010 エルフ王の依頼5
織姫たちが王宮に来てから一日経った。
昨日は突然リリーナの体調が悪くなった為、気を利かせてくれたエリスの言葉に甘えた織姫一行は王宮で急速する事になった。
昨晩は織姫とアヴァンの間で話し合いがあったようで、二人の雰囲気は昨日の昼の時とは打って変わって親しくなっている感じがした。
そんな織姫とアヴァンを見ているリリーナだが、自分のせいで昨日の神獣に関する話しを中断させてしまった事を後悔しているようだった。
再び王宮の謁見の間へと連れて行かれた織姫一行の雰囲気はリリーナだけ暗いものだった。
「それでは神獣討伐に関する話を始めたいと思います」
玉座に座るエルフ王の横でエリスが話しを始める。その傍らにはアヴァンがいて、玉座を下りた場所には織姫一行がいる。
その並びは昨日と全く同じで、昨日と違う所を上げるとすればリリーナの気持ちの部分だけだろう。
そしてエリスの話しが始まった。
「今回の神獣は獅子神の子供という情報が入っています。獅子神はとても好戦的で頭の切れる神獣と言われています。なので直接的な戦闘は避け、捕獲を推奨します。ですが万一の時には必ず逃げてください。神獣討伐に行く人達が傷ついてしまったら本末転倒です」
堂々と述べるエリス。その姿はまさに姫君だった。それと同時に騎士団長のような勇ましい姿にも見えてしまっている一同だった。
「でわ獅子神の居場所についての話に入ります。獅子神は王都【アスタリア】から東にある【フィルガンテ】近郊の森林地帯で目撃されています。これより我がエルフ領騎士団と織姫さんには今日中に【フィルガンテ】まで行ってもらいます。そして明朝、獅子神討伐作戦を実行してもらう形になります。ここまでで何か質問はありますか?」
一通りの説明を終えるエリスは作戦実行をする面々に問う。そして一番最初に手を上げたのは
「はいはーい」
織姫だった。
「えっと獅子神っていったいどんな奴なんですか?」
まるで小学生のような質問に回りの者達は唖然としている。寧ろ織姫を哀れむかのような瞳で見つめていた。
だがエリスはいたって真面目で、そんな織姫の質問を丁寧に答えるのであった。
「先ほども述べたように獅子神はとても好戦的な神獣と言われています。地上だけで戦闘を行った場合、神獣の中では獅子神はトップクラスの戦闘力を誇っています。と、言いましたが織姫さんが聞きたいのは能力の事ではなく外見の話しですよね? まぁアレですね大きなネコです」
的確に、そして適当に織姫へと獅子神の説明をするエリス。そんな適当な説明を聞いていて、織姫の周りにいる奴等は少しの疑問を浮かべているような表情をしていた。
だがその中で織姫だけは違っていた。
「ね、ねこ……?」
ネコという言葉に反応を見せる織姫。そして
「私はニャンコさんが大好きなのですっ!!」
勢いよく一歩前に出る織姫はその瞳をキラキラと輝かせていた。そして自分のキャラが崩壊してしまっている台詞。そんな織姫の姿を見て、本当にネコが好きなのだと全ての者達が理解していた。
だが、そんな無邪気な反応を見せている織姫にエリスは
「織姫さん。確かに獅子神はいわばネコです。ですがネコとは元来肉食獣であって、小型のものですら牙を剥けば恐ろしいものなのです。ましてや神獣獅子神。可愛いと言っている事すら命に関わります。今回の依頼を受けるのであればそのような安易な考えは捨ててください」
真剣な表情で子供のような織姫に言うエリス。
その言葉は神獣という生物がどれ程危険なものかを教えてくれていて、そして何より織姫の身を本気で心配してくれているエリスがいたのだ。だが
「大丈夫だよエリス。ニャンコさんは全然怖くないっ!! 寧ろ可愛くて愛らしくて……、だから私のペットにしてきますっ!!」
ピシッと敬礼をする織姫の姿は本当に間抜けなものだった。そんな織姫の姿を見てアヴァンも嘆息している。
隣にいりリリーナすら、神獣の怖さを知らない織姫を少しばかり憐れな表情で見ていた。だがそんな辺りの視線など気にしていない織姫の瞳はいまだにキラキラと輝いている。
そんな織姫を見ていて何かを諦めてしまったのかエリスは嘆息気味に
「はぁ……、分かりました。織姫さんがネコを愛している事には何も咎めません。ですが作戦が始まったらちゃんとしてくださいね。騎士団長のアヴァンを行かせると言っても私は少し心配です……」
もう全てを諦めてしまったかのような表情や声音で言うエリス。そんなエリスをフォローするのはアヴァンだった。
「大丈夫ですエリス様。私がついていれば織姫の暴走も止められるでしょう。ですがもしもの事があった時には奥の手を使ってもよろしいでしょうか?」
初めは微笑んでいたアヴァン。だが言葉の最後の方の話の時は真剣な表情を浮かべていて、その内容を聞いたエリスも少し顔を顰めた。
「分かりました。危機に面した時だけアヴァンの奥の手を使う事を許可します」
エリスとアヴァンだけが理解している会話。そんな会話を聞いている他の者達を疑問だけが浮かんでいる。
だがそれでも、その話しには入っていけないのだと全ての者達が理解していた。それがこの二人の絆なのだと。
それでも奥の手を使う事を許したエリスの表情は少し曇っていた。そんな表情に気がついているアヴァンは何も言わずただただ自分の課せられた任務を遂行しようとしている騎士団長の瞳をしていた。
「それでは皆さん、これから【フィルガンテ】へ行くに当たっての準備をしてください。一晩中【フィルガンテ】へ進行することになります。その為の準備を怠らないよう━━」
「ねぇエリス」
エリスが話している途中に織姫が介入する。
「たぶん【フィルガンテ】までは一瞬でいけると思うよ?」
織姫の言葉を聞いた王国騎士達は疑問の表情を浮かべていた。そしてエリスでさえ同じように疑問の表情を浮かべる。そしてエリスは
「織姫さん、いったいどういうことですか?」
「いやその、ここにいるちッさいオッサンが転移魔法を使えるからです」
自分の肩の上に乗っかっていた小さなオッサンを鷲掴みにし、織姫はエリス方へとそれを差し出す。
「何ゆーてはるんですか織姫はんっ!! 数人ならまだしも、十数人を転移するのにどれだけ疲れるとおもーてはるんですかっ!?」
鷲掴みにされているオッサンは織姫の手の中で暴れながら異見を言う。だが
「いいじゃんオサーン。この間は私は転移してくれなかったんだから、ここで転移してくれても良いんじゃないの」
不敵な笑みを浮かべる織姫。その笑みだけでオサーン……、ジョナサンの戦意は全て喪失されてしまっていた。
そんな項垂れるジョナサンをよそにエリスは
「オサーンさんは転移魔法を使う事が出来るのですかっ!?」
異常なまでに驚いているエリス。そんなエリスと同様に騎士団の者達、そしてアヴァンまでも驚きを隠せないでいた。
「え? 転移魔法ってそんなに凄いの?」
何も知らない織姫はポカンとしたアホみたいな表情でエリスに問う。
「昨日もお話したように、この世界では魔法を使える存在が殆どいないのです。正確に言えば転移魔法を使える者はエルフ領にはいません。他種族の賢者と自負している者達には転移魔法やその他の自然魔法を使う事が出来ると話では聞いていますが……。実際に転移魔法を使える者を見るのは初めてなのです」
魔法というもは魔女が使う事の出来る存在であって、この世界の種族達は魔法を使う事が殆ど出来ない。
エルフの民達はその体の弱さから自分達の魔力を具現化させることによって命までも削る大業とかしてしまうのだ。そんな現状だからこそエルフの民に魔法を使う事ができる存在が限られてしまっている。
「でもオサーンは出来るよ? だからそれで【フィルガンテ】まで行こうよ」
無邪気にもアホな表情のまま織姫は言う。そしてジョナサンの言葉や意思など無視して話しを進めようとしている極悪な織姫がそこにはいた。
「だから何度も言いますけど、こないな大人数を転移させるのは疲れるんやっ!! ちょっと織姫はんきーてはります?」
「もう何でも良いからオサーンに連れてってもらおうよ」
織姫の表情はアホから仏のような笑みへと変わっていた。
それは全ての者達の心を癒してくれていて、何もかもが許されてしまうという錯覚に陥らせる程の催眠効果があったようだ。
「オサーンさん。騎士団共々よろしくお願いします」
深々とお辞儀をするエリス。
「ジョナサン。貴様の魔法なら安心して【フィルガンテ】まで行くことが出来る」
続いてアヴァンまでもがジョナサンに言う。
その後も騎士団の者達から感謝の気持ちや、頼りにしているといった言葉を聞いたジョナサンは
「もう。しゃーないなー。ワイが全員【フィルガンテ】まで連れてってやるで」
完全に織姫の術中に嵌ってしまっていた。そんなジョナサンを見ながらニヤリと笑う織姫。
この女はきっと本物の魔女なのだ。誰かを狡猾に騙すことが得意で、時に民衆の心をも掴み取り能力の高い存在を最大限に利用する。それが華虞夜織姫という女の招待なのかもしれない。
「それじゃぁ皆はん一列に並んでー」
そう言いながら空間転移魔法の準備を始めるジョナサンはとても楽しそうだった。
これから神獣という強大な存在と対峙する者の表情では決してなかった。それでもそんなジョナサンのテンションに当てられている者達はまるで遠足にでも行くかのような気分で一列に並んでいた。
そしてジョナサンの指揮の下、エルフ領騎士団と織姫は【フィルガンテ】へと向っていったのだった。