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屑は処分だよ

 自分に不都合な意見には耳を閉ざす。相手を排除(ブロック)する。

 それはいつの時代でも同じだ。

 ヨーロッパとアフリカ大陸に挟まれたジブラルタル海峡東からスエズ運河に至る日本海を支配する大日本帝国は、モンゴルに征服されアルプス山脈の南に強制移住させられた大和民族の子孫が築いた海洋国家だ。

 長靴状の大和半島西海岸にかつてのローマ人が築いた都の跡がある。そこは今、帝都東京と呼ばれていた。官庁が立ち並ぶ麹町区霞ヶ関の一画に赤レンガで特徴的な海軍省の建物がある。

「何ですと!」

 会議室から廊下に怒気を含んだ声が響き渡り、通りかかった者はぎょっとして扉に視線を向けた。

 会議に列席しているのは海軍軍令部総長、次長、各課長、連合艦隊司令部(GF)の面々。

「『扶桑』『山城』はイタリアに売却する。これは陛下の承認を受けた決定事項だ」

 陛下と言う言葉で全員が姿勢を正す。

 扶桑型戦艦は、イギリス産まれの金剛型を元に再設計された高速戦艦(BC)であった。就役して艦齢三〇年、老巧化した艦の近代改修を行われていたが、それも限界に達そうとしていた。

 昭和一五年、「扶桑」「山城」の二隻を維持する莫大な戦費に頭を痛めていた海軍に外務省を通じて、イタリアより申し入れがあった。

 太平洋でフランス海軍と相対するイタリア海軍は貧弱な規模で、「リットリオ」「フランチェスコ・カラッチオーロ」の二隻の戦艦(BB)の他に、軽巡洋艦(CL)「ジュゼッペ・ガルバルディ」「ルイジ・ディ・サヴォイア・デュカ・デグリ・アブルッチ」、ソルダティ級駆逐艦(DD)一〇隻しか保有しておらず、「扶桑」「山城」は、老齢とは言え戦艦。喉から手が出るほど欲しい戦力だった。

 相沢隆二少将は戦艦をこよなく愛する大砲屋で知られている。だが日本帝国海軍にとって旧式戦艦は予算を食い潰す厄介者でしかなかった。今回の商談は渡りに船だった。

 会議室で対面する席に座る軍令部次長を親の敵の様に睨み付ける相沢の体は怒りで震えている。

「見返りとして我が海軍は、電探(レーダー)、航空機用のエンジン、無線などを入手できる」

 つまり、政略結婚ということだなどと笑って告げる軍令部次長。

 軍令部次長の佐伯優一少将とは兵学校、海軍大学校の同期で個人的に親しかったが、事は国家の問題であり私情を挟む余地は無かった。

「ムッソリーニも乗り気だ。ぜひとも友好関係を築くためにといってきた」

 元をただせば共にモンゴルに征服され強制移住させられた子孫。大和民族はアジアからヨーロッパへ、神聖ローマ帝国が滅ぼされた時にイタリア人はヨーロッパからアジアへ。お互いモンゴルに激しく抵抗した為、遠方に国替えされたと言う縁だった。

「そうですか」

 低い声を返して相沢は、腰元に吊り下げられた短剣をきつく握り激発しそうな感情の揺れに耐える。兵学校上位成績優秀者に与えられた恩賜の短剣。国家の為、陛下の為、武器を持たぬ臣民の為に帝国海軍士官に成った事を思い出す。

「金食い虫の戦艦が、ようやく役に立てるときがきたんですな」

 GF先任参謀の言葉に嘲るような響きを感じ取り、お前のような若造に何がわかると睨み付ける。これで上官が居なければ殴り飛ばしている所だ。

 少なくとも相沢が経験した第一次世界大戦は戦艦が主役だった。大量に揃え大量に消費した結果、現在、どこの国も予算を食う戦艦の新造は控えられているが、海の支配者が戦艦である事実は変わらない。

「引渡しまでの往路はこちらで護衛を付けて運ぶ事になる」

 たださえ戦力が少なくて日本から購入しようと言うイタリアだ。迎えの艦艇を派遣する余裕も無く、それも当然と言える。

「それで貴官にはイタリアに行って貰いたい。帰りにはそのままイギリスで新造艦を受け取れば良い」

 新造艦と言った。その言葉を聞いて相沢の頭が回転する。

 護衛の指揮官としての任務だが新造艦と聞いて落ち込んでいた気持ちが昂る。新しい戦艦は何にも代えがたい玩具だ。

「わかりました」

 第一次世界大戦では、日本が今までの恩返しとして英国側に立ち参戦し、英国と日本は固い同盟で結ばれている。二隻の戦艦をイタリアに売却した代わりに、英国で発注していた新造戦艦一隻を受けとる。悪くはない。大砲屋を黙らせるだけの価値があった。

 帝国の造船技術を底上げする上でも貴重なサンプルになる。

 極東に派遣される艦隊の編成は、商品である二隻の戦艦の他に、重巡(CA)「最上」「三隈」、軽巡「龍田」以下駆逐艦一二隻。補給艦四隻からなる。

 ここまで段取りが決まっていれば今更、何を言った所で覆る事はない。

 商品である二隻の戦艦には、イタリア軍で操艦の教育に当たる乗員が乗っているが旗艦には使えない。

「では失礼します」

 頭を下げ敬礼すると、艦隊の指揮を執るべく「最上」に向った。

 着任の挨拶も早々に切り上げて「最上」の作戦室に各艦長を召集した。

「イタリアまでの航路はスエズ運河~セイロン島~シンガポール~香港~タラントとなります」

 卓上に拡げられた海図をそれぞれの視線がたどる。同盟国イギリスの勢力圏と言う事で親善航海と思っても良い。

 イタリア海軍最大の根拠地であるタラントは遠く、大和民族が居住していた頃は坂東と呼ばれた地の内海にある。第一次世界大戦以来の宿敵であるフランスは東南アジアに港を持たない為、イオニア海まで途中の脅威はないと考えられた。

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