聖さが、罪悪感をあたえているのだ。

 こんな物騒なものを持っていてはいけない──心のどこかで、もう一人の自分がそう叫んでいる。

 はやく、ここを出なければ……。

 大急ぎで仕事を終え、家路につくところだった。とにかく拳銃を持ったままで、ここにいてはいけない。

「千鶴ちゃん、どこ行くの?」

 もうすぐ玄関口というところで、声をかけられた。

 呼び止めた生徒の顔は、確認するまでもなかった。そんな馴れ馴れしい呼び方をするのは、一人しかいない。

「もう帰るのよ、遠藤くん。先生、今日は用事があるの」

「ねえ、相談があるんだけどさぁ」

「相談?」

「こっち来てよ」

 手招きされた。

「だから先生、用事があるんだってば」

「ちょっとだからさ」

 あやめは、ため息をついた。

 少しの時間なら、話を聞いてあげなければならないか……そうあきらめた。

「わかったわ」

 遠藤政春は、一階の廊下から二階に上がっていく。二年生の教室が並ぶ区画を抜け、とある部屋の前にたどりついた。

 扉の上にかかげられたプレートには、第二音楽室と記されている。

 あやめは思い出した。通常の音楽の授業は第一のほうでおこなわれ、ここでは軽音部や吹奏楽部などの部活動で使われているということを。そして、遠藤政春は軽音部に所属している。

「部活中だったの?」

「ううん。うちの部は名ばかりで、実際の活動はあんまりしてないんだ」

 政春の言うとおり、彼が一生懸命、部活に打ち込んでいるところをあやめは見たことがない。

「まあ、入ってよ」

 部屋に足を踏み入れた瞬間だった。

 肌を刺す痛みを感じたような気がした。

 意識が遠のく。

 身体から、力が抜けていく。

 なにをされたのかわからぬまま、時間が止まった。


      * * *


 沢井京之助は、放課後の校内をさまよっていた。

 一度、実験室に行き、職員室へ行って、教室に戻ってきたところだ。

 午後に化学の授業があったのだが、そのときに響野先生の異変に気がついた。どこがどうとは表現できなかったが、とにかく様子がおかしかった。声をかけても、どこかうわのそら。視線だけはしっかりしていて、まるで周囲を警戒しているようだった。

 最後のホームルームでも、それは継続していた。

 あえて京之助からは問いかけなかったが、時間が経つにつれ、じょじょに話を聞けばよかったという思いが募っていく。

「めずらしい。万年帰宅部の沢井くんが、こんな時間まで残ってるなんて」

 そう声をかけたのは、姫川小町だった。

 心のなかだけで、それはおまえもだろ、と言い返していた。

「なあ、先生、知らないか?」

「なんの用事?」

「べつに用事ってほどのことはない」

「用事もないのに、さがしてるの?」

「なんでもいいだろ」

「……そうなんだ」

「なにがだよ」

 小町の瞳が、好奇心に満ちていた。

「そうなんだ」

「だから、なにがだよ!」

「ふーん、いいんじゃない。応援してあげる」

 ダメだ、これ以上会話を続けると、どんどんムカついてくる……。

 京之助は冷静に自己分析をくだし、扉に向かった。

「冗談じゃなくってさ、最近、沢井くん、響野先生とよくつるんでるよね? 栗原さんのときも、先生は沢井くんのこと信頼してるみたいだった。沢井くんのほうも、悪態つきながら、先生に協力してた」

 突然、小町が語りだした。思わず、足が止まる。

「なんか、沢井くんらしくないよね」

「……」

「沢井くんって、教師を信用してないでしょ? それが、どうしちゃったの?」

「いまでも信用してねえよ」

「じゃあ、響野先生のことだけ、信用してるんだ」

「そんなことはない」

 反射的にそう口にしたが、それが真実なのか、京之助自身にもわからなかった。

「嘘までついてカッコつけなくてもいいよ。いまどき、センコームカつく、っていう高校生のほうがダサいって」

「そういう話だったら、もう行くぞ」

 再び、教室を出ていこうとした。

「──でもね、」

 歩みは止めたが、振り返ることはしなかった。

「信用していいのかなぁ……あの先生」

「なにが言いたい?」

「ただの教師だと思う? 絶対、普通じゃないよね」

 京之助も、どこかで感じていた違和感。それを言い当てられたことで、振り返らずにはいられなかった。

「沢井くん、言ってたよね? 先生なら、刃物を持った女生徒ぐらい簡単にどうにかできるだろうって。それって、強いってことだよね」

「そうだ……」

「栗原さんのとき、普通の先生だったら、すぐに助けを呼びに行かない?」

「そうだな」

「でも先生は、一人で解決した。いえ、一人じゃない。あの不可解な放送。亡くなっている人から本当に電話なんかあるわけない」

 以前、それを指摘した京之助に、響野先生は答えをはぐらかした。

「なにかをさぐってる、あの先生」

「たしかに、普通じゃないな」

 素直に認めた。

「でしょ」

「だが、それがどうした?」

「沢井くん……」

「普通に行動してれば、いい先生か?」

 小町の唇が動きを止めた。

 じっと、こちらをみつめている。いまの問いの答えをもっていないのだ。

「オレは、おまえのほうが信用できない」

「どうして……?」

「おまえは、本心を語らない。そのくせ、人の心を操ろうとしている」

「どういうこと?」

「栗原をああいうふうにしたのは、おまえのような気がする」

「……」

「まえの先生にも、近づいてたな? 響野先生は、そのことを調べてるんじゃないのか?」

 待っても答えにたどりつきそうもなかったので、京之助は彼女に背中をみせた。

 歩き出す。たとえ、また声をかけられたとて、もう足を止めるつもりはなかった。


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