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「東京大本営より入電しました『ヤヲハナテ』以上です。」
烏作戦の作戦開始暗号をヘルシンキの特騎隊第一大隊司令部では受信した。
「第一中隊の車長以上を会議室へ。」
「はっ!」
安藤重彦大尉以下の第一中隊が会議室に集合した。
「さて、かねてよりたてられていた烏作戦に発動命令が下された。作戦の確認をするぞいいな。」
全員がメモ帳を出した。
「まずは最新のクレムリン情報だ。諜報員からの情報だとここ、見えない奴は前に来い。」
クレムリンの地図を指揮棒で指した。
「大クレムリン宮殿と大会宮殿の間、ここに防空壕があるそうだ。そうだと言うのはもう分かってると思うがスパイ情報に確実な物などない。そして作戦の内容を説明するぞ。まず晴空でビリーコエ湖まで移動、そこから四輪機動車でモスクワを目指すわけだが当然燃料はギリギリだ。そこでモスクワに入る前に一旦燃料を補充する、これは各車ドラム缶を積んでいく、これに関しては後で説明する。そして部隊は拉致隊、予備突入隊、指揮隊に別れる。それぞれ二個、二個、一個の小隊で組む。先程の予備燃料は指揮小隊、予備突入隊は拉致隊の補給ができるよう多めに持っていく。そして指揮小隊だが安藤大尉が無線で拉致部隊を調整してこの私が基地から作戦全般を調整する。尚現場では高島中尉が拉致隊、小野島中尉が予備突入隊を指揮することになる。ソ連軍を装ってのモスクワ侵入からモスクワ脱出までは二時間もかからない、良いか、ミスは許されない戦いだ。必ず村松を連れて戻ってこい!作戦開始の合言葉は「ロンバルディア」とする。無線通信の各部隊のコードはここ司令部はロレンス、拉致隊はロミオ、予備突入隊はジュリエット、指揮小隊はシェイクスピアとする。」
「はっ!」
「出発は午後五時だから四時間後だ。用意しろ。」
「はっ!」
会議は終わった。
「おーい、ここ少し借りていいか?」
三八式歩兵銃をフィンランドで生産し、そのフィンランド軍の射撃訓練場で馬場上等兵が現れた。彼は怪力の持ち主で九七式汎用機関銃改の射手だった。
「どうぞ。」
拳銃を引き抜いた馬場はワルサーP38を真っ直ぐに構えて人型の標的に向かって歩きながら引鉄を引いた。パン、パン、パンと軽い銃声が八発聞こえ的には脳天部、心臓、両肩、内臓と綺麗に撃ち分けられた跡が残った。
「もうちょい使うぜ。」
と言うと持ってきた九七式改を持ち上げて掃射を始めた。標的は砕け散った。九七式改は銃身交換をやりやすく改良したもので特騎隊では分隊支援火器同様に一人で使っていた。
「弾込め!」
馬場に見とれていたフィンランド兵に命令する。我に返ったフィンランド兵はボルトを操作し有坂弾を装填した。
「狙え!撃て!」
タァン!
「おい、そこの奴銃を貸してみろ。」
的を大きく外したフィンランド兵に話しかける。
「力みすぎだリラックスしてよく狙え。」
「はっ!」
ボルト操作を終えて狙いを定めた。タァン、的を撃ち抜いた。
「本番では敵の足を狙えよ。」
といって馬場は去っていった。
「用意しろ!」
安藤大尉が特騎隊員に指示を出す。特騎隊の分隊の構成は分隊長始め六人が突撃銃を持ち、残りの二人は一人が九七式改を持ち、一人は光学照準器付きの二式半自動小銃を装備した。これらの主武器は全て弾薬互換性がある6・5mm有坂弾で九三式四輪機動車には装甲と五つ目の席をとりつけた。12・7mm機関銃の弾薬も詰め込んでいた。特騎隊には訓練を終えたばかりの新兵もいた。佐山二等兵である。
「おい佐山、おい!」
一瞬遅れて反応があった。
「あっ、馬場上等兵、何の御用でしょうか。」
「緊張してるか。」
「いい意味で、緊張しています。」
「初陣だろ。緊張し無い方がおかしい。いいか、弾を撃つ時は必ずみんなと同じ方向に撃て。」
「上等兵は人を撃ったことがありますか。」
「あぁあるさ。」
「その、初めて撃った時はどうでした。」
「別に、普通だ。」
「そう、ですか。」
「いいか、モスクワにいるのは市民防衛隊だ。奴等銃を真っ直ぐ撃つことが出来ないようだ。」
「それを聞いて安心しました。」
「そうか、頑張れよ!」
「はっ!」
「おい集まれ。」
高橋軍曹だ。馬場や佐山の所属する分隊の分隊長である。
「よし、思い出せ。俺らは特騎隊だ。そこらで訓練しているフィンランド兵はともかく、一般の戦友よりも上、言わば精鋭だ。一旦戦場に立てば古参兵も新兵も関係ない。いいな、特騎隊の名に恥じぬよう勇敢に戦え。」
「はっ!」
「では出発!」
晴空改は二両の九三式四輪機動車と八名の兵員をそれぞれ搭載してヘルシンキよりレニングラードへ飛んだ。明け方の八月十九日午前三時、レニングラードよりドラム缶と車輌、人を搭載した晴空はソ連の支配地へと飛び立った。護衛はアメリカ陸軍のP47だったが航続距離不足で直ぐに護衛無しの状態に陥った。だがソ連空軍に発見されることなく全機無事ビリーコエ湖の湖面に着水した。
「よし、下ろせ!」
車輌、兵員が降り隊列が整えられていく。
「全員いるな。よし、では前進!」
クリンを通ってモスクワに出る。車輌天井にはソ連国旗が対空標識としてソ連空軍を欺いた。モスクワ北西の森で燃料を補給する計画だ。
「全車停車!燃料補充!」
扉からドラム缶が下ろされ手際よく燃料タンクにガソリンが入れられていく。満杯になるとドラム缶は放棄した。モスクワに入るゲートでPPSHサブマシンガンを持った衛兵に止められた。
「貴様達何故モスクワに入ろうとしている?」
「我々は最高司令官村松同志の呼び掛けに応じてモスクワ防衛にやってきた部隊だゲートを開けろ!」
「あれを見てください。あんなひよっこが首都防空隊のパイロットですよ、ここだけの話、もう連邦はおしまいですよ。」
「貴様、収容所に入れられたいか?」
「合格です。村松同志は敗北主義者をモスクワに入れたくないようなのでこのようなテストを課してるのです。」
ゲートが開かれモスクワ市街地に突入する。
「こちら、ロミオ11、ロレンスへ、モスクワ市街に入った。」
「よーし、ロレンスより全部隊へロンバルディア!繰り返すロンバルディア!」
「了解!ロミオよりロレンス、連合軍の爆撃開始予定はいつか?」
「こちらロレンス、後三十分程後にモスクワ上空に侵入する予定だ。又、クレムリンは爆撃予定地に入っていない。」
「了解!」
「シェイクスピアよりロミオへ、現在位置と進行方向、速度を報告せよ。」
「こちらロミオ、真っ直ぐクレムリンに向かっている。速度は時速四〇キロ」
「よろしい、ロミオ、クレムリン一つ前の角を曲がって車を止めろ。そこから徒歩で展開だ。」
「こちらロミオ、了解した。」
クレムリン一つ前の角で車を降りた時空襲警報がなった。
「空襲警報!空襲警報!」
「防空壕へ急げ!」
クレムリンの衛兵も退避したようだ。
「防空壕へ行くぞ!」
大会宮殿近くの防空壕に滑り込むと会議中だったのか村松の他にモロトフ外相やヴァシレフスキー参謀長等が避難していた。
「失礼します、最高司令官村松同志!」
「別に構わんよ、貴様等も苦労しているだろう。」
「はっ!」
八十人程の軍人が壕になだれ込んできたのだ。しかも全員ガスマスクを装着している。
「何故ガスマスクを?」
「はっ!ガス攻撃に対する演習中に空襲を受けた為であります。」
と言うと見えない所で高島中尉が二式特殊化学手榴弾を起爆させた。小さめのシューと言う音と共に催眠ガスが出る。まずはじめにモロトフが倒れて次に村松が倒れた。最後にヴァシレフスキーが起きて拳銃を取り出そうとしたが素早く鳩尾に肘を叩き込んで気絶させた。モロトフと村松を担架に乗せると防空壕を出て防空壕の上に二発の簡易爆薬を仕掛けて爆破した。防空壕が一部崩れたのを確認すると二人を担架に乗せてクレムリンを出ようとしたが衛兵に見つかってしまった。
「おい、なんで二人を連れている。」
「見てわかんねえのか?防空壕に爆弾が落ちた。ヴァシレフスキー参謀長はまだ中だ。急げ!」
と言うと素早くクレムリンを出て車にたどり着いた。
「あっ!」
「どうした馬場?」
「車が、七両破壊されています。」
「あの、下手糞どもが!」
「仕方ない近くから一両とってこい、馬場、六人を率いて近くの基地から一両失敬してこい。」
「はっ!」
「残りはここで車輌を守る!」
「了解!」
「行くぞ!」
馬場を含め二丁の九七式改と三丁のAK47、一丁の二式半自動小銃だった。
「止まれ!」
ここの角を右折すればもう人民委員の基地だ。衛兵は二人、殺すしかない。そこまでは大きな家と道路の各側二つの石段があった。
「いいか、まず俺がそこの階段までいく。続いて更科一等兵、お前が反対側に行け。そして大原二等兵、反対がわの角で援護、残りは一斉に前の階段まで前進し佐山以外の二人がナイフで殺れ。」
「了解!」
タッ!馬場が階段に取り付いた。
「行け!」
九七式改を抱えた更科が反対の階段に着いた。
「次!」
全て小声での指示だが指示通り大原が二式半自動小銃を抱えて反対の角に立った。
「行け!」
三人が前に出る。見張りは全く気が付いてないようだ。
「殺れ!」
近づくと気配を感じさせずにその場に二人が崩れ落ちた。
「行くぞ!」
基地内部への侵入、一番近い車輌に乗り込んだ直後話しかけられた。
「貴様等、何者だ。」
「見つかった、逃げるぞ!」
「こちらロミオ15、敵に見つかった。これより退却する。本隊と合流したい、どうぞ。」
「こちら、ロレンスよりロミオ、シェイクスピアおよびジュリエットへ告ぐジュリエットはモスクワに突入してロミオの退路を確保、シェイクスピアはジュリエットのタンクを引き継げ!」
「ロミオ了解!」
「ジュリエット、モスクワへ向かいます。」
「シェイクスピア了解しました!」
「こちらロミオ1からロミオ15へ、元の位置まで戻って来い!どうぞ!」
「こちらロミオ15、それは無理だ!こちらは敵と交戦中、既に一人が負傷している。」
「こちらロミオ1、聞こえない、ロミオ15ゆっくり息をしろ!どうぞ!」
「こちらロミオ15、既に負傷者が出ている!」
「え、何だ!?聞こえないぞ!ロミオ15、ゆっくりはっきりと喋れ、銃声にかき消されてるぞ。」
「もういい。」
無線機を置くと馬場は後部真ん中座席から後ろの窓を少し開け、そこから九七式改を撃ちまくった。一般市民が銃を取りこちらに発砲してきた。車載重機関銃銃架、助手席の九七式汎用機関銃、両側面窓のAK47二丁、そして後ろへの九七式改だった。運転手の大原二等兵は既に右太腿に一発もらっていた。
「うわ!」
更科が崩れ落ち、重機関銃手の席からずり落ちた。顔面は血に染まり意識は無くて脈も無かった。
「即死だ。俺が撃つ!」
と言うと馬場は銃手席に座り、機関銃弾を装填した。
「クソが!」
押金を押して屋根に陣取っていたDT軽機関銃を潰した。更に後方に向けて射撃する。
「前方に味方車両!」
エンジンがかかっていた味方車両に紛れられた。一方のジュリエット隊はというとモスクワの退路上重要な箇所に下車展開、ソ連軍と銃撃戦を行った。苦戦中の報告を受けた米陸軍は直ぐにP47を送り込みその圧倒的な火力で特騎隊を援護しようとしていた。
「クソ!撃て撃て!」
予備突入隊は空爆で生じた瓦礫の山に陣取った。
「右方向から二人!」
すかさずAKを向けセミオートで倒す。
「P47到着!」
「こちらアメリカ陸軍航空隊、多すぎてどれが敵か分からない。」
「今真上にサンダーボルトが見えている。よし、今から手榴弾を投げた先が敵だ。」
「了解!」
「手榴弾を投げる、全員援護しろ!」
「よーし、三の合図で全員援護射撃!」
「よし行くぞ!一、二の三だ!撃て!」
タァンタァン!タタタ!と銃声が鳴り響き大島二等兵は手榴弾を投げた。ドム!
「見えたか。」
「あぁ、見えた。これより掃射する。」
八機のサンダーボルトが代わる代わる降下すると八丁の12・7mm機関銃を乱射していく。それに紛れて大島は自陣に駆け込んだ。
「こちらジュリエット!ロミオ隊へ告ぐ、撤退はまだか。」
「こちらロミオ、現在交戦しながら退却中!そちらも下がる準備をしろ!」
「ジュリエット了解!」
車を掩体にしていたジュリエット隊員は銃を構えながら九三式のエンジンをかけた。AKは隊員達に操られ敵兵を手際よく倒していく。
「右後方に敵歩兵!」
パン、パンとセミオートの銃声が響き、二式半自動小銃の光学照準眼鏡から岸一等兵が顔を離した。
「すぐ来るぞ!」
AKの弾倉を交換しようとした時角から敵兵が現れた。
「クソッ!」
拳銃を取り出してパンパンと軽い銃声をたてて敵を倒した。
「こちらシェイクスピアよりロミオへ、直ぐに撤退せよ!」
「こちらロミオ、間もなくモスクワから離れる。ジュリエット隊は乗車せよ!」
「こちらロレンス、そうかよくやった。」
全員でモスクワを脱出した。車輌はビリーコエ湖で放棄され全員晴空でレニングラードへ向かった。この烏作戦は本来なら装甲車の支援もあるはずだったのだが作戦開始を早めたことにより損害は増えた。戦果、村松、モロトフ両者の拉致成功、ソ連側に死傷者一千余の損害を与える(推定)、損害、九三式四輪機動車全損、戦死十二名、負傷六十二名だった。ヘルシンキに戻った特騎隊第一中隊は古澤国防議長やマンネルハイム元帥自らのお出迎えを飛行場で受けた。ガチャ、扉が開いて晴空から隊員が降りてくるがいつも彼等に訓練されているフィンランド兵は驚いた。血まみれになり、簡単な治療を施されただけの兵、担架に乗せられた兵、簡単な棺に入っている戦死者、目を覆いたくなるような惨状だった。そして大本命、村松とモロトフが手錠をかけられた状態で飛行機から降りてきた。直ぐに別の特騎隊が駆けつけて監禁すべく連れていった。こうして村松拉致作戦、烏作戦は終わったのだ。次は外交の戦いである。
部隊のコードネームは書いてた時たまたまシェイクスピアのロミジュリが頭に浮かんだ為です。1950年で最強の艦隊を組むとしたら何ですか。感想にてどんどんお願いします。