57 メルト外伝紅の墓標38 獲物ヲ狩ラント欲ス、無能の証明、悪 vs正義の味方
不可避になってしまった戦争に落ち込んでいるハッシュを尻目に羽交い締めから脱したキースはぐるりぐるりと肩をまわす。
彼はそのままゴキリゴキリと首を鳴らすと刀をだらりと下におろす。
「最初からそれで良いんだよ。話が長すぎるだろうが」
キースの血のように赤い瞳が妖しく光り、新参者をなめるように見回した。
自らの獲物を見定めたのだ。
正義の味方、盗賊風の男女、自称天才、そして貴族。
『黒虎』、それがキースの冒険者での二つ名だ。
まるでその名を表すようにキースは背を丸めて筋肉を収縮させ、いつでも飛び掛かれるように臨戦態勢を取る。
肉食動物が獲物ににじり寄る直前の動きだ。
獣の如く、筋肉の動きを確かめるようにゆっくりと動く。
クロスバ、ガルシア、魔王と連戦を重ねた為既に怪我をしていない場所はない程の満身創痍だったのだが、その動きはそれらを一切感じさせない程滑らかであった。
そして3歩程移動するとピタッと止まりその赤い眼で獲物をジッと見据えた。
ヒュッ……!
そしてその時は突然訪れた。
静から動へ。
獲物を逃がさないようにしてキースは超速で躍りかかる。
一切の無駄を省き、半分雷となり、服の上から纏った黒色の魔力で作り上げた結界術効果のある和服で空気抵抗をゼロにしたことで出せるキースの最高速度だ。
移動してる刹那の間に刀を構え直し、それの首を切り落とさんと彼の牙を叩き付ける。
技もクソもない本能に任せた一撃だ。
バチッ!
ガキン!
ボゥゥン!
音速を越えて刀を叩き付けたせいでキースから噴き出す黒い魔力でも抑えきれなかったのか、爆風がぶつかりあった剣を中心に広がる。
その爆風がキースの髪を後ろに撫で付け二人の目線がぶつかり合う。
「敗者には興味がないのだが?」
それは冷淡な声でそう言った。
癖っ毛の青年は剣筋を見極めると完璧にそれを防いでいた。
その上で無感動な目をキースに向けており、キースを完全に路傍の石と見定めていたのだ。
以前刀技大会でキースを撃ち破ったことによる自信からだ。
「じゃあ、直ぐにてめェはてめェに興味が無くなるな!!」
そんな格付けをまるっきり無視して勝者は自分だと宣言するキース。
一度付いてしまった格付けを覆すのはかなり難しい行為だ。
それを覆すには周囲に圧倒的な力の差を見せ付ける他ない。
真っ先にユージンに挑んだのも自らの力を証明せんが為だ。
彼にとって負けたのはバレインであり、キース自身ではない。
そこを勘違いされたまま勝利をひけらかされては彼としては腹の虫が収まらなかったのだ。
「その言葉には舐めるな、と返させて貰おう」
ユージンは片腕のみの筋力で押し返すとヒュンヒュンと剣を振り、剣の具合を確かめる。
彼の流儀はパルトネ公国宮廷剣術。
キースがバレインとして使っていた物と同一であった。
そして、類い希なる戦闘センスを持つキースをもってしてもコピー仕切れなかった物でもある。
「獣の類いか……。気が重いな」
面倒だ。
ユージンはぼそりと呟くと嫌そうな顔をするのであった。
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「君にとっては不幸なことかも知れないが、僕は君達と敵対して幸運だったよ。全力で君を叩き潰せるのだからね」
ガルシアは思いっきり私怨のこもった声でそう宣った。
調停役に徹していたのはメルトの為であり、彼の本心は別にある。
私怨が内に燻っていたのは確かだがそれを表に出すほど子供ではなかっただけだ。
メルトの利益の為なら涙を飲んで一時見逃す程度の分別はある。
「ハァ?パドゥーン?何だって?お前が俺様に勝つ?ムリムリムリムリ!有象無象がムリすんな。平々凡々な奴は有象無象らしくボケー、としながら一生送っとけ!大天才たるこの俺様にはどうせ届かねぇんだからよ。何をどれだけ努力しようとな」
ジーンは耳に手をあてて聞き返すオーバーアクションをしながらガルシアを有象無象と言い切る。
これで本人としては本気で忠告しているつもりなのだから至極何とも言い難い。
それでも無い頭を搾るなら一番近いのは勉強の出来るだけのアホだろうか。
一々人の神経を逆撫でする言動である。
ガルシアも思わず苛立ちに眉をピクリと動かす。
ポーカーフェイスを心掛ける貴族として人を馬鹿にし腐ったような表情が常のガルシアが表情を動かすとは相当な苛立ちである。
「有象無象か、学術院で君に次ぐ歴代2位の僕にそれを言うとは……。君の目は節穴に過ぎる。同情するよ」
ガルシアは心底そう思うとばかりに顔を作ってそう言ってやった。
有象無象とはガルシアには最も縁遠い言葉であった。
ガルシアにとって自らの有能さは金に汚い大人を吸い寄せる手放したい物であったが、同時にそれは自らを表す唯一の物である手放せない物でもあった。
彼はそれ以外に何も持っていなかったのだ。
何かに対する情熱も、喜びも、悲しみも。
彼が持っていたのは自らの有能さに対する歪んだ執着心だけ。
いつか無くなれと心底願いながらその恩恵に依存し過ぎている。
そこから救い上げてくれたのがメルトだった。
彼は屈託のない笑顔で喜びも情熱も執着も与えてくれた。
ガルシアは彼らを殺そうとしていたにも拘らずだ。
そのメルトと一緒に居ることでガルシアに求め続けられたのは他ならぬ才能や有能さだ。
メルトの向こう見ずな性格が自然と仲間達にそれを求めたのだ。
幸いそれはガルシアの得意分野であった。
しかし、それは逆を返せば自らの才能や有能さを示し続けなければならないということになる。
そうしなければまたあの何もない空っぽの日々に逆戻りだ。
故にガルシアはキースを殺そうとする。
自らの有能さを脅かす存在を恐れて。
ガルシアの最も嫌いな行為の一つである人の手を借りることをしてでもだ。
彼に殺されかけたというのは只の切っ掛けに他ならない。
ガルシアにしてみればキースの有能さを危惧して先に潰しあっているだけなのだ。
そして今、ガルシアの有能さが目の前のジーンという男によって脅かされようとしている。
ガルシアは小さな頃より自らの有能さに強い自負があった。
その自負が一番最初に砕かれたのがこのジーンという男だった。
私怨を抱く理由としては有り余る程の動機であった。
「バカか。だから有象無象だって言ってんだ。俺様は学術院を踏み台にしてもっと上を見てる!それの2位ごときに執着してるような奴と俺様とじゃ天と地だ」
そんな身勝手な私怨を向けられたジーンは一切それに拘泥せずむしろ笑い飛ばした。
ジーンにとって目の前の男はちっとも重要では無かったからだ。 彼にとって重要な物はもっと他にある。
その為には目の前の歴代2位ごときに負けているようでは話にならない。
ジーンはそう断じる。
魔法使いにとって最高峰の栄誉である学術院首席卒業も彼にとっては通過点の一つに過ぎなかった。
「本当にこんな気品の欠片もない平民に歴代1位を与えるなんて教員も目が腐っていたらしい。教育者の腐敗とは嘆かわしいことだ」
ガルシアはやれやれといったポーズを取るとそう言った。
「教師の言うことをろくに聞かないから2位しか取れないって気付かない所が2位の所以だよなぁ。あ、どうせしっかり聞いても大天才たるこの俺様に勝てる訳ないんだから結局2位か」
――ブチッ!
どうやらこのジーンという男この言葉を本気で言っているらしい。
そう読み取ったガルシアは遂に血管と一緒に堪忍袋の緒が切れてしまった。
怒りに声を震わせ、感情のままに言葉がガルシアから飛び出した。
「……良いだろう。ならば僕が君の頭を地面に擦り付けて教員の無能を証明してあげよう……」
「常勝不敗、大天才。この二つが並ぶ俺様に勝てる訳ないだろ。身の程を知れよ万年2位君」
売り言葉に買い言葉。
今まさに二つの巨星がぶつからんとする時。
そうして緊張感が高まっていく……。
そうして数瞬の後、二人の口から同時に魔法が飛び出した。
「「≪メテオストライク≫!!」」
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「さぁ、お前の刑を執行する」
ラタは鈍重な武器をよっこらせと重そうにメルトに片手で持ち上げ突き付けると宣言する。
そして走りながら巨大なバスターソードを両手に持ち変えると大上段からメルトに振り下ろした。
メルトは未だ肉体能力の変化から動けずにおり、無防備な状態に巨大な鈍器のような物で殴られては致命傷に至る。
メルトの命が尽きるまで後1秒の数分の1。
その僅かの間に鈍器で出来た影からズズズ……とイグマが出てきた。
ガキン!
イグマは逆手持ちの2本のクナイで止めると眉根を寄せた。
「≪潜影≫……。だから何度も言わせないでよ。面倒臭いなぁ。俺が居るのにメルトに攻撃を通す訳ないでしょ?」
似たような台詞をツェーレに言ったせいか今一気乗りしない様子でイグマが言った。
しかしラタはそれに対し腹も立てず、スンスンと鼻を鳴らしてイグマの臭いを嗅いでいた。
「何?」
イグマが別に男色の趣味は無いんだけど、と続けようとした所でラタから答えが返ってきた。
「臭うなぁ……。血と暴力の臭いだ」
その言葉を聞いたイグマはピクリと眉を動かす。
というのもそれはイグマが慣れきった物でむしろ定期的にスラムに出入りしてまで忘れないようにしている物だ。
彼の日常であり、彼の全てだ。
何の答えも返さないイグマに焦れたのかラタは更に続けて問う。
「分かるんだよ。俺もスラム育ちだからな。だがお前の“それ”は濃すぎる。お前……一体何人の命を奪ってきた?」
イグマはそれに衝撃を受けたような顔をした後、声を震わせながら口を開いた。
ラタは当然質問の答えが返ってくる物と思っていたが、イグマから返ってきたのは全く別の事だった。
「奪ってきた……ッ?奪っただって?冗談じゃないッ!!俺は!!これまで生きてきて!貰った物なんて自分の命と人を殺す為の技だけだ……ッ!!居場所も、仲間も、意思だってなかったッ!!それが奪った!?ふざけんなッ!!人から奪ってきたなら、人の物を持ってたのならッ!!もっと……もっと俺は普通だった筈だ……ッ!!」
息を多分に含む感情丸出しの声で訴えるイグマとは反対にラタはどんどん冷静になっていく。
「被害者面をするな。お前が罪の無い人々を殺してきた事実は変わらない」
「だから俺は!!必死で仕事をサボって……ッ!!」
出来る限り人を殺さない。
これが当時イグマが唯一できる人助けだった。
それを上手く言葉に出来ないながらも一生懸命に伝えようとするイグマにラタは冷淡だった。
「そんなのは只の自己満足だ。何をしようと人を殺す罪だけは許されることはない。許す者が居ない罪は償いようがないからな。あの世に送ってやるからそこで謝って来い」
ガルシアならば君が殺す罪は許されるとでも言うのか、とでも切り返しただろう。
だがイグマは目の前のラタに対して返す言葉を持たなかった。
その代わりにイグマが持ったのは地の底から噴き上がるような絶えることのない怒り、そして殺意だった。
「そうか……君も俺から奪っていくんだね……。もう何一つ残ってないっていうのに……。ああ、こんなキモチは初めてだ……」
諦めたように溜め息と共に言葉を吐き捨てるとキッとラタを睨む。
「お前は!!お前だけは“殺す”!!命令じゃなく……俺の意志で!!」
イグマから放たれた殺意をラタは片手を広げて正面から受け止めた。
「不可能だ!!正義は必ず勝つのだから!!」
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数分後。
ハッシュは飛び出して行った3人の方を見て息をのんだ。
「嘘……だろ……」
見えるのは粉塵、肉片、匂うのは血。
「あの3人はウチ(夕碧)の切り札だぞ……」
正直ハッシュにはあの3人が倒れる姿どころか弱る姿さえ想像できていなかった。
どんな死地にも躊躇なく飛び込んで行き、ケロッとした顔で返ってきた。
ハッシュにとって彼らは想像の埒外。
まさに化け物だった。
そんな化け物が戦いに行ったのだ。
多少面倒にはなるだろうが、勝つのは決まった。
ハッシュはそう思っていた。
それは傲慢だった。
「何なんだよコイツら……。どうやったら勝てんだよ……」
ハッシュは絶望した。
それは夕碧最強の3人が瞬く間に敗北していったからだ……。
この目で見た物が信じられなかった。
キースは心臓を貫かれ、瓦礫の方へ蹴り飛ばされた。
その方向には粉塵が舞い、じわりじわりと血の池が広がる。
ガルシアは肩を刃で地面に縫い付けられている。
その方向には悲鳴が満ち満ちていた。
イグマに至っては残っていたのは右半身だけで左半身は汚い肉片へと成り果てていた……。
それはハッシュにとって紛れもない絶望の姿だった……。
友人が聞いてきた。
なぁ無人島で熟女と幼女と取り残されたらどっち選ぶ?
くそどうでもいいです(二回目)




