60メルト外伝紅の墓標41二度と会わないことを祈りながら、また笑い会う日を望む
「取り合えず一発殴らせろ。積もる話はそれからだ」
バナーから怒気を多分に含んで吐き出されたそれらの言葉。
その言葉にテセトは背中に大量の冷や汗を浮かばせ全力で頭を回転させた。
しかし悲しい哉、こういう時にする男性の反応は一つだ。
それは世界が違えど場面が違えど変わらない。
「ち、違うんだよ。誤解だ」
テセトはまるで女性に浮気を咎められた男のようなことを宣いながらバナーを必死で説得する。
「いや、いきなり消えたのは悪かったって、でも色々事情が……」
しかし効果はなく、バナーには一瞬で言い訳を切り捨てられた。
「その事情も状況も気持ちも全部分かってる」
その言葉に淡い希望を抱いてテセトはバナーに減刑を求む。
「だったら……」
しかしバナーはそんなテセトを一顧だにせず自分の意見を貫いた。
「だから“一発で許してやる”って言ったんだ。じゃなきゃ今頃ボコボコにしてるからな?いいから腹出して」
「うっ……」
反論する手立てを失ったテセトは観念してバナーに無防備に腹を晒す。
「歯を食いしばれよ」
そう言うとバナーは右腕を大きく引き、アッパーカットの要領で拳でテセトを打ち上げる。
ドゴッ!!
「かはッ!」
おおよそ人体では出し得ないような音を出しながらテセトは体をくの字に折り曲げながら10センチ程浮き上がると、そのまま膝をついてダウンした。
「ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ、ゴホッ、…………いきなり鳩尾は反則だよバナーくん……」
幾ら四天王と言えどもまだ19歳の普通の少年。
防御が低いのもあるが相手も相手である故にバナーのボディーブローはかなり効いたようだ。
四つん這いで咳を繰り返すテセトに手を貸しながらバナーは言った。
「これ位当然だよ。お前が死んだって知らせを受けた身にもなれ。墓まで建てやがって……。立てるか?」
テセトはバナーの手を借りお腹を押さえながら立ち上がる。
「いや、墓は僕じゃないんだけど……」
自分の墓を建てるなんてシュールに過ぎる。
恐らく死んだことを知った村人が建てたものだろう。
「そういやお前の墓の前でお前のお父さんって人と会ったぞ」
バナーはそう言えば思い出したとそう言った。
それに対してテセトは一転複雑そうな顔をした。
「…………どんな人?僕のこと何か言ってた?」
今更、とは思いつつもやはり気になったのかバナーにそう聞くとバナーは渋い顔をした。
「それを今俺に聞くのは卑怯だろ。後で直接会って自分で聞けよ」
「……そうだね。その通りだ。そうするよ」
自分に言い聞かせるように何度もそう言うと顔を元の穏やかな顔に戻した。
「それで、今日は何の用?」
この言葉にはもう先程までの蟠りはなく、二人の姿はただの幼馴染みに戻っていた。
「いや、ただの世間話だ」
それから二人は車座になると暫く銀の器に盛られたお菓子を肴に昔のことで盛り上がった。
大森林にこっそり入ってでっかい魔物に襲われて死にそうになったこと。
その後森番のリタの父親にでっかい雷落とされて死にそうになったこと。
ハッシュの地獄の鬼ごっこに巻き込まれてやっぱり死にそうになったこと。
笑い合い、笑い合い、そして笑い合った。
すっかり器にお菓子が無くなった頃、にわかに廊下が騒がしくなって来たのを覚り、バナーは立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
よっこいしょとやけに爺臭い掛け声で立ち上がったバナーにテセトは申し訳なさそうに答えた。
「あー、それは無理かなぁ」
「ん?」
無理、という不可解な返答に出ていこうとしたバナーは不思議に思い振り返った。
バナーの不思議そうな顔を見たテセトは立ち上がりながら申し訳なさそうに言った。
「ほら、僕一応魔王軍で要職に就いてるから、魔王城に不法侵入する不審人物を逃す訳には行かないんだよねぇ」
肩を竦めてそう言うテセト。
それに対しバナーは眉毛をピクリと動かした。
「それは立場的にか?それとも気分的にか?」
テセトのその動きは周りの関係かそうではないのか問うバナー。
「そう聞かれるなら後者だね」
テセトのその答えに逃げ場がないことをバナーは知った。
「へぇ、戦績は覚えてるか?それでも勝つと?」
子供の頃の模擬戦の戦績。
二人は良い勝負ではあったものの最終的にはバナーの方に軍配が上がることが多かった。
「イエス、そしてノー、勝つんじゃなくて勝って生け捕るつもりだよ。侵入ルートを吐き出して貰わなきゃだから」
勝つことは既に前提であると話すテセトにバナーの顔は不自然なまでににこやかな顔に変わった。
それに合わせてテセトの顔にも極めて不自然な笑みが浮かぶ。
そして先程と同じように……否、明らかに違った感じで二人は笑い合った。
「いやいや、流石は四天王だな。その出世の早さも実力の内か……。無理と分かってることをするなんて、学園で飛び級しまくった天才なだけあるよ。やはり言うことが違うな、勇者様は☆」
「秘密組織を立ち上げた人に言われたくないなぁ……。学園長は優秀な人材根こそぎ持ってかれたってカンカンだったよ?空気って吸う物じゃなくて読む物だって知ってる?先輩☆」
テセトからは翠色、バナーからは蒼色のオーラのような物が噴出し、互いのオーラが空間が歪む程捻れ合い、部屋にある調度品がピシピシと嫌な音を立てて壊れていく。
「あっれぇ?まさか知ってるだなんて思わなかったなぁ。てっきり暗部はポンコツだとばっかり思ってたのに。でもやっぱり次々期魔王にとっては容易いのかな?☆」
「軍は知らない僕の個人的な考えだよ。カマ掛けただけなのにポロッと言ってくれるなんてとっても優しいんだね。やっぱり平和を守る騎士団長様なだけあるよ☆」
朗らかに笑う二人の水面下でオーラによる激しい前哨戦が繰り広げられられていた……。
「ウフフフフフ……」「アハハハハハ……」
溌剌とした笑い声とは裏腹に蒼と翠のオーラが激流のようにぶつかり合っている。
そして読みきったと判断したのか勝負を切り上げようとしたのか一気に翠のオーラの勢いが増した。
力の均衡が破られ、蒼のオーラを駆逐していく。
ついに翠のオーラが部屋全体に満ち満ち、薄緑色と脈打ち始める。
ドクン、ドクン。
そんな部屋全体が心臓にでもなったかのような大きな鼓動が心地よく響く。
脈打ちと共に成長した翠のオーラは拡大していき、遂に部屋の全てを支配下に置く。
そんな一連の脈打ちを見ながら、バナーは感慨深げに呟いた。
「なるほど……。これが勇者の力って奴か。血は争えないということだな……。思えばあの時からその片鱗は見えてたか……」
テセトの力を仮に分かりやすくまとめるなら行動完全予測。
翠の脈打つオーラが空間全てを読み取り、その中で弾き出された未来の予測をテセトに見せる。
それは直感に似たような物であるが、その的中率はほぼ100%。
最早それは未来予知に等しい。
オウルフが使えたと言われる力であり、普通の人にも稀に発現する能力である。
もっとも、テセト程強くはなく、虫の知らせ程度が精々ではあるが。
かのオウルフでさえここまで強く発現することはなかった。
この力をもってテセトは魔王軍四天王の地位まで上り詰めたのだ。
一部では四天王最強との呼び声高い。
「どう?僕も強くなったでしょ」
子供の頃の戦績が負け越しだったせいか心なし自慢気に問うテセトにバナーは深く頷いた。
「ああ、ただ押し通るのは変わらないけどな」
そう言うとバナーは自らの腰につけた剣に手を伸ばす。
そしてテセトは“見た”。
刹那の間に未来を。
それはバナーが剣に手を掛けた瞬間、テセトの首が斬り飛ばされる未来。
このままの現状を容認するのならその未来は現実の物となるだろう。
現実の世界に感覚を戻したテセトは即座に後ろに飛び退く。
ザザザザザッ……。
ガチャ。
テセトが飛び退いたのとバナーが剣を握ったのはほぼ同時であった。
テセトが冷や汗をかきながらバナーを見ればうっすらと蒼のオーラがドーム状に形成されており、どうやらそこがバナーの攻撃範囲のようだ。
「首、切り落とされるかと思った……」
テセトは無事だった首をさすりながら言うとバナーはそれを不思議そうに眺めた。
「親友の首を落とす訳ないだろ。戦意を無くしたんなら押し通るぞ」
バナーの言葉に何とか止められないかドームを“見る”が、全て自分が死ぬ未来しか見えない。
テセトははぁ、と一つ溜め息を吐くと肩をすくめた。
「無理……だね。僕の敗けだ。どうぞ通って。あ、出来れば姿を隠して通って欲しいかな。ウチの犠牲増やしたくないし」
「分かった」
バナーは素直に頷くと外套で顔を隠そうとして言い忘れたことに気づく。
「あ、メルトの奴にも謝っとけよ。あいつ騒ぐだろうからな」
「機会が有ればね」
テセトは曖昧に頷くと二人で小さく笑った。
長年会っていないのに喚き散らすメルトの顔が目に浮かんだからだ。
「んじゃ、もう二度と会わないことを祈って」
「酷いなぁ……僕のことそんな風に思ってたのかい?」
帰る間際にそんなことを言われ思わずテセトはバナーを引き留める。
「そうじゃねぇよ。どんな時であれ、今回みたいに隠密でもない限りは俺達が会わなきゃならなくなる日ってのは世界が動く日だ。そんな日は来ない方が良い」
「そうかな?でも僕は会いたいよ?また皆で集まって笑えれば良いな」
朗らかに笑うテセトにバナーはすっかり毒気を抜かれてしまった。
そうだな、と短く答えると踵を返しまた顔を隠した。
「じゃあまた来るッス。カワイコちゃん達にヨロシクッス!」
バナーは去り際に星が飛びそうな角度でチュースをしてテセトの表情筋を氷結させた。
「何…………それ?……」
せんでも良いビックリサプライズにすっかり思考力が死滅したテセトは何とか言葉を紡ぐ。
その尋常じゃない様子にバナーは思わず素の口調に戻る。
「ど、どうした?」
「どうしたはこっちの台詞だよバナーくん……。何その変な言葉遣い!初めて聞いたよ!」
本日初めて声を荒げたテセトにバナーは不思議そうな顔をする。
「変か?」
「すっごく!どうしたの!?」
食いぎみで否定するテセトにバナーは小首を傾げた。
「おかしいな。いや、おれつぇぇぇとやらをするには最初に低姿勢が重要だとか言ってたぞ?それにこの口調だとぎゃっぷもえぇが狙えるとか何とか……。世界の常識だとも言ってた。知らないか?」
テセトには全く聞き覚えのない話だ。
というより正直、怪しい星詠みにでもハマってるのかと見紛うご乱心っぷりだ。
思えばバナーは秘密組織のボスである。
そこに星詠みが居ても何ら不思議ではない。
もしそうであるなら親友である自分が殴ってでも止めてあげなくてはならない。
他人の闇に首を突っ込むのは気というか腰が引けるがバナーの為に意を決して聞いた。
「そ、その話は誰から聞いたの?」
全力で、場合によっては魔王軍の力を借りてでも秘密裏に排除しなければならない。
ゴクリと喉を鳴らしながらバナーの次の言葉を待った。
「え?お前の所の……違った。あー、お父さんからだよ」
バナーは失言に気付いて途中で言い換える。
(嘘が下手すぎるよバナーくん!!お母さんしか居なかったのに!!)
そしてそれはあらぬ誤解をテセトに与えた。
バナーは怪しい星詠みにハマってる。
状況証拠が全て揃ってしまったのだ。
そう勘違いするのも無理はない。
「バナーくん……それ騙されてるよ?そんな言葉聞いたことないし……」
「……………………………にゃろう。この言葉遣いにするのにどれだけ練習したと思って……!」
良かった、とテセトは心から思った。
どうやらバナーは自らの過ちに気付いたようだ、と。
まぁ、全くの見当違いだが。
「うん、気付いて良かったよ。後、そろそろ戻らないとバレちゃうよ?」
辺りも大分騒がしくなって来た。
結界符が貼ってあるとは言え何時バレたとしてもおかしくない。
バナーはテセトの言葉に漸く怒りが冷めたのか頷いた。
「そうだ……帰りたくないなぁ……。」
そして怒りが冷めたと同時に現状を思い出したらしい。
いきなりしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
テセトは呆れたが、彼は今呪縛から解き放たれたとは言え被害者の可能性がある。
テセトが優しく聞いてあげればバナーはぽつぽつと語りだした。
「ここ(魔王城)こんなに警備が堅いとは思わなかったから何も言わずに出てきたんだよ。まさか二週間も掛かるとは思わなくて。サリナ恐いんだよなぁ……。帰ったら絶対怒られる……。3日……3ヶ月……いや30年位遊んで帰るかなぁ……」
まるでサラリーマンみたいなことを言いながら帰るために通信通行妨害用の結界符を剥がして使い捨ての結界符の効力を失わせる。
その瞬間……。
「うわっ!」
魔法でメッセージが届いていた量が半端ではなかった。
正確には結界符を持っていたことで届かなかった通信魔法が今一斉に届いたのだ。
勿論既に切れている物なのでただ煩いだけだが。
しかし誰から来たくらいは分かる。
半分はサリナから。
これだけでもう怒髪天を突くレベルで怒っていることは確実だが今は置いておく。
何故ならもう半分から来る人物がとてつもなく珍しかったからだ。
もう半分はバナーがお父さんと呼ぶ人物からだった。
普通幽霊からの着信など恐怖でしかないが正直会っている方が遥かに多いのでメッセージを使うなど余程のことがあったのだと推測出来る。
そしてバナーが彼のお父さんに連絡したことで得られた情報にバナーは更に頭を抱えることになる。
「あのバカ共……!俺が居ない二週間でどうやったらここまでトラブれるんだ!組織作りを誤ったか……」
バナーは事態収集の為に帰りながらジーンにメッセージを送ることにした……。
帰った後の仕事の量に恐怖しながら。
同室の友人は海に行く時にトランクスタイプの海パンでビーチに来て、ズボンを次のホテルに送ってしまったようだ。
もう戻れない♪グロンサン♪
話は次で終らせる!
と思います
4話の積もりだったんです!
40話掛かりましたけど……m(__)m




