015 聖都ティファレ エリスの夢
静まり返る空間。空気の音が耳を痛めるほどの静寂。そんな部屋の中にはジョナサンとエリスがいた。
困惑している表情のジョナサン。それとは相反するように無表情のエリス。
そんな静寂を破ったのは
「エリスはんはいったい何を知ってるんや……?」
ジョナサンだった。
「先ほども申しましたが、私は殆ど知りません。それにもう一人の魔女現れたという事は、もう一人の妖精がいてもおかしくない。その結果に辿り着き、私はオルヴィウスにお願いがあるのです」
「ワイにお願い……?」
エリスの言葉を聞き更に困惑するジョナサン。そんなジョナサンの態度は予想内だったのか、エリスはそのまま冷静に話しを続けた。
「私には夢があります。それはこの世界の完全統一です。今の現状では四大種族同士の関係は微々たるもの。それは過去の50年戦争の影響なのは貴方も知っていますね?」
エリスの問いに頷くジョナサン。
「私も文献でして拝見していませんが、50年戦争はあまりにも惨い戦争だったそうです。その結果、我々四大種族は必要以上の関係をもてない状態にまでなってしまいました。私はそれがとても悲しいのです。この世界の者達はもっと自由に関係を持つことが出来る。だがそれをすれば再び戦争が起こるでしょう。俗物な者達の考えが民を殺してしまうのです」
無表情が一変し、エリスは悲しそうな表情を浮かべる。それはきっと民の事を思い全ての存在の幸せを考えているからだ。
優しい姫様の夢はとても儚いものだったのかもしれない。
「だから私は貴方にお願いしたい。もう一人の魔女、トウカの生け捕りを」
「何、言ってるんや……? エリスはん」
エリスの言葉は衝撃的なものだった。それは魔女トウカの生け捕り。その生け捕りというのがどういう意味なのか、エリスが話し始める。
「先ほども言ったように私の夢はこの世界の完全統一です。それをおこなうには我欲に囚われてしまった者の排除が絶対的な条件になるのです。ですが我がエルフには他の種族に抵抗できる程の武力を持ち合わせてはいません。だから私には夢を叶える為の力が必要なのです」
力を欲するエリスの表情は怒りに満ちていて、この世界の膿を全て憎んでいるような顔をしていた。
だが、ジョナサンはそんなエリスに異見する。
「エリスはんの言ってる事は矛盾しとる。この世界は今のままでも平和や。それなのに統一をしたい為に、エリスはんはもう一度戦争をしようとしとるやないか。そんな力なんて誰の幸せにもつながらへん。それはエリスはんの一人善がり━━」
「分かったような口を聞かないでちょうだいっ!!!!」
ジョナサンの言葉を遮りエリスの怒号が響き渡る。
「貴方は何も知らないからそのような事が言えるのですっ!! 今のこの世界が平和ですって……? こんな平和はただの仮初でしかない事に気がつきなさいっ!! 民を真実から遠ざけて、偽りの平和を与える。そして不必要になれば陰で始末し何も無かったかのようにするのが今の世界の真実ですっ!!」
言い終わりジョナサンを睨むエリス。その瞳を見つめるジョナサンは静かに言い返すのであった。
「確かにワイはこの世界の事はおろか自分が本当は何者なのかもわからへん……。それでもなぁ……、今エリスはんが言ってた事がまちごうてる事だけはワイにだってわかんねん……!! 平和の定義も幸せの定義も皆違うっ!! 何でそないな考えになってしもうたんや……?」
間違えている考えを諭すように考え直させようとするジョナサン。その言葉はジョナサンの優しさで埋め尽くされていて、本気でエリスの事を心配しているようだった。
まだ二人が出会ってから数ずつというのにも拘らず、ジョナサンはずっと昔から一緒にい者のようにエリスへとその優しさをぶつけていた。だが
「平和の定義も幸せの定義も皆違う……ね。そうね、そうよね……」
「そうや、皆違うから楽しいんや」
「いいえ、その考えを統一することによってこの世界からは争いが無くなり真の平和が訪れるのです」
一瞬、ジョナサンの意見を肯定したかのように見えたが、エリスの考えは何も変わってはおらず、ジョナサンは俯いた。そして
「そう、その真の平和をもたらす為には力が必要なの。この間の神獣討伐では獅子神を我がエルフの手中におさめる事が成功した。そして何よりその神獣をコントロールする事の出来る魔女、織姫。彼女はエルフで最強の武力になるわ。そしてもう一人の魔女トウカを我が傘下に入れることが出来れば、魔女二人に獅子神。これ以上の抑止力は無いわ。あははは……、あはははははははっ!!!!」
狂ったかのように笑い出すエリス。そんなエリスにはもう何も見えていなくて、目の前にいるジョナサンですら眼中には入っていないようだった。
自分が求めている世界の未来の為に、力を欲しそして壊れていくエリス。そんなエリスを止める事の出来ない無力さを感じているジョナサン。
そしてエリスは狂ったまま話しを続ける。
「そうよ魔女二人と獅子神がいれば四大種族会議をおこなって我がエルフの意見を他種族に聞かせることが出来る。武力で最強のサラマンダーを押さえ込み、それと同時に賢者が沢山いるウンディーネも押さえ込める。そしてドワーフなんて力で捻じ伏せてしまえばいいんだわ。これで、エルフがこの世界の王になるのよ」
言い終わりエリスはジョナサンの方へと視線を向けた。そしてゆっくりとジョナサンへと近づき、ジョナサンの身体に触れる。
「ねぇオルヴィウス。貴方は私の考えを否定していて、私のお願いを聞いてくれないようね。でもね、これは貴方にとっても利益のある事なのよ? さっき貴方は言っていたわね自分の事が分からないと、でもね私は貴方を知っている。貴方は自分を知りたくはない?」
妖艶な笑みでジョナサンを誘うように言うエリス。そんなエリスの白く細い綺麗な指がジョナサンの頬をなぞる。
普段のジョナサンならこれで大喜びしているはずなのに、ジョナサンはエリスの発した言葉を聞いて
「ワイの事を知ってる……? なんやそれ、何でしってんねっ!!」
「私が知っている事はほんの些細な事よ。でもね、私の願いを聞き入れてくれないのならそれを教えることは出来ないわ。さぁ、どうするオルヴィウス?」
(ワイは自分が何者なのかしらん……。妖精とか何とか言ってても、ワイは自分が何なのか分からんのや……。ここでエリスはんのお願いを聞けばワイが何者なのか分かる。せやけどそれはエリスはんの計画に加担することや……。ワイはどうしたらえぇんや……!!)
自分の思考の中で葛藤し続けるジョナサン。そんなジョナサンはすぐに答えが出せないでいた。
それに気がついたのかエリスの指がジョナサンから離れ
「まぁいいわ。時間はまだまだあるのだから。ゆっくり考えて答えを出してちょうだい。良い返事を期待しているわ、オルヴィウス」
不気味で妖艶な笑みを浮かべながら部屋から出て行くエリス。
そしてジョナサンだけが部屋に残された。
エリスがいなくなった部屋の中はとても静まり返り、ジョナサンがいるのにも拘らず誰もいないんじゃないかと錯覚してしまうくらいの静寂だった。
そして残されたジョナサンは項垂れ、自身の中で問題が山積みになっていく重圧に潰されそうになっていた。
(ワイはどうしたらえぇんや……。織姫はんの事もエリスはんの事も……。ワイにはもう何もわからへん……)
頭を抱えその小さな身体を更に小さくしているジョナサン。そんな時
「オサーンさん……いるです……?」
部屋に入ってくる一人の少女。その少女の声はジョナサンを心配しているもの
「なんや、リリーナはんか。もうお手伝いはおわったんか?」
ジョナサンに声をかけたのはリリーナだった。
小さな体躯に大きな胸という絶妙なバランスな彼女の体系。長く伸びた栗色の髪の毛は少しの風でも靡いてしまうくらい細いものだった。
そんな彼女はジョナサンへと近づき
「何かあったです? オサーンさん」
ジョナサンの言葉を無視して心配するリリーナ。そんなリリーナにジョナサンは
「なんもあらへんよ。大丈夫や。ワイは大丈夫……。それよりも、リリーナはんの体も大丈夫か? なんやここに来てから悪そうだったで?」
王都【アスタリア】に着いてエルフ王へと謁見をしている最中、突然リリーナは意味不明な事を言い出し、その一瞬の記憶がないと言っていた。
そんなリリーナを心配した織姫はリリーナを休ませることにしたのだ。だがその事があっただけでリリーナ自体の体には何も起こってはおらず、普通に王宮の仕事を手伝えるくらい元気であった。
「私は大丈夫ですっ! それに沢山のお友達も出来たですっ。メイド長のシノンさんと、庭師のガイルさん、それに騎士団副団長のザガンさんとも仲良くなったですっ!」
楽しそうに嬉しそうに話すリリーナ。そんなリリーナの話しを聞き続けるジョナサン。
リリーナが仲良くなったというメイド長のシノン。
彼女は若くして王宮メイドの長になり現在24歳。彼女の完璧主義な性格がメイド長へと任命される結果になっている。そんな彼女はとても厳しい上司で、普段からかけている眼鏡がその完璧主義な雰囲気を醸し出している。
そして庭師のガイル。彼は王宮庭師を勤めて40年。若かれし頃は現在エルフ王のヴァイアスとも交流があり仲がよかった。それでもヴァイアスが王になりあまりあって話が出来ていないらしい。
最後に騎士団副団長のザガン。アヴァンが団長を務める前の団長。アヴァンが入隊した時から団長を務めており、言わばアヴァンの剣の師匠とも言える存在だ。そんなザガンはサラマンダー領の四将とも言われている最強の武力集団にも負けないくらいの剣技を持ち合わせている。
「皆さんとても良い人達なのですっ!! でも失敗ばかりの私は怒られてばかりだったです。でも私は負けないですっ! 皆さんのお役にたてるように精一杯頑張るです。だからオサーンさんも大丈夫です。元気だすですっ!」
胸のまで拳を握り頑張れといわんばかりのポーズをとるリリーナ。そんな天真爛漫なリリーナを見てジョナサンは微笑んだ。
だがリリーナにはジョナサンの微笑みが本物ではないと思えてしまったみたいだった。
「オサーンさんっ!!」
いきなりオサーンを持ち上げるリリーナ。そんな現状を少し理解出来ていないジョナサンは慌てふためいた。
「な、なんや急にっ。どないしたんやっ」
持ち上げられているジョナサンはリリーナへと問う。そんな中、リリーナの頬は染まっていて少し体をモジモジとさせていた。
だが、何かを決意したリリーナはジョナサンを
パフンッ
抱きしめた。
(な、なんやこの柔らかくてえー匂いの場所は。この柔らかさはまさにマシュマロ天国やっ! ワイはマシュマロの大海原に溺れとるんや。せやけど幸せだからそれでえぇか。でもおかしな、大海原に溺れるゆーんは比喩であって現実じゃあらへん。なのに、なんや、息が……、苦しゅうなってきた……。だ、ダメや、このままじゃ本当にマシュマロ天国行きや……)
「プハッ!! リリーナはんはワイを殺す気ですかっ!?」
マシュマロ天国という名のリリーナのオパーイから解放されたジョナサン。寧ろ死にかけていて自ら脱出したというのが現状だろう。
それでも顔が出ているだけでジョナサンの体をいまだにリリーナのオパーイに埋まっている。
「もう、ほんまにどないしたんやリリーナはん」
「オサーンさん、ずっと私のオッパイオッパイって言ってたから……/// 恥ずかしかったけどこうすればちゃんと元気出るかなって思ったです/// でも、やっといつものオサーンさんに戻ってよかったですっ!」
恥ずかしがりながらもいつものジョナサンに戻ったと喜ぶリリーナ。そんなリリーナを見てジョナサンは
「リリーナはん……、ほんまにありがとーな。リリーナはんのオッパイのお陰で元気百倍やっ!! あと言わせてもらうけどな」
ジョナサンは微笑み、そして
「ワイはオサーンあらへん。オルヴィウス・サーベント・ジョナサンやっ!!」
◆
ジョナサンと分かれてからエリスは自室に戻ろうとしていた。
陽が落ちてしまったせいで間接照明が並ぶ通路を一人歩くエリス。そんなエリスの目の前に
「怖い顔をしているな、エリス」
「お父様」
エルフ王ヴァイアス。エリスの父であり現エルフ王。
そんなヴァイアスの特徴は巨乳としか話さないという極めて卑猥な特徴だ。だがそんな卑猥の塊といえるようなヴァイアスの表情はいつにいなく真剣なものだった。
「エリス。お前が何を企んでいるのかはワシには分からない。だがこれだけは言っておく。ワシは娘の思考を把握できないような父ではないぞ」
低い声音で言うヴァイアス。その表情は父のものではなく、エルフ王として姫に言っているようだった。
そんなヴァイアスにエリスは
「あらあら、思春期の娘の事を詮索するのはよろしくありませんよお父様。それに、もしもお父様に私の思考や考えが完全に露見してしまっていたとしても、それすら私にとって想定内なのですわ」
不敵に笑うエリス。そして自分の娘が変わっていってしまう事を後悔しているヴァイアス。それは父としてのヴァイアスであり
「そうか。ならば事によってはワシはエリスの眼前に王として対峙する時が来るかも知れんな」
エルフ王ヴァイアス。それは多くの民を抱える者の称号であり、それと同時に自分の娘ですら裁かなくてはいけないという残酷なものだった。
その現実にならないようヴァイアスは祈るだけだった。
そしてエリスの前から去るヴァイアス。残されたエリスは
「まだ計画を実行なんて致しませんわ。もう一人の魔女を手中におさめるまでは……」
不穏な動きをみせ始めるエリス。
そんなエリスを止める事の出来る者が現れるのであろうか。それは神のみぞ知る事であった。