007 エルフ王の依頼2
異世界に召喚された織姫は驚きを隠せないでいた。
始めてこの世界に召喚された時、織姫がいた場所はジョナサンの家である。そんなジョナサンの家はとてもじゃないけど綺麗だとは言えないボロボロの木造の家。
そして始めて訪れた町は【イーヴィング】という小さな田舎町だった。だが
「ね、ねぇ……。ここはいったいどこなの……?」
煌びやかなで大勢の人が賑わっている町。周囲には美しい服を身にまとった淑女や、皺一つないピシッとしたスーツのような服を着ている紳士。
町の雰囲気は【イーヴィング】とは正反対にとても発展した町だった。そして遠くのほうには大きな城のような建物が聳え立っている。
「ここはエルフ領の王都【アスタリア】や」
王都【アスタリア】
エルフ領でもっとも大きな都。そこはエルフ王族が時下に統治する都で、その発展のしかたや賑わい方は【イーヴィング】とは雲泥の差だ。
そんな場所にどうして、貧乏会社の社長ジョナサンがいるのか。織姫は疑問に思っている。
それも王都から【イーヴィング】までの距離はかなり離れており、簡単にはアクセスできる距離ではないのだ。
そんな疑問を浮かべながらも【アスタリア】という都の大きさに圧巻されている織姫は口をあんぐりと開きながら
「ここが王都……? 確かに凄い賑わいかたしてるし、エルフも沢山いる。だけどどうしてアンタがこんな場所にいるわけ? つかどういう経緯で私を呼んだのか説明してちょうだいっ!」
疑問が疑問を呼び、自分が何を聞きたくて何を質問したいのか分からなくなってしまっている織姫。
そんな織姫をよそに、ジョナサンは胸を張りながら織姫の質問に答えるのだった。
「どうしてワイが王都にいるかって? そんなんワイがスーパーデリシャスな事をしたからに決まってるやないかっ!」
(ちょーおいしい事をしたって、どういうこと……?)
ジョナサンの意味不明な言葉に翻弄される織姫。ベタにも自分の胸の前で腕を組み、首を傾げ頭上に疑問符を浮かべている。
そんな織姫の態度が気に食わなかったのか、ジョナサンは怒り気味に織姫に言う。
「何でそないな顔になりはるんですか!? 織姫はんはもっと目の前で起こっている事を理解できる頭を━━」
「姉様ぁ!!」
ジョナサンが話しをしている途中に一人の女の子は割って入ってくる。その女の子は織姫の事を姉様と呼び、出会いがしらに織姫へと抱きついた。
「リ、リリーナッ!? それにアンタ達も」
抱きつく女の子をリリーナと呼ぶ織姫。
スタイルが良く身長の高い織姫とは正反対にリリーナは小柄な少女。髪の毛は淡い栗色をしる。そして一番重要なのが、小さな体躯に似合わない大きな胸。
抱きついているせいかその胸は織姫の体に密着しており、弾力がある若いリリーナの胸は潰れながらもハリがあると主張していた。
そんな光景を見たジョナサンは
「お、織姫はんだけずるいやないかああああああっ!! なんでいつもいつもリリーナはんのオッパイを独り占めするんやっ!!」
もうただのセクハラオヤジと化してしまっているジョナサンをよそに、織姫はリリーナに話しをする。
一応言っておくが、織姫の「あんた達」というのはリリーナの兄達の事を言っている。
名前は上からアタン、イタン、ウタン、エタンだ。この四兄弟は皆見た目が統一されていてお煎餅みたいな顔でハゲだ。これ以上の説明は不要だと思うので止めにしておこう。
「リリーナもオサーンと一緒に来てたの? てか、どうしていきなり王都なんかにいるのよ」
「それはですね姉様」
そう言い、リリーナは今回の件を話し始める。
「この間の【イーヴィング】での姉様の活躍がエルフ王様の耳に届いたそうなのです」
この間の織姫の活躍。
それは【イーヴィング】で請け負った依頼のことを指していた。盗賊達を退治するという簡単な依頼だったのだが、その盗賊の正体がリリーナ達だったのだ。
織姫はそんな盗賊をしているリリーナ達を説得し、事件を解決している。
そんな小さな出来事がどうしてエルフ王の耳に入ったのだろう。
「姉様が帰ってしまった後も皆で頑張って仕事を探したです。でもなかなか仕事が見つからなくて……。そんな時、エルフ王様から手紙がきたです。その内容が、王都【アスタリア】に来られよ。汝達に依頼を受けてもらいたい。という内容だったです」
内容を割愛しながら話すリリーナ。そんなエルフ王の手紙の本当の内容は
“先日の【イーヴィング】での活躍まことに見事なものだった。町人達からの依頼を遂行するその技量は話しを聞いただけでも素晴らしいものだと私は思う。それはさて置き、今回手紙を送ったのには訳がある。私は貴公等の能力を高く評価しエルフ王直属の依頼を頼みたいのだ。依頼の内容を手紙に記す事は出来ないが、報酬は貴公等の望みに応えようと思っている。頼んでいる身で厚かましいとは思うが【アスタリア】まで来て欲しい。by おうさまより”
あまりには王様らしからぬ言葉使いと最後の「おうさまより」だ。
きっとふざけている訳ではないのだと思う。エルフ領をを統治するエルフ王様なのだから。
そしてそんな話しを聞いた織姫は
「王様から直々に依頼っ!? それって凄いじゃんっ!!」
「せやから、ワイのスーパーデリシャスな働きのお陰やってゆーてるやないですかっ!」
どんな事を誰が言っても、今回の件を自分の手柄にしたい様子のジョナサン。だが、そんな威張っているジョナサンをよそに、織姫はリリーナに
「それで、王宮ってどこなのよ?」
「こっちなのです姉様」
ジョナサンを置き去りにし歩き出す面々。だがジョナサンはそんな事になっているとは思ってなく
「ワイのパーッとしてキュートな行動が結果的にスーパーデリシャスになったんや。もう、エルフ王もワイの姿に惚れ惚れしてしまったんやろうな。せやけどワイは可愛いお嬢さんが好みで、オッサンは好みやない。まぁエルフ王が土下座して頼むんやったら姫様と結婚してもえぇんやけどな。ってワイの話も聞かんと皆どこいきはるんですかああああああああっ!! ワイをおいてかないでええええええっ!!」
自分の話したい事を話すだけ話したジョナサンはやっと今の状況に気が付く。そしてスタスタとジョナサンを置き去りにし歩いている皆を走りながら追いかけるのであった。
◆
そして王宮前。
遠くから見ていた時よりも比較にならないくらい大きな城。城門の前には橋が架かっており、その橋を抜けた城門の前には警備兵が二人立っている。
何も知らない織姫とリリーナ一行はその橋を渡り、その辺のお店にでも入るかのような態度で城門を潜ろうとした。だが
「そこで止まれ」
二人の警備兵が持っていた槍で織姫一行を制止する。
「ここはエルフ王城だ。許可の下りていない者の立ち入りは禁止されている」
警備兵達は睨みながら織姫一行に話す。確かに警備兵が言っている事は尤もだ。許可が下りていないのに王城に出入りする事が出来れば王様なんて簡単に殺させてしまう。
そんなに容易く王城内へと入る事が出来ないのだと警備兵の目が語っていた。
するとそんな警備兵達の態度に動揺したリリーナが
「え、えっとですね。こ、これはですね。そ、そのですね。そういう事なのですっ!」
きっとこの場にいる全員が理解出来ていないだろう。それほど動揺してしまったのは分かるが、ちゃんと話して欲しいという気持ちがリリーナの周りからヒシヒシと伝わってきた。
そんなリリーナを見かねたのか、それとも人生を長く生きている人間だからなのか、織姫は冷静に
「私達はエルフ王様から呼び出されてるの。これがその証拠」
そう言うと織姫はエルフ王からの手紙を警備兵達に見せ始めた。
その手紙を織姫から手渡され凝視する警備兵。手紙という物が簡単に偽者を作り出せるという事もあってか、警備兵は念入りにその手紙を見ている。
そんな警備兵達の様子をビクビクしながら見ているリリーナ。だが織姫は自分は何も悪い事はしてませんという言わんばかりの表情で余裕に構えている。そして
「これは失礼した。この手紙はエルフ王の筆跡に間違いない。それにこの手紙にはエルフ王の印も押されておる」
そう言うと警備兵達は槍をしまい、織姫一行を城内へと案内した。
◆
城内はとても鮮やかな場所だった。どこかの小説や漫画などの世界に出てくる王城と酷似している。
大きく開けている空間や高い天井。辺りには兵士がいて、従者などの姿も見える。そして無駄のない装飾や、綺麗に磨かれている窓ガラス。その全てが高級感に満ち溢れていて、ここが本当に王城なのだと織姫は理解していた。
そして兵に案内されるまま歩いていると、大きな扉の前で立ち止まった。そこには
謁見の間
大きく書かれているその言葉を見て織姫の緊張が最高潮に達していた。
(この扉の向こうに王様がいるのかぁ。なんだろう、会社の社長とかと会ってる感じで大丈夫なのかなぁ。でも、社長より王様の方が偉いよね。だったらどうすればいいのよ……)
扉の前で一人アワアワし始める織姫をよそに謁見の間の扉が開かれる。
その大きな扉の先には
ただただ広く感じてしまう程の大きな空間。床には扉から王の御前まで伸びている赤い絨毯。その絨毯の先には数段の階段があり、その上にある煌びやかな椅子。
そんな場所に堂々と座っている老人がいた。
長い白髪交じりの髪、真っ白で整えられている伸びた髭、そして国王なのだと誰しもが感じ取れるような立派な服。
そんなエルフ王はとても凛々しく貫禄があり、無表情の中にも優しさや厳しさを滲ませているような顔つきだった。
そして織姫一行はエルフ王の前まで歩かされ、今まさに王を目の前にしている状況だった。
「そなた達が例の件の者達か」
広い空間だからなのかエルフ王の声が響き渡る。そしてその言葉を聞いたジョナサンが
「せや。ワイ等がこの間の盗賊事件を解決したんや。そしてこの隣にいる人が、ワイが召喚した魔女や」
織姫の肩の上から言うジョナサンは、最後に織姫を指しながら言った。
そんなジョナサンの言葉を聞いていたエルフ王の隣に立っている騎士の瞳が変り、織姫を睨んでいた。
だがそれだけではない。ジョナサンの魔女という言葉を聞いたエルフ王も少しばかり驚いた表情に変る。そして
「魔女だと……?」
エルフ王の不信交じりの言葉。その言葉に応えたのは織姫だった。
「はい。私はオサーンに召喚された魔女です。私はこの世界の生まれではなく、他の世界から来たものです」
「………………」
織姫の言葉を聞いたエルフ王は何も応えようとしなかった。そればかりか織姫から視線を逸らし、あたかもこの場所には織姫が存在しないんじゃないかと思ってしまうような態度をとった。
だがそんなエルフ王の視線はリリーナへと向けられていて、どうしてエルフ王がこのような態度を取るのか疑問に思っている一行だった。
「おいそのこ小さいのワシはな━━」
ジョナサンを指し真剣な表情で何かを話し始める。そして
「ワシは、オッパイの小さな女とは話さない主義なんだ」
………………。
この場の空気が凍り付いていくのを、王と騎士以外の奴等は気がついていた。
それはまさに触れてはいけない部分。地雷、パンドラの箱。様々は言葉があるがそれに触れてしまった王にはもう取り返しのつかない事だった。
「おい……。今私になんつった……?」
「止めるんや織姫はんっ!! ここで暴れたら依頼が全部パーになってまうっ!!」
「止めんじゃねぇよっ!! 王様だからって許さねぇかんなっ!? この場でブッ飛ばしてやっかんなっ!?」
胸が大きくない、というか完全にまな板な織姫を侮辱してしまうような言動を取ったエルフ王に対して織姫の怒りが爆発している。そんな織姫を必死に止めるジョナサン、アタン、イタン、ウタン、エタンがそこにはいた。
だが力ずくで止めようとしている五人には、魔女補正が適用している織姫を止めることが出来ない。
そして少しずつエルフ王へと近づいていく織姫。その時
「それ以上、エルフ王様へと近づくことは私が許さんっ!!」
長い銀髪を揺らしながら織姫の目の前に剣を振りかざす騎士。そして織姫はその騎士を見て
(何だよこの騎士……。ちょーイケメンじゃん……)
今まで怒っていた織姫はその騎士を近くで見ただけで怒りをどこかに置いてきてしまった。というか完全に忘れてしまっている。
その騎士の見た目は、とても綺麗な顔立ちで女性と間違えてしまう程の美しさだった。長い銀髪には輝きが帯びており、毎日ちゃんと手入れをしているのが分かる。
そんな騎士様はそのまま織姫を睨みつけながら話す。
「貴様のようなどこから来たかも分からない異端者が王の御前に顔出すことすら光栄なのだぞっ!! 魔女だと言ったな? 伝説とまで言われている異世界の魔女が何故このへと来たのだっ!!」
織姫に反論する事さえ許さずに、その言葉は延々と続いていく。
「それになんだその者達は。魔女の連れにしては貧相な面持ち。ボロボロの服を来ている女子に同じ顔のハゲが四人。生まれが悪かったのがその外見で直ぐに分かる。そんな貴様達が王へと異見するなんて身の程を━━」
バキンッ
騎士が話している途中で、織姫の目の前に振りかざしていた剣の切っ先が折られる。その剣を折ったのは
織姫だった。
「さっきのエルフ王への私の態度は悪かったと思うよ。それに怒ってるなら謝るし、私の事をどれだけ悪く言っても構わない。でも、コイツ等の事を何も知らないてめぇが。コイツ等の事語ってんじゃねぇよ」
汚い言葉を撒き散らす織姫。それは織姫の怒りを体現していて、余程リリーナ達を侮辱されたのが嫌だったのだろう。
自分が大切だと思っている人の悪口を言われたら誰だって嫌な気分にもなる。それを織姫は抑える事が出来ないタイプなだけだ。
そして自分の剣を折られた騎士は驚き
(鉄で出来た剣を、素手で折っただと……!?)
その現実を前に、騎士は一歩後ろへと下がり折れた剣を構えた。
「貴様、今何をしているのか分かっているのか……? 王の御前での私への攻撃、これは立派な反逆罪だぞ」
「んなもん知らねぇよ。先に喧嘩を売ったのはアンタだ。ここでヤルなら、私は全然構わないけど?」
不敵な笑みを零す織姫。そんな織姫の姿を見て冷や汗を一滴流す騎士。
ここまで殺気を帯びている織姫を見るのが初めてなリリーナ達は織姫を止めることすら出来ないでいた。
「き、貴様のような魔女風情に私が負けるとでも思っているのかあああああああっ!!!!」
織姫の挑発に乗ってしまった騎士は、折れた剣を振り上げ織姫へと突進する。その時
「これ以上の狼藉は騎士団長の名を穢す事になりますよ、アヴァン」
騎士の事をアヴァンと呼ぶ女性。その女性の言葉でアヴァンの剣が止まった。織姫の右肩に当たる寸前で。
そしてアヴァンはその女性の姿を目視すると、その場で膝を立て頭を下げた。
「も、申し訳御座いません。エリス姫様っ!!」
アヴァンに姫と呼ばれる女性。
その姿は一国の姫に相応しい格好をしていて、気品のある高貴な存在なのだと外面が物語っていた。長く綺麗な金髪を巻紙にして、頭にはティアラをつけている。
あまりにも美しい姫の姿に、織姫一行は言葉を無くしていた。そして
「臣下の無礼をお許し下さい。アヴァンはまだ未熟な所もあります故、この様な羞恥を晒してしまうことになりました」
そう言いながら深く頭を下げるエリス姫。織姫一行をその自愛に満ちた瞳で見ているエリス姫は正しく王国の姫君だった。
「このような無礼はアヴァンだけの責では御座いません。今回の件、全ては━━」
織姫達から目線を変え、玉座に座る老人へとエリスは視線を変える。
「全て、お父様の責任です」
「ちょ、ちょっと待てエリスっ!! ワシは何も悪くないぞ。だってオッパイ大きくない女と話したくないもんっ!! ワシなにも悪くない」
「お父様」
「そ、それにエリスもオッパイ無い女と話すとオッパイ大きくならんぞっ!?」
「お、と、う、さ、まっ!!」
怒りに満ち溢れている表情でエルフ王を睨みつけるエリス。そんなエリスの姿を見てなのか、それとも臣下として王を庇わなければいけないのか。アヴァンがエルフ王とエリスの間に入った。
「姫様っ!! エルフ王様は何も悪くはありませんっ!! 私めが未熟だったばかりに怒りを体現してしまったのです。だから悪いのは全て私なのですっ!! ですから、その……、はぁ……、姫様のお美しい足で……、はぁ……、私を……、はぁ……、気持ちよ、いや罰をあたえてくださいっ!!」
そう言いながら四つんばいになっているアヴァン。今までの人生で見たこともない光景なのか織姫は絶句していた。
(なに……? この茶番……)
そんな織姫一行をよそにエリスの怒りは頂点へと上っていく。顔をしかめ拳を強く握るエリス。そして
「お父様もアヴァンも、いい加減にしなさああああああああいっ!!!!」
エリス姫の声が響き渡った。