少年―2
「近くに紅茶がこんなに美味しいところがあったなんて初めて知りました」
今僕の目の前で美女が紅茶をすすっている。
どういうことだろうか。
平凡に生きてきた人生で初めての出来事だ。
「ごめんなさいね。突然話しかけたりして」
「いえ、大丈夫です。でも……いきなりどうして?」
なぜ僕のような、取り柄もない人に。
「あなたに目がいったから」
へ?
「だってあなたの本の読み方がおもしろくて。いろんな本を読んでその度に表情がくるくる変わっておもしろかったんですもの」
そんなにおもしろかったのだろうか。
肩が震えている。
「特に『人間×人間』を読んだ後なんて、ふふっ」
いや、あれもあれで素晴らしかった。文章は。
しかし笑われるほど変な顔だったのかと頬つねる。
痛い。
「いや、ごめんなさいね。あれは私でもあんな風になってしまうわ」
それはそうだろうな。内容が結構過激だった。
美女が紅茶をすする。
「まあ一番の理由はあなたが最後に読んだ『美少年美少女論』よ」
ああ、あの評論。
美女が紅茶をすする。
「あの本を読んだことがある人に今まで会ったことがなくてね。それで、ね」
それで僕に声をかけたということか。
「あの本で美少女は特別だって書かれていたでしょ。望まれていたとも」
確かに。そしてそれは事実であると僕は思う。
美女が紅茶をすする。
「私は羨ましいのよ」
何かとは訊けない。
「ところで私はどう見える?」
どう見えるか?それはもちろん。
「美女です」
「あらありがとう。でも知ってたわ」
なんという自信だろうか。
「勘違いしないで。別に自分に自信を持っているとかじゃないから」
「鏡を毎日見て客観的に下した判断よ」
まあ、だれがどう見ても美女であるのには間違いはない。
「少女漫画のヒロインでよくあるじゃない。美少女なのに自分は地味だとか言う子。ただの嫌味でしかないし、鏡見てないの?と問い質したくなる。大っ嫌い」
これは共感できる。
適切な自己評価ができない奴は程度を弁えないことが多い。言ってしまえば傍迷惑。
「少し話しが逸れたわね」
美女が紅茶をすする。
「私は美女と言われる度に悲しくなるの。だったら普通が良かったって」
美女がカップを置く。
「―――私は美少女になりたかったのよ」
カップに紅茶はもうなかった。
その後僕達は流れるように別れた。
まあ僕としてはあのような美女とお茶することなどまずないので重畳、重畳。
そして暇になってしまった。仕方ない街を歩くか。
今日は人が多い。休日はそこまで多くないはずなのに。
僕は人ごみが得意というわけではない、むしろ苦手だ。
いつもより多いだけで気持ち悪くなってきた。
路地裏に入ろう。そう思うや否や路地裏に入る。
そこで違和感に気付く。
よくこの路地裏に来る僕だからこそ気付く違和感。
いつも一番最初に出会う、煙草をふかし柄の悪そうなおじさん。
でも僕が通る度に飴を無言でくれる。
簡単に言うとツンデレな人だ。本人には絶対言わないけど。
いつも酒瓶を抱いて僕が通る度
「よう、少年。酒でも飲まないか?」
「僕未成年ですよ」
と恒例の会話を交わす。いつも笑顔で酒好き、でも酒に弱いという弱点がある。
いつも帽子を深く被り、黒ずくめな格好をしているがいつも僕の相談に乗ってくれる優しい人。
たまに僕をデートと言って様々な場所に連れていってくれる。不思議な人でもある。
他にも人はいるのだがその誰一人としていない。誰かがいないという事はあっても誰もいないという事は初めてだ。
僕は不安に駆られた。
でも、でも、もしかしたらこの先の突き当たりの広い場所でみんなで鍋でも囲んでいるのかもしれない。
そう自分に言い聞かせながら足をはやめていく。
路地裏をどんどん突き進む。この角を曲がった先にみんながいる、みんながいるんだと、その角を曲がる。
でも僕は気付いてた。
進むほど濃くなる嫌な臭い。錆びた鉄のようなあの臭いに。
そして突き当たりの広場に出た。
そこは―――そこの地面は真っ赤に染まっていた。
その上には沢山の死体。そのどれもが見た事のある顔。
何やってるんですか。煙草を水に浸して。あなたのトレードマークがなくなっちゃうじゃないですか。
早く起きて煙草をふかしてくださいよ。
そっちも何酒瓶を手放してるんですか。僕あとすうねんもすれば成人するんですよ。詰まりあなたと一緒にお酒が飲めるんですよ。
ああ、あなた女性だったんですね。いつも黒ずくめでわかりませんでした。いつもより僕を誘ってたように今度は僕が通る度デートに誘いますから。
だから、だからみんな起きて!
そんな、そんな胸の叫びが届くはずがなかった。
だって彼等は……。
「あら、あなたは先程一緒にお茶した方ではないですか。お久しぶりですね」
美女がいた。