101 盗賊ギルドVS暗殺ギルド
盗賊ギルドアジトであるこの場に置いて数多の注目を受ける者が1人。全員の視線が集中している中目に涙を浮かべながらその男は懇願する。
「たっ助けてくだせぇ!あっしは別に裏切った訳じゃあ!」
男の名前はサルバドゥージと言った。盗賊である。草原に生き、あちこち駆けずり回り、行商人を見つけ、仲間に報告し、奪い、蹂躙する。そんな奴らの1人。ここら一帯を根城にしてアメーバの様に薄く広がる盗賊ギルドの構成員だ。
「ただあっしの報告に本体が間に合わなかっただけで!」
サルバドゥージは見張り役として各地に点在する者の1人。地位はそれなりで、幹部ではないものの新入りを扱き使える兄貴分であった。獲物を見つければ部下を叩いて報告に行かせ、本体が頂いた獲物のお零れに預かって部下の分をピンハネし、浮いたお金で街の女を買う。そんなサルバドゥージのステキな生活サイクルは此処で終わろうとしていた。
命の終焉を持って。
「あ?間に合わなかったで済むと思ってんのか?獲物を食いっぱぐれちまったじゃねーかよ!」
答えたのは盗賊ギルドのボス。皆が今度はそちらを向けば、尊大に執務の椅子に座るボスと、その傍に上等な執事が着る様な燕尾服を着た小綺麗な30代から40代の中年が立っており良くない雰囲気を漂わせている。
獲物を見つけて連絡させるのはいつもの事。それが間に合わず空振りするのもまぁ、いつものことと言えばいつもの事。
サルバドゥージが不運だったのは、その空振りした本体に“ボス”が居た事。そして、その時“ボス”が不快な気分になってしまったという事。
「だからこんなのいつもの事で!あっしが罰を受ける様なことじゃあ!あぁ!そうです!本体の報告受けたヤツが悪りぃんです。そいつがトロトロしてやがったから!」
「あ?」
当時『見張りから報告を受けていた』ボスは額に青筋を浮かべると、酷薄な目をサルバドゥージに向けた。良くない雰囲気を察したサルバドゥージは勢いよく立ち上がり、踵を返して一目散に駆け出した。
「あぁ、いやだ!助け……」
「……やれ」
いや、正確には駆け出そうとした。しかしその前に無慈悲な宣告が下される。
ザシュッ。
何かが潰れた様な音を立てて、サルバドゥージはその場に倒れる。生涯を終えたその身体には紫の巨大な羽が突き立てられて居た。
「ヒェ……」
辺りを取り巻く観衆が浮き出し立ったのはサルバドゥージが死んだからではない。彼らにとって死は人より近い存在であり、仲間が死んだことに対して悲しみはすれどその死を怖がる事などない。
彼らが恐怖を抱いたのはボスの隣に侍る中年の男だ。普段物腰が柔らかく、特に筋肉のないほっそりとしたその男は皆から恐れられるなどという事はない。その為、ギルドの若い奴らからはボスの秘書の様な扱いを受けていた。
しかし、その彼は今、異形の姿へと変貌していた。背中から紫色の翼が生えていたのだ。その姿はまるで邪悪な天使。ニヤリと歪めたその笑みは悪魔の様にも見えた。
「チッ、オレ様の部屋が汚くなったな。誰か片付けとけよ。ヨナス、外回り行くぞ。付いて来い」
「畏まりました」
ヨナスはそう言うと出していた翼をすぐさま消し自らのボスに対して恭しく一礼をした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「しかし、宜しかったのですか?彼を始末して」
廊下を歩いている途中でヨナスは周りに部下が見えなくなるとボスに話し掛けた。此処は森に出来た鍾乳洞をアジト代わりにして色々と改装した場所なので廊下がいやに長く、移動時間が若干手持ち無沙汰でもあったからだ。
「あん?どういう意味だよ」
先程のことを引き摺っているのかボスは不機嫌そうな顔でヨナスを睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風といった風にすました顔で話を続けた。
「いえ、暗殺ギルドに喧嘩を売ったというのに自ら戦力を減らして良いものか、と思いましてね」
先日あった代表連絡会に於いて盗賊ギルドは暗殺ギルドに喧嘩を売った。宣戦布告をした訳では無いが、暗殺ギルド代表の『虚無』を売女と罵り、現在シノギについてもあてを拡げ、暗殺ギルドとかち合いつつ有る。いつ襲われてもおかしくない緊張状態にあるハズだ。そんな中で悠長に味方の戦力を減らして居られるのがヨナスにとって非常に謎だった。
「あん?ヨナスてめぇ。まさかオレ様に指図するつもりか?」
ボスが睨みを効かせるが、当のヨナスはどこ吹く風といった風にサラリとした顔でボスの睨みを受け流した。
「いえいえ、その様なつもりは毛頭御座いませんよ。ただ先代から預かったあなた様のその身を案じていたまでのこと。その様に受け取られたならば正式に謝罪致します」
ペコリと頭を下げるヨナスの姿に明らかに反省の色は見えなかったが、追及するのもバカらしくなったボスはチッ、と舌打ちを1つして手打ちにする。だが、釘を刺しておくことも忘れない。
「それなら良いんだけどよ。これ以上巫山戯たこと抜かしてっとてめぇも潰すぞ」
ボスはどうにもこのヨナスという男が苦手だった。命令は守る、忠誠はある。だが、そこに敬意が無い様に思えてならない。そもそも前の盗賊ギルド長だった父が死んだ時、かなりの古参だったヨナスが推したのが今のギルド長だ。当時は他から猛反対されていたが、ヨナスの武力の前に反対意見は黙殺された。ボスは当時は傀儡にでもされるのかと思っていたのだが、今ではボスに甲斐甲斐しく世話を焼いているのだから違っていた様だ。いつも居ない父とは違って良く遊びに来ていた親の様な気がしてボスはどうにもこのヨナスという男が苦手だった。
「おお、それは怖い怖い。あなた様も気迫という物が出て参りましたなぁ。寒気がします。しかし、やはり暗殺ギルドに対して強行路線を取る様になられたのはあの例の男のせいですかな?」
ヨナスはやはりいくらもこたえて無さそうな顔で怖い怖いと言いながら、続けて若干胡散臭そうな顔でボスに話を向ける。例の男というのは半月ほど前に突然現れた男のことだ。圧倒的な力を見せた後盗賊ギルドと同盟したいと言い退けた。要は自分の力を貸す代わりに外部の協力者としてある程度の地位を寄越せという契約だ。
「まぁ、元々あのババアは気に入らなかったし、いつか消せる様に準備してたんだがな。それがアイツのお陰で早まっただけだ」
幾ら胡散臭かろうがあの力は喉から手が出る程欲しい。そこで地位を得て何をするのか聞いたのだが帰ってきた答えが「地位を得るのも、地位を得てからの動向も、全てはバルサム様の御導きのままに」というクレイジーな答えだった為にどうなるか分からない所では有ったが暗殺ギルドを排除する為にボスは組織の長として手を取ることを決めた。
そんなことを思い返し、入り口まで来かけたことで、見張りを叱咤しようとボスはヨナスとの会話を強引に終わらせた。
「だいたい戦争だぁ?あのババアにそんな気概も体力もねぇーだろうよ……」
その時だった。そうやって吐き捨てる自らの上司にヨナスが苦言を呈そうとしたその瞬間、異変は起きた。
バーンとも、ドーンともつかぬ様な重低音の腹に響く破裂音が先程まで2人がいた方からしたかと思うと、辺りは一時騒然となる。続いて怒号と、物が壊れる音、そしてまたさっきの破裂音が何度もしたかと思うと暫くして不気味な程静かになった。
「どうした!?」
前方から顔を真っ青にして走って来る下っ端に向かってボスが怒鳴るが、そいつは一切答えず死に物狂いで駆け去って行く。
何を逃げている!、だとか逃げるな!、だとかの言葉を怒鳴ろうとしてボスは駆けてきた下っ端の後ろからもう1人走って来る男の気配を感じ黙って振り返った。男もここに居る人に気付いたのか速度を落とし、歩く。
コツンコツン。
血の凍る様な緊張感の末に姿を現したのは1人の男。その男は、ボスから見える範囲にまで来ると、入り口から射し込む光を眩しそうにめを細めながら一瞬目のあたりを手で覆って、そのまま自然に手につけた皮の手袋を両手で一度二度と引っ張る。そいつはなんの冗談かハードの付いた黒いロングコート、指先が覆われてない黒の革手袋、黒いリネンのシャツに黒いズボンと全身をツヤの消した黒で合わせた真っ黒な陰気臭い男だった。
「やりなさい!」
ボスが一瞬その異様な格好に怯む中、ヨナスが見張りの男達にハッパを掛け、2人居た見張りが各々の武器を構えて臨戦態勢を取る。2人とも盗賊ギルドの顔となる見張りを任されるだけあって恵まれた体格に屈強な筋肉を備えた偉丈夫だ。対して男は痩せ型の小さい柄のふとしたらまだ十代にも見紛う様な幼い顔した青年。負けるはずがない。
ならば何故、先程大の男が血相を変えて逃げ去っていったのか。ならば何故、男の後ろから助けが来ないのか。そんな疑問を頭から強引に振り払ってボスは見張り2人の勝利を信じた。
「フン!」
見張りの2人は期待に応えようと筋肉を隆起させ槍を握り締める。盗品の中から厳選したそれはそこらの名刀にも劣らない代物だ。対して男は右腕を2人の方向に向けて上げただけ。その差は歴然。既に勝負は決まって居る様なものだった。
その音が響く迄は。
パン、パーン!
その音の残響は痛い程に洞窟内にブチまけられそしてその音が止む前に2人の男は地に倒れた。ボスは聞こえる筈のないバタリというその音を聞いた気がした。それで、終わりだった。脳幹を撃ち抜かれ、血を吐き出すだけの死体が2つ。それが先程ボスが見た希望の正体だった。
「コレはッ……!
成る程ぉ。貴方は呪術師でしたか。魔法使いの中でもまた異端。私も見たのは初めてです」
呪術の歴史は古いが、その技術は拙い。多くが迷信であり、効果のない信仰の様な物だった。然し、始原魔法を取り入れ、研究と推敲を重ねたそれは一種の魔法と呼ばれるまでに昇華された。だが、始原魔法が廃れると共に衰退して行き現在は扱える者はごく僅かしか居ない。その中には奇怪な技も数あると聞く。目の前の青年が使ったのはそれだろうとヨナスは当たりを付けた。
「しかし!そんな過去の遺物!この私の最新の魔法具には敵いません!『破邪の胸当て』!『静謐なる指輪』!『紫紺の翼』!いずれも超が付くほどの一級品!その威力、とくと」
パーン。
また先程と同じけたたましい音が反響し、青年は煩そうに耳を抑えた。ヨナスの悲鳴は反響に掻き消され、そのままの勢いで倒れた。ヨナスから飛び散った血の飛沫が一滴ボスの頬に付き、血の匂いがより濃くなる。いつも嗅いでいたその匂いは、衝動的な恐怖を呼び覚ましたのだった。
反響が収まった時、洞窟内の奥からまたコツリコツリと小走りに走ってくる音がする。もしや味方か、とボスは淡い期待を抱くが、現れた男は全く知らない男だった。
「こっちは確認終わりやした。特に生き残ってるやつあ居なかったみてぇですぜ?」
新たに現れた男はそう報告し、ボスを絶望へと叩き込む。あれだけ集めた手駒が全滅しているという最悪の知らせに、次は自分であるということを深く理解させられた。
「分かった。あーと、エリオット、だっけか?」
「ええ、合ってます。リュウジさん。それで、そいつは何なんです?」
エリオットと名乗る人物はボスのことを指さすと、青年は思い出した様に向き直る。どうかそのまま忘れていて欲しかったのだが、現実はそう上手くは行かない。リュウジと呼ばれた青年はコツリコツリと死体を避けながら残された最後の1人に向かう。
ここで、自分の命が終わることをボスは確信した。今まで沢山の命を奪って来た様に、自分もまた命を奪われるのだ。ボスは自分でも情けないことに、死の恐怖で動くことが出来なかった。ただ一歩一歩近づく死を眺めることで精一杯だった。
リュウジと呼ばれた青年はボスの目の前まで来ると腰をかがめ掌を差し伸べた。
(今までコイツは殺す前に必ず掌を向けていた!もうダメだ!殺される!)
差し出された掌に怯え、震えて最期を待つボスにリュウジは穏やかな声でこう言った。
「大丈夫かい?“お嬢ちゃん”。何処かケガはないかい?」
少女はポカンとした顔で産まれて初めての敬語を使った。
「あ、はい。大丈夫です」
いつも自分より下か、同格の相手しか居なかったお陰で今まで使うことはなかった敬語だが、少女は知っておいて良かったと頭の隅で考える。呆気に取られた少女の前でリュウジは心底ホッとした様な顔をする。そして質問を重ねた。
「名前は言えるかな?」
「ミア……です」
「年は?」
「8さい」
ミアが6才の時に父が死に、ヨナスが猛反発する周りを抑えつけ、無理矢理ミアを後継者としてギルド長の座に付けてから2年になる。
「お家、分かるかな?送ってってあげるけど」
家は今壊されました、とは流石に言えず。ふるふると首をふる。そして、ここに至って漸くミアは気付いた。この男は何かを勘違いしているのではないかと。このまま行けば何とか助かるのではないかと。
「そっかぁ、村とか街の名前も?どっちの方から来たのか分かる?」
ミアはまたふるふると首をふる。だって、ここだし。
「うーん、どうするか。この子。此処に置いて行く訳にも行かないし…」
困った様に頬を掻くリュウジにエリオットが遠慮がちに話しかけた。
「あー、なんなら『捨てがまり』(ウチ)で親が見つかるまで預かりましょうか?ウチは何かと若い組織なんでこんぐらいのガキも居ますし」
「ああ、それは助かる。ウチの商会からも一応幾らか資金は出すから。じゃあそういうことで頼む。じゃあね、ミアちゃん。このお兄さんがミアちゃんのお父さんとお母さんが見つかるまで面倒見てくれるそうだから。早くお父さんとお母さん、見つかるといいね」
(死んでるし、一生見つからないだろうけどな)
何度も言うが父が死んだことで血筋による継承でギルド長をやっていたのだ。既に死んでいる。因みにミアは母には一度も会ったことはない。
「あー、良かった。見たところ攫われただけで外傷もないみたいだし。人の死体見てトラウマにならなきゃいいけど……」
心配そうにミアを見つめるリュウジの姿に先程までの迫力はなく、顔が幼いのも相まって未だ十代の様にも見える頼りない、されど優しい姿がそこにはあった。
「しかし何でこんなガキがこんな所に居たんですかね?」
(い、嫌な所に気付かれた。頼むぞ、バレんなよ……)
エリオットが不思議そうにミアの方を見て、ミアは冷や汗を再度かく。しかし、またしても救ってくれたのはリュウジだった。
「身なりが未だ崩れてないみたいだから外から連れて来られたんじゃないか?良かったよ。ギリギリ間に合って。
まったく、嫌になる。こんな小さい子が他所に売られていくなんて奴隷として生きていく所だったなんて。簡単に殺して損したな。この盗賊ギルド全員とギルド長をズタズタにしてやりたくなった」
疑いは晴れた様だが何故かミアの冷や汗は止まることは無かった。むしろ増した。
「まぁ、でもこの子も居るし今から盗賊ギルド長を追うって訳にも行かないな。姐さんからは再起不能になる様に叩き潰せって言われただけだからこれでも充分だろ。
チッ、それでもしくじったな。こんな事なら確実にギルド長が居る時にやれば良かった。報いを受けさせられないなんて……」
(クッソ、仕掛けて来たのは暗殺ギルドのババアかよ。こんなに強かったんなら言っとけよあのババア!)
この時漸く事の真相に辿り着いたミアは歯噛みして悔しがる。一歩間違えれば死んでいた。逆らわなきゃ良かったと心底思った。
「いや、でも結構日常茶飯事ですぜこんな事。ウチにも元奴隷で逃げて来た奴とか居ますし。元がひでぇのもチラホラ。どこもだいたいこんなモンじゃねぇですかね」
「やり切れねぇな。今回の姐さんからの報酬はお前にやるよ。そいつらの為に使ってやってくれ」
「え?いや、そりゃありがてぇですけどかなりの金額だ。少しくらいとっといた方が良いんじゃねぇですか?」
「人を殺して得る報酬なんか持ってたって使えねぇよ。人を殺して得た金は人を救う為に使うことにしてんだ。だいたい金なら商会の方で稼げば良いしな」
「そういうことなら……。んじゃ、ありがたく」
そこまで話してリュウジはミアが置いてけぼりになって居たのに気付いたのか。しゃがんでミアと同じ目線まで下がると優しげに謝罪した。
「ごめんね。分からない話しして。じゃあ行こうか。こういう所はとっても危険だからもう二度と近づいちゃダメだよ?」
「はあい」
ミアはこの後、2人に連れられながら延々と怪しい人にはついて行ってはいけないと注意を受けた。




