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サー・マジョ  作者: さかな
第一部 異世界の魔女
20/22

019 異世界の魔女 二人のマジョ

 

 

 

 

 

 

 上空に現れた魔女トウカの存在により【アスタリア】城下町の人々は混乱していた。

 魔女という伝説的で空想上の存在が眼前に現れたという現実を受け入れられず、ただただ戸惑うことしか出来ない住人。


 だが、そんな住人を安全な場所へと非難させるべく、エルフ領王国騎士団の兵達が奮闘していた。

 城下町に出た騎士団は住人を避難させるべく統率が取れていて、思ったよりも早く住人の避難が終わろうとしていた。


 そんな【アスタリア】のエルフ達を一人、上空で見つめる魔女トウカ。

 攻撃を加えるわけでもなく、ただただ上空で自分の存在を見せるけている様子だった。


「ふぅん、私が来たのに騎士団は戦わないのか。それどころか住民を避難させるとか少し馬鹿にされた気分。でも、今日の私の目的は織姫だから、こんな雑魚なんかに構ってあげない」


 そう言いトウカは不敵な笑みを零した。

 そんな中、街の中で逃げ遅れている一組の家族をトウカは発見した。


 その家族は母親と小さな女の子の二人で、そんな家族を見つけたトウカ再び微笑み


「でもさー、見せしめっていうのも大切だよね。私が魔女であってエルフなんかじゃ絶対に逆らえないって思ってもらわないと、あのお方も怒っちゃうかもしれないよね」


 そう言うと、トウカの右手は青白く光だし魔方陣が展開される。

 そしてそんなトウカの魔法の光に気がついたのか、逃げている母親はトウカを見て恐怖した。


「バイバイ。見せしめの為に死んでね」


 その言葉と同時にトウカの右手からは鋭利に尖った大きめな氷柱が飛び出した。その氷柱はその家族の方へと飛んでいき、その攻撃を目にしている母親は娘を抱きかかえるようにしてその場で蹲った。

 だが、その氷柱は家族に当たるどころかその場で粉々に砕け散った。


 そして目を閉じていた母親の目の前には拳を握りながら立っている織姫の姿があった。

 織姫の拳がトウカの氷柱を破壊し、逃げ遅れた家族を守ったのだ。

 だが、自分達が守られたのにも関わらず、母親の瞳は凄く怯えたもので、その表情のまま織姫を見つめ


「い、い、異世界の魔女……」


 その声は震えていた。自分の娘を守るために必死になっている母親は織姫を異物のような目で見つめ、恐怖の対象として捉えていた。

 そんな母親を見て織姫は


「ここを真っ直ぐ走っていけば騎士団がいます。だから早く逃げてください」


 少し悲しい表情を一瞬見せたが、すぐさま冷静になり母親へと逃げることを伝える織姫。

 そんな織姫の言葉を聞いた母親は我に還り、娘を抱きかかえながら走っていく。そんな母親に抱きかかえられてる娘は


「お姉ちゃーん━━」


 何かを織姫へと伝えようと叫んだ。その言葉が織姫には届いているのか今の状況では分からない。

 だが、そんな家族を見送った織姫は上空にいるトウカを睨みつけ


「てめぇは心底、性格が捻じ曲がってんだな。さっさと下りて来い、私がブッ飛ばしてやる」


 睨み付ける織姫の瞳を見てトウカは子供のような笑みへと表情を変えた。それは自分の大好きな玩具が目の前に現れた時のそれと同じで、ただ子供と違うのは殺戮に魅了されてしまった瞳だけだった。

 そしてトウカはゆっくりとその身を地上へと下ろしていく。


「来てくれて嬉しいわ織姫。あの時、クズ騎士をボコボコにしちゃったから、もしかしたら怖くて来てくれないかと思ってたんだけど。やっぱりアンタは頭の悪いババアだって事が理解できたわ」


 トウカの言葉を聞き、織姫の脳裏には苦しみ傷ついていったアヴァンの姿が見えた。その映像はとても鮮明で、数日前に起こってしまった現実なのだと再び織姫は強く悔やむ。

 だがそれと同時に、王宮を出る前のアヴァンの言葉も思い出す。アヴァンの姿はとても痛々しいものだったが、それでも織姫に優しい言葉を送っていた。その言葉が、何よりも今の織姫を勇気付けた。


「おいトウカ、最後に聞かせてくれ。私達は本当に戦わなきゃいけないのか……?」


「何言ってんの? そんなの当たり前じゃない。私達は魔女なのよ? 戦うためにこの世界に召喚されたのよ? 全ての弱者を痛めつけるために私達は存在してるの。あの方が言っていたわ。こっちの世界とあっちの世界は鏡なんだって」


 織姫の問いに答えたトウカは、そのまま自分の話を始める。


「私達魔女は補正という名目でこの世界の種族よりも身体能力が高い。そしてこの世界の種族が殆ど持ち合わせていない魔力を大量に保持している。それが何故だかアンタには分かる?」


 織姫の知らないこと、そしてジョナサンでも知らない事をトウカは知っているようだった。そして


「それはね。この世界とあっちの世界が繋がっているからなの。あの方が私に言ったわ。こっちの世界で死んだ存在はあっちの世界に転生し、あっちの世界で死んだ人間はこっちの世界で転生する。だから鏡。こっちとあっちは表裏一体で引き離すことの出来ない空間。そんな鏡の中に生きたまま入ってこれた存在が魔女なのよ」


 トウカの話す真実は驚愕なものだった。この世界と現実世界が繋がっている世界だと。その真実が織姫の顔を歪めさせる。


「だから私達魔女には補正があるの。選ばれた存在の証として。でもね全ての人間が選ばれるわけじゃない。現実の世界で尤も苦しみ、尤も憎んだ存在が魔女になれる。苦しんで悲しんで全てを失って絶望して……。そんな者だけの目の前に妖精が現れる。そしてこの世界に召喚し、今までの憎しみを解放させてくれるの」


 空を見上げながら狂ったかのような焦点の合わない瞳でトウカは言った。そんなトウカの言葉を聞いた織姫は頭の中で思考を巡らせた。


(私が現実世界を憎んでる……? 私が現実世界に絶望してる……? そんな分けない。だって私は頑張って生きてきたもん……。どんなに辛くても生きることを止めなかったもん……。そんな私が絶望なんて……)


 少し身体が震えていた。それは自分の中で延々と拒絶し続けてきた事柄に対面してしまったからだ。自分は全然苦しんでなんかいないと言い聞かせ生きてきた織姫が、無意識のうちに封印していた本当の気持ち。


 世界で一番、私は不幸だ。


「まぁ、こんなつまんない話しもうやめてさ。織姫、戦おっか? いくよ」


 トウカは自分の言いたい事を言い終えると地面を軽く蹴り、織姫の正面へと突進する。その速度は織姫と同等、それ以上の速度になっていて、織姫が正気に戻った時には既に目の前にトウカの姿があった。


「何ぼーっとしてんの? 先制いただいちゃうね」


 人体強化系の魔法を発動させていたのか、握られたトウカの拳は赤く染まり、その拳は織姫の脇腹へと直撃した。

 その衝撃で吹き飛ばされる織姫。近くに建っている家へと激突し、その衝撃で生まれる砂埃に織姫は包まれた。


「はははははははっ!! なになになにー!? そんなに簡単に飛ばされちゃうのっ!? 攻撃の衝撃とか流せたりするんじゃないの? つか何で魔法使わないのかなー? 補正だけで勝てるほど私はザコじゃないよ?」


 高笑いするトウカ。織姫の姿は砂埃のせいで目視することは出来ないが、トウカは手ごたえを感じている。

 そして砂埃が晴れ、その場で崩れ落ちている織姫の姿が現れた。その状況はトウカが予測していた状況であり、既に織姫の口からは血が流れている。


(あれ……? 私今なにしてんだろ? 身体が凄く痛い。私は何で戦おうとしたんだろう……? 私は何で……)


「ねぇねぇ、こんなんで終わりとか言わないよね? あーそっかそっかわかった。前みたいに私に攻撃してきていいよ。あの神獣をやった時の森みたいに。つかあれか、織姫って誰かが目の前で苦しんだり傷ついたりしないと強くなれないタイプ? だったらわかった、今から私が王宮前に避難してるエルフ達を沢山殺してきてあげる。そうしたら織姫はもっともっと強くなるんでしょ?」


 微笑みを織姫へと向けトウカは言う。そんなトウカの言葉を聞いた織姫は、傷だらけになってしまったその体を立ち上がらせ


「ふざけんな……。そんな事絶対にさせねぇ……。絶対にさせねぇぞトウカアアアアアアアアアアッ!!!!」


 物凄い怒号を上げる織姫は、怒りに任せたままトウカへと突撃していく。


「そうこなくっちゃ」


 再び無邪気な笑みへとその表情を変えたトウカ。そして突撃してた織姫はその拳を乱打する。

 だがその拳がトウカに当たることはなかった。


「うらぁっ!!」


「ねぇねぇ、アンタの攻撃に魔法が使われてないのはもう分かってるんだよ? 補正だけの攻撃はただの物理攻撃になる。それってさ、当たらなかったら何の意味も無いって事だよね? そんなアンタの攻撃なんて人体強化系で速度を上げれば邯鄲に避けられるのよ。でもね」


 織姫の攻撃を避け続けていたトウカは、言葉を言い終わる前に織姫の拳を自身の手に触れさせた。


「魔法の使われていない攻撃は物理防御壁を魔法で作ることによって阻止できる。そして攻撃に触れる事が出来れば、いなす事だって出来るんだよ?」


 トウカの手の前に現れる黄緑色の魔方陣。それは物理防御壁で織姫の拳は完全に停止した。そして、いなすという言葉どおりその手を優しく返し、織姫の身体はバランスをなくし倒れそうになる。

 そんな織姫の腹部に


「そんな無防備な体勢になっちゃ私の攻撃がクリティカルしちゃうじゃないっ!!」


「ガハッ……!!」


 前傾姿勢に倒れそうになった織姫の腹部へとトウカの蹴りが炸裂する。そして再びその衝撃で織姫は吹き飛ばされた。

 崩れた建物の中へと飛ばされた織姫。そんな織姫の場所へとゆっくりと歩きながら近づくトウカ。

 ただただ力なく崩れ落ちている織姫の髪の毛を引っ張り、無理矢理に顔を上げさせる。


「何でそんなに弱いのよ。あの森の時とクズ騎士を私がボコボコにした時の織姫はどこにいったのよっ!! もっと怒りなさいよ、憤怒でその身体を支配して私を殺そうとしなさいよっ!! じゃないとアンタが守ろうとしてきた奴等は全員私に殺されちゃうのよっ!? ほら、ほらあああっ!!!!」


 そう言いながら何度も何度も織姫を殴り続けるトウカ。


「何が守るよ。結局どんなに善人ぶったって絶対的な力の前では何も出来ないじゃないっ!! アンタみたいな偽善者が私は一番嫌いなのよっ!!!!」


 叫び織姫の身体を持ったトウカは、そのまま織姫を建物の中から投げ飛ばし外へ出した。

 投げ飛ばされた織姫は無様にも転げ、生きているのか分からない状態で地べたへと横たわった。そんな織姫へと再び近づくトウカ。


「アンタにはもっと痛みが必要なのよ。もっともっと、痛い痛いって喚きなさい。自然の恵みよ 今我の心を映し出し ここに顕現せよ 全ての命を止める 絶対零度の剣よ 我の眼前に」


 呪文を唱えるトウカ。そしてトウカの右手は青白く光り、そこには氷の剣が召喚された。

 その剣を持っているトウカは地面に横たわっている織姫の身体を踏み付け


「これが本物の痛みよ」


 ザグシュッ


「あああああぁぁああっぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁああっ!!!!」


 トウカの氷の剣が織姫の左肩を突き刺す。そしてその痛みで項垂れていた織姫は発狂した。

 織姫の身体からは剣が抜けれた。だが、その傷口は剣を抜いた途端に凍りついた。


「どう? 痛いでしょ? これが私の心を映し出した剣。その鋭利な切っ先で相手に風穴を開け、絶対零度の冷気で凍らせる。一見、傷を塞いだかのように見えるけど、この氷は絶対零度。体に刻まれた痛みを感じながらゆっくりと凍らせ壊死させていく、残忍な剣。この氷は術者である私の意識を奪うか、殺さない限り決して融けない」


 織姫へと言うトウカであったが、今の織姫にはそんなトウカの言葉は届いていない。痛みのあまり身体を揺らし悶えていた。

 そんな織姫を見ていたトウカは


「アンタのような人間が私と同じ魔女だなんて信じられないわ」


 その瞳は凍り付いていて、何の感情も無い冷たい瞳をしていた。そしてそんな言葉を言われた織姫は痛みに耐え、今までの苦悶の表情を不敵な笑みに変え、トウカの足をどかし左肩を押さえながら立ち上がる。そして


「ふざけんなよクソガキが」


 体中から血を流し、限界を超えてしまっている身体で立ち上がる織姫。そんな織姫の瞳を見つめたトウカは


「あははははは。何がクソガキよ。そんなクソガキにボロクソやられてるのはいったい誰!? あんたみたいな力もなにもない女が、魔女としてこの世界に召喚された事自体がおかしいのよっ!! ねぇ、さっさと死んで?」


 そう言うとトウカを自分の身体を上空へと浮かせていく。そんなトウカを追う術のない織姫はただただ見続けることしか出来なかった。

 そして上空へと昇ったトウカは自身の右腕を天高く伸ばし


「我が心を映し出し 絶対零度の雨を降らせたまえ」


 その魔法の詠唱により真っ黒な雲が【アスタリア】を覆い、トウカの右手は青白く光る。そして天高く大きな魔方陣が展開された。そして


「フリーズレイン」


 上空に展開された魔方陣からはトウカの言葉を引き金に夥しい量の大きな氷柱が降り注ぐ。

 それを力なく見つめる織姫は


(確かにトウカが言ってように、私には何も守れない……。昔からそうだったもん。家族を守れなくて、独りぼっちになって、それでも頑張って生きてきた……。強くなろうと努力もした。でも、誰も私の事なんて見てくれなかった……。格闘技をやってただけで皆は怖がって、苦しんでいる人を助けても恐怖の瞳で見られてた……。きっと誰かを守りたいなんて独り善がりで、誰も求めてなんていなかったんだよね……。このままトウカの氷で殺されれば、少しはトウカの気持ちが晴れるのかな……)


 そして織姫は諦めたように、その瞳を閉じた。

 

 

 

 






 

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