017 異世界の魔女 雨の中で
多くの事件が起こり、休む暇すらなかった数日間。
神獣討伐に魔女との遭遇。戦い傷つき、そしてその度自分達の心をの中を露わにし彼女達の絆は強いものへとなっていた。
だが、その結果が全て良い方向へといっている訳ではない。魔女との出会いで変わってしまった存在も確かにいるのだ。
そんな数日間を経て、絆が強くなった織姫とアヴァン。
今織姫はアヴァンの部屋へとジョナサンと共に来ている。それはアヴァンが大怪我を負ってしまい床に伏せていたからだ。
所謂、お見舞いというやつだ。
「体の調子はどう? アヴァン」
「あぁ問題は無い。だがまだ、肋骨に入ってしまったヒビは完全に治っていないみたいで、まだズキズキと痛むよ」
アヴァンのベッドの横で椅子に座り、アヴァンを心配している織姫。そんな織姫へと苦笑を浮かべながらも冗談交じりで返すアヴァンだった。
そしてアヴァンはそのまま言葉を紡いだ。
「だが、あの時は本当にすまなかったな。私のお願いを聞いてもらって助かった……」
「私だって本当はアヴァンの事なんて無視して戦いたかったわよ……。でもそれじゃ、アヴァンの気持ちが報われないって思ったから……」
魔女トウカとの戦いを振り返る二人。そんな二人の会話をただ黙ってジョナサンは聞いていた。
「本当に魔女というものは恐ろしいほど強いな。私のようなエルフは魔法を駆使しても敵わなかった……。そんな見誤った私はこんな大怪我をしていて……、本当に情けない……」
唇を噛み締め、悔しさを露わにするアヴァン。トウカと対峙するその瞬間まで自分を追い込み、高みへと昇ろうと強さを追求してきたアヴァンにとっては、自身の数年間を否定された気分なのだろう。
その悔しさを理解できなくて、歯痒い気持ちになっている織姫。そんな織姫は一瞬だけ苦しそうな表情を見せたが、次の瞬間には普段の織姫に戻っていて
「まぁ、完膚なきまでにやられたんだから、これからはあんまり無理しないって約束してよー? 私にとってアヴァンはもう、大切な家族なんだからねっ!」
「織姫……」
怪我をしているアヴァンを元気付ける為に言ったのか、はたまた敵を討てなかった事を気にかけたのか。織姫の言葉は優しく、少し怒っているような口調でもアヴァンを心配している気持ちが伝わってくるようだった。
そして織姫は立ち上がり
「じゃ、私は用事あるからもう行くよ。オサーンはどうする?」
「ワイはアヴァンはんに用事があるんで、ここに残ります」
アヴァンのベッドに座っていたジョナサンも立ち上がり今まで織姫が座っていた椅子に場所を移した。そして
「アヴァンに用事ってなによ?」
織姫の言葉を聞いたジョナサンの表情が変わった。その顔はとても変態的なオッサンの顔で、ニヤニヤといやらしい表情であった。
「何って、そんなん決まってるやろ……。今のアヴァンは大怪我をしていて簡単には動けない状態です、そしてそんな無防備なアヴァンはんにエッチな事が出来る千載一遇のチャンスなんやっ!! たまにはナイチチで楽しむのも一興ゆーやないですか」
ニタニタと笑い、その手をワシャワシャと動かしアヴァンへとゆっくり近づくジョナサン。
そんなジョナサンの言葉を聞き、今の行動を見ている織姫は
「あーそんな事か。まぁアヴァンに殺されないように気をつけてねー」
「ちょ、ちょっと待て織姫っ!! 今まさにこの私が小さい妖精さんに卑猥な事をされる寸前なのだぞっ!? そんな大事を「そんな事か」で片付けるなっ!!」
織姫は何事も無かったかのようにジョナサンへと返答をし、アヴァンはそんな織姫へと傷ついた体のまま怒声を上げる。
そんなアヴァンに織姫は
「大丈夫、大丈夫。オサーンは本当にデカイのにしか興味ないから。普通にアヴァンに用事があるだけだと思うよ。じゃ、私はもう行くね」
そう言い織姫は去って行った。そして残されるアヴァンとジョナサン。
そして織姫の言葉を信じて良いのか分からない状況のアヴァンは、現在のジョナサンをその眼へと入れる。そこに居たのは
「ふふふふ。織姫はんもいなくなった事ですし、ワイと楽しゅうことしましょっか、アヴァンはん」
ただの変態なオッサンだった。
「お、織姫め……。騎士たる私を騙したのだなあああああああっ!!!! や、止めるんだジョナサン……、や、やめてえええええええええっ!!!!」
怪我で体を動かせないアヴァンは小さな抵抗として、腕を自分の眼前へと持って行きガードした。そんなアヴァンを見ていたジョナサンは
「ぷっ、あはははははははっ!! ほんまにアヴァンはんは純粋なんやな。ここまでビビるとは思いませんでしたよ」
腹を抱えながら大笑いするジョナサン。そしてそのジョナサンの笑い声を聞き、呆然としてしまっているアヴァン。
そしてアヴァンは気がつく、自分はからかわれていたという事に。そんなアヴァンの表情は見る見るうちに赤くなり、何にも話さずただただ恥ずかしさでベッドに顔を埋めた。
「貴様等が王宮に来てから、私の騎士たる威厳は失われる一方だ……」
顔を埋めるアヴァンは小さな声で言った。その言葉は後悔や苦しみといった感情は込められてはなく、ただただ最近の出来事を思い出し恥ずかしがっていた。
そんなアヴァンにジョナサンは
「まぁまぁ、そんなに落ち込まんといてくださいよ。ワイの用事がまだ済んでないんやから」
そう言うジョナサンはアヴァンの目の前に座る。そしてアヴァンも埋めていた顔を上げジョナサンを見た。
そんなアヴァンが見たジョナサンの表情は真剣なもので、何かを察したアヴァンもジョナサン同様に表情を変える。そして
「それで、私にどのような用事があったのだジョナサン」
「あの日の事や……」
あの日という言葉を聞いてアヴァンは眉を顰める。それはアヴァンがトウカと戦い大怪我をした時の話だったからだ。
「あの日、アヴァンはんを運んできた織姫はんの事や。きっとそれはアヴァンはんにも知る権利があるって、ワイは思う。せやから━━」
ジョナサンの表情は悲しさを纏い、静かに語り始めた。
◆
それは急に降り出した大雨の日。誰もが何も起こらないと思い、安堵している最中の悲劇だった。
織姫の意識が戻り、アヴァンと二人休日を楽しんでいると王宮の誰もが思っていた。
神獣討伐を経て織姫とアヴァンの間には少しばかりの絆のようなものが芽生え始めていて、それを他の騎士団達も分かっているようだった。
男だらけの団に女一人。そして歳も若いという事から騎士団の皆はアヴァンを少し心配していたのだ。そんな時に現れた織姫。そして織姫という友が現れた事実が騎士団の皆は嬉しかったのだ。
門の前で警備をしている騎士団員はそのような話で盛り上がっていた。
力こそアヴァンには勝てないのかも知れないが、妹のように思ってくれていたり、逆に若い騎士団員は姉のように慕っているのだ。
だが、そんな笑顔で話している騎士団の二人の笑顔が消える現実が訪れる。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
二人の目の前に現れたのは雨で綺麗な純白のワンピースをグチャグチャにした女性と、そんな女性に抱きかかえられている銀髪の女性だった。
初め、その姿を見た時に団員は思った。『いったい何が起こったんだ』と。それはその現実をすぐさま理解したくないと言う心理があったのだろう。
だが、それが現実なのだと理解した団員の表情は青褪め
「ど、どうしたのですか織姫殿っ!? そ、それに……、アヴァン団長っ!?」
織姫の下へと走って近づいてくる二人の団員。そして二人へと近づいた団員はボロボロになっていて気を失ってしまっているアヴァンを目にする。
二人はアヴァンの体を揺さぶりながらアヴァンの名を叫び続けた。
そんな二人に織姫は
「お、お願い……。早く、アヴァンの手当てを……」
息を切らしながらも必死で言葉を紡ぐ織姫。そんな騒がしくなった門の前に一人の男が駆けつける。
「どうした。いったい何があったと言うのだ」
とても大柄なで筋肉質な男。身長はゆうに一九〇を超えていて、丸太のように太い腕と足。そしてアヴァン騎士団員同様に甲冑を身に纏っていた。
そんな男は織姫達へと近づいて
「これは……、何があったんだ……!?」
先ほどと同じような言葉を言っているが、大怪我をしているアヴァンを視野にしれるやいなや、男の表情も団員同様青褪め、現状を把握することで精一杯だった。
「ザ、ザガン副団長。アヴァン団長が、アヴァン団長が……!!」
取り乱している団員をよそにザガンは織姫へと近づき
「いったい何があったのですか、織姫殿」
「帰りの道中で襲われた……。襲ってきたのは【ティファレ】の住人で、だけどそれは魔女のトウカに操られてるエルフだった……。そしたら、トウカが現れて……、アヴァンが戦って……」
あの時の現状を途切れ途切れで話す織姫。そんな織姫の言葉を聞いたザガンは一度織姫との話しを中断し
「おい、早くアヴァン団長を医務室へと運べ」
そう団員へと告げる。そんなザガンの言葉を聞いた団員達はアヴァンを急いで王宮の医務室へと運んでいった。
そして織姫とザガンは二人になる。
「それで織姫殿、今の貴殿の話しの内容からすると魔女と戦ったのはアヴァン団長だけという事になりますが」
団員がいなくなったからなのか、鋭い眼光で織姫を睨みつけるザガン。そんなザガンへ織姫は視線を逸らし
「ごめんなさい……。私も戦えばよかったのに……、私には、何も出来なかった……」
「魔女の貴殿が敵の魔女を眼前に何もせず、あろう事かうちに団長を贄にしたという事か……?」
低い声音で言うザガン。そんなザガンの言葉を聞いてとうとう織姫は何も言わなくなってしまった。
だが、そんな織姫の態度が気に食わなかったのか、ザガンは疲れ果てている織姫の胸倉を掴んだ。
「それが貴様の正体かっ!! 異世界の魔女とは野蛮で不条理だと聞いていたが、ここまで腐っているとは思わなかったぞっ!!」
「……ぐぁっ!」
胸倉を掴まれ宙へとその体を浮かせる織姫。そんな織姫に鬼のような形相で罵声を浴びせるザガン。
そんな大声を出したザガンの声が城内にも聞こえたのか、はたまた大怪我を負ったアヴァンが運び込まれたのか、その異変に気がついたジョナサンとリリーナが織姫たちの所まで走ってきた。
そして
「何やってるんやオッサンっ!! 織姫はんから手ぇ放せやあああああっ!!!!」
響き渡るジョナサンの怒声。そしてジョナサンは織姫の肩へと乗り、目の前のザガンを睨みつけた。
「確か貴様はこの魔女と【アスタリア】へと来た妖精だったな。貴様同様、魔女という存在はやはり忌むべき存在だったのだ。伝説上でしか存在しない魔女や妖精。そんな者達を【アスタリア】へと招きいれた事自体が間違えだったのだっ!!」
ジョナサンの怒声に負けないくらいの怒号だった。その叫びを聞いたジョナサンは怒りを覚えている。そんなジョナサンとザガンの傍にいるリリーナは何も言葉を発さなかった。
だが、次の瞬間、リリーナの胸元から出てきたチャロはその体を輝かせ、自らの魔力を解放した。
「ガルルルルルルッ!!」
魔力を解放したチャロの姿はザガンの何倍もの大きさへと変化した。そしてチャロが現れると同時にザガンは織姫から手を離し一歩後ろへさがった。そして
「し、神獣……、獅子神っ……!?」
織姫とジョナサン、そしてリリーナをザガンから守るように立ち塞がるチャロ。そのチャロの姿をその眼へと映したザガンは目を見開き少しの恐怖を感じている様子だった。
「好き好んでこんな所に来たとちゃいます。ワイ等は仕事の依頼があったからきたんや。せやけど、これ以上ワイの部下を傷つけるいーはるんやったら、ワイも黙ってませんで」
チャロがこの場にいるから粋がっているのではない、ジョナサンのその怒りの迫力は本物で、エルフ領で一番強いと言われているザガンですらチャロにではなく、ジョナサンに恐怖を抱いていた。
そんな中、リリーナが震える声で口を開いた。
「ど、どうしてなんです……。どうしてザガンさんは姉様を傷つけるです……? ザガンさんは凄く優しいお方です。なのに、どうして……!!」
「リリーナ殿……」
雨が降っているせいで、今のリリーナが涙を流しているのか分からない。声が震えているのはたんに恐怖からなのか、それとも悲しみからなのか。雨の雫はそんなリリーナの涙を消し去っていた。
そしてそんなリリーナの言葉を聞いた織姫が
「オサーンもリリーナもチャロも、やめて……」
ザガンに胸倉を掴まれ、放された織姫は地面へと落ちその場で横たわっていた。だがリリーナの言葉を聞いて気力が湧いたのか、その体を起し言ったのだ。
そんな織姫へと目線を変えるジョナサンとリリーナ。そしてチャロはいつもの子猫の姿へと戻り織姫へと飛びつく。
そして立ち上がった織姫はザガンへと言葉を紡ぐ。
「副団長の……、ううん、元団長のザガンさんなら知ってると思うけど……。アヴァンの両親は魔女に殺された……。そしてその両親の敵が、トウカだったの……!!」
「……!?」
織姫の言葉を聞いたザガンの表情は驚きで満ちていた。それはアヴァンの過去を知っている者だけが出来る表情で、そんなザガンは静かに織姫の話しを聞き始める。
「私だって戦いたかったっ!! アヴァンの両親を殺したトウカが憎かったっ!! だけどアヴァンは……、私に手を出すなって言ったの……。自分で決着をつけるって、私に言ったんだよ……!! そんな事言われたら、アヴァンがトウカに勝てないって分かってても手なんか出せないんだよっ!! 結局、私がアヴァンを見捨てたのは間違ってない……。ザガンさんが怒るのも分かってる……。だから、ごめんなさい……」
そう言い泣き崩れる織姫。そして織姫の言葉を聞いたザガンの表情が無になっていった。
そんなザガンは泣き崩れる織姫へとゆっくり近づき
「貴殿は傷ついていくアヴァンをその眼で見ていたのだな。貴殿は自分の想いをその拳へと顕現させているアヴァンを見ていたのだな。どんなに傷ついても、どんなに勝てない相手だとしても、自分の敵に向っていくアヴァンを見ていたのだな」
全ての問いに頷く織姫。そしてその問いを言い終わる頃には織姫の目の前へまでザガンは来ていた。そして
「私では救えなかったアヴァンの心を救っていただき、感謝する……。目の前で傷つくアヴァンを見続ける事はさぞ辛かったであろう……。そんな織姫殿の気持ちにも、アヴァンの気持ちにも気がつけなかった愚かな私を、許してくれ……」
ザガンは織姫の目の前で膝をつき、愚かな自分の責を懺悔する。そんなザガンを見た織姫は
「何言ってんの……? 悪いのは全部私なんだから……。アヴァンを守れなかった……、また私は守れなかった……。父さん、母さん……、理名……」
バタンッ
その言葉を言い終わると織姫は意識を失った。
それはここまでアヴァンを担ぎながら全力で走ってきた疲れだったのだ。それに咥え、アヴァンを救えなかったというストレスに激しく降り続ける雨の影響もあったのであろう。
「織姫はんっ!! 織姫はんっ!!」
「姉様っ!! 姉様っ!!」
気を失った織姫の名を叫ぶジョナサンとリリーナ。そんな倒れた織姫をザガンは
「私が運ぼう」
そう言い、織姫を担いだのであった。
◆
そして現在。
アヴァンの部屋にいるジョナサンとアヴァン。話し終わり二人とも無言になってしまっていた。
ジョナサンは自分にももっと何か出来なかったのかと後悔していて、アヴァンは自分の知らなかった真実を聞き、言葉をなくしているようだった。
沈黙は続いていき時計の秒針の音が部屋中に響き渡るくらい静かな空間へと化していた。だがそんな静寂を破ったのは
「最後の最後まで、織姫は私を守ってくれたのだな……」
アヴァンだった。
そんなアヴァンの言葉を聞いたジョナサンは俯いていた顔を上げ、アヴァンの目を見ながら
「そうや。織姫はんは皆を守りたいって言います。きっと目の前でボコボコにされてるアヴァンはんの姿を見て、ほんまに嫌だったんでしょう……。それでも織姫はんはアヴァンはんの気持ちを優先したんや。それを聞いてアヴァンはんはどう思います……?」
「そうだな。正直、すまないという気持ちが先行してしまう。だが織姫があの時、手を出さなかった事で、今の私の気持ちはどこか清々しいのだ。結局何も守れない自分の弱さ、そして大切な友に迷惑をかけてしまう愚かしさ……。だが。そこまで無我夢中になって戦って、今の自分を知れた事で、少しだけだが過去に決着がつけれたような気がしたんだ。今の自分はとても弱い。だからこそ過去の幼き自分に背を向け、前を向いて歩いていかなくてはならないのだ」
一瞬間を置くアヴァン。そして
「そうしなければ、きっと死んでいった父さんや母さんの心も報われない……。そして何より、私の騎士道に反してしまうんだ」
そう言い微笑むアヴァン。その微笑みはどこか女性的で、騎士の仕事をしている時のアヴァンとは別物であった。
その笑顔を見たジョナサンは頷き、何かを決意していた。
「せやな。ワイ等のここでウジウジしててもしゃあないな。というわけで、アヴァンはんは早く体を治すこと、そしてまた織姫はんの隣で笑ってやってください」
「……ジョナサン」
ジョナサンの言葉はアヴァンの心へと染み渡った。そして笑顔になる二人。
再び戦いが起こる事を知らない二人は、今のこの心がつながりあえているという喜びを感じていたのであった。