02 S級VS 傾世
情報収集というのは大変である、普通の人にとってはだが。
その点では正直裏の職についている者は楽ではある、常時している事だからだ。
ただ現在は横の繋がりである盗賊、暗殺連合会が使えない。表には出てこれない会のため秘密主義が過ぎるし、会員を脅して入りかたを知ったとしても連合会内部にあるはずである会専門の情報屋では俺の求めているこの世界の常識は売ってない。
まぁ、俺の場合分身使いまくって各地に飛ばしてりゃいいんだけど。やっぱ情報収集には人の近くに住むのが一番だよな。多角的に得るために都市に三体、地方に一体といったところか。
この世界に召喚されてから森の木々の間に身を隠しながら今後の身の振り方を考えていると疲れて来たので隣にある街道を眺める。
隠れ場所が多く盗賊等が奇襲しやすいし、魔物もいるというのだし危なくないのだろうかと思っていたのだが。町に近いため魔物の間引きもしているのだろうと納得した。盗賊に関してはもうちょい先に行ってからの方が襲いやすいだろうし、被害が少ないため黙認されているのだろう。
鑑定による能力の平均を取るためでもあるので文句はない。
それによると非戦闘者は商人がレベル2、3が多く農民はレベル5、6が多いこれは農業は力仕事が多い為と考えられ一番弱い魔物程度である。このあたりではゴブリンという魔物がそれに当たるらしい。
戦闘者はいくつかに分けられるのだが、一つ目は商人の私兵らしいいい装備をしていた者で7、8程度、二つ目は盗賊でこれもばらつきはあるが7、8程度だろう。
そして三つ目が分からないのだが、まず装備はいい恐らく使い込まれていて歯こぼれや鎧の傷が目立ちそしてばらつきはあるが決してはした金で身繕った訳ではなく随所に工夫のあとがみられる。これだけなら傭兵かとも思ったが人数やその構成が全く違う。傭兵は数で雇うためにばらで動く事や大人数で動く事があり人数は一致する事は少ないがそいつらは決まって3〜8人構成になっていて、その小さなグループの中で必ず構成がバラバラである。どういう事かというと傭兵ならば傭兵自体が軍隊の一部であるためにサブ武器はいろいろあるがメインはほぼ剣である。それに対してそういうグループはそれ自体が軍隊であるかのように役割がしっかり定まっている。回復なら回復、攻撃なら攻撃、盾なら盾という具合だ。恐らく魔物を相手取るための兵であろう。
そいつらは最も強く10越えはざらで洗練された者では20に達する者もいた。
そうは言ってもレベルは強さでしっかり分けられているようであるが、それがどんな基準でつけられているかは解らない。そのためレベルと実際の強さの兼ね合いを感覚で知るためには戦ってみるしかないだろう。
ちょうど良いのが来たみたいだしな……。ここから更に王都から離れてこっちに向かって来てる奴がいるみたいだな。
……顔を得ておいて良かった。
後ろの木陰を見ると盗賊とみられる死体が転がっていた。
――――――――――――
俺は不機嫌だった。いやもっと言うなら現在進行形で不機嫌だ。別にそれは依頼を失敗したからじゃない。それ所か大成功だ。村を犠牲なしで千にもなるオークの大群から守れれば大戦果といっても過言ではない。
ではなぜ不機嫌かというと……今から依頼で王都に向かって行ってるからだ。
冗談じゃない。戦闘バカのケルンならともかく俺は向こう一年は働くのはごめんだね。それだけ俺は今めちゃくちゃ疲れてる。なんでオークロードとか出てくんだよ冗談じゃねぇよ。
「ねぇーリーダーマジで行かなきゃなんないの?今から引き返さない?」
「バカ、イグマ。王と王女の連名の指名依頼だぞ、断れるわけねぇだろ。」
「それでもさー俺とリーダーとバレインとガルシアだけで先遣隊っておかしくない?リタとハッシュは?」
リーダーは興味を失った様子だったのでガルシアに目で聞くと。
「メルトはリーダーだから当然。バレインはサブリーダーだし当然。俺は魔術師だし頭脳担当。お前は周辺警戒。 だってお前忍びだろ?後はどうでもいいから観光したいって言ってたからすぐあとを追いかけてる筈だ。教えてやったんだから黙って歩け。」
「はいはい俺も羽伸ばしたーい。」
ハッシュ達だけいい思いさせてたまるか。という思いで俺が手をあげながらアピールするとリーダーが。
「解った解った次は断ってやるから。もうS級になったし大抵の指名依頼は断れるしな。」
と苦笑しながら約束してくれた。
自己主張してみるもんである。
S級、素晴らしい響きだ。冒険者は普通F〜A級までで区切られている。加入したばかりがFで採集や雑用の仕事をいくつかこなせばEになる。そして魔物退治の依頼をいくつかこなせばDだ。後は昇段試験に合格していけばAまでは上れる。しかしS級に上がるためにはギルドに規格外の認定を貰わなければならない。
そのためS級は現在俺たちを含めて四組しかいないが実力はピンキリである。勿論残念ながら新入りの俺たちが一番下ではある。しかしS級はS級特典盛りだくさんなのだ。一代で名前だけではあるが貴族を名乗れるし、ギルド使用料はタダだし、断れる依頼もふえる。すばらしい制度だと思う。休みが多いという所が特に。
すでに思考は宿屋でゴロゴロしている場面にとんでいたが、前方からの大声で無情にも現実に引き戻された。
「貴様ら金をだせ!大人しくすれば命だけは助けてやる!」
……おかしい。何がおかしいって俺の警戒をすり抜けたことだ。
俺は確かに不注意だったかも知れないがそれは常時発動型の気配察知の効果範囲内に敵勢力がいないことを確認して、だ。
現在俺の気配察知のレベルは50を越えており一流だという自負すらある。
その俺の警戒をすり抜けるには隠身を俺より高いレベルを持っているか転移でここに現れるしかない。それかぜってぇあり得ないが俺が見逃したか…だ。
審眼を使って得られる情報もレベル7の盗賊というふざけた情報だけである。 動きも素人臭いがそれすらも違和感しかない。演技すらも俺の看破を上回るというのだろうか。
「リーダー、感覚は全てこいつは安全だって言ってるけど……こいつたぶん強い。」
低い声で注意するとリーダーも警戒したのか同じく低い声で返す。
「解った。審眼にゃないが信頼する。」
「メルト。金だせって言われてるけどどうする?」
恐らくガルシアも分かっているのだろうが明るい声だ。素知らぬ顔をして現れた恐怖を吹き飛ばそうとしているのだろう。
そしてそれはリーダーも。
「決まってんだろ?常識のねぇガキにぁ、取っ捕まえて尻叩きだ!」
―――吼える。
リーダーとバレインが同時に飛び出す。
「チッ。こんな時リタがいれば強化できたんだが……。《水刃》」 いつもリタのかけるパッシブスキル無しに化け物の相手は厳しいが無いものを嘆いている暇はない。
ふたひらの水の刃は盗賊を牽制する。レベル7なら即死させる魔法だが盗賊は完全に見切って足元を狙うそれを洗練された数歩でかわす。マジであり得ねぇ。レベル60越えの忍の俺ですらその動きはムリだ。
盗賊は長い詠唱に移ろうとする魔術師に投げようと避けながらクナイを取り出そうとするが、その時にはもう……。
「《能力活性》《豪魔の巨腕》《重禍撃》うおらぁ!」
リーダーは配置につける。リーダーの右手があり得ない程に膨らみしかしそれでいて筋肉質な腕は邪悪なオーラを纏っている。
悪魔の腕というに相応しい(本当に悪魔は宿っているのだが)腕は空気をも巻き込みつつ盗賊に唸りをあげて叩きつけられる。
それを盗賊はかわしつつ上空に跳んで逃げる。だが狙いはそれじゃない。リーダーは巨腕で追撃するため上空の盗賊に向かってバレインを魔術師と盗賊を挟んで一直線になるように打ち出す。これをするために巨腕にしたのだ。
「《孤月》《蛍雪》」
二刀の刀それぞれでバシリスクを一撃で打ち沈める程の威力を持つ技は、打ち出された勢いと盗賊が落ちる速度を利用して二倍のスピードと速度に伴うパワーで盗賊に襲いかかる…………筈だった。
自らに飛んで来るバレインを見た盗賊は空間魔法で出来た真っ黒な歪みから魔剣を取り出すと、三閃。二刀の技を防ぐとたった一刀を持ってバレインを打ち沈めた……。
あり得ない!あの刀技大会で準優勝したバレインの一撃をたったあれだけで!?
「うそだろ……。」
大丈夫まだ息はある。気配察知による情報に安堵しているとガルシアの詠唱が終わった。
「《ホーリーブロウ》」
放たれた極太のレーザーは真っ直ぐに空中にいる盗賊をめざして串刺しにかかる。剣では防ぐことの出来ないそれは俺たちの切り札の一つだ。
「狙いはいい。チームワークもいい。だが…………駄目だ。」
盗賊はおもむろに右手を一撃に向かって突き出すと唱える。
「《邪悪なる帝撃》」
意図的に選んだのか真っ黒な極太レーザーは白いレーザーでは受け止めきれずにガルシアに着弾する。ホーリーブロウで威力は軽減されてるはずなのに岩盤がめくれ上がる程の威力に身震いする。
……今だ。
「《キャスリング》」
バレインと俺の位置を入れ替える。このためにリーダーは一直線になるように投げたのだ。この後ろを向いてレーザーに対処するという確実な隙を生むために。
ガルシアもバレインもまだ死んじゃいない。だがな、それでも大怪我させられた怨み晴らさせてもらう。
「もう戦えねぇと思って油断したろ?後ろがお留守だぜぇ《虚実空全斬》」
戦闘が始まってからチャージしまくったこの一撃は間違いなく今までで最高の一撃だと断言出来る。
首もとに吸い付くように決まる一撃はリーダーの暴走時の一撃よりも上だ。しかしその直前の無粋な声に阻まれる。
「《ネガティブバースト》」
全方向に拡がる悪の波動は容赦なく俺の一撃ごと俺を吹き飛ばし、それでは足らんとばかりに俺の意識さえも刈り取って行った。
――――――――――――
レベルとはやはり相対的なものにすぎないなレベル1の俺で戦えたのがいい証拠だ。 「みんな………くそっ…化け物が!この仇討たせて貰う!後のことなんざ構うか!《能力最大活性》《完全変化豪魔》《纏禍》」
みるに活性というのは能力を強制的に上げるものだな。ここまでブチブチと筋肉の断裂音が聞こえそうだこいつは魔物が取り憑いてる……いや融合してるみたいだな。さすがにその状態で理性を保つのはキツいだろう。
人体では出し得ないスピードで迫り来るこいつをどうしようか一瞬考え切り捨てるのも無粋か、と結論を出す。
「《呀突》」
あいつと土煙を吹き飛ばした俺はまだ少しずつ息があるこいつらの息の根を確実に止めようと近くの魔法使いに歩み寄る。
「ま…て」
へえ、まだ動けたとは。少し信じられないな。
――――――――――――
怖くないと言ったら嘘になる。だが、こいつらを喪うは死んでも嫌だ!
だから引けない!
一片の可能性にだってかじりついてみせる。
「俺とサシで勝負しろ。俺一人の命で勘弁出来ねぇか?」
俺は死ぬだろう。だがこいつらを喪う訳にもいかない!
「意外だな俺と同じタイプかと思ってたんだが。」
震える足を無理やり黙らせ立ち上がる。
「ペッ…てめぇと同じだなんて願い下げだな。」
唾吐こうと思ったんだが上手くいかず出て来たのは血と痰の塊だった。
「そりゃ残念だ。いいだろうこいつらには手を出さないでやる。」
俺も忍びの端くれ、嘘だ。分かる。全員始末する気だ。嘘だと分かるように言うのがたちが悪い。相手には最悪の嘘を。俺もやって来た忍の常識だが面と向かって言われると腹が立ってしょうがないな。
「助かる。」
「フン。」
俺の皮肉が気にくわなかったのか奴は鼻を鳴らした。ざまぁみろだ。
「いくぞ。」
返事を待たず突っ込んだ策も何もない。こんな化け物策なんて立てるだけ無駄だ。
「いいだろう全力をもって殺してやる。」
その瞬間闇を見た。果てしない闇を。突如夜になったかのような暗い闇だ。
殺気が痛い程貫くとかそんな生易しいもんじゃない。いや、殺気などと呼ぶ事すらおこがましい。
「くっ!うらぁ!」
今まで培って来た全てはコイツには通じない。
リーダーと一緒に練習した体当たりも、バレインさんが教えてくれた一文字も、昔死ぬ程反復した首切りも。せめて一撃。情けない話だ。だがそれで許して欲しい。
「影分身!」
全快ならそっくりなのが作れたんだが今は本当に影だ。
「うおぉ!」
三体の影と一緒にバカみたいに突撃する。一体が上段蹴りで消え、もう一体も。影を突き抜けた拳は勢いそのまま俺にも襲いかかる。
「ぐはぁ!《キャスリング》」
拳をしっかり体内に収めながら残った後ろに回ったもう一体と入れ替え、最後の力でクナイを奴に差し込む。
「……駄目か。」
その手はしっかり手首を捕まれていた……。
「惜しかったな。…チッ!」
止めをさそうとしていた奴は大きくとびすさった。
「《投げ斧》大丈夫か皆!」
ハッシュか……助かったハハ、後少し遅れてりゃ死んでたとこだ。
「回復も来たか……面倒くさいな。調査は済んだし引くとするか……。」
圧倒的な存在感は現れた時と同じように忽然と消え失せた。
「皆!待って今回復するから!」
最初に回復をかけられた俺は回復特有の暖かさと共に意識を手放すのだった……。
S級って強いですからね?(一応念のため)