SS
まだギリ
クリスマスだよね!
――――もしハッシュがナンパをしたら――――――――
クッソー、メルトの奴!ナチュラルに俺に女経験が無いみたいな態度しやがって……。見てろ、直ぐに彼女作って見返してやる!
俺はメルトの調略相手を惚れさせる時に一切俺の名前が出さないという屈辱的な態度に密かにキレると必ず見返してやることを決意する。
まぁ、経験が無いのは無いで間違ってないんだけど……。それはそれ。作らなかっただけでその気になれば簡単に出来る……ハズである。
女、女はいねぇかー、とハッシュが何処かの鬼みたいに目を皿の様にして町の大通りを歩くと向こうから商人の娘だろう。中々身なりの良い女の子達が5人程で徒党を組んで歩いてきた。
これだ!と確信したハッシュは手を振りながら近寄って声を掛けた。
「ねぇねぇ!其処の女子達!俺とお茶しない?」
その女子達は一瞬怪訝そうな顔をすると、全員の視線が――恐らくリーダーなのだろう――中心に居た金髪の少女に集まる。
金髪の少女はハッシュを上から下までじっくりと吟味をする様に見て、にっこりと笑った。
「元気なコね。ふふっ、良いわよ。これから私達行き付けのお店に行くの。一緒に来る?」
「勿論っ!」
え?女子の方から提案来たよ!これってもしかして脈あり!?
これは今日の内に彼女とか出来ちゃったりするかも……なぁんてな。
――
「嘘っ!何これ凄い!夢みたい!」
残念ながらこれは俺の声である。決して俺のサプライズに驚いた彼女達の反応ではない。
「ありがと、そう言われると私達も嬉しいわ」
それも仕方が無いだろう。
「まさか行き付けのお店があのエンシェロキャトルだったなんて……」
エンシェロキャトル。
牛料理は粗野の市民向けの料理という固定観念を吹き飛ばした伝説を持つ店。多くの大商人の舌を満足させ、遠方から貴族もやって来る癖に小規模営業とかやってるせいで街で一番予約が取りにくい店。
ハッシュもいつか行こうと思っていたのだが予約が中々取れず断念していたのだ。
しかし、そんな店を行き付けとはこれ如何に。常連になるのすら難しいだろうに、
「ヒルデガンドがこの店の娘なのよ。それで週に2、3回お邪魔させて貰ってるの」
少女は青髪の少女を前に出すとそう言った。
ヒルデガンド有り難う!!
この幸運に感謝!
三月予約待ちとかザラなのに。それを週3?連絡手段が徒歩か馬くらいしかないってのにわざわざ予約だけを入れに来る従者とか可哀想過ぎるだろ。もしや予約が取りづらいのってコイツらが入り浸ってるせいじゃないだろうな。
「御注文は何になさいますか?」
パリッとした服を着たウェイターがスッとメニューを寄越して聞く。
対して此方はいつもの革のジャケットだ。その洗練された姿に恥ずかしくなる。もっとちゃんとしたものを着てくれば良かった。いや、今からでも遅くないか?
「んっとね、コレとコレとコレ」
コースでも頼めば良かったのだが、流石に高い。それにまだ日は高いしご飯という時間でもないしな。
「畏まりました銀貨2枚と銅貨3枚になります」
「ハイ」
革袋から指定された硬貨と多少のチップを店員に渡す。存外安い。いや、1食分としては十分高いんだけど。入れ食い状態なんだからもうちょっと吹っ掛けても良い気がするんだけどな。
暫くして料理が運ばれて来る。
俺が頼んだのはステーキとスープとシチューだ。旅で皆の胃袋を預かる俺に取って一番参考になる可能性が高いからな。
料理の中で一際目立つのはステーキだ。デカイ平皿の中央に綺麗に整えられたミディアムレアのステーキが鎮座していた。平皿のステーキは端の方の緑、黄色、黒、赤と色鮮やかなソースによって彩られていて、見た目にも楽しい。
先ず牛肉の下味が気になった俺はナイフで1切れ切ってそのまま頬張る。
瞬間、鼻に抜ける仄かな赤ワインの香り。続いて口の中でほろりと崩れる牛肉。筋の切ってある牛肉はあまり噛まなくてもその肉汁を盛大に口の中に撒き散らしてくれる。皿に牛肉自体が驚く程柔く、そして甘い。
ナニコレうまい。
使われてるのは塩コショウにバターに臭み消しも兼ねて赤ワイン。しかも相当高い奴。レアって言ってもしっかり中まで火が通ってるな。火加減が絶妙なのか、はたまた何か特別な調理法なのか。旨いのは旨いんだけど、使えねぇなコレ。こんな遣り方出来るのはかなり良い肉使ってる証拠だ。何か言ってて悲しくなるが、魔物の肉すら食わなきゃならないしがない冒険者の俺とは雲泥の差だ。肉が甘いなんて初めて知ったよ。
ソースだけでも下見しておくか。緑は……成る程ハーブ系か。何時も食べる味だな。味付けとして良くある奴だ。
黄色は……酸味。柑橘系か?この酸味はレマンだな。かなり強い。あの牛肉の濃厚な味もあっさり食べれそうだ。
「不思議な食べ方をするのね」
赤色のソースに手を付けようとした所で金髪の少女に声を掛けられる。多少の鬱陶しさは感じなくもなかったが、元々の目的はこっちだ。俺はステーキから目を離すとナイフを置いて手をグッドの形にする。
「ああ!俺の将来の夢は料理人だからな!こうやって勉強してるんだよ!……えっと、」
「フロジーヌよ。そう言えばお互い自己紹介も未だだったわね。あの緑の髪の娘がヘレナ。このピンクの娘がホイットニーよ。あなたの名前も教えて貰っても良いかしら」
金髪の少女改めフロジーヌは少し考えると自己紹介をし、残りの少女を紹介した。
俺は誘っておきながら自己紹介を忘れていた失態に気付いて顔を顰めるが、その失点を取り返すべく慌てて自己紹介をした。
「俺の名前はハッシュ!今は冒険者で、将来の夢はさっき言ったみたいに料理人だ!現在絶賛独り身中!」
決まったと思ったのだが、フロジーヌは俺の自己紹介を聞くとほんの少し眉を顰めると不満気な声で言った。
「冒険者をしているとみんなそんな言葉遣いになってしまうの?せっかくあなた可愛いのに、そんな口調じゃパートナーを捕まえられないわよ?」
か、かわいい?
それ男に対する誉め言葉じゃないと思うんだが……。メルトなんかに言われた日には問答無用で吹き飛ばしてる所だが、女の子だしな……。
パートナーを捕まえられないってやっぱ柔らかい口調の方が女の子受けが良いのかな。
「わ、分かった。頑張ってみる。みます?」
生まれは村の田舎育ち、冒険者で荒くれ者とおおよそ敬語とは程遠い所で過ごしてきた俺はこの程度の敬語が精一杯だ。機嫌を損ねないでくれると助かるんだけど。
「ふふっ、その調子」
そんな心配は無用だった様で、フロジーヌは微笑むと更に続けた。
「それにしてももう自活しているだなんて凄いわね。私達じゃ考えられないわ」
フロジーヌの顔を見れば皮肉でも何でもないのが分かる。それでも疑ってしまうのはただの貧乏人のコンプレックスだ。今回は素直に受け取っておく。
「あたぼーよ!手に職ってことなら仕立てに料理、掃除。何でもござれだ!特に料理はドラゴンさえも虜にするってもんよ!あ、です?」
「ふふっ、それは凄いわ」
「まぁ、本当は冒険者なんかしなくて良いんだが……。ほれ、其処はアレだよ。名店巡りの護衛的な……」
最後ゴニョゴニョと口篭るハッシュは話題を変える様にフロジーヌに話を向けた。
「俺からしたらフロジーヌ達こそすげぇよ。こんな凄い店の常連だなんて……。何やってるんだ?」
「私は仕立て屋の娘よ。一応ウチは貴族御用達なの。ヘレナは食料関係の商会の娘、この街で3番目のかなりの大手よ。ホイットニーは雑貨店の娘で……」
話題を変えるのは成功した様で話は盛り上がった。特にフロジーヌの父親の商会は無学なハッシュでも知っている程の大手でビックリした。
ワインを追加で注文し、更に話は盛り上がる。
――――30分後――――――――
「いやいや、それじゃ染みは落ちないんだぜ?そういった油汚れにはクコの実が効くんだ。ソイツを磨り潰して出来た汁を染みの所に染み込ませて要らない布か何かで叩くように」
「へー!知らなかったわ!家に帰ったら早速やってみるわね!」
――――1時間後――――――――
「良く見たらそのレースの編み方見たことないな。ちょっと良く見せてくれるか?」
「ええ、良いわよ」
「えぇっと、これがこうなって……。ちっとやってみるか。確か鞄に今朝リタの服の破れを隠したレースの余りが……。あった。編み上がりは、こんな感じか?」
「凄いわ!そっくりよ!是非ウチで働かない?待遇は保証するわ!」
――――1時間半後――――――――
「それでその彼がボディタッチが激しくて……」
「あー、そりゃ止めといた方が良いわな。どうせそんな男は体目当てだろうし」
「やっぱり?」
――――2時間後――――――――
「それでその豚貴族の転び様と言ったらまるで本物の豚みたいだったわ」
「ぶひー、起こせぶひー」
「ぷはは、やめて笑っちゃう」
――――2時間半後――――――――
「あらもうこんな時間。もう帰らなきゃ。凄く楽しい時間だったわ。また機会が有ったら話しましょう?」
すっかり日が沈み掛けた夕刻。店の時計を見てハッとしたフロジーヌはそう切り出した。
「おうよ!」
「今日は新しいお友達が出来て嬉しかったわ。ウチには気兼ねしないで何時でも遊びに来てね。ハッシュ“ちゃん”」
店の前で名残惜しそうに俺の手を握るフロジーヌ達に俺も名残惜しい気持ちで一杯だ。
「ああ!今日は俺も楽しかったよ!またな!」
ハッシュはバイバイと去る新しい友人達に手を振りながら何か引っ掛かりの様な物を覚えた。
「あれ?俺って何をしようとしてたんだっけ……?……ま、良いか」




