013 聖都ティファレ 休息
神獣討伐から次の日、大きな怪我を負ってしまった織姫は目を覚まさなかった。
命に別状はないと王宮医師は言っているものの、織姫の眠りはとても深く一向に眼を覚ます気配がしなかった。
そんな織姫の状態を心配し続けるリリーナにジョナサン。そしてアヴァン。
彼等は毎日のように織姫の見舞いにやって来ては早く眼を覚まして欲しいと願い続けていた。
織姫の傍に居てくれていたのはリリーナ達だけではない。
神獣討伐で助けた獅子神のチャロ。チャロは自身の魔力を抑え大きな姿ではなく、そこら辺にいる子猫のような姿のまま眠っている織姫の傍らで寄り添った。
その優しい瞳で織姫の隣にいるチャロを見て、アヴァンは自身がやろうとしていた事を後悔していたのであった。
こんなにも小さくか弱い生き物を神獣というだけで殺そうとしてしまっていた。だが織姫はそんなチャロの気持ちに気がつきチャロを迎え入れたのだ。
そんな光景を思い浮かべながらもアヴァンは今の自分に何が出来るのかを考えているようだった。
そして数日が経過した。
「んっ……。ここ、どこ……? あれ……? 今日何曜日だっけ……?」
数日眠り続けていた織姫が眼を覚ました。その場所はエルフ領王都【アスタリア】の王宮の一室で、身体を起す織姫は意識がハッキリとするまで辺りをキョロキョロと見渡していた。
そして
「あ、そっか。私戦ってたんだ……。依頼を受けて獅子神を討伐して、もう一人の魔女に出会って……。ってどうして依頼が終わってるのに私まだこっちの世界にいるのっ!?」
完全に目が覚めた織姫は、現実世界に戻っていないことに対して驚きを見せていた。だがその疑問をぶつける相手は近くにいなくて、混乱し続けていた。
「みゃーみゃー」
混乱している織姫の身体に擦り寄る子猫。自分の身体に触れるモフモフの存在に気がついた織姫はそれを視界にいれ
「あんたもしかしてチャロ?」
「みゃー!!」
織姫の言葉を理解しているのか、チャロは元気よく返事をした。そして子猫がチャロだと分かった瞬間、織姫はチャロを抱きしめた。
「元気になったんだね、本当に良かった」
うっすらと瞳に涙を浮かべながら喜びを露わにする織姫。そしてそんな織姫の声が部屋から漏れていたのか部屋の扉が勢いよく開けられ、織姫を心配していた皆が飛び込んできた。
リリーナにアヴァン、そして獅子神討伐を共にした騎士団の者達。皆が目覚めた織姫のベッドへと向かいリリーナは織姫に抱きついた。
「姉様が目覚めて本当に良かったです……。もう眼を覚まさないかと思ったです……」
涙を浮かべ言うリリーナの頭を優しく撫でる織姫。
そんな織姫が目覚めてやっと全ての件が解決したと安堵の表情になる皆。だが織姫の中では何も解決などしていなかった。
「ねぇオサーンいる?」
「ワイならここにおります」
織姫の声に反応し部屋の入り口近くにいたジョナサンはゆっくりと織姫の方へと歩いてきた。
そんなジョナサンの表情はいつものふざけているものではなく、真剣なものだった。
「織姫はんが聞きたい事は何となく分かります。どうしてまだこっちの世界にいるかって事ですよね?」
ジョナサンの言葉を聞き、織姫は頷いた。そして
「その理由はワイにもよーわかりません。でも、契約を果たしてるのに転移魔法があっちの世界に繋がらないんですわ。正確にはワイはあっちの世界にいけます、が織姫はんを転移する事は出来ませんでした……」
眉間に皺を寄せながら申し訳ないといわんばかりの苦しい表情になるジョナサン。そんなジョナサンを見ている皆に静寂が訪れる。
誰も何も話さなかった。きっと話さなかった訳ではない、話せなかったのだ。織姫はこの世界の住人ではなく異世界の魔女だと皆知っている。そんな織姫を転移できないという事は、自分の世界に帰る事が出来ない状態をさす。
そんな現状を誰にも解決など出来るわけも無かった。だが
「そっかそっか。帰れないのかー。んーまぁ私が帰れなくても、会社の売り上げが悪くなるくらいだから大丈夫かな」
自分が元の世界に帰れないという事実を受け止めたのか、織姫はいつもと変わらない表情と声音で話していた。
だが、そんな織姫の態度が気丈に見えていたのか、やはり誰も何も口にしない。
「姉様……」
織姫の事を心配そうに見ているリリーナ。そんなリリーナですら今の織姫にどんな言葉をかけて良いのか分からない様子だった。
その時
「織姫、起きたばかりなのに皆で押しかけて悪かったな。体調の方はどうだ?」
アヴァンが微笑みながら織姫に話しかけた。
「ん? 体調? そんなのずっと寝てたんだから元気一杯だよっ!」
「そうか。なら今日はもう難しい事など考えず休息をとろう。【フィルガンテ】の時に織姫と約束した街を私が案内しよう」
【フィルガンテ】に着いて観光が出来ないと嘆いていた織姫と約束をしていたアヴァン。
帰れなくなってしまった状況、何をして良いのか分からなくなってしまっている面々。だからこそ今の織姫には休息が必要だとアヴァンは考えたのだ。
「やったー!! 何か久し振りの休みだから凄い楽しみー!! って私出かける用の服がないじゃん……」
「服なら私のを貸そう。私の部屋まで来てくれないか」
そう言いながら織姫を連れ出すアヴァンだった。
◆
織姫が使用していた客室から少し離れた場所にアヴァンの部屋があった。
今はアヴァンと織姫、二人だけになっている。織姫の部屋に来ていたリリーナ達は残り、騎士団はアヴァンの命令で職務に戻っていった。
そしてアヴァンの部屋へとやって来た織姫は
「なんか意外と綺麗にしてるんだねアヴァンって」
部屋の中は織姫が使っていた客室よりも豪華な造りではない、いたってシンプルなワンルーム。広さはそこそこあるものの、一人用のベッドにテーブル、収納スペースがあるだけの殺風景な雰囲気だった。
「以外とは失礼だな。まぁそんな事はどうでも良い。早く服を選んでくれ」
そう言いながら部屋のクローゼットの扉を開くアヴァン。その中には沢山の服が並んであり、種類も豊富だった。
「凄い。アヴァンって意外とお洒落さんだったんだね」
「だから以外は余計だ。この中から好きな物を使ってくれて構わない。私と織姫の体系は似ているからサイズは大丈夫だと思う」
そんなアヴァンの言葉を聞きながら服をあさり出す織姫。
(うわー沢山あるよ。どれにしようかなー。でも男の服ってこんなに細かったっけ? まぁアヴァンは細身だし、世界も私とは違うからきっとこれが普通なんだよね。……ってなんかワンピース出てきたけど……)
織姫は奥の方にあった純白のワンピースを手に取り動きを止めてしまった。
それもそうだろう。男性のクローゼットから純白のワンピース。そういう性癖があるのかと疑いの目をアヴァンに向けてもおかしくは無い。
そんな変態を見るような目でアヴァンを見ている織姫。だがアヴァンはその瞳の意図に気がつかず
「織姫は結構物を見る目があるのだな。それは私のお気に入りだ。それを掘り当てた織姫には特別に今日、貸してやろう」
女物の服をお気に入りと言っているアヴァン。もうこれは完全に変態確定であり、織姫は言う。
「アヴァンの趣味をとやかく言うつもりは無いけど……、この事って皆も知ってるの……?」
「なんだ? 私がそういう服を着るという事をか? あぁ勿論だ。まぁ騎士団長という役職のせいで部下には着ていると茶化させるんだがな」
照れながら笑うアヴァン。そしてその事実を知ってしまった織姫は
(マジか、皆知ってるんだ。だったら私も偏見は良くないよね。それにアヴァンはエリスに踏まれてはぁはぁしちゃう変態さんだ。そんなアヴァンだったら女装くらいするよね。うん、大丈夫だ私)
自分で自分を言い聞かしている織姫。そんな織姫は自己解決したものの、一応アヴァンに自分の気持ちを言う事にした。
「そかそか。まぁ皆も知ってるんだったら良いんだよ。でもその、あまり男がこういう服を着るのは……ね」
「男……?」
気まずそうに視線を逸らし、脳内で解決した気持ちとは正反対の言葉を発している織姫。
そんな言葉を聞いたアヴァンは
「おい織姫。貴様は何か勘違いしているようだから言わせてもらうが、私は女だ……!!」
その瞬間、全ての時間が止まってしまったのか織姫は動きを止める。だがその瞳はアヴァンを捉えていて、大きく見開き驚愕していた。
そして織姫の時間が動き出す。
「お、お、お、女あああああああああああああああああっ!?」
織姫の叫び声がアヴァンの部屋中に響き渡る。そして織姫はアヴァンが本物の女かどうかを確かめるべく、アヴァンが身に纏っている鎧を剥ぎ取ろうとした。
「な、何をしているんだ織姫っ!?」
「そんなの見れば分かるでしょっ!! 女かどうか確かめるのよっ!!」
そんな会話をしていると、アヴァンの鎧は織姫によって無理矢理剥ぎ取られた。そして鎧の下の着ていたインナー姿になったアヴァンの胸を織姫は鷲掴みにした。
(た、確かに柔らかい膨らみがある。だが、この大きさはリリーナみたいなボインではなく、どちらかと言えば私よりの控えめな感じだ)
モミモミとアヴァンの胸を弄り続ける織姫。そんな織姫の行動に抵抗できなくなってしまっているアヴァンは
「や、やめろ織姫、あっ……。そ、そんな事をしなくても、お、女かどうかなんて分かることだろうっ!!」
言い切りアヴァンはやっとの思いで織姫を自分の身体から離れさせた。そしてアヴァンはその場で膝を折り息を切らしながら頬を赤く染め、織姫を睨んだ。
だがそんなアヴァンの威嚇も虚しく、織姫は自分の手に残るアヴァンの胸の感触を思い出し、そして
「アヴァン。君は私の親友だよ」
「何を微笑みながら言っているっ!! 胸の大きさで簡単に親友などと言うんじゃないっ!!」
自身の胸元を両腕で隠し、アヴァンは激怒する。そんなアヴァンを見ているのにも拘らず、織姫はまるで全てを悟った神のような微笑みを浮かべていた。
「貴女も胸の大きさで悩んだでしょう? でももう大丈夫、私が貴女を守ってあげるから」
「いったい貴様は何神だっ!! 騎士たる私には余計な脂肪などいらぬっ!! 自分の身体の事で悩んだことなんて一度も無いっ!!」
神化してしまった織姫はアヴァンへとゆっくりと近づいていく。アヴァンの叫びなど聞こえてはいないのだろう。
そんな織姫に対して恐怖すらおばえるアヴァン。騎士団長という存在でも神には無力なのかもしれない。
そしてアヴァンは立ち上がる事も出来ずに、眼前にいる織姫を見ながら後退していく。
そんなアヴァンを見ている織姫はもう、誰にも止められないのであった……。
「さぁアヴァン、一緒に苦しみを分かち合いましょう。その為にもう一度、貴女の身体を……」
「や、や、やめろ……。やめてくれ、織姫……。やめろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
その後、アヴァンは織姫の手によっていかがわしい行為をされてしまう。
そんな話しがあったのかなかったのか。その真実を知っているのはアヴァンだけであった。