38 メルト外伝紅の墓標19 無駄なお仕事おつかれさん
「よっしゃぁああああ!!勝ったぜ!!見たか!!」
ハッシュは天に突き上げるガッツポーズを取ると勝利の雄叫びを上げる。
その雄叫びは木々の向こうまで響き渡り、彼の喜びの大きさを示す。
「イッイェーイ!!ほらほらどうした掛かって来いよ〜」
ハッシュは近くの木の棒を拾い上げ黒く焦げたエドガルをツンツンつつく。
しかし、完全に腰が引けているのがいかにも彼らしい。
そんな感じでハッシュが完全に調子に乗っていると……。
ガサッ!
ビクッ!!
横の草むらが揺れ、それにビビるハッシュ。
ひきつる口を無理矢理動かして、ビビる自らを鼓舞する。
「オホホオイ、何だよビックリさせんなよ……」
風のいたずら、ハッシュはそう自分を納得させ、次はべろべろばぁでもして煽ろうか考えて始める。
しかし、現実はそう甘くない。
「ゲギャギャギャ!!」
緑色の体表に醜悪な面、小さい体躯に錆びた鉄武器。
ゴブリンである。
それが3匹、草むらの中から躍り出た。
「おおおおう、何かこのゴブリン、戦っちゃいけない気が凄いする!」
何の変哲もないゴブリンに向かってこの反応。
同業者に素人と罵られても仕方がないヘタレっぷりだ。
しかし、ハッシュのその何の根拠もない勘は的中する。
そう、彼らはヨキ達を案内した改良型ゴブリン。
レベル的には王よりも高いのだ。
そしてハッシュが未知との遭遇した場合、取る行動は一つだ。
「1に逃走、2に撤退。3、4が無くて、5に神頼みってことでズラからせて貰うぜ!!じゃあな!!」
「えぇ……」
酷い他力本願もあったものである。
言動的にはほぼ三下だが、その判断の積み重ねが在ってメルトの隣でも生きていられるのだろう。
主義をゴブリンに言い聞かせたハッシュは脱兎の如く逃走し、リタもそれに続く。
リタとしては破産回避のためにもう少し辺りの魔物を狩ってから帰りたかったが、ハッシュに帰られては余りに稼ぎが悪い。
逃げるハッシュに付いて行くしか無かった。
そうして、場にはエドガルとゴブリンのみが残された。
ゴブリンはエドガルを見下ろすと主の言葉を伝える。
『協力すると言ったのだ。この場で君達に死なれでもしたら陛下に何と申し開きすればよいのだ……。
死なせはせぬよ』
そう言うとゴブリンはエドガルを背負い、木々の中に消えて行った……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
魔王城、そこにフォルダの声が響き渡る。
「ロレック!!ロレックは居るか!!」
叫びながら能力で居場所を探していたのだろう。
即座にロレックの執務室へ早歩きで移動し、扉を開けるのも時間が勿体ないとその速度のまま扉を蹴り飛ばす。
ドゴォォォン!!
凄まじい轟音と共に重厚な扉がひしゃげ、執務室に転がり込む。
「陛下!?」
ロレックが驚いた声を上げるが、フォルダはその反応に対して一切斟酌せずツカツカと歩み寄りロレックの胸ぐらを掴む。
「説明しろ!!何故エドガルが意識不明になっている!!辺境の任務に就いていると言っただろう!!」
フォルダの能力はドミネーター。
被支配者の生命動向を関知したり、部下との通信、部下同士の通信を可能にする能力だ。
フォルダ個人の能力というより魔王という覚醒種に付随する能力だ。
そしてその能力によってエドガルが生死の境をさ迷っていることが判明した。
それによるフォルダの怒り。
烈火の如く燃え上がる怒りを言葉に込め、フォルダは形振り構わずロレックを詰問する。
「ぐっ、陛下……全ては貴方の御為に」
「愚図が!!説明をしろと言っている!!」
言い訳をしようとするロレックを一刀両断し、説明を迫る。
ロレックは観念し、全てを話す。
少々早かったとは言え、フォルダに気付かれるのも想定内だったからだ。
もう全ての歯車は噛み合った。
もう止まらない。
予てより計画通りフォルダに全てを話すことにした……。
「貴様ッ!!」
全てを聞いたフォルダの一言目がそれだった。
部下を死地に追いやったこと。
そのたった一事実が彼の怒りに油を注ぐ。
「何なりと処分を」
ロレックはもとよりその積もりだった。
彼が部下に対して要求した覚悟。
それは既にロレックが持っている物だったのだ。
「説教は後だ!!PSを用意しろ!!」
フォルダは即座に移動用のPSの準備をさせるよう周りにいた部下に命令し、出られるようテラスへ移動しようとする。
しかし、そうはさせまいとロレックがフォルダの足にすがり付く。
「離せ!!」
「為りません陛下!!王が前線に出るなど言語道断で御座います!!」
前線に大将が出張るなど在ってはならない。
フォルダが傷付く等、想像するだに恐ろしい。
特に先王のトラウマがある魔人達からしてみれば当然の反応だった。
ロレックは引き剥がそうとするフォルダに必至にしがみつき説得する。
しかし、その努力はフォルダの怒りの前には無意味だった。
「愚図が!!凡百の王と同列に語るな!!民一人救えずして何が王だ!!片腹痛い!!」
そんな常識など知らんと諫言を却下し、前線へ赴こうとするフォルダ。
彼もまた、先王の遺志を継ぐ一人なのだ。
ロレックを蹴り飛ばし、用意されたPSを身に付ける。
「PS―Kカスタム。起動!!」
ガシャァン!!
通常しなければならない確認をその他諸々すっ飛ばし、一気に最大出力に上げ執務室の窓枠ごと外に出る。
キュィィィン!!
フォルダは死ぬ前に到着しようとしてフルスロットルで飛ばすが今のフォルダにとってその速度は蝸牛の歩みの如しだ。
「遅い!!」
業を煮やしたフォルダは魔力貯蔵から推進力を得ている外部スラスターに直接自身の魔力をぶち込み、力業で速度を上げる。
ブォォォオ!!
こうして激戦区には終焉を告げる王が刻一刻と近付いていた……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ガルシアとダルクが向かい合う。
そんな中、会話の口火を切るのは意外にも、お喋りなダルクではなくガルシアだ。
「テメェが魔法が効かねぇ理由は分からねぇが魔法が効かねぇことだけは分かった。それだけ分かりゃ充分だ」
断言するガルシアにダルクはピクリと眉を動かした後、不敵な笑みと共にガルシアを嘲笑する。
「ハッ!何だそりゃ。絶望するのに充分ってか!?
それも当然だよな!!
魔法が使えねぇ魔術師なんざ翼をもがれた鳥と同じだ!!
地べたに這いつくばって無様に命乞いでもしとけよ!!」
ダルクはお返しにガルシアを扱き下ろすが、ガルシアは特に言い返すこともなくただ頭の後ろをポリポリと掻くだけだ。
そうして一つ溜め息を吐くと気怠げにダルクへと言い放った。
「はぁ……。テメェの前提にゃあ色々言いてぇこともあるが時間の無駄だ。
テメェにゃあ分からなくて良い。ただな……一つ言わせてくれ。
俺の通ってた総合学術院っつう所はな、魔法だけで学年1位を取れるような生易しい所じゃあねぇんだよ。魔術、槍術、学術、芸術、剣術、闘術。その全てのポイント制で学年順位が決まる。
つまり俺の言いてぇことはこうだ……」
そこまで言うとガルシアはファイティングポーズを取る。
ボクシングのようなフットワークを重視した物ではなく、空手や古武術のように直線を意識した形式張った物だ。
「地べたに這いつくばるのはテメェだ。
俺の拳の下にな。OK?」
傲岸不遜なガルシアの物言いに注意散漫でキレやすいダルクは額に青筋を浮かべる。
その肌を露出した服から怒りのオーラを上げ、攻撃の予備動作に移る。
余程人間の、しかも貴族のように線の細い男からの侮辱の言葉が答えたようだ。
「ハッ!おもしれぇ……じゃあ見せてみろよ!!
その下等な人間の拳って奴をよぉ!!」
ゴウゥ!!
ダルクがそのまま文字通り人間離れした速度でガルシアに迫る。
大振りで無駄だらけにも関わらず、上位魔人共通の並外れた筋力により圧倒的な速度とそれに伴う破壊力を得て、そのエネルギーが拳を経てガルシアへ伝わるのだ。
それは常人の目にも止まらぬ速度で、ガルシアの動体視力では決して見切ることは出来ない。
ブオン!!
そう、通常なら。
ダルクの拳は通常有り得ないような風切り音と共にガルシアの頭上を通り過ぎる。
それはガルシアがタイミングを合わせて、ダルクの大振りのフックを避けた為だ。
「オイ!何だその動きは?素振りか?拳骨だとしたら随分下手くそだなぁオイ!」
別に魔力を使ってガルシア自身の身体能力や動体視力を上げてしまえば問題ない。
ダルクの拳は考えなしに繰り出される為、多少速かろうがガルシアの格闘センスと魔法で充分避けてしまえる。
ガルシアは軽口でダルクを挑発すると今度はお返しに掌底を食らわせる。
しっかりと脳を揺らすように計算しつくされたものであり、そこには確かな型を連想させた。
そしてガルシアはそこで止まらない。
そのまま回転しながらの遠心力を活かした裏拳、二度に渡る正拳突き、回し蹴りに上段蹴り、最後に正拳突きと全てが流れるような所作であり、端から見ればまるで舞を踊っているかのように見えただろう。
最後の正拳突きにより後ろに押し出される形になったダルクはヨロヨロと後ろに下がる。
「効かねぇな……」
ダルクはペッと血と唾の混じった物を地面に吐き出すと強がる。
魔力で強化した強烈な一撃だ。
如何に魔人と言えども直に食らってしまっては一堪りもない。
「次も食らってやる……来い……」
しかし、ダルクは不敵に笑う。
それはエドガルがライバルを見付けたような歓喜から来る笑みではなく、勝利を確信した、敗者を憐れむ黒い勝者の笑みだ。
更には挑発として片手をガルシアに向けて招く。
掛かって来いの意思表示だ。
「(何を考えてる……。罠か……?いや、罠だとしても現状相手のカードが伏せられている状態なのは危険だ。
土壇場で判断を誤りかねない。ならば傷のない今の内に多少危険を冒してでもカードを開示させるべきだ。
例えそれが罠だとしてもだ。既にダメージは与えた。致命傷さえ食らわなければ問題ない)」
ガルシアはそう判断する。
確かにこの状況下でこの判断は正しい。
事実、ガルシアは急所それぞれに魔法によるプロテクトを掛けており、ダルクから致命傷を受けるのは難しい。
しかし、それは現条件が変わらなければ、という厳然たる前提条件があってこその正解だ。
その前提条件が崩れてしまえばその正解も異なってしまうのである。
「後悔するなよ……」
故にガルシアは判断を誤ってしまった。
既に相手は格下だと信じ込んでしまったのだ。
相手が自らの全ての身体能力を圧倒的に凌駕するにも関わらず……。
「≪ディグ≫」
ガルシアはダルクの後ろを四方三メートル程に渡って土魔法により、陥没させた。
確実に一歩引いた時に足を取り体勢を崩す為、更にそれを避けようとする心理的な効果を狙った為だ。
ガルシアは罠だと知っていてそのまま飛び込むようなピュアな心は持っていない。
やはり貴族だからなのか或いは元からなのか、かなりこすっからい性格をしている。
「セイヤッ!!」
ガルシアは気勢を上げると一気にダルクの懐に飛び込むと正拳突き、更に流れるようにコンボを決めていく。
ダルクはその攻撃によってダメージを負いながら何度か宙を掴むような動作をする。
するとダルクは直ぐに勘を掴み、ガルシアを捕らえることに成功する。
「アアアァァァァアアアア!!」
ガルシアの捕まれた腕に走る激痛。
別にダルクに何をされた訳でもない。
ただ、触られただけ。
そう、ただダルクの体質としてダルクの体が魔力構成を破壊しているだけである。
痛みの原因を振り払おうとダルクを何度も何度も殴り付ける。
しかし、ガルシアの筋力を増強させていた筈の魔力はダルクに触れられたことによって霧散してしまっている。
そんなただの人間のパンチが魔人に届く訳がない。
当然、ダルクの筋肉によって阻まれ、ガルシアの拳を痛めるだけの結果に終わる。
「痛ぇか?俺はコレを常に味わってる。
まぁ、鎮静剤で大分抑えてるがな。横になってもベットに触れた部分から溶けてくようだ。痛くて寝れやしねぇ。
ハッ!まぁ、どうせ寝られた所で死ぬのが怖くて悪夢しか見ねぇがな。情けねぇ話だ」
だから俺は寝ない、寝られないのだとダルクは続けた。
ダルクは常に睡眠不足だった。
いや、むしろこの状況で呑気に寝られる方がどうかしている、ダルクは心底そう思っていた。
寿命は3年、生きられる希望も無ければ生きようとする気力も無かった。
ただ、生きた証を遺そうと足掻き、それで得たのはまくし立てるような口調、それだけだ。
他には何もない。
生きる上ですがる物が在るとすればそれは陛下への忠義のみ。
ダルクはそれ以外に自分自身に生きる価値を見出だせなかった。
「おっと、苦しめるのは悪いな。趣味じゃねぇんだ」
ダルクは他生物に八つ当たりすることは良くあったが、いたぶることは決して無かった。
もしかすればそれは自らの身に起きた事実を相手に押し付けることの忌避と死に対する憧れに近い感情が在ったからなのかも知れない。
ガルシアの絶叫が一層林に木霊し、木々を震わせる。
「そんなにいてぇなら誰かに頼めよ。助けてくれるかも知んねぇだろ?……って聞こえてねぇか……」
ダルクのその言葉は過去の自分に向けて言った物なのかも知れない。
絶叫に夢中で自分の言葉など聞いていないのは、元より自明の理なのだから。
「……………だ」
「ん?」
ダルクは聞き返す。
何か言葉が聞こえてきた気がしたから。
そんなことある訳がないのに。
「誰が頼むか!!ぐっ、冗談じゃないッ……!!人に何か頼む位なら……死んだ方がマシだ!!」
苦しさに唇を噛みながらガルシアは吼える。
力の入った青眼でダルクを睨みつけ、その内なる炎を燃やす。
貴族として育ったプライド、子供の頃から何でも出来たことによる強烈な自負心、バレインに殺されかけたことによる無力感。
その全てがダルクの一言を拒絶した。
「そうか、残念だ……」
ダルクに似合わない厳然な……そしてどこか寂しそうな口調と共にガルシアを掴んでない左手を高く振りかぶり、全力で降り下ろす。
ゴバァン!!
人を殴り付ける音には到底聞こえない音と共にガルシアは吹き飛ばされ、ゴロゴロと何度か転がった後木にぶつかり動きを止めた。
「未だ息はあるな……」
魔人特有の鋭敏な五感によりガルシアの生命反応を感知したダルクが止めをさそうとガルシアに向かって一歩踏み出した時、それは起こった。
『許さない』
何処からともなく聞こえてくる声。
それと同時にダルクに襲い掛かる強烈な頭痛。
「ぐあぁ!!」
ダルクは堪らず膝をつき、頭を抱える。
ダルクがいつも感じるような頭痛ではなく、脳みそを引っ掻き回されるような有り得ない痛みだ。
平衡感覚すら掴めず、倒れないようにするのがやっとだ。
『それ以上ガルシアに近付くことは許さない。立ち去れ』
木の葉が擦れ合うような虫が鳴く声のような大地が裂けるような空が墜ちてくるようなそんな声だ。
その声が猛烈な敵意を含んだ声でダルクを威嚇する。
ダルクは頭痛に抗おうとするが、そうしようとすればする程頭痛は強くなっていく……。
ピピピピピ……。
試合終了のゴングが鳴り響き、ダルクがどう撤退するか痛い頭で思案し始めた途端、嘘のように頭痛が治まり声も聞こえなくなった。
ダルクはどうにも気味が悪いと思いつつ、どうにもならない苛立ちを抱きながら、城へと急いだ。
「陛下……我々に武運を……」
そう呟きながら。
……そろそろ本編を文量的に越えたかな。
全力で御詫びします!!m(__)m




