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傾世の暗殺者異世界に物申す  作者: 伊賀良太郎
第1章〜魔王暗殺〜
83/107

83元勇者の聞きたいことと忠告

――――正也視点――――――――


「まぁまぁ。此処は俺の奢りだ。遠慮なく食べたまえ」


そう言うと奴は先に座り、ウェイターから適当に頼んだ料理を貰い受けるとテーブルに所狭しと並べた。その量はまだ夕方にもなってない時期に食べる量ではなく、完食することを早々に諦めた俺は目の前の桐野龍司という人物を観察することにする。

年の頃は童顔だから分かりにくいが30にはなってない。日焼けはかなりしていて色黒1歩手前まで行っている。髪は寝癖なのかセットなのか自由奔放に四方八方へ伸びている。房が針金の様になっているから触ったらチクチクするんじゃないかと思われるが流石に触らせてと言うのは失礼だろう。体の方は皮の服で覆われて居るため若干分かりにくいが筋肉はあまり付いてないスラッとした体型の様だ。日本に居る限りは細マッチョと言われているだろうがこの異世界じゃちょっと役に立ちそうもない筋肉だ。


「ん?どうした?食えよ。安心しろ。毒は盛ってねぇから」


料理に手を付けない俺達を心配してか料理を勧める龍司さん。食べない訳には行かないが、その前に聞くことがある。


「その前に聞きたいことがあります。貴方は日本から来ましたよね?今の貴方は何者ですか?今は何をしていますか?」


西洋風の顔をしていない純日本人の顔。俺の名前を正確に読んだこと。黒髪黒目。そして名前。これだけ条件が揃っていて龍司さんが日本から来ているのは間違いない。食事よりも先にそっちを知りたい。


「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか、か……。随分哲学的な……。そして芸術的な質問だな。作者は……。ええっと、誰だったか……」


龍司さんは何かを思い出す様に頭を掻くと、喉の奥に小骨が引っ掛かった様な顔をする。


「ゴーギャンです」


見かねた優人が助け舟を出すと龍司さんはああっ、と思い出した様だ。


「そうそう、それだ。ゴーギャン。同郷の奴だとそのまま理解してくれるのが嬉しいな。コッチじゃ一々説明が居る。じゃあ嬉しいついでにその質問に答えよう。俺が欲しい肩書きは相棒って地位だけだ。その他は全て捨ててしまっても構わない」


「あの、ふざけないで貰えます?」


一切質問に答えていない答えにイラついた俺は問い質すが龍司さんは馬を宥める様にどうどうと手をやった。


「そう急くなよ。焦燥とは若者の特権だが、焦った所で問題が逃げてく訳じゃじゃねぇ。だからこそ厄介なんだが、まぁ、今はそれは良い。お前が聞きたいのはこういうことだろ?

俺は日本から召喚された元勇者。今はしがない商人をやってるよ。今しがた“仕事”が終わって上司に問題ありませんって報告に行くとこだ」


丁度後輩(お前ら)に会えたんで声を掛けたと笑う龍司さん。俺はその言葉を聞きながら一つのことを思い出していた。2代目勇者についての冒険者ギルド長ギュンターの言葉だ。


――死んだよ。5年前の第二次侵攻戦に参加して戦死した。


伏線回収が早すぎるんだよ。あれからまだ少ししか立ってねぇじゃねぇか。


「もしかして……。2代目?」


「ああ、そうだ。よく知ってるな」


龍司さんに聞いてみればアッサリと答えが返ってくる。隠すつもりはない様だ。


「戦死したはずじゃ……」


少なくともそう聞いている。多大な被害が出た第二次侵攻の旗頭になって戦死したと。


「まぁ、その話もこれからの俺の話に絡んでくる。先に俺の話からして良いか?」


肩を竦めながらお茶を濁す龍司さんに少し苛立ちながらも同意する。今は少しでも情報が欲しい。


「助かる。俺がお前らに声を掛けた用件はお前らに聞きたいことと忠告したいことが有ったからだ。どっちの話からでも良いぜ?どっちが良い?」


良いニュースと悪いニュースのノリかな?そんなんどっちでも良い……。


「あー、じゃあ聞きたい方から……」


「ああ、分かった……。言うぞ?」


龍司さんのその真剣な表情に引っ張られ、俺も思わずゴクリと喉を鳴らす。


「はい、どうぞ……」


そしてまた一瞬の様な永遠の様な不思議な緊張を孕んだ時が流れた後、龍司さんの口が開き……。


「聖ブラって新刊出たか!?」


ズコッ、と勢い余って前につんのめった。真面目な話じゃねぇのかよ!真剣に聞いて損したわ!

聖ブラ。正式名称『聖剣が童貞と世界を救う為の仕様がブラック過ぎるってさ』大人気のラノベのタイトルで幾人もの中毒者を生み出した元凶でもある。内容は大体の所はタイトルで述べてくれて居るので敢えて語りはしないが名作だったことは伝えておく。


「いえ、未だです。俺も待ってます」


俺が残酷な宣告を下すと龍司さんは頭を抱えて叫び始めた。


「がぁああっ!!嘘だろ!?どんだけ作者仕事しねぇんだよ!!もう死んでんじゃねぇのか!?」


基本的に名作なのだがこの作品の唯一の問題を上げるとするならば8巻(次巻に引いた超良いところ)で新刊が出なくなった所だ。その期間10年。最早バイオテロと言っても良い。逆の意味で地雷である。

お陰で読者に多大な精神的被害を与え、阿鼻叫喚の地獄に叩き落とした。2期アニメが始まった途端に姿を眩まして2期が引き伸ばされ過ぎて日常系アニメにした罪は重い。


「じゃあ僧ムリは?あの後どうなった?」


こんな切っ掛けにして始まったオタク談義だが、幸いそこら辺は押さえていたので楽しく小一時間程続いた。シリアスをぶち壊した和気藹々とした雰囲気であり、滅茶苦茶楽しかった。このオタク談義も俺達に話し掛けた目的の一つだったらしい。本来は素性から滅茶苦茶隠れて行動しているそうなのだがそれを押してもこの話がしたかったそうだ。その気持ちを他の人は分からんだろうが俺は分かるぞ。同年代だったら親友になれそうだ。

小一時間も時間を無駄にした所で漸く本来の話を思い出し、軌道修正をする。異世界で日本人に会うという超絶タイムイズマネーなこの時を棒に振る所だった危ない危ない。


「で、俺達に忠告したいことって言うのは何ですか?」


俺がそう言うと龍司さんは真剣な顔を作り、十分なタメを置いて言った。


「お前ら、先輩勇者としての忠告だ。魔王とは戦うな。奴は強過ぎる」


「な、何だってーーー!!」


俺が棒読みで驚くと龍司さんは苦笑した。


「今回は真面目な話だ!真面目の!」


すみません、龍司さん。でも1度壊れたシリアスな雰囲気は戻らないんスよ。諦めて下さい。


「信用してねぇな?はぁ、しゃあねぇ……。少し昔話をしてやるよ。」


そう言うと龍司さんは語りだした。


「俺は召喚された時、やった!と思ったよ。元々そういう異世界召喚物とか大好きだったしな。もしかしたら主人公になれるかも知れないとも思ったさ。だがな、期待は大外れ。俺は戦闘に於いて役立たずだった。召喚された水、メイス、斧、弓の勇者の中で一番弱かったんだ」


水にメイスに斧に弓か……。水の勇者だけ歪だな。俺達は斬滅、慈愛、宵闇、守護と割と揃ってる。この称号は何か繋がりが在るんじゃないかと疑っていたが、もしかしたら俺達の方が異質なのかも知れない。龍司さんはどれだったんだろ。


「龍司さんはどれだったんですか?」


「弓の勇者。正直外れだったな。弓以外の武器の所持禁止。防具もだぞ?他の武器の勇者はそんなこと無かったってのに」


そりゃ、キツいわ。デバフ具合で言えば俺の怠け者の天才スロースターターと良いとこ五分だね。

……お前ら何だその顔は?五分だよ!五分!明日精肉される豚を見るような目で俺を見るんじゃねぇ!!


「弓は持ってる様には見えませんけど」


あ、そう言われれば確かに。優人に言われて初めて気付く。龍司さんは弓を持ってる形跡は無い。背に矢筒を背負って無いし、腰に弓を下げていたりもしない。普通に日本に居ても捕まらない位に武器の類いを一切持っていない。


「弓?ソイツはコレのことか?」


龍司さんはニヤリと笑うと手を前に突き出すと突然手の周りが光り出す。驚いて立ち上がりかけるとその光が収束し始め、次第に形を為し、瞬く間に1本の弓が出現した。呆気に取られていると龍司さんは機嫌を良くしたのかニヤリと笑った。


「俺の能力は武器創造。ある程度の武器なら何でも作れるよ。ほら」


そう言うとナイフと槍を造り出し、テーブルの上に乗っける。槍の形状は銛の様な形をしており、刃の部分が独特で、姿的にはデフォルメされた虫歯菌が持つ物の様だ。


「まぁ、得意不得意はあるがな。弓が一番やり易くて剣が一番やり難い。戦うなら槍の方が得意なんだけどな!ほら、矢とか当たんないし」


そう言えばさっき弓を造った時よりも少し時間が掛かっていた様な気がする。まぁ、微差でしかないが……。ってか弓より槍の方が得意な弓の勇者って何だよ。弓の勇者(笑)か。

「あれ?さっき弓以外は所持出来ないとか言ってませんでした?」


「あー、そりゃ俺が造った奴以外の話な。見た方が早ぇか。お前のナイフか何か貸してみ?」


俺は優人が必要ないからと言っていたので有り難く貰っといたあの拷問用ナイフを取り出す。するとそれを見た瞬間龍司さんの顔は引きつった。


「おめぇコエェもん持ってんな。まぁ、良いや。それ貸してみ?」


俺が差し出された龍司さんの掌の上に置くと暫くしてバチッと弾かれる様にナイフが宙を飛んだ。


「ほらな?こんな風に持つことが出来ないんだ。武器創造も燃費が滅茶苦茶悪くてバカみたいにガンガン魔力消費するしで最ッ悪だよ。俺、元々魔力が少ないみたいで今の俺でもこれだけ造りゃあ魔力が空っケツだね」


魔力が尽きたというのは嘘ではない様で見れば魔力切れ特有の血の気が引いた様な顔色をしている。


「あ、もしかして商売ってコレですか?」


この能力を見て俺の頭にはピーンと来る物があった。それは先程龍司さんが商売と言っていたことだ。


「ああ、良く分かったな。この武器を各方面に卸してる。死の商人。それが俺の今の仕事だよ」


良いなー。食いっぱぐれ無さそう。何せ原価ゼロだしね。原価率ゼロ%ってカロリーゼロ%並みに嬉しい言葉だよね。


「おっと、すっかり話がズレちまったな。要するに俺は役立たずだった訳だ。そんな俺の話じゃあ信じられないかも知れないが他の3人は滅茶苦茶強かった。特に水の勇者はな。後から聞いた話だがこの称号って奴は特定される範囲が大きい奴――つまりは概念とかだな――の方が強くなり易いらしい。正直凹みに凹んだぜ。んでもって憧れた……。

俺らがこの世界に召喚された理由は魔王討伐の旗頭になることだったんだが……。やる寸前までやるよーなんて周囲に良い顔をしておきながら俺は土壇場になって逃げた。政治的に俺が逃げるのを隠すだろうと知っていながらな。我ながら最低だと思うぜ?だけどどうしようもなく嫌だった。生死を賭ける戦場に戦う力も覚悟も無いのに行くのは。何時命を奪われるとも知れない恐怖に包まれて眠るのは。あれだけ強い奴が居るのなら、俺は必要ない筈だと思ったんだ。

当時はこの考えを本気で正しいと思ったし、事実正しかった。勇者戦死の報を聞いた時にはホッとするよりも先に震えたね。あれだけ強かった奴がこんなにアッサリと死ぬのか、って怖くなった。それから俺は素性を明かす時は元勇者と言うようにしてる。臆病者の勇者だなんて悪い冗談みたいで笑えねぇからな。

しかもやられたのが敵魔人族の5人だったって聞いた時には何処から驚いて良いのやら分からなかった。だから止めとけ。魔王討伐なんざムリだ。周りもお前らに期待してなかったのが分かっただろう。

根拠ならもう一つある。称号勇者ってのと同様に称号魔王ってのがある。この称号が有るか無いかで基礎能力に絶大な壁があるんだが、かの勇者オウルフが倒したとされる初代魔王でさえ魔王の名を自称していただけで称号魔王は持って居なかったそうだ。

つまり今代の2代目魔王こそが正真正銘400年振りの称号魔王持ちって訳さ。こんなのを相手するのはバカだ。手を引け、今なら遅くはない」


龍司さんの真剣さが滲み出る口調にこの人が本気で俺達を心配しているのが分かる。


「分かりました。考えておきます」


ここではい止めます、とは言えない。勇者を止めることになれば職探しから始めなければならないからだ。何の縁も所縁もないこの異世界でそれが簡単に見付かるとも思えない。そこまで重要事項をここでアッサリと決める訳には行かない。第一咲良に相談してさえないしな。


「それで良い。問題は勝手に逃げていく訳じゃない。しっかり悩むと良い」


龍司さんはそう言うと上着を着て帰り仕度を始めたので慌てて質問をした。


「あの、それで聞きたいことが有るんですけど。元の世界に戻る方法は?俺達の他に日本人って居るんですか?」


「元の世界に戻る方法なんざ俺が知りたいね。知ってたらとっくに帰ってるよ。

日本人に関しては俺が知る限り生きてる奴は俺達だけだ。ちゃんと召喚された1代目勇者ってのが居たらしいがオウルフの従者になってたお陰で知名度がない。名前を何て言ったかな……。確か……アラ……アラ……。あー、相棒に聞いたら分かるかな?まぁ、良いや。ソイツは確か老衰で死んでる筈だ。覚えていても無駄だろ」


アラさんねー。一応記憶の片隅にでも留めて置こうかな。それにしても俺達帰れないのかー。ショック。まぁ、優人がその内何とかするでしょ。問題ない問題ない。


「んじゃあ御代は払っといてやるから。先行くな」


「また会えると良いですね」


別れ際に俺が言うと龍司さんは寂しそうに笑った。


「俺は会いたくねーなー。ああっ、それで思い出した。もう一つ忠告だ。日頃の行いを正せよ?間違っても暗殺ギルドに暗殺依頼を出されるようなことはするな?約束だ」


その意味は分からなかったが取り敢えず頷いておく。


「じゃあな」


龍司さんはそれだけ言うと後ろ手に手を挙げて俺達に別れを告げる。


「会いたくねーな。本当に。そんときゃボスから命令が下ってるかもだし」


ボソリと聞こえたその言葉の意味を、当時の俺は全く分かっていなかった。そして同様に俺は龍司さんのことを何も知らなかったのだと思い知ることになる……。

突発性企画。暇で暇でしょうがない人はお読み下さい。








祝福の髪という物がある。一片の色を感じさせない白色の髪。その髪を産まれ付き持つ者は神に気に入られている証だ。その証拠にその髪を持つ者は多くの才に溢れ、天使すらも嫉妬する美貌を持ち、そして運に恵まれていた。おおよそ人が望む物を持って産まれてきた少年。ガルシア=パーラは良く手入れされた自身の真っ白い髪を一房摘まみながら呟いた。


「何て下品な色だろう。こんな髪の色は嫌いだ。誰かの施しを受けるなんて冗談じゃない」


――――――――――――


レングは木っ端貴族の3男という地位にある程度満足していた。 将来は大抵の場合家を追い出されることになるだろうことは知っては居たが、特に貴族で居ることに対して拘りが有る訳でも無かったので、貴族にでもなって夢に割く時間が減るのが嫌ということでむしろ喜びさえした。

レングの夢は絵描きだった。幸い誰もが将来大成するだろうと確信する程度の才能も有った。ただ、その若さに少々の難が有った。その明らかな才能がレングを蝕んだのだ。自らの才能に対して強い自負を持ったのだ。同年代に自分を負かせる奴は居ないだろうとそう思うようになった。

その慢心という名の毒の親は父に頼み込んで貴族学院へ行ったことでより大きくなった。通常、木っ端貴族の3男であるレングに大層な教育など要らないのだが、その絵の将来性を見て取った父親が絵に関する授業だけならばと出世払いで許可してくれたのだ。幸運なことに国で最高峰の教育が受けられることになったレングは期待を胸に貴族学院へ特例入学を果たす。

そこで見たのは現実、同様の理由で同じ美術の授業を受ける者のレベルがあまりにも低すぎた。同じ授業を受ける年が幾つも上のはずの同輩が絵とすら呼べないガラクタしか量産しなかった。その者らに合わせてゆっくり進行する授業が堪らなくつまらなかったのである。万能感にも似た優越感からこの場所に学ぶことなどないとさえ思う様になった。

絵が好きだったレング授業に出ることさえしなくなり、新しく描いた絵を先生の所へ持っていき、指導してもらうという平坦な道を歩く様になった。

そんなある日のレングは新しく描いた絵を先生へと見せる為、美術棟を覗き衝撃を受ける。

そこには真っ白い髪に天使の様な顔をした少年がキャンバスへとその白磁の様なすべやかな腕で筆を走らせていた。その光景は夕陽に照らされ浮き出た陰影も相まってまるで1種の絵画の様だった。

絵にばかりかまけ、切磋琢磨する友を持たなかった弊害か、風景画ばかり描いていた自分がおおよそ初めて人を含めたこの光景を描いてみたいと思い起こした。声を掛けようとして、漸く自分が知らぬ間に息を飲んで呼吸が止まっていたことに気付いたレングは深呼吸をして話し掛けようと近付く。

そして少年が描いていたキャンバスが目に入った途端、またもや衝撃が走る。

感想は無かった。ただただ感動した。本物の絵はこういう物なのだと完全に理解させられた。

少年の視線の先に在る丘がキャンバスの上では戦場へと変化し、精緻に描かれた人物が威光を背負って降臨した神に向かって武器を捨て、頭を垂れる。

単なる宗教画の様にも見えるが、その見事さはそういうジャンルを飛び越え、見る者を自然と平伏させかねない魔力と言うべき物を備えていた。改めて少年を見れば6才か7才程の年でしかない。正しく天凜と呼ぶに相応しい才であった。神童、その一言に尽きる。

比して自分はどうだろうか。自分の丸めた絵を開けば一山幾らの風景画。目新しい技法も、迫力も、全てが目の前の少年の絵に著しく劣っている。レングはこの程度で暗に自慢していた自分を恥じた。この絵が天を覆う程に巨大に見え、反対に自分と自分の絵は豆粒の様に思えたのだ。自らの慢心を打ち砕いてくれたことに感謝など出来ず、ただオロオロと心の整理が着かぬままに、時が過ぎ去るのをただじいっと感じるのみであった。

永遠の様な一瞬が過ぎた後、漸く後ろにレングが立っていたことに気付いたのか少年が少々驚いた顔をした。


「ああ、気付かなかった。直ぐに外す、次に使うと良い」


まるで大人の様な喋り方をした少年にレングは少しほっとした。これがもし、年相応の喋り方をしていたらレングはきっと取り乱していたことだろう。レングの中では既にこの少年は辺境に出没する魔物や怪物の様に感ぜられていた。その怪物が子供の様に振る舞おう物ならその恐ろしさに震え上がって居たことだろう。レングはもう止めてくれと思った。正直もうこれ以上の衝撃に耐えられる自信がなかった。これ以上の辱しめを受けたくは無かった。

そんなレングの懇願にも似た思いは天に届くことはなく、祈りも無駄に終わった。

少年は何とその誰が見ても最高峰と口を揃えて言うだろう名画を、あろうことか乱雑にキャンバスから外し始めたのだ。少年の余りの暴挙にレングは思わず言葉を無くし、その大罪の一部始終を黙って見逃してしまった。


「空いたよ」


少年は何でも無さ気にそう言うとその手にしたどんな宝石より価値があるその絵をあろうことか無造作にごみ箱へと突っ込んだ。


「ヤメロォ!!」


思わず大声を出したが間に合わず、というよりは少年は気にも止めずそのままごみ箱へと突き入れる。まるで我が子が殺されでもしたかの様にどたどたとごみ箱に駆け寄るとその名画をゴミの山から救い出して、紙に付いたシワを何べんも何べんも広げて元に戻そうとする。しかし、努力は実らずあえなく完璧造り上げられた神の絵は壊れてしまった。その事実にレングは目尻に涙を浮かべ、歯が砕けんばかりに歯軋りをし、指が掌を突き抜ける程強く拳を握った。今は悲しむよりも先にまだすることがある。そう自分へと言い聞かせて悲しみを飲み込み、この惨状を造った犯人をキッと睨み付ける。


「どうして!!こんな酷いことを!!」


「おかしな奴だな。作者が自分の作品をどうしようが勝手だろう」


のうのうと言い切った少年にレングは更に怒りの炎を燃やす。


「絵に失礼だろうが!!なぜこんなことをした!!」


「別に絵に興味なんかない。どうなろうと知ったことか」


その言い分に思わずレングは絶句してしまった。これがまだこの絵に作者しか分からない欠陥が有って捨てたのであれば異才、鬼才の所業として納得は行かないが理解だけは出来る。だが目の前の少年は何と言った?絵に、興味が無い?これだけの絵を描いておきながら?何故だ!?何故これだけの才能が有りながら絵に無関心で居られる!何故こうまでも絵を侮辱出来る!レングは悔しさで目の前が真っ赤に染まった。


「絵に失礼だと言うのならもう描かないよ。どうせ暇潰しにやっていただけのことだ」


そう言うと少年は悠々と部屋を出ていった。レングは悔しさと怒りで一晩中泣き続けた。

もう、絵は描かないと決めた。



――――――――――――


美術棟を出て普通校舎へとガルシアは入って行く。これに関しては何の目的も無く、単に先程青年に暇潰しを潰された為に手持ち無沙汰だったからに過ぎない。時間的には後少しで週末の迎えの馬車が来る筈なので流石に見付かりはしないだろうと踏んでのことだ。


「こんな所に居たのか!探したんだぞ!ガルシア」


しかし、ガルシアの推測は珍しいことに間違っていた様だ。前方から青年が腰に手をあて怒っていることを全面に出しつつ仁王立ちしていたからだ。ガルシアは思わず舌打ちしそうになったが何とか抑え、しかしそれでも渋面を目の前の青年に叩き付ける。


「態々御足労頂きまして申し訳御座いません公爵殿下。何処ぞの馬の骨に絡まれておりました。何かご用が御座いましたか?」


口調だけは丁寧ながら明らかに嫌そうな顔を向けるガルシアを見て青年はしょうがないなと言いながらガルシアに近付くと、頭の上に手を置いた。


「もう、デアルで良いって言ってるだろ?それに敬語も要らない。後、人のことを馬の骨なんて言うんじゃない。悪い言葉だからね」


デアルと名乗る青年はガルシアを諭しながら頭を撫でる。その思いの外強い撫で方にされるがままに首がまだ据わってない赤子の様に持っていかれてしまう。


「それで、何か用ですか?」


ガルシアは何かにつけて自分に会いに来るこの年の離れたデアルが嫌いだった。血の繋がりもない。伯爵と縁を繋いだ所で一生王家のスペアである公爵にはあまりメリットもない。であるのに自分に関わって来ようとするこの青年の意図が分からなかった。身を削ってまで人に優しくし、他人に尽くす様が理解不能だった。ガルシアは何よりこの太陽の様な男が、自分の髪の色と同じ位嫌いだった。


「敬語……。まぁ、良いか。順々に慣れていけば。別に、用という訳じゃないが……。今日で帰るって話じゃないか!どうして言ってくれなかったんだ!言ってくれれば送別会でも開いたのに!」


ガルシアはだから言わなかったんだ、という趣旨の言葉を辛うじて飲み込んだ。ガルシアの優秀な頭脳を駆使せずとも、デアルがそんな疲れるだけのことをさせようとする下らない未来が見えたからだ。


「結構です」


「大体、夏の長期休暇までは日にちがまだ残っているぞ?1回生で初めての寮生活で疲れるのは分かるがちゃんと授業は受けなきゃダメだ。授業に付いていけなくなるし、学院生活にも支障が出てくるからな。社交界に出た時の評判も悪くなるぞ」


ガルシアは自分が無視されて居ることに少々腹が立ったが、そこは自身の度量で抑え込む。このデアルという男はそういう男だ。今更腹を立ててもしょうがない。


「許可は学院長より頂きました」


本当は先に長期休暇に入る訳ではなくたった今辞めて来たのだが、敢えて言う必要はない。もし言えばまたデアルが騒がしくなるのは目に見えている。案外ガルシアが思うよりも辞めるのは簡単だった。ガルシアとしては地位が伯爵後継ぎという地位だけにもう少しごねる物とばかり思っていたのだが、賄賂と書類整理のみと簡素な物であった。


「そうか。それなら仕方がないな……」


特に悲しいことなど無かろうに悲しそうな顔をするデアル。そんな所もまたガルシアがデアルを嫌う理由の一つである。そんなデアルともう会わなくて済むかと思うとガルシアは晴れ晴れとした気分となった。


「では、そろそろ迎えの者が来ますので失礼させて頂きます」


ガルシアはデアルに向かって慇懃無礼に頭を下げる。本当は迎えが来たら学院の者が教えに来る手筈となっていたのだが、別に律儀に守らなければならない類いの物ではない。ならばデアルを視界から消す為に早めに移動しても罰は当たらないだろうとガルシアは考えた。


「そんなに直ぐか……。長期休暇明けに待っているぞ。先生方も心配する」


それは嘘だろうとガルシアは一瞬で確信した。何故ならガルシアは先生方から好かれないのだ。いや、これは表現としては婉曲が過ぎる。率直に言えば盛大に嫌われていた。これはガルシアの性質に由来する。ガルシア=パーラは学院一の問題児だ。といっても勉強が出来ない訳では決してなく、その逆。ガルシアは子供離れした大人顔負けの思考能力、そして知識を備えていた。

先生というのは教え子が優秀であればあるほど可愛く映る。しかし、それは自らの教えられる範疇にあれば、という条件付きだ。範疇にあるのなら自分が教えたと胸を張れることだろう。教えれば教えるだけスポンジの様に吸収していくのなら快感すら抱くだろう。だが、その生徒が自分より遥かに実力が上だとしたら?教えることに意味はなく、自らの間違いでさえ指摘される。そんな可愛い気のない生徒を誰が好くというのか。特にこの学院で教鞭を取る者は皆超が付く程の一流である。国中で一二を争うその部門の専門家であり、国を飛び出しても一目置かれることは間違いない。そんな自分が6才かそこらの者に自らの専門分野で遅れを取るのである。それこそ悪夢の様であった。故に仮にまだ学院に通うとした所でガルシアのその優秀な頭脳を持ってすればデアルの言った様に授業に付いていけなくなるなどということは有り得ないのだ。


「では、また会える日を……」


来ないことを祈っていると心の中で続けたガルシアとは違い、デアルは本当に残念そうに別れの挨拶をした。


「ああ!待っているぞ」


見るのも嫌とばかりにくるりと身を翻してスタスタと門に向けて歩き出すガルシア。デアルに聞こえない所まで来たのを確認するとボソリと呟いた。


「僕も残念だよ。君をこの手で息の根を止められないのはね。さようならだ。本当に……」


――――――――――――


ガタン、ガタン。


馬車の車輪が石に蹴躓く度に車体が小さく跳ね上がり、その体を揺らしている。ベアートゥスは自らの主がその揺れに全くと言っても良い程拘泥せず車窓から外を眺め、辺りにたゆたう草の薫りを楽しんで居るのを見ていた。この様にしていると大人しいだけの普通の子供に見えるとベアートゥスは思った。とても神に全てを許された神童とは思えないと。


「漸く解放されたな。やはり人ばかりゴミゴミとした学院よりこういった自然の方がよっぽど良い。そう思わないか?ベアート」


ガルシアはふと窓枠から腕を外すと振り向き、唐突にベアートゥスに尋ねた。ベアートゥスは一片の絵画の様だった光景が急に動き出したことに少し驚いたが、直ぐ様執事として正解と思われる返答をする。


「坊ちゃまの仰る通りかと」


ガルシアは満足した様に頷いてそれから何も言わない。ベアートゥスは返答を間違えなかったことに安堵しながら、目の前の少年に対する恐怖を再確認した。未知の物に対する恐怖。それはどれだけベアートゥスがガルシアと一緒に過ごそうが消えはしない。まるで大人と喋って居るかの様だ。ベアートゥスはそんなことを思いながら会話が出来たことをチャンスと捉え、気になっていたことを聞くことにした。


「此度、本当に旦那様に相談せずに学院を辞められて宜しかったのですか?」


ベアートゥスの言葉を聞いたガルシアはその天使の様な顏に冷酷な表情を浮かべ鼻で笑った。


「あんな所は僕にとって害悪にしかならないさ。バカを相手するのもバカの振りをするのももう沢山だ。彼処は牢獄だな。まぁ、家に無い本が沢山有ったお陰で2週間は我慢が効いたがそれが限界という物だよ。父さんについては帰ってから説明するさ。どうせもう直ぐ子供の学院がどうだとか四の五の言っていられる状況じゃなくなる」


甘いマスクから放たれる辛辣な言葉の数々がベアートゥスを震撼させる。本当にガルシアが6才とは信じられない。だが、この姿はベアートゥスや他の限られた人物のみに見せるガルシアという少年の仮面の下の真実だ。その完全なる悪の本性にベアートゥスはどうにも魅入ってしまう。ガルシアはその異常性故に人を惹き付けるのだ。


「大体何が貴族学院だ。外聞を良くするために名称がそうなっているだけで本質は人質一時管理場所から一切変わっていない。何より最悪なのが誰もがその外聞を信じていることだ。“王国側までも”だ。本当に理解不能だ。虫酸が走る。無能な文官共の頭を開いて見てみたくすらなったぞ。きっと空気しか詰められていないに違いない。まぁ、そちらの方がやり易くはあるから文句は無いんだが……。まさか退学届けが受理されるとはな。広義の意味で国家反逆罪だというのに」


腐った顔で期待して損した、というガルシア。それをベアートゥスはある程度当然だろうと思った。ガルシアが優れ過ぎている為に他に並び立つ者が居ない。ガルシアは常に孤独だ。ベアートゥスは良く知っている。ガルシアと同じ目線で語り合える者は居ないだろう。彼の苦しみを理解できる者は居ないだろう。彼は幾ら優秀な頭脳を持って居るとは言え、ただのか弱い6才の少年なのだ。その心は酷く堅固で酷く脆い。


「仰る通りかと。それと私は何時までも貴方の後ろを付いて行きますので私の意見は気にせずお進み下さい」


故にベアートゥスは彼に付き従うことに決めた。孤独な少年の後ろに控えれば、少年の哀しみは幾分癒えるだろうと。悪に魅せられた自分自身に言い訳をしながら。


「奇異な奴だ。ベアート。僕の人使いは荒いぞ」


「とうに存じております」


ベアートゥスが言った瞬間、頭を下げながらもガルシアが顔を顰めたのがベアートゥスには分かった。主人の想定を越えたことに彼は密かにニヤリと笑ったのであった……。





後書き


最近感想が来ないせいで辛い……。

何の反応も無い所に放り込んでる様な感じが超キツい……。

後この話の時のアクセス数が酷かった……。

結構自信が有ったのに……。

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