48 メルト外伝 紅の墓標29 標的が怖い、仲間が怖い、人が怖い、頭領が怖い、だから怖いのは俺じゃない、俺は人間だ……。――誰か助けて。
イグマは他の面々と同じく城の中に居た。
沢山の魔物に囲まれる中一切表情を動かさない。
何時ものニコニコした平凡な男のそれだ。
イグマは仕事の際良くこの顔をする。
この顔はイグマに取って仮面だ。
この顔をしている間イグマはイグマじゃない誰かになる。
少なくとも本人はそう思っている。
ある少女はこの顔を泣き顔と称した。
それは正しい。
イグマは避けられない殺しの間は常に泣き叫んで居るのだ。
一切面に出さずとも、幾ら馴れたと言ったとしてもそれは変わらない。
人とは不変の存在なのだから。
「来なよ」
イグマがその言葉と共に二本のクナイのような両刃の小刀を逆手に持ち構える。
それが合図になった様で辺りのゴブリンやスケルトンが一斉に襲い掛かってきた。
ギャオ!!ギャオ!!
「ホッ!ハッ!ヨッ!っと」
しかしイグマはそれを舞うような動きでいなしていく。
全て首や胸などの急所への一撃での絶命だ。
その超絶的な技量に支えられていなければ決して出来たことではなかっただろう。
その作業的な殺し方に魔物達はキング共々一度下がり立て直そうとする。
しかしそれはイグマが許さなかった。
「逃げられるとでも?ここは既に俺のテリトリーだ。ムリに決まってんじゃん」
そう言うとイグマは腕を右上から左下へと引っ張るような動作をした。
その瞬間、突如一匹のゴブリンがうめき声を上げた。
そのまま首を掻きむしるとそのままどうと倒れ、口から泡を吹いて痙攣していた。
「戦闘してる間に極細の糸をこの辺りに仕込んだ。もう既に生かすも殺すのも意のままって奴だよ。
でも俺は君達の命を背負える程出来た人間じゃない。だからさ、殺し合ってくれないか?御免ね卑怯で。何時もそう思うよ」
ギャオ!!ギャオ!!
その言葉を聞いてもゴブリン達は特に変わらず何時ものように騒ぎ立てるばかりだ。
しかしイグマはそれをうん、うんと頷きながら聞くと自らを自嘲するようにゴブリンへと話し掛けた。
「そうだね、俺は死んだ方がまだ人の為になるクズだ。でも御免ね?もう逃げられないんだよ。『幻惑香炉』、死ぬことは出来ない。それは命令違反だから。でも好きなだけ罵ってくれて構わないよ。それで君達の気が少しでも晴れるなら俺としても嬉しいよ」
どうやらイグマには意味のない叫びが自らへの非難に聞こえるようだ。
魔物に話し掛けるなど家畜に話し掛けることの次にイカれた行為だ。
魔物に殺されそうな人でさえ命乞いをしようという気さえ起こらない。
それは前提として言葉が通じないということもあるが、人間何処かで魔物を見下しているからだ。
こんな野蛮な奴らには話など通じないと。
しかし、イグマは違った。
孤児として頭領にずっと育てられ世間知らずというのも少しあるが、もっと根本的にイグマは魔物を自らと立場が対等だと思っているのだ。
それは自らが作ったカーストで自身が最低のランクに属していることに起因する。
その結果イグマは諦めていたのだ。
俺が悪いから全ての不幸が降り注ぐ。
皆は好い人だから沢山の幸福に包まれているのだと。
世の中は不公平などではなく至極公平なのだと。
だから全ては自分が悪いのだ。
罰を下されているのだからそれは間違いないと。
イグマが不運だったのはこの価値観が形成される前にこの反例に出会わなかったことだ。
もし、誰か一人でも反例に出会ってさえいればもっと違う性格になっていたかも知れない。
しかしかもはかもの話に過ぎない。
事実、イグマはそうは為らなかった。
幻惑香炉を嗅いだ魔物達は急に精神に異常を来し始めると一匹のゴブリンが突然奇声を上げて隣の魔物に殴りかかった。
そこからは早い。
一匹が二匹に二匹が四匹にと急速に戦禍が魔物全体にまで広がり、互いが互いを殴り合う地獄絵図となった。
自らの体の傷は省みず、喩え致命傷だろうが構わず殺し合った。
スケルトンは香炉は効かなかったが、周囲のゴブリンに巻き込まれ強制的に殺し合いに参加させられることになった。
そしてその無慈悲なバトルロイヤルは一匹の勝者を呼んだ。
息も絶え絶え体も傷だらけ、だがその一匹は紛れもなく勝者の風格を漂わせていた。
イグマはその一匹を感慨深げに眺めると……。
トスリ。
一切の躊躇なく首にクナイを突き刺した。
そのゴブリンは首に穴を開けられ血が競り上がって来たのかゴボリと一度血の塊を吐き出すとそのまま崩れ落ちる。
「魔物だとまだ楽なんだけど……何度殺しても慣れない物だね……」
イグマはヒュッとクナイを振ってクナイに着いた血を払いながら言った。
そしてその時だった。 城内に響き渡らん程に巨大な駆動音が轟く。
ギュイィィイイン!!
外部スラスターから魔力による炎を噴き出すジェット音。
「オイオイ……それ屋内で使う奴じゃないんじゃ……」
「ファイヤ!!」
問答無用。
そう言わんばかりに即座に弾丸の雨を降らせる。
ブチブチ……
ドドドドドドド!!
イグマが張り巡らせた極細の糸は無惨にも引きちぎれ、魔力の回転弾が我が物顔でイグマのテリトリーを占拠する。
「うおっと!」
イグマは横に避けるが城の中は広いとは言え外よりは狭い。
逃げ道を無くしたイグマに更にツェーレの破壊の足音が迫る。
ドドドドドドド!!
「あーあ、俺嫌われるようなことした?何もそこまで拒絶しなくても……≪潜影≫」
ドプン、という音と共にイグマは影に潜るように消えた。
標的を見失った弾幕はツェーレの怒りのままに周囲にぶちまけられ、破壊の限りを尽くした。
「した!!思いっきりした!!ボクを散々虚仮にした癖にどの口が言うんだ!!
一切攻撃しないでおちょくるなんて子供扱いしながら……ッ!!それはまだ良い!!一番許せないのはボクを男と間違えたことだ!!八つ裂きにしてもまだ足りない!!」
ギリギリ、と部屋中に聞こえる程の歯軋りをするツェーレ。
余程コンプレックスだったらしい。
ドプン。
イグマはツェーレの後ろから現れると舌を出して謝意の存在しない軽い謝罪をした。
「ごめんごめん♪次から気を付ける……よっと」
後ろからそのままクナイで切りつけるがPSの圧倒的な機動力で難なく避けられてしまう。
「おっと失敗かな」
軽い調子で言うイグマだが内心舌を巻いていた。
ツェーレがこれ程の反応速度で動けるとは予想外だったのだ。
お陰で煽る所からやり直しだ。
イグマとしては勘弁して欲しいことこの上ない。
「フンッ!この魔王様の作られたPSの性能には遠く及ばない!!」
魔王のことを自慢気に話すツェーレ。
だが対してイグマはニヤリと笑っただけだ。
「それはどうかな」
そう言うとイグマはクナイを投げるが先程と同じように簡単に避けられてしまう。
「失敗したな。台詞付きでカッコ悪いぞ」
ツェーレはイグマを嘲笑するがイグマの笑みは崩れない。
「それはちょっと早いんじゃないの?」
そのまま投げた右腕を動かすとクナイも軌道を変え再びツェーレを襲う。
瞬間的に避けようとするが驚いて初動が遅れた為か頬に浅い赤い線が浮かび上がり、続いて赤い雫も滴り落ちる。
「こんな小細工二度は通じないぞ」
それは挑発というより事実だろう。
こんな小細工二度以上通じると考える方がおかしい。
その言葉にイグマは心の内で一度で充分だ、と答える。
しかし顔には一切出すことなく挑発仕返した。
「そうとも言えない。俺のユニークスキルを発動させれば一撃で倒れるね」
ピクリ。
その言葉にツェーレは眉を動かす。
彼女にとって一番許せないのは男に間違われることではない。
魔王様をバカにされることだ。
因みにこの魔王様というのはフォルダのことではなく、初代魔王のことだ。
ツェーレにとって親代わりだった魔王は譲れない一点となった。 そしてその魔王が作ったPSがそうでもないと言われたことで彼女の自尊心が傷付けられた。
そこでツェーレはイグマの一撃で倒すという挑戦を受けて立つことにしたのだ。
それがイグマによって行われた思考誘導であるとも気付かずに……。
「良いだろう!!その挑戦受けて立つ!!お前は魔王様の作られたPSの性能には遠く及ばないことを教えてやる!!」
そしてこの瞬間に勝負は決したのだ。
「じゃあ代わりに俺のユニークスキルを教えてあげるよ。俺のユニークスキルは≪魔眼覚醒≫。目を魔眼にするスキルだ」
ツェーレは油断なく、むしろ何時何が起ころうとも対処出来るように気をピンと張り詰めていた。
そしてその緊張を読み取ったイグマはこんなことを言ったのだ。
「じゃあ早速覚醒させてみようか。≪魔眼覚醒≫!!」
……。
………。
…………。
……………。
「……。何も……変わって無いけど……」
そう、イグマは元気良くスキルを起動させたものの、ツェーレの周りには一切の変化も無く、イグマの両目も先程となんら変わりはなかった。
張り詰めていたツェーレはもしや失敗か、と肩透かしを食らう。
PSの性能どころの話では無くなってしまった。
「アハハハハハハハハハハ!!正解♪」
イグマは上機嫌に笑い声を上げ困惑するツェーレに正解の答えを返した。
「どういうこと?」
「俺のユニークスキル名は≪魔眼覚醒≫。だがその能力は魔眼に覚醒する能力じゃあない。
本当の能力は魔眼に覚醒させる能力だ」
それを聞いたツェーレはハッ、と自らの目を触った。
「アハハハハハ!勘が良いね!そう正解だ!!魔眼になったのは俺じゃない。そう君だ。何なら見てみるかい?」
イグマはそう言うと綺麗に磨き上げたクナイを手に取り剣腹をツェーレに向けた。
即席の鏡にしたのだ。
そしてツェーレが覗いた剣腹の向こう。
そこには血のように真っ赤に染まった目をしたツェーレが酷く驚いた顔をしていた……。
「がっ!」
突然ツェーレは苦しんだかと思うと倒れ、そのまま動かなくなる。
「魔眼だって言ってるのに見ちゃダメでしょ。メドゥーサの絵本読んだこと無いの?効果が精神汚染だから良かったものの……。子供だから素直なのは素敵だけど素直過ぎるのは美徳にはならないよ?そんなんだから悪い男に騙されるんだよ。
はぁ〜大変だった。大体一々手順が多すぎるんだよ全く」
そう言ってイグマは愚痴を溢す。
今回ツェーレに与えたのは精神汚染の魔眼だ。
この目で自分を見てしまったが為に自らに精神汚染を掛けてしまったのだ。
しかし事はそう簡単ではない。
魔眼の受け渡しには手順が存在するのだ。
先ず、術式の刻まれた物(イグマの場合はクナイ)で対象を傷付け、血を流す。
そしてその血が乾く前に受け取る対象が受け取る意思を示す為に受け取る、又は貰うなどの類義語を言うことで魔眼の受け渡し準備が完了し、後は発動するだけだ。
精神汚染の魔眼の本来の能力はイグマ以外に見た対象の精神を攻撃すると云うものだ。
本来は平常時に味方に贈与する物であってまかり間違っても戦闘中に敵に使う物ではない。
その為にイグマは戦闘中にも関わらず色々な仕込みを強いられた。
だがそれでもイグマが戦闘で使ったのはツェーレを殺さない確実な方法だったからだ。
そう、彼女が今居る精神世界ならば幾ら殺してしまっても現実世界には影響がない。
つまり手加減無しで殺れるのだ。
イグマはツェーレの頭に手を置くと言った。
「じゃ、お邪魔しま〜す♪」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「何処なんだよ此処は!!」
ツェーレはいきなり真っ暗な世界に連れて来られ混乱していた。
人の気配が感じ取れない中、必至に辺りに呼び掛けていたツェーレは漸くこの変な所に来てから初めての人間に会えた。
ツェーレを此処に送った張本人であるイグマだ。
「待った〜?」
まるでデートに来たとでも言うように気軽な様子で来たイグマにツェーレは折角人に会えたにも関わらず心が怒りで満たされた。
「お前が此処に連れてきたのか……!」
ツェーレが言ったのは単純な勘だったが、見事的中していた。
「助けに来た命の恩人に向かって酷い言い草だなぁ」
イグマはしれっと嘘を吐いた。
「嘘つけ!!ボクが違うんだからお前以外有り得ないだろうが!!」
その異様な剣幕にイグマは一瞬怯むと気まずそうな顔をした。
「バレたか……」
恩を着せようと思ったんだけどなぁ、等と内心酷いことを考えているとツェーレが怒りを滲ませながら突っ掛かって来た。
「大体此処何処なんだよ」
「精神世界だよ。試しに好きな姿を思い浮かべてごらん?どんな姿にだって成れるさ。まぁ、見慣れてない物だと細部はガバガバだけどね」
試しに先程の姿を思い浮かべたのか、あっという間にPS姿になった。
恐らく驚異の増大については触れてはいけない所だろうと覚ったのでイグマは華麗にスルーした。
「で、ここで何しようっての?」
「鼻っ柱をぶち折っといてあげようかと思って。大人気ないって言うなら今だけでも子供になってあげようか?」
イグマから漂うのは圧倒的強者の余裕だ。
最早既に勝ちに酔っている風ですらある。
それにイラついたツェーレは鼻を鳴らした。
「随分な自信家だね……。これを食らっても同じ顔してられるか、な!」
な!と同時に手に着けた手甲が魔力の弾幕を発射し火を噴いた。
ドドドドドドド!!
「ダメだよ。もう“読めちゃってる”から」
しかしイグマはそう言うと綺麗に全てを捌ききってしまった。
「くっ!じゃあこれなら!ビームランチャー!!」
ツェーレは手の平に魔力を集め圧縮すると一気に解放する。
イグマを「殺した」技だ。
「炎神アクトゥラ。助けてよ」
イグマは神をこの精神世界に降臨させる。
この炎神は以前ガルシアが呼び出した奴だ。
当然今此処に居るのは不出来なコピーであり、容姿ですら本物とはかけ離れている。
しかし腐っても神。
ツェーレの魔力を簡単に弾き飛ばした。
「そんな……」
圧倒的な力量差に唖然とするツェーレ。
「この世界で重要なのは経験と精神力だ。比重が重いのは精神力だね。経験は力の効率化程度だ。この世界なら相手がどんな奴だろうと負けはないね。仲間(化け物)達をどれだけ見てきたと思ってる。さぁ、どれだけ持つかな?」
そう言うとイグマは意地悪そうに笑った……。
8月が終わったので9月から週一投稿に戻します。
来週この時間です。
後前話を投稿してから加筆したのでもし宜しければそちらをまだ見ていない方が居れば御覧ください。




