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サー・マジョ  作者: さかな
第一部 異世界の魔女
2/22

001 プロローグ2

 


 それは昔々の物語。

 この世界は五つの種族で構成されていた。

 エルフ、サラマンダー、ドワーフ、ウンディーネ、そして━━


 そんな世界の均衡は何度か過去に崩れている。何度もぶつかり合う種族同士の戦争。領土を奪い合うための愚か過ぎる蛮行だった。

 だが、その度その度戦争は和平へと持ち込まれ、何十年もすれば裏切られる約束を繰り返していた。何も意味をもたない条約、それでも民は偽りの平和を望んでいるのであった。

 そんな曖昧な約束をし続けた結果、世界は大きな戦火へと包まれる。


『同族ではない者は皆殺しにしろっ!』


 各々の種族達は皆同じような事を口にしていた。なのにもかかわらず、争いは止むことなく凄まじさを増すばかりであった。

 嘆く民の声。戦慄に魅せられてしまった王達の高笑い。失う者、奪う者、それが彼等の力を呼び覚ました。

 彼等の力は強大な物で、どの種族も彼等に立ち向かうことは困難だった。そして戦争は終結し彼等が望んだ願いは


 世界の平和だった。


 そして彼等以外の四つの種族達は必要以上に関係性を持たず、互いの利害が一致した時だけ助け合うという形に収まった。だが、争いを止めてくれた彼等には大きな罰が与えられた。

 その罰とは、彼等の力を封印するという事だった。

 彼等はその罰を聞き、笑顔のまま頷いた。そして本当の世界平和が訪れたのであった……。



 ◆



 現在の時刻は土曜日の午後五時。

 春の太陽は遅くなる習慣があるのか、まだまだ元気にお仕事中だ。そして温かい太陽の光と、身体の熱を冷ましてくれる優しく気持ち良い風。そんな風を自室の窓を開けながら浴びている一人の女性がここにはいる。


「ヒックッ。もう、なんか、仕事なんてやってられるかー」


 頬を赤く染めながらお空に向って叫んでいるこの酔っ払いは、華虞夜かぐや 織姫おりひめ。この物語の主人公である。


 休日の夕方から酒を煽り酔っ払っている。挙句の果てにはショーパンにタンクトップという凄まじく干物女子を具現化したような身なりだ。部屋の机には何本もの開けられたビールの缶に肴の渇き物。

 どうして彼女がこんな状況なのか、それは酔っ払った彼女が自ら言うことだろう。


「どうして私は、結婚できないんだー!! それはね、確かにね、理想は高かったかもしれないよ? でもね、今はね、私を愛してくれれば誰でもいいんだよー!!」


 本当に面倒くさい酔っ払いである。理想が高いから結婚相手が現れなかったというのでなく、ただ単に織姫の性格に難があるからだと思ってしまう。


 そんな織姫はフラフラと歩きながら机の前に座る。そして机の上に置いてあったビールの缶を持ち


「グビッグビッグビッ、ぷはーやっぱりビールは最高だなっ! 発泡酒なんかでケチらないでエ○スを買ったのは正解だったなぁ」


 もうかなり飲んでいる筈の織姫は、それでもビールを一気に煽る。転がっている缶を数えるだけでも7~8本は散乱している。それでも飲み続けられる彼女は本物の酒豪なのかもしれない。


 そんな彼女の日常を見てもらった所で、華虞夜 織姫という人間を紹介しておこう。


 織姫は平凡な普通の家庭に生まれた。そしてなに不自由なく大学まで行くことが出来た。そんな織姫は中学、高校、大学とその見た目の美しさでモテモテだったのだ。

 身長も女子の平均にしては高く体も細い。顔立ちも整っていてモテると言われれば納得せざるおえない容姿だ。

 だが、そんな華やかな生活は若い時だけであって、今や彼女はアラサー。もうすぐ29歳になってしまい、曲がり角の手前まで来てしまっている。


 だからこそ織姫は酒に酔いながら机に伏せながら嘆くのだ。


「早く結婚したいよぉぉぉ……。私の何がいけないのよぉぉぉぉ……」


 瞳からは涙を流し、口からは入れたビールを垂れ流しながら織姫は悲しみを吐露するのであった。

 だが、酔っ払いという生き物は情緒不安定らしく、織姫はすぐさま元気になる。


「よしっ!! まだ明日も休みだし、まだまだ飲むぞぉぉぉぉっ!!」


 そう言うと織姫はビールの缶を手に取った。だが


「あれ? もう無いじゃん」


 今まで飲んでいたビールが尽きてしまったのか、織姫は立ち上がりキッチンにある冷蔵庫へと向った。


 千鳥足で冷蔵庫に向う織姫。十畳のワンルームからキッチンに行くのが困難なほど酔っ払ってた。


「あれー? 冷蔵庫は何処へ行ってしまったのかー? 冷蔵庫ー冷蔵庫ー。グスンッ」


 冷蔵庫まで辿り着くことの出来なかった織姫はその場で蹲り泣き出してしまった。

 どうしていきなりこの女が泣き出してしまったのか、それを理解するには時間が必要なのかもしれない。


「わ、私を独りにしないでぇぇぇぇ。冷蔵庫まで私を置いていくのぉぉぉぉぉ」


 彼氏がいない彼女にはもう冷蔵庫に頼るしか自分を慰めることが出来ないのかもしれない。そんな華のしい現実を受け入れられずに、彼女はずっと独り酒を煽っていたのだ。

 なんて惨めな女なんだ……。


「なにゆーてんねんお嬢さん」


 酒に酔い泣きじゃくる織姫に話しかける関西弁の男。だが、この部屋の中には織姫しか居ないはずだ。なのにどこからともなく男の声が聞こえてくる。


「……だれ?」


 涙を腕で拭い、織姫は声が聞こえた方を見る。そこには

 ボロボロで継ぎ接ぎだらけのスーツ。そんなスーツとは相反するような美しいシルクハット。そんな手の平サイズの小さなオッサンが織姫の目の前にいた。


「なんでそんな泣いてはるんですか。ワイがお嬢さんの悩み全部きいてやる。だからもう泣くのは止めとき」


 とても紳士的な小さなオッサン。女性に優しいみすぼらしい小さなオッサンを見た織姫は


(なんか小さなオッサンがいる……。私そんなに飲んだかな……? でもまぁいいや、話し聞いてくれるみたいだし悩み聞いてもらおう)


 完全に幻か何かと間違えてしまっている。確かに幻だと言われればそう信じるしかない。というか、現実世界で小さなオッサンが現れることすらおかしな話なのだ。

 だがそれが現実に起こってしまっているのが現状で、酔っ払ってしまっている織姫には自分の悩みを吐露するのにはうってつけだった。


「私はね、もうね、手遅れのなの……。誰もね、私をね、見てくれないの……。会社ではもうセクハラすらされないし、若い新入社員の女の子なんてピチピチでちょー可愛いの……。若い時は私だってモテてたのに……。今じゃただの行き遅れ……。給料が上がっても税金や支払いでお金ないし……。もう早く結婚したいよぉぉぉ」


 目の前にいる小さなオッサンに自分の気持ちをぶつける織姫。子供のようにワンワンと泣きながら現在の自分の状況を嘆いている。これが28歳アラサーの現実なのだ。

 自分はモテるから大丈夫と遊び続けたのがこの結果だ。織姫を慰めてくれる奴なんてもう、目の前にいる小さなオッサンくらいなものだ。


「お嬢さんの悩みは分かったで。ホンマに苦しい思いしてきたんやな。だけど大丈夫やっ!! ワイがお嬢さんに取って置きの仕事を紹介したるっ!!」


「取って置きの、仕事……?」


 自分の涙を腕で拭いながら織姫は小さなオッサンが言う言葉にオウム返しをした。そんな疑問符を浮かべている織姫の目の前で、小さなオッサンは腕を胸の前で組み自信あり気に話を進める。


「そうや。誰でも出来る簡単なお仕事や。敢えてダメな所を言うなら、お給料は現金支給じゃなく現物支給なのが痛い点やな。せやけど制服はフリフリで可愛いし、もしかしたら仕事中に運命の殿方とも出会えるかもしれへん。どうです? 騙されたと思って一回だけでもやってみませんか?」


 この小さいオッサン、怪し過ぎる。

 小さいオッサンというだけで怪しいのに、この大阪弁独特な人を誘う話し方。そしていけない仕事のような内容。ここで言っておきたいことは、甘い話には決してのってはいけません。


「制服フリフリ……、運命の殿方……。私、やってみるっ!!」


 泥酔状態の今の織姫は危機察知能力が皆無であった。怪しいとか微塵にも思っていない織姫は殿方という言葉に惹かれてしまったのであろう。どことなく今の織姫は頭の中でイケメンパラダイスを展開させているようなニヘラニヘラとした表情をしている。


「なら決まりやっ!! まぁ細かい規約書にサインをしてもらうのは後ででえぇ。まずはワイの事務所まで来てもらいますわ」


「ちょ、ちょっと待ってっ!! 私の会社、副業禁止なんだけど大丈夫かな……? そっちの都合があうなら明細とか出さないで欲しいんだけど……。あと、税金とか大丈夫……? それに何かあった時労災とか下りる……? それに私ちゃんと仕事あるからその時間に被らないようにも出来る……?」


 社会人というものはとても大変なのだと理解で来てしまう。この仕事の内容を聞くことよりも、今の会社をクビになりたくないという保身。そして自らの体を心配しているのか、その時のお金のことを織姫は気にしていた。


「お嬢さん……。アンタ何も分かってへんな。いいかよく聞いとき? チャンスっちゅーもんはな目の前にある時に掴んどかな意味がないんやっ!! 拾おうか迷ってたら隣の奴に先越されるで!? 税金や労災はワイがどうにかする。明細やてお嬢さんが出されて困るなら作らんっ!! せやけどこの仕事をするチャンスは今しかないんやで? ワイはお嬢さんの全面バックアップする。だから四の五の言わずに行くでっ!!」


 とても信頼できる上司とは、織姫の目の前にいる小さなオッサンのことを言うのかもしれない。確かに見た目は継ぎ接ぎだらけのスーツで貧乏人丸出しだ。だがここだけは誰にも譲れないという信念なのかシルクハットだけは美しく高級そうだ。そして何よりもこれから社員になるかもしれない織姫に対しての態度。今時の上司なら部下に嫌われてしまうかもしれないという恐怖からこのような強い物言いをしない。だが小さなオッサンは違う。部下を思い自分の立場など顧みずに部下へと自分の心をぶつけることの出来る人物だ。


 そんな小さなオッサンは織姫の手を掴み先ほどまで怒っていた表情を笑顔へと変えた。心なしか織姫の瞳は小さいオッサンを尊敬しているような瞳をしていた。

 そして織姫は小さなオッサンに手を引かれながらも、酔っ払ってしまっているせいか眠りへと落ちていった。



 ◆



「ん、うぅん……。あれ……? ここどこ?」


 目を覚ました織姫。そんな織姫は今自分がいる場所を把握出来ないようだった。織姫がいる場所

 木造で六畳くらいの小さな部屋。織姫が眠っていたベッドは藁の上に薄い布が敷かれているもので、寝心地が良いとはお世辞にも言えない。そして部屋の片隅には人間では考えられないような小さなデスクと椅子。例えるのなら人形遊びで使うような小さなものだ。


 目を覚ました織姫は寝心地の悪いベッドで寝ていたせいか、それともただただ歳なだけなのか首を回し自分で肩を揉む。そして


「ああぁぁあぁぁあ……。頭痛い……」


 自分のおかれている状況よりも、寝起きの二日酔いで頭が痛いと言いながら織姫は自分の頭を押さえた。その痛みに耐えながら織姫は辺りを見渡す。


(本当にここどこ……? 確か昨日は昼間っから飲んでて、夕方に変なオッサンの幻を見て、そのオッサンに仕事紹介されて……。あぁダメだ、これ以上思い出せない)


 記憶を辿るようにここへ来るまでのことを思い出そうとする織姫。だが、どんなに頑張っても曖昧な記憶しか甦らず、織姫の混乱は続いた。その時


「やっと起きてくれはったんですか。このままお嬢さんが目を覚まさなかったらどうしようかとワイ思ってたんですよ」


 織姫に話しかける手の平サイズの小さなオッサン。そんな小さなオッサンの手にはおぼんが持たれていて、その上には小さなオッサンサイズの小さなコップに水が入っている。

 そんな小さなオッサンを見る織姫は疑問しか浮かんでいないようだった。織姫のその目線に気がついたのか小さなオッサンは小さなデスクに小さなコップが乗っかっている小さなおぼんを置く。そして


「何も分からないのは致し方ないことですわ。ワイは何もお嬢さんに説明してあらへんからな。ならまずは自己紹介といきますか」


 小さなオッサンは織姫の目の前まで行くと自己紹介を始めた。


「ワイの名前は、オルヴィウス・サーベント・ジョナサンや。皆ワイのことをジョナサンって呼ぶ。まぁお嬢さんもワイのことをジョナサンって呼んでくれてかまへん」


「略して、オサーンじゃん」


 寝起きの織姫は目を薄っすらと開けて、完全に二日酔いの人間の状態でジョナサンへと言う。するとジョナサンは


「勝手に略すのはあかんでっ!! ワイはオッサンあらへんっ!! ジョナサンやっ!! ジョ、ナ、サ、ンッ!!」


 自分の名前を略されたのが嫌だったのか、ジョナサンは自分の名前を強くアピールするように繰り返した。そんなジョナサンは少し怒り気味で、だが織姫はそんなジョナサンなんてどうでもよかったのか、はたまた二日酔いで何も考えたくなかったのかジョナサンを睨みつけながら言う。


「だから、私はオッサンなんて言ってないでしょ。私が言ったのはオサーン。勝手に勘違いして勝手に説教とかやめてくれる? つかアンタ誰」


 素面になると人間とはここまで変わってしまうものなのか。泥酔している時の織姫は、確かに歳はいっているが少女のような瞳をし、自分の過去を嘆いているいたいけな女だった。なのにもかかわらず今ジョナサンの目の前にいる女は完全に悪の道へと足を踏み込んでしまった極悪な存在だった。

 睨み付けるようにジョナサンへと言葉を発した織姫に対して、ジョナサンは体を小刻みに揺らしながら返答をする。


「だ、だからワイはオルヴィウス・サーベント・ジョナサンゆーてはるやないか。というか、お嬢さんが望んだからワイがこの世界に連れてきたんや。ワ、ワイはなにも悪くないぃぃ」


「アンタが私の望みを聞いた? ふっ、私がどんな願いをしたか分からないけど、こんな意味不明な状況になるような願いなんてしてないね」


「な、なにをゆーてはるんですか。お嬢さんがワイに『結婚したいー』『私は行き遅れなんだー』ゆーて泣きじゃくってたやないですかっ!?」


 この場所に来る前の織姫の状況を話すジョナサン。そんなジョナサンの言葉を聞いて織姫は瞳を見開きながら言い返す。

「わ、私がそんな事言ってたの……!? 確かにそういう事はいつも考えてるけど……。だからってこんな意味不明な所に監禁されるおぼえはないっ!! もうなんでも良いから家に帰してよ!!」


「それは無理な相談ですわ……」


 少し酔いが醒めてきた織姫がジョナサンへと正論を述べるが、ジョナサンは織姫の言葉を一蹴する。互いに状況が読み取れていないからこそ生まれる行き違い。織姫をここへ連れてきたジョナサンですら今の織姫の反応に困っているようだった。そしてジョナサンは話し出す。


「ワイはお嬢さんに仕事の話をした。それはこの世界、お嬢さんの生きてる世界とは異なる異世界での仕事です。お嬢さんの世界から召喚された女性のことをワイ等は魔女と呼びます。そしてこの世界に召喚された魔女は一つ条件を満たさない限り現世へは戻れないんですわ……」


「なにそれ……? 意味わかんない事言わないでよ……」


「それがこの世界のルールです。ここはお嬢さんから見た異世界。四つの種族からなる世界なんです。そしてここはその中のエルフ領。エルフが統一する国の領土になります。ワイはそんなエルフ領の端っこで小さな会社を切り盛りする小さな妖精さんとでも言っておきましょか」


 ジョナサンの言う異世界でのルールを聞き織姫の表情は青褪め、言葉すら発することを止めてしまった。そんな織姫に対してジョナサンは異世界の補足を話し始める。


「そして魔女はこの世界において特別な存在です。力を有した存在とでも言っておきましょか。その力ゆーのが魔法のことです。お嬢さんの世界ではありえへん力ですが、この世界は魔法が存在する世界です。そしてその魔法を使う事が出来るのが魔女なんですわ」


 魔女という存在。それがこの世界では重要視されていて特別な存在だという事がハッキリした。ジョナサンが召喚した織姫も魔女になる。それがとても大切な事なのだとジョナサンは言いたいのかもしれない。


「てかちょっと待って……。アンタさっき条件を満たさなきゃ帰れないって言ったよね?」


「そうや」


「だったら私はいつ帰れるの!? その条件ってなにっ!? つか私、明日仕事なんだけどっ! 先週の会議で決まった企画の話し合いがあるんだけど……。え、てか、私書類まとめなきゃいけなかったんじゃんっ!! あーもう、どうしよう……」


 織姫は頭を抱えながら絶望している。異世界にいるのに現実世界の事を考えているあたり、人生を少しでも長く生きてきた人の象徴なのかもしれない。

 だが織姫は刹那の時間で我に帰り


 ガバッ


 物凄い勢いと力でジョナサンを鷲掴みにする。そして


「おいオサーン。何でも良いからさっさと現実世界に戻る条件を言いなさい。明日の会議を私が欠席するような事態になったらアンタをバラバラにして生きたまま殺してあげる」


 その瞳に殺気を纏いながら織姫はジョナサンへと言い寄る。


「がっ、お、お嬢、ぐはっ、ち、力……」


「あぁ!? 何言ってんのかわかんねぇんだよっ!!」


「せ、せやから……、握る、力……、強すぎなんです……」


 物凄い怒声を上げる織姫に対して、物凄い力で握りつぶされそうになっているジョナサン。もがく事は出来ず声を発する事も困難なほど、織姫はジョナサンを強く握っていた。


「あーごめんごめん。明日の会議の事を考えると少し力入りすぎちゃったわ。マジめんご」


 織姫の表情は決して誰かに対して謝罪をする時の表情ではなく、そしてその声音も真っ直ぐで感情がなにも込められてない棒読み状態だった。

 そんな風に謝っている織姫は力こそ抜くもののジョナサンを手放す素振は全く見せなかった。


「……あぁ。ほんまに死ぬかと思ったわ……。それじゃなくてもお嬢さんは魔女補正がこっちの世界では適用されてねん。ほんま力加減は考えてーな」


「魔女補正? まーそんな事どうでもいいから早く帰れる条件話なさいよ」


 自分の話を聞いてもらえないと悟ったジョナサンは深く溜息を一つ吐き、織姫が欲している情報を話すことにする。


「お嬢さんが元の世界に戻れる条件は、ワイの仕事を手伝うことや」


「アンタの仕事?」


「ほんま何も覚えてへんのやな。まぁあの時はかなり泥酔状態やったし仕方あらへんかもしれんけど……。まぁえぇわ」


 ジョナサンは再度、織姫が何も覚えていないという事を理解する。

 そしてジョナサンの条件というものを話すのであった。


「さっきも言ったけどワイは会社を経営しとる。ワイの会社は所謂【なんでも屋】みたいなもんや。仕事の内用は様々で探し物とか他の仕事の手伝い。ゆーてしまえば殺しを引き受ける。まぁワイにもプライドっちゅーもんがあるから、殺しなんて絶対に引き受けないけどな」


 そう言い笑うジョナサン。そして織姫は自分の中で状況を理解し尤も知りたい情報をジョナサンへと問う。


「アンタが【なんでも屋】をしてるのは分かった。そして私は早く現実世界に帰りたい。それで、仕事の内用ってなによ」


「何ゆーてはるんですか?」


「えっ……?」


 織姫はジョナサンの言葉を聞き理解が出来ないのか、眉を八の字に間抜けな声を上げた。

 そしてジョナサンは開き直ったように言葉を発する。


「仕事なんてあらへんわ。むしろ仕事が欲しくて欲しくて堪らんっちゅーねん」


 ジョナサンは織姫を嘲笑うように微笑んだ。

 そんなジョナサンの態度が気に食わなかったのか、はたまた呆気にとられてしまったのか。織姫の動きが止まってしまった。

 だが、その時間はとても刹那な時間であって


 グシャッ


 部屋の中に響き渡る生物が強く握られたかのような音。その音を不快と思う人のほうが多いかもしれない。だが、その音の発生源は織姫の手の中であった。


「てめぇ……。仕事もねぇのに私をこの世界に連れてきたって言いてぇのかよ」


「ちょっ! お、お嬢さんっ!! ち、力……、か、加減考えて……」


「確かに酔っ払ってて私は何も覚えてないよ。どういう経緯でこの世界に来たのかも私は何も覚えてない」


「ち、力抜いてぇぇぇ!! 出るからっ!! 口からなんや内臓的なもの出るからっ!!」


 ジョナサンの声が届いていないのか、織姫は更に力強くジョナサンを握る。

 苦しんでいるジョナサン。だが自業自得と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。


「だけど仕事がねぇってどういう事だよっ!! 私は明日、大事な会議があるって言ってんだろーがっ!! さっさと帰って書類まとめなきゃいけねぇんだよっ!!」


 グチャッ


 先ほどよりも嫌な音が響く。

 そしてその音と同時に織姫の手の中で虫の息になっているジョナサン。そんなジョナサンはぐったりとしてしまっていて、動きを止めてしまった。


「ちっ」


 織姫は舌打ちをしジョナサンを解放する。

 地面に落とされるジョナサンは全く動く気配を見せない。そんなジョナサンを見ていた織姫はジョナサンのことが心配になったのかゆっくりと動かなくなったジョナサンの身体に触れる。


「ちょっと早く起きなさいよ。強く握りすぎたのは私が悪かったから……。アンタが起きてくれないと私は現実世界に帰る事が出来ないの」


「ほんまに、ワイの力に、なってくれるん……?」


「なるわよ。仕事がないなら私が営業かけるから」


 少しでもジョナサンに情が移ってしまったのか。それとも本当にジョナサンを失ってしまったら自分が帰れなくなると思ったのか。織姫は優しくジョナサンの手当てをする。

 そして少しの元気を取り戻したジョナサンは織姫に言っていなかったことを告げる。


「そのなんや、お嬢さんが心配しとる時間の問題なんやけど。こっちの世界とお嬢さんの世界とじゃ時間の流れが違うんや。お嬢さんの世界の時間よりもこっちの世界の時間のほうが何倍もゆっくり動いてる。せやからそんなに焦らなくてもお嬢さんの言う明日には絶対に帰れるで」


 この世界とあっちの世界の時間の流れが違うことを告げるジョナサンは微笑んだ。そしてそんなジョナサンの言葉を聞いて完全に呆れ返ってしまっている織姫。


(本当にこのオッサン適当すぎるだろ……。つか本当に私は元の世界に返れるの……? それじゃなくても未だに異世界とか信じられないし、私は夢でも見てるの……?)


 自己の中で疑問を浮かべている織姫はそれでも必死に今の現状を受け止めようとしている。そうでもしなきゃ認識できない現状だらけで自分の頭がパンクしてしまうと思ったのだろう。だからこそ十代の若者にはない諦めて全てを受け入れる、という思考に至ったのであろう。

 そんな織姫は嘆息しこれからのことをジョナサンに話し始める。


「それで具体的に【なんでも屋】っていう仕事はどうやって仕事を取ってきてるの?」


 ジョナサンの経営している【なんでも屋】。この世界の【なんでも屋】も織姫の世界と同じような職種に近いのは分かるが、確かに織姫が言うようにどうやって仕事を取ってきているのか気になる話だ。


「どうやっても何も、依頼人さんがここに来て、依頼を承諾するんや」


 ジョナサンの言葉で絶句してしまった織姫は数秒間フリーズする。そして織姫は復活を遂げたと同時に


「そ、それでいつから仕事が入ってないの……?」


「あーそうやな。かれこれ半年くらい依頼が来てへんな」


 半年の間、なにもしないでお客が来るのを待っていたジョナサン。本当にこの小さなオッサンが会社を経営していけるのか疑問に思っている織姫。

 そして織姫はふんぞり返っているジョナサンの小さな腕を掴み


「そんなんで客が来る訳ないでしょっ!! 私が営業かけてあげるからアンタも付いて来なさいっ!!」


「ちょ、お嬢さんっ!! そんなに急かさんでも待ってればお客さんは来てくれますよっ!」


「私はさっさと元の世界に帰りたいのっ!!!!」


 織姫の怒号とともにジョナサンの家から二人は出て行った。

 自分の世界へと帰るための仕事を探しに。

 




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