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サー・マジョ  作者: さかな
第一部 異世界の魔女
13/22

012 エルフ王の依頼7

 

 

 

 その場は殺伐としていた。

 周りに居る全ての存在が感じられるほどのハッキリとした殺気。それは身体を刺すような痛みを感じてしまうような刺々しさを纏っている。

 そんな殺気を放っているのは織姫で、そんな織姫と相対するように不敵に笑いながら一人の少女が立っていた。


 黒くて長い髪の毛、すらっとした細い体躯、身長は織姫よりも小さいのにその存在感は年頃の少女とは思えないくらいのものだった。

 ヒラヒラのドレスのような服、その黒と青でバランスよく統一化されている服には、少女の冷たさが滲み出ている様だった。


 少女は不敵に笑い、織姫は少女を睨みつける。そんな二人からは途轍もない程の殺気が放たれていて、周囲にいるエルフ領騎士団の者達は動くことすら出来なくなってしまっていた。

 騎士団長であるアヴァンもその一人だった。


(なんだ……、この異常なまでの殺気は……!? これが異世界の魔女の本質だというのか……!?)


 言葉を発することも出来ずにただただ織姫と少女を視界に入れているアヴァン。視界に入れているというか視界に入れていなくては自分が殺されてしまうという感覚になっているようだった。

 それはアヴァンだけではなく他の者達も一緒のようだった。

 金縛りにあっているように、身体が全く動かない。


「それでオバサン、私と何して遊んでくれるの?」


 不意に少女が口を開く。その言葉は今から起こる戦いを楽しみにしている様子であった。

 そんな少女を見た者達は皆こう思う。


 この女は狂っている。


 戦いに魅了されてしまった者の眼をしている少女。その瞳は織姫の殺気が増せば増すほど輝き、早く戦いたいと身体を疼かせていた。

 そんな少女へ織姫は


「何度も言わすんじゃねぇよ。てめぇはここで、私にブッ飛ばされんだよっ!!!!」


 その言葉を吐いたと同時に織姫は一足飛びで少女の懐目掛けて突進する。その速さは並の人間のものとは思えない速さで、一瞬にして少女の目の前にまで織姫は到達していた。

 だが少女には織姫の動くが見えていたみたいだ。


(人体強化系の魔法で速度を上げてるのか。あーこういう力押しで戦う奴って一番苦手)


「はあああああああっ!!!!」


 織姫は少女の懐に入り自身の拳を全力で振りぬく。だがその攻撃はいとも簡単に避けられてしまい、空を切るその拳は少女の後ろにあった大木へと当たった。

 その瞬間、4人分くらいある太い木は織姫の拳によりへし倒される。

 倒された木のせいで土煙が舞い、そしての煙がなくなった時、少女は他の木の枝の上に居た。


「物凄い馬鹿力ね。まぁそれが人体強化系魔法なのは分かってるんだけど」


 織姫の攻撃を避けた少女は織姫を見下しながら言う。そしてその言葉を言い終わった後、少女は地上へと降りてきて


「それが分かれば何も怖くないわよね。オバサンがいつから魔女やってるのか分からないけど、私は守護系魔法にアンチ系も使える、勿論自然系もね。それに人体強化なんてアンチを使えば相殺される」


 再び不敵に笑う少女。そんな少女は


「アンタと私の格の違いってものを教えてあげる。もう一回、さっきのやつやってみなさいよ」


 織姫を挑発してくる少女。そんな少女の言葉などはなから耳には入っていなかったのか、織姫はすぐさま構えて少女を睨む。


「てめぇが何言ってんのか私にはよく分からないけど、それでも自分からブッ飛ばされるってのは潔くて嫌いじゃない」


 その言葉を言う織姫は少女に当たられてしまったのか、はたまた戦闘というものの楽しさに目覚めてしまったのか、少女同様に微笑んだ。そして


「魔法とか良くわかんねぇけど、後悔すんなよっ!!!!」


 同時に再び織姫は少女へと拳を振りかざす。


(はぁ……、本当に魔女の意味を理解してないオバサンは面倒くさい。人体強化はアンチで相殺できるし、その後は魔女補正の攻撃力だけが残る。対魔女戦では魔女補正なんて何の意味もない。そしてその攻撃を相殺してから自然系を使い、この女を殺す)


「どっせいっ!!!!」


 織姫の怒号が響き渡った。

 その声と同時に少女へと織姫の拳が当たる。それは少女が予想していた事であって、挑発したのは少女自身だ。

 その攻撃を軽くいなして次の攻撃へと態勢を変えるつもりだった少女。だが


 ボスッ


 織姫の攻撃は少女のアンチ魔法では相殺されず、直接的に織姫の拳が少女の下腹部へと突き刺さった。

 その衝撃はあまりにも強く、少女の身体は一瞬にして吹き飛ばされ、近くの大木へとその身体を叩き付けた。


「ガハッ!!」


 血を吐き、今の自分に何が起こっているか少女には理解出来ていない様子だった。


(どうして攻撃がいなせないの……!? 確かに私はアンチを唱えた、魔方陣だってあの女の拳が当たる場所に顕現してた。なのにどうして、私がこんなダメージを受けてるって言うの……!? ただの物理攻撃じゃない、でも魔法を使ってもいない……? まさか……!!)


 少女はその場で立ち上がり口から流れる自身の血を腕で拭った。そして少女は


「ははははははははっ!!!! 何々!? もしかして今のアンタの攻撃って魔女補正だけでやったのー!? ははははははっ!! 魔法も使わないで補正だけでここまで物理的な力が付与されるって本物のゴリラじゃんっ!! マジうける、マジうける。はははははははっ!!」


 狂ってしまったかのように笑い始める少女。だがその笑いは一瞬の事で、次の瞬間少女の殺気は今までとは非にならない程のものへと変わっていた。


「ふざけんなよ、このクソババアがっ!!!! 補正だけでとかどんだけチートなんだよっ!!!! マジで殺してやる……、ここでバラバラにしてやるからなっ!!!!」


 そんな怒号を吐き出す少女を織姫は冷静に見つめていた。だがその表情は冷静というものよりも、もっと深く暗い感情で出来ているようだった。

 そして織姫は何も言わずに少女の次の手を待った。


「どうしてアンタが魔法を使わないか分かんないけど、私は簡単に使うよ。これでアンタをギザギザのグチャグチャにしてやるよっ!!」


 そう言う少女の手には青白い光が収束されていく。そして


「自然の恵みよ 今我の心を映し出し ここに顕現せよ 全ての命を止める 絶対零度の剣よ 我の眼前に」


 詠唱を終える少女。その手の平で青白く輝いていた光が瞬く間に剣へと変化していった。

 その剣からは煙のようなものが出ていて、それが熱ではなく氷なのだと理解するのに然程の時間は必要なかった。


 その剣を持っている少女には何も影響は無いが、近くにある草や木がその剣に触れ一瞬にして凍っていく様を見せ付けられていた。

 騎士団の皆は織姫と少女の戦いについて行くことが出来なかったのは勿論だが、今の少女の見て皆、魔女に対しての恐怖を抱いていた。


「私は氷系の魔法が得意なの、私の心と同じで凍て付いてしまっているこの魔法がね。だからこれでアンタを殺してあげる」


 不敵な笑みすら浮かべていない少女。その少女の表情は虚ろで、目の前にいる織姫を殺すことしか考えていない様子だった。

 そんな少女は何も言わない織姫にイラついたのか


「さっさと死んじゃえよおおおおおおおおおっ!!!!」


『ここで全てを決めてしまうのは勿体無いですよ。それに今の貴女は本来の力を出し切れていない』


 織姫へと氷の剣を振りかざす少女の頭の中に声が響きわたった。その声を聞いた少女の動きは止まり、氷の剣が織姫へと届くことは無かった。


「何言ってんのよっ!!!! 私はここでこの女を殺すっ!! 現実世界から来た人間なんて全部殺してやるっ!!」


『私のいう事が聞けないのですか?』


 頭の中で流れるその言葉を聞いた瞬間に少女の表情が恐怖へと変わる。そして何の言葉を発さなくなってしまう少女。

 そんな少女に聞こえている声が聞こえない騎士団の皆は何が起こっているのか分からないといった様子だった。


 少しずつざわめき始める騎士団。そんな騎士団をよそに少女が


「わかったわ。今はアンタのいう事を聞く……。おいそこのオバサン魔女」


 頭の中に流れる声の主のいう事を聞くことに決めた少女は、その意思を伝えた後織姫へと語りかけた。


「今日はここで引いてあげる。だからアンタの名前を教えなさい」


「織姫だ。華虞夜 織姫」


 少女の質問に素直に答える織姫。そんな織姫の表情はいまだに殺気を纏っているような棘棘とした面持ちだった。


「そう織姫ね。その名前覚えたからね。次に会った時には絶対に殺す。だからアンタを殺す私の名前を覚えておきなさいっ!! 私の名前は、トウカ。これがアンタを殺す魔女の名前よ」


 最後に織姫の事を睨みながら言うトウカ。その表情は憎悪に満ちていて、本当に織姫と同じ魔女なのかと疑問に思ってしまうくらいだった。

 そしてトウカはジョナサンと同じように転移魔法を唱え姿をくらました。


 そんなトウカが消え去った後、その場は静まり返ってしまっていた。

 今の今まで神獣という化物と戦い、そして織姫以外の魔女まで現れる結果。そんな状況に騎士団の者達はついていけず、ただただ呆然とその場で立ち尽くすことしか出来ないでいたのだ。


 騎士団長のアヴァンも同じようなものだった。獅子神との戦闘で織姫が攻撃を喰らい動けなくなってしまった時、アヴァンだけは勇敢にも獅子神へと向っていった。

 だがその結果は惨敗で、魔法のような詠唱をし剣を強化しても獅子神の力には対抗できなかったのだ。


 そして魔女が現れ今にいたる。

 静まり返っているこの場所で織姫が口を開いた。


「皆大丈夫? それにアヴァンも私を助けようと頑張ってくれてありがとね」


 先ほどまで殺気を纏っていた魔女とは思えないくらいの優しい笑み。そんな微笑を浮かべている織姫を見てアヴァンは苦痛の表情を浮かべた。


「すまない織姫……。私は騎士団長という存在なのにも関わらず、何も力になれなかった……。それどころか獅子神の子供の恐怖にすら気がつかず……、そんな私は本当に無力だ……!!」


「なに言ってんのよ。アヴァンはちゃんと頑張ったじゃない。それに私以外のみんなに怪我が無くて本当に良かった。ねぇチャロは大丈夫?」


 ボロボロになっている織姫は腹部の怪我を押さえながら自分の事よりも騎士団とチャロの心配をしていた。

 そして織姫の心配しているチャロは意識を失ってはいるが命に関わるほどの怪我ではないと騎士団の一人が織姫へと伝える。


 その状況を聞いた織姫は一安心したかように、一つ息を漏らした。そして


「そっかチャロも皆も大丈夫なんだね。本当に良かったよ。本当に、誰も……、怪我が無くて……」


 バタンッ


 今の今まで気を張っていたのだろう。その緊張が解けてしまったのか、はたまた怪我で限界を迎えてしまったのか。

 話している途中で織姫は倒れた。


「織姫っ!!!!」


「織姫はんっ!!!!」


 倒れる織姫の傍へとアヴァンとジョナサンが駆けつける。

 そんな状況を見ている騎士団一行。そしてその現状を垣間見た全ての者達が戦いを終えたのだと少しだけ安堵したのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 その後倒れた織姫をアヴァンが抱え、ジョナサンが転移魔法をすぐさま唱え【アスタリア】の王宮へと帰ってきていた。

 織姫はすぐに大きな部屋へと連れて行かれ、王宮医師のもと治療を受ける事になった。それは織姫だけではなくチャロも同様だった。


 そんなバタバタとしている中、アヴァンは今回の神獣討伐の件をエリスと王へと報告する。

 その内容は、神獣が織姫に懐いたという事実と、織姫以外の魔女が現れたという内容だった。


 その報告を受けたエルフ王は驚いていたが、エリスはいたって冷静だった。

 そんなエリスの態度が気になっていたのか、報告を終え数刻の時間が経ち日が暮れて夜になった時、アヴァンがエリスの寝室へと向った。


 コンコンッ


 エリスの寝室の扉をアヴァンが叩いた。


「どなたかしら? 入ってよろしいわよ」


 その音を聞いたエリスが扉の前にいるアヴァンへと指示をだす。そして開かれる扉。


「夜分遅くに申し訳御座いません。エリス様と少しお話がしたくなりまして」


 丁寧に頭を下げエリスの部屋へと入っていった。


「それで話したい事とは何かしら?」


 エリスの表情は冷め切っていて、幼少より共にいるアヴァンに向けられるような表情ではなかった。

 だがそんなエリスの表情を垣間見ても、アヴァンは冷静だった。どこかしらエリスがそのような態度をとると分かっていたかのようだった。


「織姫の話しをしに来たのですが、それよりも私は今のエリス様の真意が気になっています。どうして傷ついた織姫を見て何も感じなかったのですか……!? 確かに我々騎士団の中に負傷者はいません。それでも私達の為に戦ってくれた織姫が傷ついているのですよ!? どうしてエリス様はそこまで冷静でいられるのですかっ!?」


 声を大きくして主へと異見をするアヴァン。その表情は恐怖と後悔、そして自らの命を捧げた大切な物へと語りかけている苦しそうな顔だった。


「確かに織姫さんは今回の件で傷つき苦しんだ。ですがその結果、我がエルフ領には膨大なる力を宿している獅子神の子を手に入れる事が出来ました。それは他種族への牽制にもなりますし、我がエルフが魔女を所有しているという現実を突きつける事も出来ます。織姫と獅子神は、政治的支配権の革命を起す道具に過ぎません。アヴァン、貴方は昨日今日で使い始めた物に対しても感情という義理を浮かべるのですか?」


 エリスの表情は冷たいままだった。そして織姫を道具というエリス。

 その真意に気がつくことは今のアヴァンには出来ないようだった。


 信じていた、忠誠を誓ったエリスの言葉が信じられなかったようだった。

 そんなアヴァンは眉間に皺を寄せながら俯き唇を噛み締めた。そして


「私には……、私には今のエリス様が分かりませんっ!! 昔のエリス様はどに行ってしまったのですかっ!? 私を信じ、夢を追いかけていたエリス様はどこに━━」


「そんなことアヴァンには関係のない事よ。あなたただ、私に剣でい続ければ良いだけのこと。それが全ての者達の幸せへと繋がっていくのだから」


 エリスの言葉はとても冷たいもので、アヴァンの心を追ってしまうほどのものだった。

 そんなアヴァンはエリスの言葉を聞き、何も言わずにお辞儀だけしエリスの部屋から出て行った。


 その後、エリスは一人何かを深く考えているような表情を浮かべ、アヴァンは自室で何も出来ない自分と変わってしまったエリスを思いその怒りを押さえ込んでいた。

 織姫の意識が戻らないなか、エリスとアヴァンは少しずつ関係を変えていってしまっていた。


 それだけではない、王宮に残っていたリリーナも傷ついた織姫を見て後悔をしていたのだった。

 自分にはなんも出来ないと後悔をし続けるアヴァンとリリーナ。

 そして先の事を見据え自分を変えようとしているエリス。


 そんな者達の心の変化を眠っている織姫は知らないのであった。


 そしてエルフ王の依頼。神獣討伐までの長い一日が終わっていった。





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