45 メルト外伝 紅の墓標26 世界の全ては僕の駒
ガチャリ。
ガルシアが戸を開けるとそこに居たのはダルクだった。
ドアやカーテンを閉め切った陰鬱な部屋。
かなり大きい筈なのにシャンデリアから注がれる光の弱さのせいか小部屋にすら思える程小さい。
イスに座っていたダルクはガルシアが入ってきた方へ向き逆光に眩しそうに目を細め手で光の侵入を防いだ。
「ドタドタドタドタしやがって……眠れねぇじゃねぇかクソが……」
寝る体制でもなかったダルクが眠れもしない癖にガルシアにそんなことを言った。
「あ?そんなに眠てぇならさっさと永眠させてやるよ」
ガルシアの強烈な言葉にダルクはフッと小さく笑う。
それはガルシアへどうこうと言うよりも虚勢しか張れない自らを笑う自嘲の物だ。
ダルクは眠れない。
それは生物学的な話ではなく精神的な話だ。
ダルクの不眠の原因は病気による死への恐怖に由来している。
彼の余命は後3年。
そのせいか彼の夢見は悪い。
いや、夢見が悪いというだけではなく、ただ単に目を瞑るという行為が怖いのだ。
今眠ったら死ぬんじゃないか。今眠ったら二度と起きれないんじゃないか。
寝ようとする度にそんな思いが頭をよぎり彼の脳は睡眠を拒絶する。
彼にとって夜とは短い微睡みと覚醒とを繰り返すだけの場に過ぎない。
体に悪いことは分かっている。本当に命を延ばそうとするならしっかり睡眠を取るべきだ。
だが、そのダルクの体の言い分は彼の脳に一切の考慮もなく却下された。
頑固な脳はその言葉を頑として聞き入れようとはしなかった。
その為に彼の体は悲鳴を上げ続けた。
記憶力の低下、運動能力の低下、免疫力の低下、注意の散漫。
これだけの影響が出てもまだ眠れなかったのにはもう一つ理由がある。
命を奪うことへの忌避、そして奪ったことへの懺悔だ。
夢見が悪いのはどちらかと言えばこちらの方が比重が大きい。
命の瀬戸際にあって、その心境から動物の肉すら食べれなくなったダルクにとって他者の命を奪うことは許されざる大罪であったのだ。
それこそ同種である筈の人間以上に。
だが、それでも彼の天秤が生かすことへ傾かないのは陛下への忠誠心がもう片翼にのし掛かっているからだ。
もうとっくにない筈であったこの命、与えてくれた人の為なら。
ただ死ぬだけの筈であったこの生に、意味をくれた人の為なら。
何を捧げても惜しくはなかった……。
その人が自らの死(捨て駒)を望むのならば、自らはただ、歓びを持って従うだけだ。
「ハッ!!ムリだね!!テメェごときにこのダルク様がやれるものか!!二度も負けてる癖にデケェ口叩くんじゃねぇ!!寝言は寝て言いな!!」
いつものように、世界に何かを遺すように、マシンガンのように、ダルクは喋った。
もうこんな体では例え生き残れたとしても戦うのはこれで最後だろう。
陛下の御為、命の限り敵を潰さねば。
今が命を燃やす時だ。
「てめぇの力にゃ当たりはついた。消す算段もついた。寝言は死んだ後てめぇに吐かせてやる。覚悟しとけ」
ガルシアは絶対的な自信を匂わせてそう言い切った。
「じゃあ答え合わせと行こうか?」
ダルクは特に興味はなかったが、ガルシアが喋りたそうにしていたので付き合っただけだ。
どうせ魔法使いでは自分には勝てないのだから。
「ああ、先ずてめぇの本質は魔法の破壊じゃなく分解にある」
「正解だ。良く分かったな」
この言葉はダルクの本心からの称賛だ。
分からないまま死んでいった物が大半の中でたった三回の接触で良く気付いた物だと心底思ったのだ。
「そうじゃなきゃてめぇに掴まれた時に魔力を失う訳ねぇよ。アレは俺の持つ魔力を分解したんだろ?痛くて死ぬかと思ったぜ。証拠をもう一つ上げるならディグが発動したことだな。魔法を壊す訳じゃねぇことを示すいい証拠だ」
たったそれだけで気付いた。
そう思うと何故かダルクの口の端には笑みが現れた。
ダルクは続けろと顎で先を促す。
「もし、この力が本当だとしたら。相当にヤバい手術だな。被検体の生命が一切考えられてねぇ。触っただけで相手の魔力を分解する程の力ならてめぇはとっくにくたばってる筈だ。何せ、てめぇの魔力構成すらてめぇで分解しちまうんだからな。延命が為されてるか、手術を最近受けたか。恐らく前者だ。所々構成が歪んでる」
分かりやすく言うなら癌だ。
魔力がどの様に構成されているかによって生命が形作られ繁殖によって混ざり合い子孫を残していく。
生涯変わらない不変の存在。
それが魔力構成。
しかしそれが分解していく……。
それをより広意義に捉えれば自分で自分を攻撃する自己免疫疾患と同じだ。
違いと言えばそれが人為的な物かそうでないかということでしかない。
「ふーん、まぁ、正解だ」
大体の所合っている。
陛下の性格が非道だと言う所に同意する積もりはないが。
「これがてめぇの全てだ」
完璧な把握。
正に夕碧の頭脳と呼ぶに相応しい物だった。
ただ、状況の分析と現状の打破は別物である。
「で?結局魔法使いが勝てないことが分かって絶望が深くなっただけじゃねぇか……。前みたいに殴り合いでもやっとくか?結末は見えてるがな」
そう、魔法が使えない魔法使いは翼をもがれた鳥も同じ。
ガルシアには対抗の手段は残されていない。
そう、ガルシアには――。
「そうさな、神にでも祈るさ」
ガルシアから能天気に放たれた言葉。
その言葉にダルクは一気に興味を無くした。
目の前の男は、何も考えずただやられに来ただけだと。
「ハッ!!神なんざ居ねぇよ!!俺が良く知ってる……。そんな物に頼るなら死んだ方がマシだ」
どれだけ祈っただろう、どれだけ助けを求めただろう……。
だがそれでも世界は常に理不尽だった。
世界は常に敵だった。
腐った泥の棺桶の中から自らを救い出してくださったのは陛下ただ御一人だけだ。
「俺だって同じだ。誰かの手を借りるなんざ死んでもゴメンだ。ただな、こんな所でメルトが死ぬのはもっとゴメンだ」
そう言うとガルシアは物凄く嫌そうな顔を作り、そのまま腕を組んで斜め下を向くとその顰めっ面の渋面でボソリと一言呟いた。
「疫病の神ゲヘナ……たっ、助けてくれ」
その一言が空気を震わせ音となった瞬間。
辺りの空気が……否、世界が変わった。
世界が凍り付き、世界が灼熱の海となった。
それらは別々に起きた現象ではなく、この部屋の中で同時に混在していた。
常識を疑うが、世界が変わったのだ。
常識が変わっていても何ら不思議ではない。
ガルシアの呼ぶ声が召喚の呪文となりて今此処に神が降臨する――。
『よっしゃぁああああ!!勝った!!勝った!!私が勝った!!生きてて良かったぁぁぁあああ!!』
その神は感涙を流しながらガッツポーズを作り天に向かって咆哮を上げていた。
というかそもそも神が生きてるか否かについては疑問しかないが……本人がそう言っているのでそうなのだろう。
「うるせぇ」
ガルシアが耳を塞いだことでやっと事と次第に気が付いたのかガルシアに向かってすがり付くとひたすら謝罪する。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。嫌わないで!貴方が私を選んでくれたからつい喜びが止まらなくて!!お願い嫌わないで!!』
ガルシアの背中に冷や汗がたらりと垂れる。
相手は神だ。
此方が対応を一言間違えただけで存在が消え去ってしまう。
「離れろ」
ガルシアがそう言うとゲヘナはバッと小動物のように後ろに下がる。
ふぅ、と一息吐く。
緊張感の元凶が離れたことと先程まで指が食い込んできて痛かったのだ。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。許して……』
溜め息を吐いたことを在らぬ方向に誤解したのかゲヘナはひたすら謝り続ける。
こうして離れてくれたことでガルシアは漸くゲヘナの全貌を見ることが出来た。
こうして見るとゲヘナはかなり美しい。
世に言う絶世の美女という奴だ。
黒髪黒目の何処か不吉さを感じさせる美貌を持ち、幸薄そうな白い肌、しかし、目を離せない人から離れた完成された美だ。
しかし、誰もが見とれるような美を持ちながらオドオドとした態度がガルシアに劣情を抱かせる。
ガルシアは二度三度頭を振ると余計な感情を頭から叩き出す。
それは澄んだ思考には不要な物だ。
いくら持とうが自らに利することはない。
「怒ってねぇ」
『本当に?絶対に絶対?』
心を読めば直ぐだろうにゲヘナは態々ガルシアに聞いた。
ガルシアにはこのまま問答を続ければ日が暮れることが容易に想像出来たので、最も早く事態を解決出来るであろう手段を採択する。
「心を読んでいい」
ガルシアの心を深層まで読んだのかゲヘナは明らかにホッとした表情を見せた。
「なッ!……んだこりゃ……」
その頃になって漸く再起動を果たしたのかダルクが驚きの声を上げた。
『貴様!私とガルシアの逢瀬を邪魔するなど万死に値する!!≪多重して感染する世界≫!!死ねぇ!!』
どうやらあの対応はガルシアのみのようで急に威厳を持ったゲヘナはダルクに向かって神による断罪を執り行う。
その結果、ゲヘナの世界と化していたこの部屋が明確な敵意を持ってダルクに対し牙を向く。
「神が何だバカバカしい。所詮は魔力による攻撃。俺には効きゃしねぇん……」
ドサッ。
ダルクは最後まで言い切らない内に床に倒れてしまった。
『愚か者。この部屋の中は私の世界。何をしようが思いのままだ。そこに魔力など存在せん』
そう、根本から説明するならガルシアが使ったのは神官魔法、その究極系、顕現と呼ばれる物だ。
神官魔法というのは若干他の魔法とは異なる。
他の魔法は天より与えられるステータスの中の魔法。
即ちスキルと同様自らの力なのに対して神官魔法は魔力を捧げ自らを通して神が行使する力。
その決定的な違いは世界の法則の上に立てるかどうかである。
ステータス魔法は自らの力に過ぎない為、主神の治める世界の法則を越えることは出来ない。
しかし、神官魔法は自らを通した神の奇跡だ。
ゲヘナのような二級神であっても部分的に魔法の方が物理法則より優先される。
しかし、その為神官魔法を使うには万人が通る一つの鬼門がある。
それはステータス魔法のような努力した分だけ力が上がると言ったような規格化された物ではなく、完全に其々の神の好みで個人の修得難度が決まるという点。
要するに滅茶苦茶理不尽なのだ。
神に気に入られようと10年祈り続けようが一つの魔法も覚えないこともあるし、何もせずとも気に入られ魔力の代償無しで魔法を行使してくれることすらある。
ガルシアは完全に後者だった。
「んだよ……コレ」
ダルクは己の手を見て愕然とした。
凍傷となり、指が落ちていたのだ。
「暑い……」
しかし、手は凍傷に掛かっているにも関わらず体が燃えるように暑く、喉がカラカラで意識も混濁して来た。
凍傷と同時に日射病に掛かって居るのである。
そこから加速的に症状が加速していった。
肺にはカビが生え、過呼吸に喘息、酸素欠乏に同時に陥った。
脚は腐り、筋肉が縮小し、固くなっていく。
最早打つ手が無かった……。
意識が闇に蝕まれていく中でダルクの中に一つの思いが去来する。
「申し訳御座いません陛下……折角頂いたお命、役に立ちませんでした……。ああ、その様な顔を為さらないで下さい。元々消える筈だった命、それが少し消えるのが早くなっただけのこと……恩を返せず申し訳御座いません……」
精神の病まで貰ったのだろうか。
ダルクは幻覚を見て、フォルダに謝っているようだ。
死を目前とした者特有の透明な笑みだった。
「ああ、これで漸く眠れる……礼を言う」
消え入るような声でそれだけ言うとダルクはそのまま動かなくなった。
ガルシアが何の感慨も無く見下ろしていると隣でゲヘナが先程の厳然とした態度とは打って変わってガルシアと腕を組んで来た。
「あんま引っ付くんじゃねぇ」
先程は言葉で引いたが今度は引く積もりはないのか更に引っ付いて来た。
『……その口調も素敵だけど昔の貴方の口調の方が好きよ?』
そう聞いた時ガルシアは素早く頭を回転させ逆らわない方が良いと判断する。
「これで良いかい?僕はどちらでも良いんだけどね」
話したのはメルトと旅するまで使っていた貴族時代の口調。
『ええ!次は誰を殺せばいいの?貴方の為なら誰だって殺してあげるわ!』
この空気に陶酔したようにガルシアに問い掛けるゲヘナ。
しかし、ガルシアはその提案に眉一つ動かさない。
「もう決まっているよ」
ゲヘナでもなく前でもなく、更に先を見透したような目をしながらガルシアはそう言った。
『あ!それ前に殺すって言ってたメルトって奴ね!』
ピンと来たように自信を持ってそう言うがガルシアはそれに対して冷たく見返した。
「君はこの数年何を見ていたんだい?メルトはもう僕の出世の為の生け贄じゃない」
しかし懐かしい。
思い返すはメルトとの初対面時の会話。
檻に閉じ込めたバレインとメルトに向かってこう言ったのだ。
『先ずは僕の出世の為の生け贄になってくれて有り難うと言って置こうか。申し遅れたね。僕の名前はガルシア=パーラ。ああ、覚えなくて良いよ。どうせ直ぐに死ぬんだ。無駄に頭を働かせることもないだろう』
あの時のガルシアは彼らと共に旅をすることになるとは思いもよらなかっただろう。
『じゃあ、誰を殺せばいいの?』
その答えの分かりきった言葉にガルシアはフッと笑う。
「キース=バレンタイン。僕に屈辱を与えてくれたお礼をしなくちゃならない。あの男だけは、何があろうと、絶対に、殺す、無惨にね?」
一言一言区切って確かめるように口から出た言葉。
その時のガルシアの目は貴族のポーカーフェイスを持ってしても隠し切れない程の怒りが揺らいでいた……。
誰だ週2投稿やろうなんて考えた奴!ぶん殴ってやる!!
と忙しさに対する苛立ちを込めて言ったら友達から鏡をあげようとアドバイス。
その助言、そして鏡に向けて殴ったパンチのせいでノックアウトしそう。




